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信じるモノ(4)

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 礼拝堂を抜けた先は一本道だった。
 信徒の姿は見えない。
 教主含めた幹部しか普段入る事が許されない場所なのかもしれない。
 誰もが口を開かず、足元だけが廊下に木霊している。
 後ろから護衛の方々のもの言いたげな気配を感じて私は内心ため息をつく。

 確かにお兄様さえ護ってもらえれば問題ないけれど、これはこれで煩わしいかも。とは言え、言いたい事なんて分かり切っているしなぁ。

 先程の彼に言った言葉の数々を撤回する気はない。
 失望した事により辛辣には物言いにはなったかもしれないが、言った事の葉の全てが本心だからだ。
 感じた怒りも本物。
 彼に言った事を全く恥じていない以上、失礼ながら有象無象に何を思われても何も感じない。
 今の心境を鑑みれば鬱陶しいとすら感じるかもしれない。
 むしろ先程、殿下達の反応を少しでも気にした自分に驚いたぐらいなのだ。
 王都にやってきてから、心の変動に振り回されている気がする。
 その中にある殿下達に対する感情の数々。
 もはや認めるしかないのかもしれない。
 
 私は殿下達に好意的な感情を抱いているのだと。

 これから平穏な日常を送りたいのなら殿下達など『ゲーム』の事が無くとも最重要警戒対象だったのと言うのに。
 いつの間にか交流を持ち、いつの間にか私は殿下達の存在を許容していた。
 懐に入らないまでも「友人」として共に居る事に違和感を感じなくなっていた。
 挙句、殿下達に嫌悪を向けられる事を忌避した。
 多分殿下達に嫌悪を抱かれれば私は落ち込むだろう。
 致命的にボロボロになるお兄様達からの拒絶とは違い、最終的に立ち直るとはいえ、殿下達が私にとってそういう対象になった事に驚きしかない。
 気に掛ける存在が増える事に面倒くささを感じないわけでもない。
 何かあれば私は殿下達と敵対する事も厭わないだろう。
 勿論、お兄様達と敵対するなど、ほぼあり得ない状況下だけだろうが。
 でも、殿下達と共に居る事は嫌ではない。
 その事実が少しだけ重かった。
 元々私の世界は然程広くはない。
 このままではそろそろキャパオーバーしそうだ。
 だと言うのに、切り捨てるという判断が直ぐに出てこない所、もはや溜息が出そうだ。
 自分のメンドクササは分かっているつもりだったが、私は思っていたよりも不器用だったらしい。
 改めて自身の面倒さを思い、先程はかみ殺す事が出来た溜息が漏れ出てしまった。
 違う事を考えての事だったが、ため息をついた私に後ろから騒めく気配がする。
 別に貴方方の視線のせいではないのだが、改めて弁解するのも面倒だ。
 放っておこう。
 今は首謀者と思われる青年が何を考えているかを推察していた方が建設的だ。
 
 とは言っても、もうついてしまったのだけれどねぇ。

 下品にならない程度に飾られた扉の前に立ち、私はもう一度溜息を零す。
 意匠は悪くない。
 だが、この中に教主がいると分かっているからだろうか?
 とても扉が薄暗いモノに感じられた。

「行きますわよ」
「主。オレが先行すル」
「あら。では頼みますわ、ルビーン」

 ルビーンならば先制攻撃を仕掛けられても避けられるだろう。
 私の返答にルビーンはニヤリと笑うと一息で蹴り開けた。
 ……流石にびっくりである。
 確かに鍵がかかっている可能性もあるとは思うけれど、なんて大胆なマスターキーなんでしょう。
 一瞬飛んだ思考を無理矢理引き戻すとルビーンとザフィーアに次いで部屋の中に足を踏み入れる。
 部屋は思っていたよりも広かった。
 大きな窓から日差しが入り部屋を柔らかく照らしている。
 シンプルな造りだが趣味は悪くない。
 重厚感のある机が浮かない程度には品のよい調度品だった。
 何となく貴族の執務室を彷彿とさせる。
 先制攻撃が無かった事を確認した後、改めて数歩足を進めると、ようやく座っている人影の顔が見えた。
 だが、その顔に私は眉を顰める。
 人影の主は先程までうすら寒い笑みを浮かべていた青年では無かったのだ。
 お兄様達も思っていた人ではない事に僅かに動揺している。
 そんな私達を見て青年は笑った。
 だが、それは嘲笑でも黒幕よろしくな笑みでもない。
 どこか疲れた、諦観を含む老人のような笑みだったのだ。
 主導権を取られるのは困る。
 そのために、先制攻撃のつもりもあってその事を問いかける前に青年が口を開いてしまった。

「申し訳御座いません」

 それは何に対して? と問いかける事が私には出来なかった。
 青年の言葉に呼応するように足元が突然光りだしたのだ。
 下を見ると私一人を包むように魔法陣が描かれていた。

「これはっ!?」

 その場を離れる事も誰かに手を伸ばす事も出来ず、光が強くなっていく。
 
「「主!」」
「ダーリエ!」

 お兄様とルビーンとザフィーアの声が聞こえるが、何故か私の声が出ない。
 しかも体が動かない。
 完全に罠に嵌められた事に内心歯噛みする。
 私は無駄な足掻きと分かっていても、青年を睨みつける。
 だが、私の悪足掻きに対して青年は勝ち誇る事もせず、むしろ悲し気な表情で目を伏せた。

 貴方は一体何者? 一体何を嘆いているの? 罪を犯したくせに!?

 疑問と罵倒を最後に私の意識は闇の中へと堕ちていった。


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