汗の恋

富士なごや

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「やぁ~、夏だねぇ~」
 のんびりとした道林の声。
 後ろについた両手に体重を預けて軽く仰け反った体勢で、彼女は両足を交互にぷらぷらと上下させる。
 穏やかな時間だ。
 とても心が落ち着く。
 このままずっと、ぼーっとしていたくなるくらい。
 誰も傷を負わない、そんな空間だ。
 でも、このまま身をゆだねることはできない。

「あのさ。そろそろ本題っていうか、話、聞いてもらっていいかな」
「あ~、LINEで言ってた、大事な話ってヤツ?」
「うん」
「いいよ。なぁに?」

 息を吸う。
 心臓がドキドキしている。
 緊張、不安、心配……ネガティブな感情が渦巻く。
 でもそれと同じくらい、期待、喜び、楽しみ……ポジティブな感情もある。
 息を吐く。

 告白する。

「俺、道林のこと、好きなんだ。付き合って欲しい、です」
 言った。
 言った言った言った言った言った。
 言った!
 身体中が熱い。
 顔面にも服の下にも、汗の気配を強く感じる。
「え、好きって、付き合うって、それ、恋人、ってこと?」
 彼女はマカダミアナッツみたいに目を丸くしている。
 まったく予想していなかったのだろう。
「うん。オレはキミと、恋人になりたい、です」

 見詰め合う。
 オレは自分の意思で、自分がそうしたくて見詰めているが、彼女がオレを見ているのは呆然としているからのように見えた。
 でも、それでもいい。
 呆然としていようが、なんだろうが、彼女の瞳にオレが映っていることに変わりはないのだから。

「えっと、ありがと、ございます」
 彼女の顔が急速に赤くなる。
 沸々と汗が浮いてきて、白い肌を流れていく。陶器のような頬を滑る汗、華奢な顎を伝う汗、そして首筋を濡らす汗。もう耳まで真っ赤になった彼女の顔は、汗まみれになっている。
「道林、汗、凄いよ」
「そ、そりゃあね! 凄くもなっちゃうよ! だってだって、恥ずかしいし。っていうか、そう言う藤宮君だって!」
 わかってる。
 オレも汗で大変なことになってるだろう。
 ハハハ、と短く笑った。

「それで? 返事は、どっちでしょうか」
「……その、あの……アハハ。まさか、まさかだなぁ、うん。藤宮くんも私のこと、好きに思ってくれてたなんて」
「うん……え? 今、藤宮くんもって」
 も。
 も、って?
 も、ってどういうことだ?
 つまりそれって、それって……。
「その、うん……私もさ、藤宮くんのこと、イイなって思ってたの。だから、美化委員で一緒になったとき、実はすっごい嬉しかったんだ」
「え、そ、そうなんだ」

 あはは、と笑うオレ。
 顔が熱い。いや、身体中が熱い。
 なんだそれなんだそれなんだそれなんだそれ、と頭の中は半分パニック。
 道林も、オレのことをイイなって、そう思ってくれてたって?
 まさか、まさかそんなことがあるだなんて。
 いや、そういうものか?
 恋愛経験なんてなくて、初恋が道林みたいなところもあるオレだけど。
 オレが彼女を、ちょっとした会話で好きになったように。
 彼女もまた、ほとんどひと目惚れといった感覚で、オレを好きになってくれたのかもしれない。

 でも、どういうところを好きになってくれたのか、気になる。
 気になる、けど。けど!
 もちろん、聞くわけない。
 好きだと言ってくれている相手に、「ねえねえ! オレのどこを好きになってくれたのっ?」と聞くなんて、悪手にしか思えないから。聞かれれば聞かれるほど、むしろ冷めてしまうことはよくある。よく聞く失恋談だ。
 気になるけど、尋ねるにしても、それはもっと親しくなってからでイイ。
 恋人になってからでイイ。
 今はただ、道林が受け入れてくれた、その事実だけ素直に喜ぼう。

「その、ありがと。じゃあ、えっと、その、これからよろしく」
「う、うん。私のほうこそ、その、よろしくお願いしますっ」

 お互い、ペコッと、頭を下げる。
 頭を上げて、見合って、オレたちは揃って笑った。

「道林、顔、真っ赤だよ」
「藤宮くんだって、リンゴみたいだよ?」
「ハハ、アハハハ」
「へへ、えへへへ」

 笑う道林の顎先から、汗の珠は一滴、宙へと放たれた。
 オレはその落ちていくキレイな雫を反射的に目で追いながら、そうだ!夏休みの残り、彼女とたくさん出かけてたくさん汗をかこう!なぁ~んて思った。
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