どうやら悪役令嬢のようですが、興味が無いので錬金術師を目指します(旧:公爵令嬢ですが錬金術師を兼業します)

水神瑠架

文字の大きさ
206 / 322

始まりの契約

しおりを挟む




 王都の中心よりも少し外れた地区。
 平民の中でも職人の多いその地区は昼間は男女関係無く皆働きでており、閑散した雰囲気に包まれていた。
 そんな地区の外れにあるとある建物。
 嘗て教会であった建物は重厚な造りに反して、既に人がいなくなってから時間が立っているために物悲しさを感じさせる程に寂れていた。
 そんな廃墟と化した教会の中……祭壇の前に二人の人影があった。
 一人は神官服と呼ばれる教会の関係者の格好をしている。
 だが、何故か自分達の信仰する神を示すエンブレムが何処にも見当たらない。
 では、神官ではないだろうか?
 いや、エンブレムこそ付けてはいないが、青年の持つ穏やかな雰囲気に人は疑心を持つ事は無く、彼を神官ではないと疑い者は早々存在しないだろう。
 今も穏和な雰囲気のままもう一人の人影を見ている。
 もう一人は騎士の男だった。
 いや、此方は「元」とつけた方が良いのかもしれない。
 体格も服装も騎士のモノなのだが、彼もまた自らの所属を表すエンブレムを付けていないのだ。
 ならば冒険者かとも思われそうだが、彼の持つ雰囲気は何処までも騎士のものであった。
 壮年と言うには年が若いが青年と言うには年を取り過ぎていて年齢が読みずらい。
 更に、どんな苦境を越えて来たのか。
 男の顔には疲れと苦しみが滲みでていて、男の年を一層分かりずらくさせているのだ
 
 二人の人影は一言も言葉を発する事無く対峙している。
 方や穏やか笑みを湛えたまま。
 方やこの世の地獄を見て来たかのような苦悩の顔で。

 何時までも続く沈黙を終わらせたのは青年の方だった。
 
「貴殿は何を望み此処にいらっしゃったのですか?」

 青年は静かな声で問いかける。
 青年の問いかけに男は強く目を瞑るとその場に跪いた。
 その際片腕が重力に逆らう事無くだらんと垂れた。
 男は利き手の筋を絶たれ、剣を握る事すら叶わぬ身となっていたのだ。
 そんな男の片腕を見て青年は一瞬目を細める。
 だが男が顔を上げた時には元の穏やかな表情に戻っていた。
 男は力強い眼差しで青年を見上げる。
 その目に宿っているのは決して「正の感情」だけではない。
 むしろ「疑心」「怒り」「悲しみ」――様々な強い負の感情が渦巻ている。
 まるで青年を仇を思っているかのような眼差しを、それでも青年は軽やかに受け止め微笑む。
 その感情は決して自分に向けられている訳ではないと知っているためだ。
 そう、男には心から憎い相手がいた。
 
 あの女は自分の自尊心を打ち壊した。
 あの女は自分の忠誠心を嘲笑った。
 あの女のせいで自分は心から慕う主君より罰を与えられ側にいられなくなった。

 銀色が脳裏にチラつき、男は唇を噛みしめる。
 命よりも大切な主君を籠絡し……いや洗脳したあの女狐。
 あの女狐を自らの手で引き裂いてやりたい。

 騎士としての全てを奪われた男はもはやそれしか残っていないのだ。
 もはやそれだけが自分を保たせる方法なのだと心から思い込んでいた。
 出来れば今すぐにでも実行し、洗脳から解放された主君の元へはせ参じたい。
 だが、実行する事が出来ない自分の不遇さに男は拳を握りしめる。
 今の自分では女狐に近づく事すら出来ない。
 全てを失った自分はあの方たちを洗脳から解放する事すら出来ないのだと男は嘆く。
 しかし嘆きだけでは誰も救えない。
 だからこそ男は此処に来た。
 王都にて囁かれる【闇の女神】への疑心。
 そこから派生した【闇の女神】に対する本当の信仰を示す一派。
 青年はそう言った一派の指導者であった。
 青年は皆に説く。
 「【闇の女神】は我らを見捨ててはいない。ただ我らの信仰の仕方が間違っていたのだ。真の方法で願った思いは必ずや女神に届くであろう」と。
 今の法王は決して変える事は出来ない。
 幾ら信仰は自由であろうと、ある程度の規制が当然必要となっている。
 だからこそ【闇の女神】を疑う教えが許されるはずもない。
 だからこそ、そこから派生した青年達の教えも又規制の対象となってしまっているのだ。
 今、青年達は密やかにしか動く事は出来ない。
 だが、【闇の女神】を疑うなど欠片も思っていない青年をトップとする一派は暫くすれば別の教義と認識されるだろう。
 そうすれば青年達の一派は信徒を増やし力を持つ事が出来る。
 青年達はそう確信していた。

 【闇の女神】

 創造神の片割れであり、安寧の夜を司どる暖かき闇の主。
 近年王都では軽んじられる傾向のある女神。
 そんな女神を信仰しながらも力を付けつつあり、更に今後大きくなるであろう一派のトップである青年。
 彼の側にいるならば、何時の日か、あの女狐に近づけるやもしれない。
 男はそう考えたのだ。
 男はそのために唯一の主君以外に膝をついたのだ。
 ――それが男にとってどれだけ屈辱であろうとも。

「私を護衛としてお使い下さい」

 男の声音には青年を崇拝する色は見えない。
 眸に宿るのは青年を利用したいという利己的な願いだけだ。
 だが、青年はそれを知りながらもニコリと微笑んだ。

「失礼ながら、貴殿は片腕が不自由な御様子ですが?」
「片腕だろうが、そこらの有象無象には負けませぬ」
「そうですか」

 青年は少し困った顔をしながらも男の前に膝をついた。

「貴殿が何を考え、私に近づいたかは分かりません」

 男の肩がピクリと動く。
 だが青年はその事には触れず男の動かぬ手に自らの手を添える。

「ですが、貴殿が私の側にいる事を渇望している事は分かりました」

 青年は目を細めて立ち上がる。

「よろしいでしょう。私達も何時までも日陰の身でいる気はありません。我らが神の教えを広くの人に知ってもらわねばならぬのですから」

 青年は男に手を差し伸べた。

「これから幾たびの危険がこの身に降りかかる事でしょう。その危険から守って頂けますか? その代わりに貴殿の望みが叶うように全力を尽くしましょう」

 青年は「これは契約です」と言った。
 一方的な施しではなく、慈悲でもない。
 青年は慈悲の心を持ち、教えを広める神官でありながらも男に対して契約を持ち込んだのだ。
 本来ならば有り得ない。
 だが男にとってはその方が有難い。
 男は決して青年の教えに心酔してこの場に要る訳では無いのだから。
 お互い利害が一致している間だけなされる「契約」
 それこそが男にとって必要なのだ。
 男にとって心から慕う主君は一人。
 それ以外に心から仕える事など出来ない。
 何処までも壊れた男にとって、それはもはや唯一自らが誇れるモノであった。
 ――たとえ、それが女狐にとことんまで貶められたモノだとしても。
 男は歪んだ笑みを浮かべると青年の手を取る。

「契約ある限り、全力で御身をお守り致しましょう」
「はい。宜しくお願い致します」

 二人が手を取り合った時、窓から日がさし青年の黒髪を照らす。
 青年は青色の眸をふんわりと解くと穏やかな笑みを浮かべた。

「お互いの利害が一致している間は決して破られぬ契約を――」


しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

憧れの悪役令嬢にちょびっとだけにた3歳児に転生したので、なるべく平和に生きようとおもいます!

山見月あいまゆ
ファンタジー
ベッドから大きな音を立てて落っこちたのは、この国のお姫様、セレナイト。 そこで思い出す!! 自分は、病気で死んでしまったはず… え?何で生きてるの!! 鏡を見ると。あ!おねいちゃんがはまってた、なんちゃらかんちゃらゲームの悪役令嬢!にちょびっとだけ似てる…ほんのちょびっとだけ。 だからと言って、私が悪役令嬢なわけではないとわかる。 なぜなら、悪役令嬢の小さい頃もゲームにうつってたけど、こんな顔じゃなかった! ちょっと似てるけどね。 けど。やった!憧れの悪役令嬢に似てるってうれしい! ん?待てよ。この体、セレナイトは、お兄ちゃんがいる。 名前は、サファイル。 ゲームの中で王子様だった人! ならここはなんちゃらかんちゃらゲームの世界。 何のゲームか忘れた! そのゲームの中で私は…特に何もしない! モブの中のモブ! 王族がモブ… とりあえず、憧れの悪役令嬢は最後、追放されちゃうからそれを回避! みんな平和が一番! 自分の平和は周りによって左右されるもんね。 よぉし。平和のために頑張るぞぉー! ※平和のために頑張る話です。

悪女の針仕事〜そのほころび、見逃しません!〜

陰陽@4作品商業化(コミカライズ他)
ファンタジー
公爵令嬢として生まれながら、子ども時代からメイドや周囲の陰謀で、次々と濡れ衣を着せられ、「悪女」扱いされてきたミリアム。 第3王子との婚約を聖女に奪われ、聖女への嫌がらせの冤罪で国外追放された後、平民として生き延びる中で、何度も5年前へのロールバック(逆行)を繰り返すことに。 生計をたてる為に、追放後の平民生活で極めた針仕事が、ロールバックが繰り返されることで、針仕事の能力だけは引き継がれ、天才的な実力を手に入れる。 その時女神「アテナ」の加護を得て、2つの力を手にすることに。 「加護縫い」 (縫った布に強力な祝福を込められる) 「嘘のほころびを見抜く力」 (相手の嘘を布のほころびとして視覚的に捉え、引き抜く、または繕うことで、真実を暴いたり修正したりする) を手にしたミリアムは、5歳の幼女時代まで遡り、2つの力で悪評をぬりかえ、仲違いしていた家族も、加護の力を与えることで協力な味方へと変貌。 さらに、女神から可愛いしもべ「アリアドネ」を授かり、元婚約者と聖女にザマァを狙う中、加護縫いの能力が最も高い人間を王太子妃に迎える決まりのある大国、ルーパート王国の王太子が近付いて来て……?

スラム街の幼女、魔導書を拾う。

海夏世もみじ
ファンタジー
 スラム街でたくましく生きている六歳の幼女エシラはある日、貴族のゴミ捨て場で一冊の本を拾う。その本は一人たりとも契約できた者はいない伝説の魔導書だったが、彼女はなぜか契約できてしまう。  それからというもの、様々なトラブルに巻き込まれいくうちにみるみる強くなり、スラム街から世界へと羽ばたいて行く。  これは、その魔導書で人々の忘れ物を取り戻してゆき、決して忘れない、忘れられない〝忘れじの魔女〟として生きるための物語。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

誤解は解きません。悪女で結構です。

砂礫レキ
恋愛
オルソン家の伯爵令嬢エリカ。彼女は亡き母がメイドだった為に異母姉ローズとその母によって長年虐げられていた。 二人から男好きの悪女の噂を流布され、それを真に受けた結婚相手に乱暴に扱われそうになる。 その瞬間エリカは前世の記憶を思い出した。そして今の自分が「一輪の花は氷を溶かす」という漫画のドアマットヒロインに転生していることに気付く。 漫画の内容は氷の公爵ケビン・アベニウスが政略結婚相手のエリカを悪女と思い込み冷遇するが、優しさに徐々に惹かれていくという長編ストーリーだ。 しかし記憶を取り戻した彼女は呟く。「そんな噂を鵜呑みにするアホ男なんてどうでもいいわ」 夫からの愛を求めない新生エリカは悪女と呼ばれようと自分らしく生きることを決意するのだった。

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

政治家の娘が悪役令嬢転生 ~前パパの教えで異世界政治をぶっ壊させていただきますわ~

巫叶月良成
ファンタジー
政治家の娘として生まれ、父から様々なことを学んだ少女が異世界の悪徳政治をぶった切る!? //////////////////////////////////////////////////// 悪役令嬢に転生させられた琴音は政治家の娘。 しかしテンプレも何もわからないまま放り出された悪役令嬢の世界で、しかもすでに婚約破棄から令嬢が暗殺された後のお話。 琴音は前世の父親の教えをもとに、口先と策謀で相手を騙し、男を篭絡しながら自分を陥れた相手に復讐し、歪んだ王国の政治ゲームを支配しようという一大謀略劇! ※魔法とかゲーム的要素はありません。恋愛要素、バトル要素も薄め……? ※注意:作者が悪役令嬢知識ほぼゼロで書いてます。こんなの悪役令嬢ものじゃねぇという内容かもしれませんが、ご留意ください。 ※あくまでこの物語はフィクションです。政治家が全部そういう思考回路とかいうわけではないのでこちらもご留意を。 隔日くらいに更新出来たらいいな、の更新です。のんびりお楽しみください。

処理中です...