おかえりなさい。どうぞ、お幸せに。さようなら。

石河 翠

文字の大きさ
3 / 8

(3)

しおりを挟む
 騎士さまは、私にとって神さまの御使みつかいも同然のひとだった。彼は私に私の求めていたすべてを与えてくれた。

 太陽の温かさと地面の柔らかさを感じた。
 出ることの叶わなかった神殿の自室から連れ出され、騎士さまが用意したという小さな屋敷に連れていかれた。なんと騎士さまもここに住んでいるのだという。

「身体が冷え切っているな。あんな北向きの石牢みたいな部屋に閉じ込めているからだ。子どもは日の光をたくさん浴びなくては。大人の都合で縛りつけたところで、良いことなどありはしないさ」

 柔らかな寝台はふわふわと空に浮いているようで、しばらく床で寝ていたのはここだけの話だ。

 誰かとともに食べる食事の美味しさに驚いた。

「なんだ今までの食事は。鳥の餌か? まあ確かに君は小鳥のように可愛らしいが。ほら、もっと肉を食べなさい。子どもはたくさん食べて、大きくなるのが仕事なのだから。毒見は俺がしているから。ちゃんと食事は温かいものでなくては、つまらないだろう?」

 騎士さまの好物だというスープが一番好きだというと、騎士さまは私にその作り方を教えてくれた。料理は苦手だと言いながら、騎士さまの手際はとてもよかった。

 文字を覚え、自分の想いを相手に伝える楽しさを覚えた。

「そうか、気に入ってくれたか。あれは、俺が子ども時代に楽しんだ冒険小説なんだ。父には、そんなものより帝王学を学べと叱責されたものだが。こうやって一緒に楽しんでくれる相手が見つかって、俺も嬉しいよ」

 つたない文字で、ただ面白かったことだけを一生懸命伝えれば、騎士さまは嬉しそうに小さくはにかんだ。

 共に外の空気を吸い、花の香りをかいだ。

「花は好きかい? ほらこっちにおいで。この花は君によく似合う。ああ、もしかしたら君はこの花の精だったのかもしれないな」

 やがて騎士さまは、私を花の名前で呼ぶようになった。春が似合う可愛らしい小花。名前さえ与えられず、ただ「それ」とか「あれ」とか「災厄」とさえ呼ばれていた私だったのに。

 騎士さま。騎士さま。私の騎士さま。

 最初の頃は当たり前のように抱きしめてくださったのに、しばらくすると騎士さまは私に不用意に触れなくなった。「穢れ」だと認識されたからではないことはわかっている。騎士さまは、ようやく気が付かれたのだ。私が幼い子どもではないことに。

 ただあまりにも粗雑に扱われていたから。まともな食事ひとつ与えられていなかったから、ひどくやせ衰えていただけ。しっかりと栄養をとれば私は年相応の女になった。それでも私は無邪気を装って、騎士さまに甘えた。何も知らない私は、ただ騎士さまの服越しの体温に触れるだけで満たされたから。

 騎士さまのおかげで、生きる意味をしった。騎士さまがいてくださるなら、一生このままで構わない。そんなことをちらりと願ってしまったかもしれない。私の馬鹿な望みが、騎士さまの運命を歪めてしまったのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お飾りな妻は何を思う

湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。 彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。 次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。 そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

一年だけの夫婦でも私は幸せでした。

クロユキ
恋愛
騎士のブライドと結婚をしたフローズンは夫がまだ婚約者だった姉を今でも想っている事を知っていた。 フローズンとブライドは政略結婚で結婚式当日にブライドの婚約者だった姉が姿を消してしまった。 フローズンは姉が戻るまでの一年の夫婦の生活が始まった。 更新が不定期です。誤字脱字がありますが宜しくお願いします。

差し出された毒杯

しろねこ。
恋愛
深い森の中。 一人のお姫様が王妃より毒杯を授けられる。 「あなたのその表情が見たかった」 毒を飲んだことにより、少女の顔は苦悶に満ちた表情となる。 王妃は少女の美しさが妬ましかった。 そこで命を落としたとされる少女を助けるは一人の王子。 スラリとした体型の美しい王子、ではなく、体格の良い少し脳筋気味な王子。 お供をするは、吊り目で小柄な見た目も中身も猫のように気まぐれな従者。 か○みよ、○がみ…ではないけれど、毒と美しさに翻弄される女性と立ち向かうお姫様なお話。 ハピエン大好き、自己満、ご都合主義な作者による作品です。 同名キャラで複数の作品を書いています。 立場やシチュエーションがちょっと違ったり、サブキャラがメインとなるストーリーをなどを書いています。 ところどころリンクもしています。 ※小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿しています!

あの、初夜の延期はできますか?

木嶋うめ香
恋愛
「申し訳ないが、延期をお願いできないだろうか。その、いつまでとは今はいえないのだが」 私シュテフイーナ・バウワーは今日ギュスターヴ・エリンケスと結婚し、シュテフイーナ・エリンケスになった。 結婚祝の宴を終え、侍女とメイド達に準備された私は、ベッドの端に座り緊張しつつ夫のギュスターヴが来るのを待っていた。 けれど、夜も更け体が冷え切っても夫は寝室には姿を見せず、明け方朝告げ鶏が鳴く頃に漸く現れたと思ったら、私の前に跪き、彼は泣きそうな顔でそう言ったのだ。 「私と夫婦になるつもりが無いから永久に延期するということですか? それとも何か理由があり延期するだけでしょうか?」  なぜこの人私に求婚したのだろう。  困惑と悲しみを隠し尋ねる。  婚約期間は三ヶ月と短かったが、それでも頻繁に会っていたし、会えない時は手紙や花束が送られてきた。  関係は良好だと感じていたのは、私だけだったのだろうか。 ボツネタ供養の短編です。 十話程度で終わります。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

本日、私の妹のことが好きな婚約者と結婚いたしました

音芽 心
恋愛
私は今日、幼い頃から大好きだった人と結婚式を挙げる。 ____私の妹のことが昔から好きな婚約者と、だ。 だから私は決めている。 この白い結婚を一年で終わらせて、彼を解放してあげることを。 彼の気持ちを直接聞いたことはないけれど……きっとその方が、彼も喜ぶだろうから。 ……これは、恋を諦めていた令嬢が、本当の幸せを掴むまでの物語。

私と結婚したいなら、側室を迎えて下さい!

Kouei
恋愛
ルキシロン王国 アルディアス・エルサトーレ・ルキシロン王太子とメリンダ・シュプリーティス公爵令嬢との成婚式まで一か月足らずとなった。 そんな時、メリンダが原因不明の高熱で昏睡状態に陥る。 病状が落ち着き目を覚ましたメリンダは、婚約者であるアルディアスを全身で拒んだ。 そして結婚に関して、ある条件を出した。 『第一に私たちは白い結婚である事、第二に側室を迎える事』 愛し合っていたはずなのに、なぜそんな条件を言い出したのか分からないアルディアスは ただただ戸惑うばかり。 二人は無事、成婚式を迎える事ができるのだろうか…? ※性描写はありませんが、それを思わせる表現があります。  苦手な方はご注意下さい。 ※この作品は、他投稿サイトにも公開しています。

処理中です...