神の使いと呼ばれた男【僕は元地球人だった気がしないでもない】

ろっこつ

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包囲5

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 白く蓄えられた口髭を何度も何度も撫でつけ、オセニアラ軍特有の白と緑の印がなされた制服に身を包んだアノノは、補給基地用に建てられたテント内をうろうろと、落ち着きのない熊の様に動き回っている。

 一方、同じ室内で優雅にティーカップを口元に運ぶのは、女神の紋章を背中の外套に背負い、帝国騎士特有の朱色をベースにした詰襟のスーツの様な戦闘用というよりも儀仗的な服を纏う男。
 浅黒く堀の深い濃い顔立ちが特徴の男が、足を組み椅子に腰かけている。

「少し落ち着いたらどうですか、ほら、椅子に座って下さいよ将軍」
 
「これが落ち着いていられるものかッ!! 二千数百の兵が一瞬で消し飛んだのを!! 卿もその目で見ていただろうにッ!」

「ええ見ましたよ、見た訳ですけれども」
 
「兵もッ! 兵器も、全て消し飛んだんだぞッ!! モロフトフ、約束の金はどうなった!?」

「それはあの女狐と引き換えな訳ですよ、こうなって仕舞ったからには仕方ありません、賠償品と称して乗せて来た兵員、6隻全てを上陸させるよう既に手を打っている訳です」

「当たり前だ! 良いか、レジアは確実に北に兵を集め、すぐに南進してくる筈だ、攻城兵器さえ使えていれば今頃は… 糞ったれめが! それよりもだッ! あそこに居る帝国の兵力でレジア軍に太刀打ち出来るんだろうな!?」

「沖に停泊している兵員は約5万と少々、レジアは当たり前のように我々より多くの兵を用意するでしょうが、少しの足止めなら出来る訳で、この5万で時間を作っている間にルキアひ… ん?」

 話を途中で邪魔する様にテントの外が騒めき立つ。
 基地司令として使っているテント群の周りに駐留する2国の兵の雰囲気が何かを切っ掛けに一変した。

「おい… あの光ッ…!」

「光…?」

 外の声を聴いたアノノが、テントから顔を出す。

 すると、それは水平線の遥か上空から鋭く発光しながら高速で落下して来た。
 二筋の流星が、港沖に停泊している帝国海軍の補給艦と護衛の駆逐艦、それに小さな軍関係の船舶が停泊する月明りに照らされた海域に直撃した。
 着弾点から放射状に白い波動が最初に広がってゆき、次いで海面全体が盛り上がる様に脈を打ち、遅れて巨大な波飛沫と水蒸気の煙を上げ、一帯を飲み込む尋常ならざる破壊的な衝撃波の波飛沫を広げている。
 
・・・ドドゥゥゥゥゥンンン… ・・・

 遅れて音という範囲から逸脱した微かな衝撃を伴った波動がアノノの元へ届いた。
 時速4万キロ程にまで大気との摩擦で減速した弾頭は、その大気を切り裂く衝撃波と共に着水し、その時水面を大きく抉る様に押し退け、反動で巨大な大波を立ち昇らせる。
 辛うじて衝撃波から逃れた小さな船を大波は飲み込んで、簡単に転覆させてしまう。

 その惨状を目の当たりにし、瞬きを忘れた様に顔面を凍らせるアノノの隣には、帝国海軍の恰好をしたモロフトフが、二人はその光景に飲み込まれている。
 
「ほ… 補きゅ… 艦隊… 兵が… まただ… また星が降った…」

「船が攻撃されているぞッ!!」

 誰かの声で、我に返る二人の将軍。
 見ると港に停泊している船の側面や海面が次々と爆発し、そこから水を飲み込んだ船が、見る見るうちに沈没していくではないか。
 続いて沖合で起こった破滅的な大波が押し寄せ、水面を歪ませながら堤防を越えて倉庫群を押し流す。
 海に飛び込み泳いで逃げる水兵や、沈みゆく船を見守る事しか出来ない者は押し流され、ただ虚ろな残骸の浮遊物が月明りの影を伸ばしている。

「なんという事だ… アラマズドの流星に… こ、こ… ここまでの力が… 卿らはレジア伝承を現実的にあり得ぬと… 長寿の亜人がでっち上げた虚言だと、そう申したではないか… 」

 頼みの綱でもあるイギスト帝国海軍が目の前で、それも一瞬のうちに殆どが消し飛んだ光景を、頭を抱え込みながらアノノは見ていた。
 
 少しだけ高台になった丘に設営された補給基地から見渡す港内は、横倒し腹の底を見せる船や、引き剥がされるように折れた船首、崩れた船体の一部がそこら中に浮いて浮遊し、係留した状態で沈んだ船の残骸でどの桟橋も使えなくなっていた。 
 一隻の船が漂流物が浮く港内を大波に抗いゆっくりと進んでいる。
 停泊する前にこの混乱が起こり、片側の櫂を必死に使いUターンをして港の外へ逃げ遂せた貨物船の船首で、閃光と水柱が上がる。
 船主に機雷を受けた船は見る見るうちにバランスを崩し傾き、沈んでゆくが、水深が余り深くないせいで船の残骸は暗礁の様に港を塞ぐ。

 白と緑の印を付けたアノノの部下が駆け寄って来た。

「あ、あの 失礼します」

「な、なんだ!」

「これを預かってまして、将軍様宛なんですよね…」

 そう言うと黒髪の兵は、書簡をアノノへ手渡し足早に去って行く。

「おいッ 誰がこれを… おい待てッ!」

 振り返りもせず去っていった兵を一睨みし、手渡された筒から中身を取り出し、眉間に皴を寄せ老克な声で読み上げた。

「我、太陽神アラマズドの勅使也。 この書面を以って警告する。 我が神の鉄槌に届かぬもの無し。 此度こたび、汝らのはかりごとも露と消え、貴殿の命も我が手中にて沙汰を待たんが然り… 依って貴殿に許された唯一の道を掲示する… レ… レジア王国王位継承権筆頭、第三王女ルキア・ウル・エレジアが座する、元帝国領地からの即時撤退を宣言し、淀みなくその指揮を執り行い、降伏勧告のある場合、抵抗せずこれに従う事…」

「何ですかそれは! くだらない、よくある脅し文句と言う訳ですよッ」

 アノノは読みながら固唾を飲み込む。

「レジア軍精鋭10万の兵は、貫き通す忠義の槍を高らかに掲げ、それを以て王女殿下へ忠誠を捧げんとせしむ行軍が今より過去二日に発動し、現在進軍の途にあらん… 」

「ありえないっ! 10万の兵をこんなに早く集められる訳が無い訳です。戯言です、聞いては成りませんッ!」

 モロフトフは取り繕うように言い放つと、敢えて余裕を醸し出す様に椅子に座りティーカップを摘まむ。
 アノノは震える声を抑え、さらに手紙を読み続ける。

「貴殿が現状を読み違え、朱に交わり赤く染まらんと更に愚昧な企てを図る意図あれば、何時如何なる時と場所を選ばず我が力を振るう事、吝かで無い…」

 チラリとモロフトフを見たアノノがさらに読み進める。

「一に、協議の最中に卑劣にも共謀し、和平を模索する人道の道を踏み躙る行いを指揮した者。帝国海軍将軍アルムラム・ノーフォリオン・モロフトフ伯爵は、今よりその身に与えられた寛ぎの一時を太陽神アラマズドへの供物とし、捧げよ…」

・・・ピシュィィィイン… ・・・

 テント内に設置された豪華な家具と、その上に飾り付けてある勲章や額が高速でその場を駆け抜けた銃弾の圧力で弾け、破片を周囲に噴き上げる。
 アノノは書簡を手にその光景に慄き、目を見開いたまま呆然と見ていた。
 帝国海軍将校の持っていたティーカップが、指を付けたまま宙に舞う。
 中身の琥珀色の液体も緩やかにカップの縁を滑りテーブルの上にゴボリと大きな、赤い血の混じった染みを作る。

「え…!? 手がッ…! 俺の右手がぁああ!」

「…い い… 一刻も早く兵を退き、港の復興へ尽力せよ。尚、帝国兵諸君はヘルモス山脈を超える道が用意される、イギスト帝国までは険しく遠い道故、帝国指揮官諸君に於いては直ちに撤退の指揮を執る事を重ね、勧告… する…」

 モロフトフは手首から先をヴィータの狙撃で打ち抜かれ、その前腕は途中から骨をむき出した状態で千切れ飛んでいた。
 周りを赤い血で染め、朱色の儀仗服と女神の意匠の外套を背負いもがき苦しむ将校と、手に持つ書簡をアノノは交互に見やる。
 
「包囲の混乱を突いたあの時に! あの女狐の首を取れなかった事が… クソ! クソクソ糞ぉぉぉ!!」

 散々悪態をぶち撒き、有らぬ何かを睨みつけていたその目がモロフトフへ向き、更に険しい表情になる。

「卿とはここ迄の様だッ!」

「ま! まてェッ!」

 跪き、肩をすくめるように顔を顰めてアノノを呼び止めるが、老兵の心積もりはもう決して居た。

「撤退の令を前線に出せッ! 港の被害状況と、水軍でも何でも使える船が有ったら徴用してこいッ!」

 テントから出たアノノは足早に歩きながらも、その目に留まった部下にがなり付ける様に指示を出す。
 出しながらも考えてしまうのがアラマズドの使者と、その流星。
 手を出してはならぬ物に触れたが為か、イギストの辺境貴族の様な末路が頭を過ぎる。

「糞ったれめっ!!」

 アノノをその場に留める事が叶わなかったモロフトフの顔色はかなり悪い、止血をしないと、長くは持ちそうに無い血色だ。

「だ… だれ、誰かッ! 腕を…ッ!」

 補給線を完全に断ち、港を使用不能にしたナオヤ達の破壊工作は、上手く事態を転がした様で、すぐに港の機能が停止した事や、包囲作戦を取りやめ、イギスト帝国へ許していた往来の自由を禁止する御触れが駆け巡った。




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