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1部 4章
ストラクを目指して 2
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野営の支度とはいっても、大変な労働なんてほとんどなかった。本格的な拠点を築くわけではなく、たった四人が一夜を過ごすだけだからだ。焚火を組んで、夕食を作り、毛布などを敷いて簡易の寝床を用意する――その程度で充分だった。
パチパチパチと、火の爆ぜる細かな音。
その火を囲うようにして、オレたちは座っている。
陽はもうとうに沈み、辺りはすっかり夜に包まれていた。
「――はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
ディパルさんが差し出すお椀を、オレは両手で受け取った。
お椀は木製のもので、表面があちこち凸凹している。雑な作りだけれど、それがむしろホッとした。マークベンチ家で使っていた物とよく似ているからだ。
――きゅぅぅぅぅう。
お腹が鳴った。椀から立つイイ匂いに、内臓が反応したのだ。
「あははっ! お兄ちゃんお腹鳴ったぁ~あ!」
笑うシルキアに、オレも笑顔を返す。
「お腹空いたねぇ~」
「そうだな」
妹はすでにお椀を受け取っていて、その右手には木製のスプーンを握っている。臨戦態勢は充分だ。あとは、ふぅふぅと冷まして食べる、それだけ。
ディパルさんが、フィニセントさんにもお椀を差し出す。
フィニセントさんは、ありがとうも言わずに両手で受け取った。
料理の支度は、ほぼディパルさんがしてくれたのに。感謝の言葉すら言わないだなんて、さすがに感じ悪すぎるんじゃないだろうか。
そんなムッとした思いも芽生えたが、こういった空気感が二人の関係性だというのなら、オレが口を出すことではない。
ディパルさんが、焚火の上の土鍋から自分のぶんもお椀に掬い、火から少し下がった。
「それでは、食べましょうか」
「はい。ディパルさん、いただきます」
作ってくれたカノジョに、オレはしっかりとお礼を伝えた。
「いただきまぁ~す!」と、シルキアも続く。
「熱いので気を付けてくださいね」
ディパルさんに頷き返し、オレはお椀に差してあるスプーンを右手で持った。
くるくるとスプーンで掻き混ぜながら、ふぅふぅふぅと中身に息を吹きかける。
繰り返しながら、目だけで左隣に座っているシルキアを確認すれば、妹も同じように唇を尖らせていた。これなら、いちいち忠告しなくても、火傷は避けられるだろう。
……そろそろ、いいか?
オレはスプーンで中身を掬い、さらに三回、そこへ息を吹きかけ、口に運ぶ。
ん~、イイ味だ!
「ディパルさん、美味しいです」
正直な感想を伝える。こういうのは、恥ずかしがってはいけない。
「ありがとうございます」
「美味しい! 美味しいっ、ですっ!」
ひと口目を食べたらしいシルキアの感想は、間違いなく心の底からのものだった。
「ありがとう。そこまで言ってくれると、作った甲斐があるものです」
ディパルさんの、オレたち兄妹を見る目は、今までで一番柔らかく見えた。炎によって瞳が揺らいでいるように映るからかもしれないし、カノジョの優しさの発露かもしれない。
オレは、美味しいです本当に!と感想を繰り返しながら、煮込み料理――豆類と干し肉と蒸かした麦を使った麦粥だ。旅において最も貴重な清潔な水は使っていない。焚火のための枝葉を集めながら採取した食べられる草を煮込んで出た水分を料理には使った。それなのに青臭さが感じられないのは、ディパルさんの料理の腕だろう――を一心不乱に食べた。
※
空腹でなくなると、胸が温かくなる。
胸というのは、内臓とか筋肉という意味でなく、気持ち的な意味だ。
そして――胸が温かくなれば、張り詰めていたものは緩むもの。
シルキアが急に泣き出したのは、そういう理由だろう。
「シルキア? 大丈夫か?」
わんわんと大泣きするのではなく。
妹は静かに涙を流している。すんすん、すんすん、と。
珍しいと思った。妹はもっと感情を爆発するように泣くことが多かったから。
「……お兄ちゃん」
「ん?」
「お母さん、お父さん、死んじゃったの?」
「…………ああ」
答えるまでの間は、事の重大さに対する時間という意味では短いものだったろう。
けれど、その短い時間で、悩むには充分だった。
悩むようなことではないからだ。
悩むことじゃないよな、とオレはすぐに決断したからだ。
だって。
だって、死はもう避けられないことだから。
死んでないよ、なんて嘘を吐いてもイイことは何もない。
むしろ嘘を吐いてしまえば、シルキアに期待させてしまうことになる。
両親が生きているかもしれない、と。
それだけは絶対にダメだと、オレは判断した。
不幸にしかならないから。
今、真実を知って絶望しても、乗り越えて欲しかった。
先の長い人生を、妹がちゃんと幸せになれるように。
たとえこの瞬間、辛く苦しくても、受け入れないといけない。
それはオレ自身にも言えることだ。
オレはお椀を地面に置き、膝立ちで妹に寄り添い、両手でその頭を胸に抱く。
「シルキア。オレたちは、生きてる。生きていくんだ。な?」
「……うん、うん」
「一緒に、生きて。幸せになろう。な?」
「……うん、うん、うん」
ギュッと、背中にしがみつかれる。
指先が背中の肉に食い込むほどで痛かったが、その痛みに、その力強さに、オレは安心できた。妹の逞しさを感じられて。
パチパチパチと、火の爆ぜる細かな音。
その火を囲うようにして、オレたちは座っている。
陽はもうとうに沈み、辺りはすっかり夜に包まれていた。
「――はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
ディパルさんが差し出すお椀を、オレは両手で受け取った。
お椀は木製のもので、表面があちこち凸凹している。雑な作りだけれど、それがむしろホッとした。マークベンチ家で使っていた物とよく似ているからだ。
――きゅぅぅぅぅう。
お腹が鳴った。椀から立つイイ匂いに、内臓が反応したのだ。
「あははっ! お兄ちゃんお腹鳴ったぁ~あ!」
笑うシルキアに、オレも笑顔を返す。
「お腹空いたねぇ~」
「そうだな」
妹はすでにお椀を受け取っていて、その右手には木製のスプーンを握っている。臨戦態勢は充分だ。あとは、ふぅふぅと冷まして食べる、それだけ。
ディパルさんが、フィニセントさんにもお椀を差し出す。
フィニセントさんは、ありがとうも言わずに両手で受け取った。
料理の支度は、ほぼディパルさんがしてくれたのに。感謝の言葉すら言わないだなんて、さすがに感じ悪すぎるんじゃないだろうか。
そんなムッとした思いも芽生えたが、こういった空気感が二人の関係性だというのなら、オレが口を出すことではない。
ディパルさんが、焚火の上の土鍋から自分のぶんもお椀に掬い、火から少し下がった。
「それでは、食べましょうか」
「はい。ディパルさん、いただきます」
作ってくれたカノジョに、オレはしっかりとお礼を伝えた。
「いただきまぁ~す!」と、シルキアも続く。
「熱いので気を付けてくださいね」
ディパルさんに頷き返し、オレはお椀に差してあるスプーンを右手で持った。
くるくるとスプーンで掻き混ぜながら、ふぅふぅふぅと中身に息を吹きかける。
繰り返しながら、目だけで左隣に座っているシルキアを確認すれば、妹も同じように唇を尖らせていた。これなら、いちいち忠告しなくても、火傷は避けられるだろう。
……そろそろ、いいか?
オレはスプーンで中身を掬い、さらに三回、そこへ息を吹きかけ、口に運ぶ。
ん~、イイ味だ!
「ディパルさん、美味しいです」
正直な感想を伝える。こういうのは、恥ずかしがってはいけない。
「ありがとうございます」
「美味しい! 美味しいっ、ですっ!」
ひと口目を食べたらしいシルキアの感想は、間違いなく心の底からのものだった。
「ありがとう。そこまで言ってくれると、作った甲斐があるものです」
ディパルさんの、オレたち兄妹を見る目は、今までで一番柔らかく見えた。炎によって瞳が揺らいでいるように映るからかもしれないし、カノジョの優しさの発露かもしれない。
オレは、美味しいです本当に!と感想を繰り返しながら、煮込み料理――豆類と干し肉と蒸かした麦を使った麦粥だ。旅において最も貴重な清潔な水は使っていない。焚火のための枝葉を集めながら採取した食べられる草を煮込んで出た水分を料理には使った。それなのに青臭さが感じられないのは、ディパルさんの料理の腕だろう――を一心不乱に食べた。
※
空腹でなくなると、胸が温かくなる。
胸というのは、内臓とか筋肉という意味でなく、気持ち的な意味だ。
そして――胸が温かくなれば、張り詰めていたものは緩むもの。
シルキアが急に泣き出したのは、そういう理由だろう。
「シルキア? 大丈夫か?」
わんわんと大泣きするのではなく。
妹は静かに涙を流している。すんすん、すんすん、と。
珍しいと思った。妹はもっと感情を爆発するように泣くことが多かったから。
「……お兄ちゃん」
「ん?」
「お母さん、お父さん、死んじゃったの?」
「…………ああ」
答えるまでの間は、事の重大さに対する時間という意味では短いものだったろう。
けれど、その短い時間で、悩むには充分だった。
悩むようなことではないからだ。
悩むことじゃないよな、とオレはすぐに決断したからだ。
だって。
だって、死はもう避けられないことだから。
死んでないよ、なんて嘘を吐いてもイイことは何もない。
むしろ嘘を吐いてしまえば、シルキアに期待させてしまうことになる。
両親が生きているかもしれない、と。
それだけは絶対にダメだと、オレは判断した。
不幸にしかならないから。
今、真実を知って絶望しても、乗り越えて欲しかった。
先の長い人生を、妹がちゃんと幸せになれるように。
たとえこの瞬間、辛く苦しくても、受け入れないといけない。
それはオレ自身にも言えることだ。
オレはお椀を地面に置き、膝立ちで妹に寄り添い、両手でその頭を胸に抱く。
「シルキア。オレたちは、生きてる。生きていくんだ。な?」
「……うん、うん」
「一緒に、生きて。幸せになろう。な?」
「……うん、うん、うん」
ギュッと、背中にしがみつかれる。
指先が背中の肉に食い込むほどで痛かったが、その痛みに、その力強さに、オレは安心できた。妹の逞しさを感じられて。
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