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覚悟

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「つまり、カスピラーニ領から兵を退けと?」 

「はい…。出来る事でしたら…」

「理由を、聞かせて貰えぬか?」
 
 帰還後、ナオヤはエレジア国王に呼び出される形で謁見した、エレジア国王はナオヤ無事と、湖に降りた流星の凱旋を大いに喜んでくれた。
 その時、ナオヤは今回の出兵に対する申し出をしたいと打ち明け、それに応える形でエレジア王は時間を割き、謁見の間ではなく、沢山の椅子が並んだ円卓の間にナオヤは通されていた。
 現在その場には、エレジア国王はじめ、レジア軍参謀の中から将軍階級を持つ者、近衛兵団長、レジア国議を捌く議長など、国のまつりごとに関わる行政の中でも位の高い面々が数名出席していた。

「僕達は偶然レジア領に着陸しました、レジアは僕達を暖かく迎えてくださり、そればかりか、満ち溢れる恩寵まで惜しみなく与えてくださった、エレジア王、並びにレジア王国には甚謝の念に絶えません。」

「ですが、あの船の為に、その事で国同士が争って、それで大勢の人死にが出てしまうなんて… 僕はおかしいと思うんです。確かに僕はあの山へ行き、船を取り戻すために武器を使用して、何人もこの手で…」

 俯いて自分の両手をまじまじと見つめるナオヤ。
 
「だけど、いや、だから… だから流星は取り戻せた! レジア国内の法がそうさせるなら、国内に留まる他国の残党は捕縛すべきです、でも攻め入ってまで報復する必要が本当にあるのでしょうか? 僕は、エレジア王が軍を動かすと聞き、あの場所で大勢の人々が争う前に僕たちだけで終わらせたかった、そのために行ったのに… 国王陛下… 侵攻を、考え直しては貰えませんか?」

 その言葉に難しい顔を更に難しく歪ませる高官や宰相達。
 流星の使者と呼ばれた一人の若者の言葉を、重く受け止める一方で、既に敵地に近くに展開している兵を戻すという事の重大さを口々に呟いている。

「争い事を嫌う、お主の気持ちはよくわかる。四千五百年前に落ちた流星の使者もお主と同じ志を持っていたと文献にもある。だがな… これは国の威信にもかかわる問題でもあるのだ。お主は今言った。流星を守る為に戦ったと、そして僅か3名で、千を優に超えるイギスト兵を相手にし、勝った。我々も同じなのだ、国を守るため、国土と国民を守るため、覚悟あっての力の行使なのだ」

 たしかに、理想や綺麗事だけで国を動かしている訳ではないと言う事は、ナオヤにだって解っていた。
 相手は約束を破り攻め込んできた。それ相応の対応をしなければ国土を失う事になると言うのも理解できていた。
 子供じみた理想を一国の王の前で恥ずかしげもなく言っている自分を鑑み、諭すような王の言葉に二の句を失うナオヤに対し、レジア西部を管轄する将軍が椅子から立ち上がり、戦況を説明する。

「ヨシダ殿。現在、ルキア姫率いる我が三千八百の兵は、領主不在のカスピラーニ領を包囲する形で展開している。幸い、隣国オセニアラの国境封鎖、並びに海上封鎖により、イギスト本国からの増援は無く、領主が討たれたカスピラーニ領は抵抗する意思を示しては居ない。そこで、オセニアラの特使立会いの下、三国で条約破棄の原因追究やその責任を話し合う場を設けようと、折衝を試みている。イギスト本国は、あの攻撃はカスピラーニの独断だとシラを切ってはいるが、事がうまくいけば、無益な血を流さずに、カスピラーニの領地を保障占領として一時支配下に置く事も可能であると、考えられる。飽くまでレジア優位に事が運べば、だが、これだけは言わせてほしい。僅か四千に満たない勢力でこれを収める事が出来れば、これはレジアの史上類を見ない平和的解決になると、我々は考えて居る」

「それは、ほんとうですか? では、その領地を占領する際、無辜の人々が戦乱に苦しむことはないと、そう思って良いんですか?」

 少し安堵した表情のナオヤは、列席した面々の顔を見渡して確認し、それに応える形でエレジア王が話す。

「うむ。その為に今ルキアは動いておる。我々とて、好き好んで戦をしている訳ではないて、ヨシダ殿… これも全て、流星のもつ力、それを支配下に持つお主の力故なのだ。この件でお主の存在は、今やレジアだけではなく、既に各国が知る結果となったであろう、また、その動向も注目されているであろう。その力を欲した国の一つがイギスト帝国であり、それを守るのが我々の役目だと考えている。我々は太古の使者と約束を交わし、力を授かったエルフェンが間違った方向にその力を使わぬよう、言い伝えを受け継いで、それを守ってきたつもりだ。その結果として、ここまで我が国が成長出来たと自負しておる。故に、偉大なる太陽神は再びレジアにその尊き御使いを降臨させてくださった、そして、お主の言葉で我らは誤った選択をせず、今ここにあるのだと再確認できた。ヨシダ殿… お主がその力を、何時如何なる場で振るうかによって、国同士の力の均衡が左右されるのだ。我々もそれを重く受け止めている、どうかヨシダ殿もそれを、理解してほしい」

「それを聞いて安心しました。僕の浅はかな考えを、このような場を設けてまで聞いてくださり、感謝します」

「良いのだ、心優しき神の御使いよ、だが。安寧に胡坐をかいてはいかぬ、エルフェン族は長い寿命故、変化に疎く、他種から見れば常に変わらずそこに在る存在。他国は人々の代謝が早く、稀に優秀な逸材が現れ、急速に国力を強めようとも、我らレジアのエルフェンは使者が齎した技術で栄え、受け継いだ伝統を頑なに信じ、またそう在るべきと努めて来た。それを我々は守りたい」

 エレジア王はその温和な目に強い意志を込めて最後にナオヤへこう言った。

「だが、時の流れはエルフェン族にとって残酷なほど早く、人が作り出す平和は儚く脆い、お主という使者の降臨で我々も覚悟を持たねばならぬ、太陽神アラマズドの使者ヨシダナオヤ。お主は時代を変える一陣の風。どうかその目で世を見極め、そしてその覚悟を、持たれよ」

「エレジア王……」

 解散され、三々五々散っていく高官の後姿をぼんやり眺めながらナオヤは考えていた。
 覚悟を持て。最後にそう言ったエレジア王の言葉が、心に深く突き刺さるように思えた。
 突き刺さったその言葉は、棘のように深く入り込みチクチクと疼く。

 ・・・覚悟・・・

 宇宙船フロンティア号には、この世界のバランスを狂わせる力がある。ヴィータの存在もそうだ。
 科学技術が発達していた頃の、その粋を集めたテクノロジーがあの船には詰まっている。
 大量に積み込まれた物資は、人類が住める星にする為の、土台作りをする物だとヴィータは説明していた。
 ナオヤのフロンティア号二十八番機だけでそれは出来ないが、当初は住めなくなった惑星を一つ作り変えてしまう技術を持った宇宙船が、五十機でそれに当たる予定だった。
 任務の記憶を無くして居るとはいえ、船の装備を使う時、不思議と戸惑いを見せず、一度の説明だけで、使いこなせていた。説明されなくても見るだけで理解できた、戦闘になった時もそうだ、躊躇なく人間に対して引き金を引ける。
 自分が知った風に話す言葉に、自分でも何故知ってるのか解らず戸惑う事もある。
 おかしいと何度も思った。貨物室に大量に積み上げられた物資の、その大半を占める兵器の数々、調査の為とは言えやけに多いその量。辻褄が合わないと何度も感じたのに、頭ではすぐに納得して受け入れてしまう。

 急に得体の知れない不安が襲い掛かる。
 まただ、この感覚だ、今まで経験が他人の物のように感じ、他人の記憶が自分の様に感じ、頭の中をかき回されるこの感覚。

 ・・・作り変える技術? 変化? 一体、僕は何者なんだ・・・

 円卓に座り俯いたナオヤの視界がグニャリと歪む。
 綯交ないまぜになった意識が、思考の迷路に迷い込んだかのように、次々と見た事のない情景が脳裏を駆け巡る。

  爆装した機体で握っている操縦桿。

  船外服に身を包み、宇宙を漂う自分。

  膠着円盤が光を放ち渦を巻く木星系。

  大きな筒の内側に暮らしている沢山の人。

  変わり果てた地球と、そこに残された人類。

  教官の怒号と、泥まみれの戦闘訓練。

  重火器を持つアンドロイド。  

  ライフル越しに倒れるイギスト兵の顔。

  重力の心地よさとイーノイの優しい笑顔。


 ・・・イーノイ・・・



 「おい。誰かッ! ヨシダ殿が倒れたぞ!」
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