8 / 8
(8)
しおりを挟む
さらに歌を口ずさむ――炎を吐く――素振りを見せれば、大剣がこちらに向かって振るわれた。迷いのない動き。きらめく刃が、私に迫ってくる。私は翼を広げ、そのまま騎士さまに向かって勢いよく飛び込んだ。自分を守るための結界はすべて解除しているから切っ先が狙いを外すことはない。胸を貫く大剣は焼け付くように痛いはずなのに、なぜか少しだけほっとしていている自分がいた。
「ああ、結構疲れちゃいました」
もともとあの日、すべてを終わらせるつもりだった。
騎士さまのいない世界なんて、生きる意味がないから。そのまますべてを無に帰そうと決め、好き勝手にあちこちを破壊して回っていた時、私は自分がひとりではないことを知った。だからあの子のために生きようと決めたのだ。
竜の力を使って自分だけでなく周囲の人々を守ったのも、私の子どもには家族や友人、仲間と呼ばれるひとたちに囲まれて暮らしてほしかったから。だから過程がどれほど乱暴なものであれ、私は新しい世界を創り続けたつもりだ。
傲慢で神を冒涜する神殿も、平民を踏み潰す王さまも、いなくなった。けれど、やっぱり力が強いだけの竜の私には、世界は治められない。何も知らない平民たちだけでは、この生まれたての世界はすぐに崩れ落ちるだろう。この世界には、導き手が必要だ。私を保護し、導いてくれた騎士さまのような誠実なひとが。
ごぽりと口から何かがあふれた。
炎ではない。同じ赤でもまったく異なるそれは、血だ。
死んだことはないけれど、これだけの量を吐けば助からないと一瞬で理解できた。
騎士さまの後ろで、私とよく似た色を持つ少女が目を丸くして何かを叫んでいる。すごく大きな声のはずなのに、何を言っているのかがよく聞き取れない。どうしてあなたが傷ついた顔をするの。泣きたいのは私のほうなのに。
本当は、騎士さまの隣には私が立っていたかった。一緒に年をとり、よぼよぼのおじいちゃんとおばあちゃんになっても、騎士さまの隣にいられるのならそれで十分に幸せだった。それでも、騎士さまが死んでしまった世界をひとりで生きるよりも、騎士さまに殺されるほうがよっぽどいい。
「おかえりなさい」
ああ、騎士さまの匂いがする。目をつぶって、かたい胸に頬を寄せれば、また口から鉄臭いものが溢れ出てきた。まったく困ってしまう。最後の時くらい、口からいろんなものを吐き出さずに、綺麗に逝きたいのに。神さまは、乙女心をもう少し尊重すべきなのではないだろうか。竜の時点でどうしようもないのはわかっているけれど。その上どうしてだろう。こんな時だというのに、なんだか眠くなってきてしまった。
「どうぞ、お幸せに」
ただいまの声は聞こえなかったけれど、騎士さまがこの国に帰ってきてくれた。悪しき竜を討ち取ってくれた。それだけでもう十分。
民を虐げる悪い王さまは、恐ろしい竜に殺されました。そして恐ろしい竜は、強く正しい勇者に打ち滅ぼされました。なんと勇者は、本当は王子さまだったのです。美しい恋人と結婚して、勇者はこの国を正しく平和に治めていくことでしょう。めでたしめでたし。ほら、問題なんてないでしょう? なんて見事なお伽噺。
竜だって、頑張れば可愛く笑うことができるはずだ。精一杯意識して微笑みかければ、騎士さまが大剣を取り落としていた。
もう、騎士さま、そんな風に雑に扱ってはいけません。剣がまるで怒ったように赤く光り始めているではありませんか。
「さようなら」
神託の意味が、少しだけわかったような気がした。きっとこれが、神さまの望まれた最高の結末。
神さま、あなたの神託はどうやら実を結んだようですよ。これでご満足いただけましたか?
それにしても神さまというのは、ずいぶんとまどろっこしいことをなさる。悪い王さまを懲らしめるために、枯れた大地を再生させるために、わざわざ災厄を送り込んで人々を奮起させるなんて。
私は知っている。動物の躯は、やがて森に変わることを。災厄と呼ばれた竜には、大きな力がある。やせ衰えた大地も、私が朽ちた後には豊かな緑に変わるだろう。ほら、世界に光が降り注いでいる。
ねえ、騎士さま。どうして、騎士さまは泣いていらっしゃるのですか? こんなにも世界は美しいというのに。
騎士さま、もしもいつか、ちらりと私のことを思い出したなら、桜草の花を御屋敷に飾ってくださいませ。
「ああ、結構疲れちゃいました」
もともとあの日、すべてを終わらせるつもりだった。
騎士さまのいない世界なんて、生きる意味がないから。そのまますべてを無に帰そうと決め、好き勝手にあちこちを破壊して回っていた時、私は自分がひとりではないことを知った。だからあの子のために生きようと決めたのだ。
竜の力を使って自分だけでなく周囲の人々を守ったのも、私の子どもには家族や友人、仲間と呼ばれるひとたちに囲まれて暮らしてほしかったから。だから過程がどれほど乱暴なものであれ、私は新しい世界を創り続けたつもりだ。
傲慢で神を冒涜する神殿も、平民を踏み潰す王さまも、いなくなった。けれど、やっぱり力が強いだけの竜の私には、世界は治められない。何も知らない平民たちだけでは、この生まれたての世界はすぐに崩れ落ちるだろう。この世界には、導き手が必要だ。私を保護し、導いてくれた騎士さまのような誠実なひとが。
ごぽりと口から何かがあふれた。
炎ではない。同じ赤でもまったく異なるそれは、血だ。
死んだことはないけれど、これだけの量を吐けば助からないと一瞬で理解できた。
騎士さまの後ろで、私とよく似た色を持つ少女が目を丸くして何かを叫んでいる。すごく大きな声のはずなのに、何を言っているのかがよく聞き取れない。どうしてあなたが傷ついた顔をするの。泣きたいのは私のほうなのに。
本当は、騎士さまの隣には私が立っていたかった。一緒に年をとり、よぼよぼのおじいちゃんとおばあちゃんになっても、騎士さまの隣にいられるのならそれで十分に幸せだった。それでも、騎士さまが死んでしまった世界をひとりで生きるよりも、騎士さまに殺されるほうがよっぽどいい。
「おかえりなさい」
ああ、騎士さまの匂いがする。目をつぶって、かたい胸に頬を寄せれば、また口から鉄臭いものが溢れ出てきた。まったく困ってしまう。最後の時くらい、口からいろんなものを吐き出さずに、綺麗に逝きたいのに。神さまは、乙女心をもう少し尊重すべきなのではないだろうか。竜の時点でどうしようもないのはわかっているけれど。その上どうしてだろう。こんな時だというのに、なんだか眠くなってきてしまった。
「どうぞ、お幸せに」
ただいまの声は聞こえなかったけれど、騎士さまがこの国に帰ってきてくれた。悪しき竜を討ち取ってくれた。それだけでもう十分。
民を虐げる悪い王さまは、恐ろしい竜に殺されました。そして恐ろしい竜は、強く正しい勇者に打ち滅ぼされました。なんと勇者は、本当は王子さまだったのです。美しい恋人と結婚して、勇者はこの国を正しく平和に治めていくことでしょう。めでたしめでたし。ほら、問題なんてないでしょう? なんて見事なお伽噺。
竜だって、頑張れば可愛く笑うことができるはずだ。精一杯意識して微笑みかければ、騎士さまが大剣を取り落としていた。
もう、騎士さま、そんな風に雑に扱ってはいけません。剣がまるで怒ったように赤く光り始めているではありませんか。
「さようなら」
神託の意味が、少しだけわかったような気がした。きっとこれが、神さまの望まれた最高の結末。
神さま、あなたの神託はどうやら実を結んだようですよ。これでご満足いただけましたか?
それにしても神さまというのは、ずいぶんとまどろっこしいことをなさる。悪い王さまを懲らしめるために、枯れた大地を再生させるために、わざわざ災厄を送り込んで人々を奮起させるなんて。
私は知っている。動物の躯は、やがて森に変わることを。災厄と呼ばれた竜には、大きな力がある。やせ衰えた大地も、私が朽ちた後には豊かな緑に変わるだろう。ほら、世界に光が降り注いでいる。
ねえ、騎士さま。どうして、騎士さまは泣いていらっしゃるのですか? こんなにも世界は美しいというのに。
騎士さま、もしもいつか、ちらりと私のことを思い出したなら、桜草の花を御屋敷に飾ってくださいませ。
691
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
お飾りな妻は何を思う
湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。
彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。
次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。
そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
一年だけの夫婦でも私は幸せでした。
クロユキ
恋愛
騎士のブライドと結婚をしたフローズンは夫がまだ婚約者だった姉を今でも想っている事を知っていた。
フローズンとブライドは政略結婚で結婚式当日にブライドの婚約者だった姉が姿を消してしまった。
フローズンは姉が戻るまでの一年の夫婦の生活が始まった。
更新が不定期です。誤字脱字がありますが宜しくお願いします。
差し出された毒杯
しろねこ。
恋愛
深い森の中。
一人のお姫様が王妃より毒杯を授けられる。
「あなたのその表情が見たかった」
毒を飲んだことにより、少女の顔は苦悶に満ちた表情となる。
王妃は少女の美しさが妬ましかった。
そこで命を落としたとされる少女を助けるは一人の王子。
スラリとした体型の美しい王子、ではなく、体格の良い少し脳筋気味な王子。
お供をするは、吊り目で小柄な見た目も中身も猫のように気まぐれな従者。
か○みよ、○がみ…ではないけれど、毒と美しさに翻弄される女性と立ち向かうお姫様なお話。
ハピエン大好き、自己満、ご都合主義な作者による作品です。
同名キャラで複数の作品を書いています。
立場やシチュエーションがちょっと違ったり、サブキャラがメインとなるストーリーをなどを書いています。
ところどころリンクもしています。
※小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿しています!
あの、初夜の延期はできますか?
木嶋うめ香
恋愛
「申し訳ないが、延期をお願いできないだろうか。その、いつまでとは今はいえないのだが」
私シュテフイーナ・バウワーは今日ギュスターヴ・エリンケスと結婚し、シュテフイーナ・エリンケスになった。
結婚祝の宴を終え、侍女とメイド達に準備された私は、ベッドの端に座り緊張しつつ夫のギュスターヴが来るのを待っていた。
けれど、夜も更け体が冷え切っても夫は寝室には姿を見せず、明け方朝告げ鶏が鳴く頃に漸く現れたと思ったら、私の前に跪き、彼は泣きそうな顔でそう言ったのだ。
「私と夫婦になるつもりが無いから永久に延期するということですか? それとも何か理由があり延期するだけでしょうか?」
なぜこの人私に求婚したのだろう。
困惑と悲しみを隠し尋ねる。
婚約期間は三ヶ月と短かったが、それでも頻繁に会っていたし、会えない時は手紙や花束が送られてきた。
関係は良好だと感じていたのは、私だけだったのだろうか。
ボツネタ供養の短編です。
十話程度で終わります。
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
本日、私の妹のことが好きな婚約者と結婚いたしました
音芽 心
恋愛
私は今日、幼い頃から大好きだった人と結婚式を挙げる。
____私の妹のことが昔から好きな婚約者と、だ。
だから私は決めている。
この白い結婚を一年で終わらせて、彼を解放してあげることを。
彼の気持ちを直接聞いたことはないけれど……きっとその方が、彼も喜ぶだろうから。
……これは、恋を諦めていた令嬢が、本当の幸せを掴むまでの物語。
私と結婚したいなら、側室を迎えて下さい!
Kouei
恋愛
ルキシロン王国 アルディアス・エルサトーレ・ルキシロン王太子とメリンダ・シュプリーティス公爵令嬢との成婚式まで一か月足らずとなった。
そんな時、メリンダが原因不明の高熱で昏睡状態に陥る。
病状が落ち着き目を覚ましたメリンダは、婚約者であるアルディアスを全身で拒んだ。
そして結婚に関して、ある条件を出した。
『第一に私たちは白い結婚である事、第二に側室を迎える事』
愛し合っていたはずなのに、なぜそんな条件を言い出したのか分からないアルディアスは
ただただ戸惑うばかり。
二人は無事、成婚式を迎える事ができるのだろうか…?
※性描写はありませんが、それを思わせる表現があります。
苦手な方はご注意下さい。
※この作品は、他投稿サイトにも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる