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【錬金術】の開始と私の悩み事
しおりを挟む今日は朝から早く講義の時間ならないかそわそわしていたと落ち着きが無かったと思う。
だって今日は私にとって待望の時間が来るのだから仕方ないと今日だけは自分を許してあげたい。
そう! ようやく私は錬金術を学ぶ事が出来るのだから。
魔法の座学、実技を経てとても護身術とは言い切れない戦闘技術を学び、ようやく私の知りたい事の優先順位一番である錬金術を学ぶ事が出来る事になった。
先生達の計画だから大人しく講義を受けていたけど、早く錬金術を学びたくて必死だった。
出された課題はやっぱり合格点に至るまでが厳しいモノばかりだったし。
ギリギリ及第点はもらえても合格点を貰えるまで大変だった。
正直、先生方に何度「鬼!」と叫びたかった事か……そもそもこの世界に『鬼』がいるのか? という疑問が沸いたから絶対言えないけど。
ツィトーネ先生のカラッした笑みにイラっと来る事もあったしコルラレ先生のマッドな笑みに「お呼びじゃありません!」と叫びだしそうになったし。
それでも必要な事だとは分かってるから只管黙々と課題をこなし講義を聞き、理解して、実践して……。
私頑張ったと思いますよ?
もうそろそろご褒美をくれても良いのではありませんか? と口に出そうになるくらい頑張りました。
おかげでようやく……ようやく! 私は! 錬金術を学べる事に! なったんです!
という訳で朝から私は気も漫ろ、というよりも一切他の事を気に掛ける余裕がありません。
……まぁおかげでどうにかしなければいけない他の事柄を考えずにすんでるんですけどね。
未だに広さに驚く私の部屋を複雑な心境のまま見回す。
此処にクロリアがいれば気分の赴くまま錬金術への期待を語っていた事だろう。
けれどクロリアは現在この部屋には居ない。
より正確に言うならば私はここ最近クロリアの事を遠ざけていた。
クロリアの事が疎ましく思ったとかそんな理由じゃない。
私の中では未だにクロリアは大切な人間の一人だ。
そんな私がクロリアを遠ざけている理由は私の持つ『地球』の知識の事だった。
私はこの世界で生きた「わたくし」の記憶と『地球』で生きた『名も無きわたし』の記憶が交じりあい生まれた「キースダーリエ」という人間だ。
だから五歳までの記憶だって私なのだから、その通りに振る舞う事は出来たはずだった。
けれど自由に自分のしたい事をして生きていきたいという「私」の意志のまま私は起きてから振る舞う事を自然に決めてしまいその心のままに行動している。
例え五歳の子供らしくなくとも、私は私以外にはなり得ない。
だから先生方に疑われても私は私を貫いている。
家族にだってほぼ素で接している……最近お兄様とはお会いできてないけど。
……その考え方でいくとクロリアに対しても私として接すれば良いと思っていた。
そう思っていたんだけど、クロリアに対してだけはそれで良いのか? と思ったのだ。
そう思った理由は「わたくし」の記憶を整理した際に思い出したクロリアとの出会いの記憶だった。
クロリアはキースダーリエが拾い傍付きにした子だった。
お父様とお母様、そしてお兄様と王都に来た時に倒れていた娘。
倒れていて命の灯火が消えそうだと言うのに、恨み辛みではなく諦観を宿した眸をしていた……その感情が諦観だと分かったのは当然後になってからだったので、当時はただ恨みなどの冷たく痛い感情では無く、凪いだ湖面みたいな眸だと思っただけだったけれど。
あの時キースダーリエがあの娘を掬い上げたのは、もう直感のようなものだったと思う。
ただ単純に思ったのだ「あの子を死なせたくない」と。
はっきり言って無茶もいい処だし、一歩間違えば人身売買ともとられる危険な行為だと思う。
でもあの湖面のような眸が失われる事をキースダーリエは許容できなかった。
後に「クロリア」と名前を付けた少女を抱え込んだ後の詳しい事は覚えていない。
覚えているのはクロリアという名前はキースダーリエが付けた事とクロリアがずっと一緒にいてくれると自らの意志で言ってくれたという事くらいだ。
お父様が何とかしてくれたんだと思うけど、キースダーリエにとってクロリアは一緒にいてくれるという喜びの方が強くて詳しい話は覚えていない。
まぁ当時の子供であるキースダーリエが詳細な話を覚えていたら、それはそれで問題だけどね。
クロリアはその頃からずっとキースダーリエと共にいてくれるキースダーリエにとって大切な娘なのだ。
クロリアは【魔力】がある事から下級貴族の子供だったのかもしれないし平民の子供だけど【魔力】があるために捨てられたのかもしれない。
詳しい事は分からない。
クロリア自身に聞けば分かる事だし、お父様には全てを話しているだろうからお父様に聞く事も出来る。
だけどキースダーリエは聞かなかった。
聞く必要が無かったから。
だってキースダーリエはクロリアが大切だし、クロリアが誰でもよかったのだから。
本来の名で呼ばれていた頃、どんな生き方をしていたか分からない。
けれどクロリアと新しい名前を受け入れてキースダーリエの筆頭傍仕えの侍女として生きる事を受け入れた時点でキースダーリエの大切なクロリアなのだ。
だから私にとってもクロリアは大切な人間なのである。
けれどクロリアはどうなんだろうか?
自信過剰で無ければクロリアもまたキースダーリエを大切に思っていてくれた気がする。
ただクロリアの大切な人は私でいいのだろうか? と思う気持ちが僅かにある。
クロリアを掬い上げたキースダーリエと私は同じであって同じじゃない。
根底は同じだし、交じりあった結果が私だけど、それは五歳までクロリアが仕えたキースダーリエとはちょっと違ってしまっている。
成長と言われれば納得されるかもしれない。
あんな事があったから多少性格が変わっても仕方ないと説明すれば納得してくれるだろう。
……けど私はクロリアが一途に自分を掬い上げてくれたキースダーリエを大切に思ってくれている事を知っている。
私は私だと胸を張って言える。
だけどクロリアを掬い上げたキースダーリエと完全に同一ではないと私だけが知っている。
私はクロリアに大事だと思ってもらえる価値があるのか、それが分からない。
「(ううん。違う。結局私はクロリアに対しても失う事に恐怖しているだけなんだろうね)」
大切な人を失う事を極度に恐れる私にとってクロリアは対象内なのだ。
家族である皆と同じくらい大好きなクロリアに嫌われたくはない。
だから一時的に遠ざけて決断を延期した。
難しくこねくり回した所で結論は出ているのに、私はどうしても恐怖に支配されてしまう。
一緒にいて欲しいと思うのに、一緒に居れば何時か「貴女は私のダーリエ様じゃない」と言われるかもという恐怖に怯える。
この状況が良いモノではないのは確かなのに、一歩も進めない。
本当に厄介な私の悪癖。
「(けど今度は一人で乗り越えないといけない。だって『地球』で私の壁を打ち壊した親友達はいないのだから)」
今度は私がこの恐怖を飲み込んで壁を乗り越えないといけない。
先延ばししても根本が解決する事は無いのだから。
さらに言えばクロリアとの間には身分という壁が存在する。
クロリアがどれだけ私に対して違和感を感じたとしても私に対してそれを問い詰める事は出来ない。
『親友達』の言動は対等だからこそ出来た事でもある。
だからクロリアとの関係を進めるのならば私から動かなければいけない。
どれだけ怖くても。
どれだけ心苦しくても。
このまま先延ばしにしても何も変わらない処か悪化していくだけだ。
とれる手段があるのにそれを取らず最悪の結果を引き起こすなんて絶対に嫌。
「(結局、私はクロリアに全てを話す事しか出来ない)」
私の話に何を思うかはクロリアだけが知る事だし、捻じ曲げる事だって出来やしない。
クロリアに全てを話す、そしてクロリアに判断を委ねる。
それしか私に取れる道は無い……怖い、と思う。
クロリアのあの静かな眸が不気味なモノを見る様に、嫌悪を宿して歪む事が。
私はクロリアが大好きで大切なの……だからお願いクロリア。
「――“私”を嫌いにならないで」
震えた声が私しかいない部屋に溶けて消えていった。
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