「僕」と「彼女」の、夏休み~おんぼろアパートの隣人妖怪たちによるよくある日常~

石河 翠

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8.管理人さんと「僕」のおはなし

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 ここは、メゾン・ド・比嘉。わたくしはこのアパートの大家兼管理人です。一部の店子さんには、アパートの名前がイマイチと思われていることが少しばかり残念ですが、基本的にわたくしと店子さんの関係は良好です。

 もともと店子さんたちは、みなさんお行儀の良いかたばかり。雪女さんは、暑いのが苦手だからといってお部屋の中を雪まみれにしたりはなさいません。クーラーの使いすぎは体に悪いので、プールなどで涼をとって頂けるとこちらとしても安心なのですが。

 そうそう一度人魚さんを店子にした際には、お部屋の中が水浸しになってしまって、少々困ったことになったものです。ご自身と縁の深い場所については、扉か窓で繋いでくださるように最初に申し上げているのですが、どうもみなさん忘れがちなようですね。

 河童神社の姫巫女さんは、隣近所の方に配慮した上でお仕事に励んでおられます。多少声を出しても安心な構造ではありますが、やはり足音は響きますので、こういう気遣いは大変ありがたいものです。ただきゅうりの食べ過ぎと盗み食いはよくありませんね。それが緑色であっても、桃色であっても、節度が大切というものです。

 猫又さんは、このアパートの中でも結構長いお方ですね。飼い主の方も、ちょくちょく顔ぶれが変わります。ここに留まることはなく、あちらに戻られたり、新しい場所に引っ越されたり。それでもここに住み続けてくださる猫又さんは、わたくしにとっても大切な存在です。時々お顔を出してくださる、猫又さんのお友だちのわんちゃんも、とても可愛らしいですしね。

 そして少し特別な「彼」も、このアパートにとても馴染んでいらっしゃるようです。本当ならずっとここにいて欲しいくらいなのですが、そうも言っていられません。頃合い的には、そろそろでしょうか。夏の終わりに、「彼」は何を思うのでしょうか。わたくしは、それが少しだけ気にかかるのです。

 あら、お客様が来られたようですね。足音が聞こえます。そうそう、わたくしのお部屋は、こういった特別なお客様のためにいつだって鍵を開けてあります。だって鍵がしまっていては、お客様が自由に中に入ることができないでしょう?

 ここに辿り着くことができたということは、ここにそのかたの必要なものがあるということなのです。ですからわたくしは、ただお客様を歓迎するだけです。お客様ご自身は、そのことをご存知ないことがほとんどなのですけれどね。

 まあ、土足でいきなり窓から上がり込むとは外見通りワイルドなお方ですね。お客様が通りやすいように、網戸だけにしておいて本当に良かったです。

 見つかるでしょうかね。今度のお客様の大切なものは。あなたの目の前、もうすぐそこにあるのですけれど。おや、お守りはお嫌いですか。落として踏みつけになさるなんて。どうして家捜しを始めたのか。それすらも忘れて、今は単なる空き巣に成り下がってしまったお客様。
 
 ねえ、気がついてください。あなたが大事にしていたものを。まあ、あなたはそれを選ぶのですか。もちろん、選ぶのはあなたの自由です。けれど本当に必要なのはそれなのでしょうか。この家から持ち出せるのは、ひとつだけ。本当にそれでよろしいですか?

「だれだ! 言いたいことがあるなら、姿を見せやがれ!」

 これだけ大声で話しかけておりましたのに、ようやく気がつかれたようですね。どこにいるのかですって?

 最初から、わたくしはここにおりましたよ。あなたがこの家に上がり込む前からずっとね。ほら、床が踊りますよ。ほら、天井が揺れますよ。さあ、家鳴りですよ。あらあら、そんなに怖がるなんて。先ほど、わたくしを呼んだではありませんか。ご挨拶が遅れましたが、わたくしこそがこの家そのもの。わたくしは、この家の管理人であり、大家であり、主であるのです。

 叫び声をあげながら、お客様は部屋を出ていかれます。もうお帰りになるなんて、寂しいものですね。あら、困りましたわ。何度も申し上げましたのに。この家から持っていくものは、ひとつだけにしておいてくださいませと。玄関の扉をくぐってしまっては、わたくしの管轄外になってしまうのですけれど、よろしかったのでしょうか。


どど、ど、どどど、ど


 今回はお早いお越しですのね。百鬼夜行の皆様が、お客様を追いかけてらっしゃいます。お口の裂けたお姉さまに、きらきらおめめがチャームポイントのひとつめ小僧様。まあ、みなさん久しぶりのお客様によだれが溢れんばかり。そうですね、お客様というものは嬉しいものですよね。なんと今回のお客様は、気がつくのがお早い。慌てて、持っていた品物を放り投げていらっしゃいます。

 ふふふ、けれどもう遅いのです。だから、最初から申し上げましたのに。この家であなたが持っていくべきだったものは、本棚の隅にあった小さなお守り。あなたが床に捨て、踏みつけたその中には、あなたの良心とご両親との繋がりが入っていたのですよ。

 さあ今宵は百鬼夜行の皆様と、お散歩をお楽しみくださいね。少しばかり、寿命と気力を吸いとられてしまいますけれど、他ではできない驚くような体験があなたを待っておりますよ。

 明日か明後日の朝には、世間を騒がせていた空き巣も捕まることでしょう。わたくしは小さく微笑みながら、家の片付けにとりかかるのでした。
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