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農園
しおりを挟む長閑な田園風景が広がるエルダニア郊外のトマト畑。
一人の黒髪の男が籠を担いで鼻歌交じりに収穫作業をしている。
少し泥汚れの目立つチュニックに、膝に当て布で補強をした綿生の作業ズボンを穿いた、一見どこの町にでも居そうな青年だ。
収穫中の男に、後ろから年老いた高い声で声がかかる。
「おーい、よっちゃん。お茶にすんべー」
声に振り向き、額の汗を拭うのはナオヤだった。
「フゥ…」
「ほれほれ」
人間の老人は、前歯の無い顔をくしゃくしゃにし、ナオヤに井戸で汲んだ冷水で淹れた茶を注ぎながら、人好きしそうな高めの声で話す。
「まさか、よっちゃんみたいな若けぇもんギルドが寄越すとはなぁ」
「ング…ング…ンぐ… ぷッハァー… 美味い!」
「おー。いいのみっぷりだぁ、ほれ、も一杯、にしてもよっちゃん、オラんことみてぇな仕事受けたって、儲からんべぇ?」
エルダニアに帰還して暫くの間、ナオヤ達は城内で生活をしていた、だが、その保護された優雅な生活をいつまでも続ける事に、ナオヤは疑問を感じる様になった。
そこで城を出て一般人として生活がしたいとナオヤは言い出した。
衆人環視の中の生活は、イーノイにも負担をかけている事を知り、船を飛ばして郊外へ行こうとした。
だがそこで王家は慌ててナオヤ達を引き留める。
エレジア王の側近、レジア議会の書記官であるギムリアと言う人物が説得に来たのだ。
そして、仕事を求めるナオヤには冒険者ギルドを紹介し、イーノイは、イズンのコネが強く、王家から資金を得て活動している魔法術学研究所という、文字通り魔法と魔力触媒の研究をしている出先機関を紹介され、そこへ通う事になった。
次に展望台から何時も見られ、目立つ場所にあったフロンティア28番機を、都市が広がる側から一番遠い対岸の、小さ目な島へ引っ越す様に移した。
近くには湖を監視する近衛兵の詰め所もあり、近衛兵が周囲を警戒しているので一般人は近寄れず、人目を避けて生活したかったナオヤ達の条件を満たすには充分だった。
「だって、今収穫しちゃわないと」
「そーりゃそうだけんどよ、よっちゃんみてぇなわっけもんは、普通はほれ、ありゃーまた仰山行ったなぁ」
老人が指をさした方向には、武装して馬に跨り駆けてゆく8人の冒険者の姿があった。
それぞれの装備はバラバラで、兵士ではないことが分かる。
「あっちの方が金になるだんべ?」
「なんか物騒だなぁ、この辺でなにかあったのかな?」
その馬影を睨むように見て言うナオヤに、老人は少しだけ厳しい顔になる。
「こりゃあんま言いたくなかったんだっけんど、よっちゃんだから言うだがやぁ、最近なってゴブリンがまぁた悪さしてぇ、女子供が攫われっちまったぁ…」
「まじかよ…」
「んだぁ、おらっちみてぇなんは、都にゃ住むこたぁできねぇべー? んだけたまーに農家ば狙ってゴブリンがやってくんど、それにほら、西さ招集かかってこの辺ば見てた兵もいっちまって、だけんどこれ言いっちめぇと、収穫手伝うしと来てくれねっくなっちまんべぇ」
「なるほど。アッダさんみたいな人達が王都の台所事情賄ってるのに、城壁の中に住むのって何か決まりごとがあるとか?」
ナオヤは手渡されたトマトをガブリと齧りながら見渡す限りの田園風景を眺めている。
「いんや、ねぇけんど、土地もねぇ囲まれたとこに居てもほら、農民は外さ集落つくってそこで畑通うのが手っ取りばええんべ」
「そういうもんなのか」
もうひと齧りし、瑞々しいトマトを咀嚼しながらその集落に目を遣る。
10軒の集落が塀に囲まれていて、その集落が決まった範囲の田畑で畑仕事に精を出している。こういった集落があちらこちらに点在して見える。
「おじいちゃーん!」
遠くで少女が依頼主のアッダに手を振っている、昼食を届けに来てくれるアッダの孫だ。バスケットを片手に元気よくこちらに駆けてきた。
「お昼のごはんもってきたよ! よっちゃんのもあるよー!」
「おおぉ~ ルミン、こっちゃこい! トマト齧ってけほら」
6歳くらいの赤髪を三つ編みに束ねた少女だ。
アッダと目元が似た、人懐っこい少女にナオヤも笑顔で対応する。
「いつもありがとうね、ルミンちゃん」
「よっちゃん働き者だってみんな言ってるよー」
「マジかー! じゃあもっと頑張らなくちゃな!」
「まじだー! キャハハハ」
ナオヤはこの農園の依頼をうけ、今日で2週間になる。ナオヤの他にも5名の中年の亜人が依頼を受けこの農園の収穫を手伝っているが、彼らは集落の中で寝泊まりしていた。
ナオヤは毎日片道20キロほどを馬に乗って通っていた。
冒険者ギルドで受けた簡単な依頼をこつこつとこなし、決して多くない報酬から生活の資金を蓄え、自分で買った軍馬下がりの年老いた馬だが、とても気に入っていた。
ギルドには大きく分けて3種類の仕事があった。
一つは、今ナオヤがしているような個人依頼でほぼ危険な仕事は無い。
もう一つは、先程駆けて行った冒険者と呼ばれる腕の立つ者が受ける討伐や、護衛の依頼で、これは危険が伴う為、リスクに応じて報酬の額は変わる。
最後は行政府が公募する傭兵の様な仕事で、報酬はけた違いに多くなるが、登録したもの全員が受けることが出来る訳ではない。
ある程度の実績残し、評価された上で国からのお墨付きを貰わなければ受けることは出来ない。
ナオヤは敢えて個人依頼だけを受けていた、理由は今の報酬の額でも充分生活が成り立つ事と、目立つ事が無いからだ。
作業を終えた帰り道、馬上で襷掛けしたカバンからヘッドセット取り出し、装着してスイッチを入れた。
「いま、作業がおわったから、あと1時間くらいかな」
「了解した、イーノイが… ナオヤさん お疲れ様~」
ヴィータと交信途中でイーノイが操舵室のマイクを使い割り込んで来た、普通ではありえない行為だが、この世界でGPSネットリンクの電波を使っている者は居ない。
ナオヤは苦笑しつつも彼女との会話を続けた。
「イーノイも魔学研どうだった?」
「マファルが美味しいパイの焼き方を教えてくれたの、だから、さっき詰め所の竈を借りて作ったから、早く一緒に食べましょう~」
マファルは魔法術学研究所で所長の秘書役を務め、イーノイとすぐに仲良くなったナオヤと同じ年の人間の女性だ。
「お、それは楽しみだ」
話している途中で前方から馬が走ってきた。
「ちょっと待って人が来た」
イヤホンを外し、やり過ごすように馬を脇に寄せるナオヤを、武装した男女混合の5人の冒険者が農園へ駆けて行った。
後ろを振り返り、怪訝な表情になったナオヤ。
「ヴィータ、僕が通ってる農園の近くで何か動きがみえない?」
「ナオヤが担当している農園より南10キロほどで小規模熱源が発生しているが、この環境では詳しく解らない」
「了解した、詰め所の連中にパイを取られない様にしてくれよ」
「ハーイ」
通信を終えたナオヤは、馬の腹を蹴り夕暮れ時の街道を、イーノイの待つ船へとひた走る。
そしてそれは翌日のことだった。
朝もやの中、アッダの集落に到着して馬を繋ぎ場に括って居る時だった。
「ギュィィ…イイ」
一瞬でナオヤの表情が変わった。
ナオヤはカバンの中からハンドガンを取り出し、スライド少し引いて装弾を確認する。
繋ぎ場から塀伝いにウィーバースタンスに構えた状態で、ゆっくりと気配を殺し門が見える角まで来た。
物陰から一瞬顔を出し確認。
開け放たれた門を見て、嫌な予感がますます強くなる。
そのまま角を抜け、次は門まで姿勢を低く保って中腰で素早く進んで、中を覗居たナオヤは一瞬息をのんだ。
集落の中央、井戸のある広場に人が倒れている。
すぐに駆け寄ると。
「アッダさん…」
アッダの躯が無残な状態で横たわっている。
顔面右半分は食い裂かれた様に引き裂かれ、頭蓋骨が見えている。両腕はなく、服の上から強引に引きちぎった様に、腹からは臓物が溢れ出し、腸はミミズの様に地面に伸びている。
「なんで…」
その時、一軒の民家の中から小さな影が物音を立てて飛び出し、その場から逃げる様に広場の脇を駆け抜ける。
青緑色した斑の皮膚、毛髪はなくエルフェンの耳をねじった様な特徴的な耳。
ゴブリンだ。
・・・ダンダンッ!!・・・
2発の銃声が轟く、発砲されたうち2発目が頭に命中した。
ホローポイント弾がヒットしたゴブリンは脳味噌を全て壁に飛び散らせて走る勢いのまま倒れた。
「誰かいるか!! おい! 誰かいないのか!!」
ナオヤはすぐさま集落の中を一軒一軒声を出しながら捜索する。
「いたら返事をするんだ!」
家の中には無数の死体があった、一緒の依頼でここに寝泊まりしていたオオカミ様な亜人、ハウンダー族の親父も、人間の親父もみんな死んでいる。
弄んだかのように滅茶苦茶に原形をとどめない死体もあった。
だが、全て死んでいるのは男の死体だった。
集落の中にはルミンも、ルミンの母親も腰の曲がった老婆すら、女が居ない。
「ヴィータ。頼みたい事がある」
「どうしたナオヤ」
「僕の装備を、フルセット準備してEBでここまで届けるには、どのくらい時間がかかる?」
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