転滅アイドル【1部 完結しています】

富士なごや

文字の大きさ
33 / 35
1部 5章

巨大バエ討伐の剣が最期のひと振り 5

しおりを挟む
 セオ=ディパルは、攻撃の手を休めなかった。
 耳障りの極みのような悲鳴を上げながら自分から逃げようとする相手――ブゼルデスという巨大バエとの間合いを詰めつつ、直剣による刺突を繰り返す。
 蠢く眼球を一つまた一つと突き刺すたび、青紫色の体液が辺りへと飛び散った。

 立派な翅があるにも関わらず二本の足で地面に立ち、飛び上がるのではなくわざわざ地面の上を後ずさっているのは、あまりにも馬鹿すぎる。
 所詮は、蟲か。いや、蟲の中でも、相手に寄生する生態の種は賢いだろうから、ブゼルデスというこの種が間抜けなのだろう。もしくは、この個、というべきか。

 ……やめておこう。
 こういった分析は、油断をもたらす。
 油断は禁物だ。
 コイツらは人を殺す獰猛な種なのだから。
 こちらの体調だって全盛とはほど遠いのだし。

 セオは、刺突では決め手に欠けると考え、思い切って右手を左肩のほうへ振り上げる。こうすることで右腕によって胸は守られ、加えて上半身が捩じられることによって斬撃の威力が増す。カノジョお気に入りの斬り方だ。
 一歩、右足を大きく踏み込んでブゼルデスとの間合いを一気に縮めながら、捩じることによって溜めていた力を解放する。右腕を全力で振り、剣先を走らせる。

 確かな手ごたえ。
 剣は、眼球が無数に並ぶその頭部を、斜めにバッサリと切り裂いた。
 先ほどまでの刺突で散っていた量とは比較にならないほどの体液がドロドロと零れる。
 ひと際、凄まじい雄叫び。
 効いているのは、間違いない。
 しかし、浅い。全然、浅い。あれでは致命傷にはならない。

 であれば、繰り返すだけ。
 もう一撃、もう一撃、もう一撃。
 致命傷となる一撃を与えられるまで、剣を振るうまでだ。
 変わらず翅を宝の持ち腐れとした逃げ方で離れようとする敵を、追撃。
 今度は左足を大きく前に踏み出しつつ、上半身ごと思い切り右後ろへ捻って剣を右上高く振り被り――

 ドクンッ!

 ――激しい胸の痛みに襲われた。
「ッ、ゴホッ! ゲホッゲホッ!」
 咳き込む。一度、堰を切ってしまえば、もう意思の力では止められない。
 全身の力がすべて『咳をする』という動作に集約してしまう。
 直前まで予定されていたあらゆる動作が否定され、咳をするだけの身体となってしまう。
 捻ることで力を溜めていた上半身は、そんな窮屈で苦しい体勢を維持できるわけもない。捻ることはやめた上半身は、咳き込むたびに大きく震えるだけの肉と化す。
 カァン!と、甲高い金属音が鳴った。振り上げていた直剣が地面を打った音だ。
「ゴホッ、ゴホッゴホッゴホッ! カハァ! ゴボッゴボッ!」
 両手が塞がっているためいつものように塞げない口から、大量の血が溢れ出る。
 胸の激痛は、もはや、全身の激痛であった。
 患っているのは胸のはずだが、酷くなったここ最近は、胸が痛むと思ったらもう数秒後には身体のどこが悪いのか判断できないくらいの痛みに襲われる。
 全身が毒されている、と言うべき症状だった。

 咳き込むたび、セオの頭の中が霞んでいく。
 何も考えられなくなっていく。
 今何をしているとか、ここがどこだとか、そういったことさえも。
 それは戦場において明確な隙だ。
 しかしカノジョ自身にもどうすることもできない。

 突如、セオの左脇腹に強烈な痛みと衝撃が走る。病のせいで全身が痛むけれど、外部からの痛みは、感覚器官はまだ生きているため新鮮に感じられた。
 吹き飛ぶ、カノジョの身体。

 ブゼルデスの胸部、そこにはパッカリと口のようなものが開いていて、そこから一本の舌が伸びている。あまりにも長く、紫色の、不気味なもの。
 それが、セオを突いたのだ。
 いくらブゼルデスが蟲の中でも思考機能に劣るとはいえ、生物としてこの機を逃すわけがなかった。大抵の生物には、命には、防衛本能としての闘争本能が備わっているから。

 セオの身体は数メートルを低空飛行し、三度地面で弾み、滑り、止まった。転がることはなかったため、直剣と松明を手放さずに済んだのは、ほぼ奇跡と言っていいだろう。
 服の下にできた幾つもの擦過傷や打撲の痛みを新鮮に感じながらも、カノジョは即座に起き上がろうと身を動かす。それは熟練の剣士だからこそ、多くの場数を踏んだ強者だからこその振る舞いだった。並大抵の者なら、いくら鍛えていようが実戦経験に乏しい者なら、悶絶することしかできなかったというのに。

 膝立ちになる――刹那。
 向かってくる強烈な圧を感じた。
 カノジョの抜群の動体視力が、圧の正体を捉える。と、同時に。カノジョの防衛本能が抜群の働きを見せた。直剣を盾代わりとして、上半身の前に立てたのだ。
 ギィン!と、強烈な衝撃が刃を震わせ、右手を痺れさせる。
「ッ」
 重圧に、振動に、麻痺に耐えられず、直剣が弾き飛ばされた。
 槍のように突き出されたブゼルデスの舌に、病に毒されボロボロの身体では……全盛期と比べて遥かに弱くなってしまった握力では、耐え勝つことができなかったのだ。

 ――カァン!
 左斜め後ろのほうで、金属音が鳴った。直剣の落ちた音。もっと飛ばされたかと思ったけれど、そう遠くはない。あれなら、少しの隙を作ることができれば、すぐ拾える。
 戦場・戦闘慣れしているセオの脳内では、自らが取るべき次の行動が導き出されていた。
 松明を脇に置いて左手を空け、まだ痺れの残る右手では腰にある短剣を抜く。
 ヤツは恐らく接近してこない。間違いなく、また、舌の槍で突いてくるだろう。
 そのとき、やるべきことをやる。
 それだけだ。

 眼前で感じる、空気の揺らぎ。
 来たっ!
 集中した視界の中、猛烈な速度で向かってくるもの。
 ヤツの舌だ。
 タイミングを計る――今だっ!
 膝立ちの体勢から屈む恰好へと移りつつ、全身を右へと逃がしていく。そして、舌の槍を紙一重で躱し、空けた左手を伸ばして掴む。
 握った! 逃がさないため、歯を食いしばって握力を、今出せる限り最大限に発揮。
 けれど、ぬめるし、引く力の凄まじさもあって、掌から抜けてしまいそうだ。
 早く、早くしなければ!
 短剣を振り上げつつ舌に身を寄せ、思い切り振り下ろした。
 舌に突き刺さる短剣。

 ギャギャギャギャギャアアアアアアアアアアア!

 その雄叫びは、刺されたことに対する悲鳴か、憤怒か、はたまた両方か。
 舌が引き戻される。熱いものに触れたら反射的に手を引っ込めるのと同じように。
 逃がしてたまるか。
 舌から離した左手でも短剣の柄を握る。
 圧し掛かるようにして、全体重を短剣にかけた。
 ズジュズジュズジュ!と、肉が裂けていく。セオの体重を受けて短剣の刃は奥へと沈み込んでいく中、ブゼルデスが舌を引くことによって舌が裂けていくのだ。
 自分が引けば引くほど痛みが増すからか、ブゼルデスは舌を引くことをやめた。

 変わらず醜悪な雄叫びを上げるだけで、舌の動きがピタリと止んだ。
 それもまた、セオにとっては明確な隙、好機だった。
 軽く跳び上がり、倒れ込むようにして、さらに力を重みを短剣に加える。
 刃はとうとう舌を貫通し、さらに、押し込み続けることで切っ先は地面まで達した。
 そのまま地面へと突き立てる。少しでも深く、深く、深く深く深く――

 もうこれ以上は刺さりそうにないと判断したセオは、短剣を手放して立ち上がる。
 まずは傍にある松明を左手で拾う。
 次は直剣だ。確か剣はあっちに……と脳内で目星をつけた方向へとふらつきながら歩き出し、すぐに駆け出す。剣は、剣剣剣、剣は……あった!
 右手で拾い上げ、地面に突き立てた短剣をチラ見。

 ブゼルデスの舌は、凶器も同然だ。
 ただでさえ尋常でなく長いその舌は、かなり伸縮性に富んでいて槍のようになる。舌の先端は丸みを帯びているため貫通性能はほぼないに等しいが、突き打たれるだけでも破壊力は高いものがある。一撃に致命傷はなくとも、連撃を浴びれば骨は砕かれるほどに。
 けれど、弱点もある。
 伸縮……つまり前後の動きには秀でているが、上下の運動には極めて弱いのだ。ワニのあの極悪な顎が、口を閉じる力は強力であっても開く力が弱いのと同じようなもの。
 だから、ああして何かで貫き、地面にでも留めてしまえば、怖くはない。
 湿度の極めて高いここの地面は恐らく柔らかめだろうから、いずれ杭代わりの短剣も抜けてしまうだろう。しかし、それはすぐ起きることではないはずだ。
 大丈夫。
 ヤツを絶命させるまでの時間はある。

 セオは、舌のすぐ左側を、平行して駆けていく。
 カノジョの口の端から、まだ乾いていない血が糸を引いて後方へと流れる。
 全身が痛い。でも、痛いということは、まだ戦えるということだ。

 死んでいなければ、守るために、戦える。

 松明の明かりを浴び、ぼんやりと、ソイツの輪郭が浮かび上がった。
 ゴギャギャと、未だに叫んでいる。人の平均的な長さの三分の一ほどの長さしかないが、蟲にしては長いし太い四本の手足を――手足、そう、手足。コイツは蟲に分類されるし、間違いなく巨大なハエといった外見なのだが、基本的に二足歩行をするのだ。二足歩行をし、二本の手で物を掴むのだ。本当に気色悪い生物である――忙しなくばたつかせている。
 ブブブブブ!という羽音も、ずっと大音量だったが、今はひと際だ。
 焦り、が感じられた。
 蟲も焦るのかはわからないけれど。
 命の終わりが近いことを。
 最期が差し迫っていることを。
 コイツも感じているのかもしれない。
 だから、叫び、両手両足をバタバタし、翅を最大限に震わせている。
 やれることをとにかくやれば助かるんじゃないか、と。

 生きたいよな。

 同情とかではない、淡々とした思いが芽生える。
 コイツだって、生きていくための糧として、子どもたちを狙ったのだ。
 そこに悪意なんてない。生きるためにした、それだけのこと。
 でも、その子どもたちだって、まだ生きられる。
 その子どもたちに生きて欲しいから、自分はここにいる。
 お互い様だ。
 命のために、命を奪い合う。
 それだけのこと。

 来た。
 完璧な、間合い。
 右手の直剣を、開きっ放しの口の中へ、思い切り突き込む。
 剣先が沈む感触。しかし肉の厚みのせいか、沈む勢いはすぐに弱くなる。
 高まる、雄叫び。唾なのか、口内にできたばかりの傷から溢れた体液か、飛沫がカノジョに浴びせられる。
 松明をその場に落とし、左手でも柄を握り、力強く踏み込んで、剣を突き込んでいく。
 ズブ、ズブ、ズブと、刃が沈んでいく。少しずつ、着実に。
 そして――フッと、いきなり剣が軽くなった。抵抗がなくなった。

 静かになる空間。
 羽音も。
 雄叫びも。
 止んだ。
 ばたついていた手足は、しぃんと萎れた。
 死んだのだ。

 剣を引き抜こうとするも、簡単には抜けない。
 ぐらりと蟲の死体が前に傾いた。
 慌てて両手を柄から離し、後ろに跳ぶ。
 ドスンと重量感のある音を立て、死体は倒れ伏した。
 これでは、剣は抜けない。
 ……まあ、いい。

 もう自分には不要だろう。
 もう自分が剣を振るうことはないだろうから。

 親友の娘を、故郷の子どもたちを救うために、巨体なハエを討伐した。
 それが、皇国軍人として戦い、部隊を任せられるまでに出世した自分の振るった、最期の剣。
 イイ終わり方だ、本当に……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

前世で薬漬けだったおっさん、エルフに転生して自由を得る

がい
ファンタジー
ある日突然世界的に流行した病気。 その治療薬『メシア』の副作用により薬漬けになってしまった森野宏人(35)は、療養として母方の祖父の家で暮らしいた。 爺ちゃんと山に狩りの手伝いに行く事が楽しみになった宏人だったが、田舎のコミュニティは狭く、宏人の良くない噂が広まってしまった。 爺ちゃんとの狩りに行けなくなった宏人は、勢いでピルケースに入っているメシアを全て口に放り込み、そのまま意識を失ってしまう。 『私の名前は女神メシア。貴方には二つ選択肢がございます。』 人として輪廻の輪に戻るか、別の世界に行くか悩む宏人だったが、女神様にエルフになれると言われ、新たな人生、いや、エルフ生を楽しむ事を決める宏人。 『せっかくエルフになれたんだ!自由に冒険や旅を楽しむぞ!』 諸事情により不定期更新になります。 完結まで頑張る!

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

辺境貴族ののんびり三男は魔道具作って自由に暮らします

雪月夜狐
ファンタジー
書籍化決定しました! (書籍化にあわせて、タイトルが変更になりました。旧題は『辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~』です) 壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。

攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】

水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】 【一次選考通過作品】 ---  とある剣と魔法の世界で、  ある男女の間に赤ん坊が生まれた。  名をアスフィ・シーネット。  才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。  だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。  攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。 彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。  --------- もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります! #ヒラ俺 この度ついに完結しました。 1年以上書き続けた作品です。 途中迷走してました……。 今までありがとうございました! --- 追記:2025/09/20 再編、あるいは続編を書くか迷ってます。 もし気になる方は、 コメント頂けるとするかもしれないです。

ギルドの片隅で飲んだくれてるおっさん冒険者

哀上
ファンタジー
チートを貰い転生した。 何も成し遂げることなく35年…… ついに前世の年齢を超えた。 ※ 第5回次世代ファンタジーカップにて“超個性的キャラクター賞”を受賞。 ※この小説は他サイトにも投稿しています。

地味スキル「ためて・放つ」が最強すぎた!~出来損ないはいらん!と追い出したくせに英雄に駆け上がってから戻れと言われても手遅れです~

かくろう
ファンタジー
【ためて・放つ】という地味スキルを一生に一度の儀式で授かってしまった主人公セージ。  そのせいで家から追放され、挙げ句に異母弟から殺されかけてしまう。  しかしあらゆるものを【ためる】でパワフルにできるこのスキルは、最高ランクの冒険者すらかすんでしまうほどのぶっ壊れ能力だった!  命からがら魔物の強襲から脱したセージは、この力を駆使して成り上がっていく事を決意する。  そして命の危機に瀕していた少女リンカニアと出会い、絆を深めていくうちに自分のスキルを共有できる事に気が付いた。 ――これは、世界で類を見ない最強に成り上がっていく主人公と、彼の元へ集まってくる仲間達との物語である。

幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……? 生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。 これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。 (小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

処理中です...