神の使いと呼ばれた男【僕は元地球人だった気がしないでもない】

ろっこつ

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 カルカサンドラの港には大型の船が並んで停泊していた。
 仰々しい旗印や、戦意高揚を図る文様が施された船を見れば、誰でも一目でその船が軍艦だと解る。
 その中で帝国軍の旗印を下げているのは補給船だ、先程着岸したのか、大勢の男たちが声を荒げて桟橋を行き来し船倉から荷を運び出している。

 港町はカスピラーニ領の事変で軍人や雑兵が一般人よりも数で目立ち、一種異様な状態でもあった。
 だが、前線から離れたこの補給基地には兵こそ多いが戦いの影は無く、戦は文字通り他国の出来事なのだと道行く一般人含め、この港街の多くの人がそう考えていた。

 数日前にオセニアラが用意した攻城兵器と、兵の大部分を失い、国境の向こうで城攻めを仕掛けた部隊は壊滅状態だという情報は、末端の兵や一般の人には届いていない様子で、兵達と言えばこうして偶に到着する船の荷下ろしと、その補給品から価値のある物を検品する以外は、その物資を横流しする算段を考えるか、夜な夜な酒場に繰り出し、酒と女に溺れに行くのだ。
 荷物の仕分けが済み、意気揚々と戻っていく帝国の兵の手には、軍人の証ともいえる武器ではなく酒瓶が握られている。
 
 夜釣りを嗜む人を装う雰囲気と、一見すると農作業の帰りかと見紛う程に服を汚したナオヤは辺りを見回し、撒き餌を投げる様に水中に爆薬を落とす。
 海の中ではドライスーツに身を包み、気泡を出さないリブリーザーで呼吸し水中を移動するセラが落とされた爆薬を掴み取る。
 相変わらずの無表情、水中に潜り爆薬を設置する一番の重労働のハズレくじを彼女は引いてしまったのだ。
 全員が同じクジを引く事は無い、例えヴィータが潜っても浮いて来れず失敗する、やる前から結果が見えている配置はせずに、それぞれの特徴と特性や長所や短所を考えた上で、平等に割り振られた役目なのだ。

 マスクの中の表情は死んでいるが、今している事の意味を理解している彼女は、足に装着したフィンを器用に動かし、黙々と大型船に爆薬を設置して回る。

 彼女が手に持ち、帝国の補給船やオセニアラの軍艦の喫水線に取り付けているのは、水の中でも問題なく発破する2液式の爆薬だ。
 二つの物質が触れた時に起こる激しい化学反応で気化爆発を起こすサーモバリック爆薬に、しっかりと起爆装置を作動させる受信機が付けてある。



 ナオヤ達とは別行動のゴダードが酒場の扉を潜る。
 少し時間を置いて気配を殺したイーノイが大きなゴダードの影に隠れこっそりと入店する。
 中は熱気が立ち込め、煙草の紫煙で靄が掛かって見える程だ、そこに溢れる港の男が、店内の喧騒に負けじと大声を張り上げ笑い合っている。
 よく見ると男だけじゃなく、女性もそこそこな割合で混ざり、一緒に卓を囲んで談笑している。
 酒場と旅籠が一つになった様な場所、女は娼婦だというのはその化粧の濃さと露出した肌で、例えば違う場面、仮に畑にこの格好で居るのは案山子か娼婦だ。
 そう言い当てる事が出来そうな程ありありと見て取れた。
 ゴダードが笑みを蓄えた口元を大きな手で隠し、店の奥へ遠慮なく進んで行くと、カウンターの男たちに割って入る様に強引に場所を確保する。
 ゴダードに押しやられた男が声を上げた。

「んだぁこらテメェ… ここはぁなぁ、亜人が飲めるような酒は出してねぇんだぞ」

 目が座り、潰れるまでにもう一押しと言った塩梅に出来上がっている男がゴダードに絡む、だが酔いの回った男に目をくれる事無くカウンターの奥へ注文を投げかける。
 絡んだ男は朱色の軍服に身を包んだイギスト帝国の兵士だ、そして周りにも帝国の朱色を身に付けた者や、白と緑色の印が特徴のオセニアラ軍の紋様を身に付けた者も多くいる事をイーノイとゴダードは素早く確認していた。

「エールをくれ」

 言いながら銀貨を一枚テーブルの上に置くと、すぐにジョッキがその返事とばかりに出された。
 それを手に取りぐびぐびと飲み始めるゴダード。
 途中でジョッキを口から離し、テーブルに置いて店主に話しかけた。

「よぉ、随分繁盛してるな、儲かってんだろ?」

「あぁ? あんた他所から来たのか? あんたの好みがここにいるとは思えねぇなぁ、亜人の娼婦はウチにゃいねぇし、アノノの縄張りシマに行きゃいい」

「そりゃ残念だ、だがうまい酒は出てきた」

 言いながらゴダードはジョッキを掲げる。

「部屋はあいてるか?」

「悪ぃが今日は満室だ」

「そうかよ」

 素っ気ないやり取りで、ここの酒場は娼婦も雇って奥の部屋を使って商売させていると解った。
 よくある手口の商売方法だが、ここオセニアラの商売相手はイギスト兵が主な客。
 部屋を使っているのも帝国兵ばかりなのだ。

「よぉ~お姉チャンッ! 連れと逸れちまったのか? レディが一人で来るような場所じゃないぜここは」

 ゴダードの後ろでイーノイがオセニアラの軍服を着た男に声を掛けられている。
 チラリとイーノイを見るゴダードだが、敢えて何も反応しない。
 
「それが、街に来たばっかりで、まだ宿も決めていないの、どこの旅籠へ行っても満室だし…」

 イーノイは少し困ったように芝居をする。
 
「そ~うかい、そうかい、それなら俺が丁度良い寝床を手配してやるぜ  オホォ! よく見ると可愛い顔してんじゃんかよぉ~」

「ちょっとアンタ、他所の娘にちょっかい出してんじゃないよッ!」

 男の事を見知った間柄なのか、キツイ化粧をした中年の女が野次を飛ばしてきた。

「うるっせえんだよババァ! 母親より年上を抱く趣味はねーぞッ! 悔しかったらこのくらい可愛い娘でも生んでここへ連れて来やがれってんだッ! おっと、悪ぃ悪ぃ」

「うふふ、お口の立つ方なのね、じゃあ、一晩お世話になってもいいのかしら?」

 フードに隠れてはいるが、その宝石のような澄んだ瞳を向けられ、可愛く首と傾げて乞い縋る様な言葉を掛けられれば、断る男はこの世に居ないと思わせるほどの破壊力を秘めたイーノイの表情に、目の前の男は完全にのぼせ上がった。

「お? おお! ああモチのロンだぜ! もう願ったり叶ったりだ、た~っぷり面倒見てやるぜ、グフフヘ」

「わたし、着いたばかりで何も口にしていないの、アナタも呑みながら付き合ってくださいな」

「おおー良いぜ良いぜ、何でも好きな物注文しな、奢ってやるよ、おーい!! 上等な葡萄酒を出せッ!」

 ここでゴダードと目が合ったイーノイがアイコンタクトを飛ばす、ゴダードは眼で了解を伝えた。

「俺にも葡萄酒をくれ」

「あいよ、銀貨4つだぜ」

 注文をしたゴダードは懐に手を入れ、銀貨と一緒に折り畳まれた紙を指にに挟み隠す様に取り出し、銀貨だけをカウンターに置く。
 紙を片手で器用に開き中の粉末を誰に見られるでもなく葡萄酒に注ぎ入れ、そのグラスを持ってカウンターから離れた。
 
 徐にゴダードは混みあう店内を大きな体で掻き分けて進み、客室や建物全体の配置を探りながら、イーノイとオセニアラの男のテーブルの前まで来ると、足をふら付かせてワザと二人のテーブルに当たっていく。
 衝撃でテーブルの上の料理が皿から零れ、ワイングラスが倒れた。

「おぉとと… こりゃ、すまねぇ… 呑み過ぎたかな…」

「オイオイオイ! テメェ何してくれやがんだよ 気ィ付けて歩けよこの筋肉達磨の亜人野郎が… あ~あ、折角の料理と酒が台無しじゃねーかよ、くっそがよ」

「はぁ… そりゃ申し訳ねぇ、この葡萄酒、あんたのが美味そうだから真似たんだ、まだ、口付けてねぇから、もしよかったらこれで…」

「ったく仕方ねぇな、今夜の俺は機嫌がいいからな、大目に見てやるよ、わかったらその葡萄酒は置いてさっさと行けよ獣野郎、臭ぇんだよオマエ達獣共は、見た目がクセェ」

 給仕として働かされているハウンダーの奴隷が、亜人を侮蔑する言葉に所在なく汚れたテーブルを拭き始める。
 片方の耳と尻尾を半分程から切り落とされた、生まれながらの奴隷だ。

「はぁ、んじゃこれを」

 ゴダードが置いた葡萄酒を男は手に取って煽る。
 
「ふぅ~、んでねぇちゃんの名前はなんていうんだ?」

「うふふふ、気が早いのですね、まだまだ夜は長いのに…」

「そんなフードを頭からすっぽりかぶってちゃ、かわいい顔が見えにくいじゃんよぉ」

「宗教の戒律なの、人の多い所ではこうして居ないと、でも… 二人っきりなら…  ね?」

「お!? おおオゥ…」

 上等な葡萄酒がこの場末の旅籠に用意できるはずも無く、また上等な葡萄酒の味が分かる様な、上等な客も来ない事はカウンターの中の店主が一番良く知っていた。
 吹っ掛けられた値段で出て来たグラスの残りを一気に煽り飲み干す男は、上機嫌に凝りもせずお代わりを声高に叫ぶ。

「おーい! グラスが空になっちまったぞ! ちゃっちゃと持ってこいッ!  んでさ、おネェチャンも遠慮せず呑めよぉ~」

「宗教の戒律でお酒は駄目なの… ごめんなさい」

 運ばれて来た水で薄めた葡萄酒を、上機嫌に煽る男は束の間の幸せに酔い痴れていた。


 ナオヤはタブレットの仮面に次々と増えてい行くマークを確認すると、画面の地図を拡大して、ルキアの籠城する城にスワイプして合わせる。
 地表の熱を感知する映像を見て、城の周りの兵士が発する生体熱の分布を大まかに確認する、包囲網は完全に瓦解している様で、その包囲の穴を塞ぐ動きは見られない。

 ルキア達はこれで大分動き易くなった筈だ、或いは脱出する事も可能な敵側の布陣だが、カスピラーニ城を捨てて逃げる選択をルキアが取るとは考え難い、なので次は補給を断つ。

 帝国は海を超えここを補給基地とし、そしてこの港から更にカスピラーニ領まで長い補給線を伸ばしていた。
 この港に停泊している軍艦や、貨物船を港内で沈め、その残骸で港湾機能を停止させるのが次の段階。

 今度はタブレットの地図をオセニアラと帝国本土のアグリアを隔てる海峡へ移動させる。
 海峡と言えど、アグリアの対岸までは平均で400キロメートル、狭い場所であっても130キロメートル程ある。
 カルカサンドラのシンボルともいえる巨大な篝火が燃された灯台の沖、約5キロ地点に補給艦が数隻、感覚をあけて停泊している様子が、地上よりも鮮明にタブレットの画面に映し出されていた。 
 
 F28番機のVLSから放たれた地球軌道弾の上空待機時間は60時間。
 ナオヤが空に目を遣る今その時、上空を2発の軌道弾が時速8万キロで通り過ぎていった。
 楕円軌道で地球に一定のタイミングで接近し、着弾の周期を刻む高性能弾頭。
 60時間までは内臓バッテリーで薄い大気を切り裂くようにフィンを操作し、残存燃料を使い軌道を調整しているが、電池が切れると大気圏の上層にある薄い大気の影響で速度を下げ、高度が下がり、そして大気圏に当たり水切り石の様に弾かれて気道を外し、最後に在らぬ所に落下してしまう。

 ナオヤは、画面に映るこの船団を効果的に叩き潰す弾道の角度を計算している、次に地球軌道弾が接近するタイミングまでの時間を、腕時計に視線を移し確認し、凡そ暗算で導き出した数値を入力していくとヴィータから通信が入った。

「全て設置完了した。次の地点で待機する」

「了解、宜しく。 セラはお疲れ様。そういえばさ、イギスト金貨、取りっぱぐれちゃったよな」

「なに、帰りにちょろっと寄って持ってくりゃいいさ」

 ナオヤの雑談にゴダードが乗ってきた。

「ていうかついでみたくなってるけど、そっちが本来の目的だった気がするぞ」

「気がしなくても本来の目的は金貨だぞナオヤ」

 ヴィータも会話に混ざる。
  
「ってことはさ、ギルドの依頼、そのままになってない!?」

「あー、それなら大丈夫だ、戦時には戦時のルールって奴があってね、まぁとりあえず心配はいらねぇかな」 

「そうか… 預けたお金が没収されるのは勘弁だからな…」

 セラが話さない事は訳までは知らないが皆理解していた。
 会話と表情はないが、身振りで何かを伝える事は何度かあり、意思疎通に問題はなかった。
 セラが使っているイヤホンマイクのマイク部分は折り曲げられ、紐で縛りつけているのが彼女なりの意思表示なのかもしれない。
 セラの声が無いのは良いが、イーノイの声も聞こえない事が気になり出す。

「ゴダード、イーノイは? まだ宿にいるみたいだけど…」

 タブレットの画面に表示される仲間の位置情報を見ながら、ゴダードに確認する。

「あぁ、もう終る頃合いじゃねぇかな?」

「終りましたよ、ふぅ… 帝国海軍の制服と、オセニアラの制服、ゲットですッ」

「ナイスゥー!」

 ナオヤは一人親指を立てて声を上げ、それをカモメが笑うように哭きながら飛んでいった。
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