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最後には意志の強い方が勝つのかもしれませんね【ノギアギーツ】

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 キースダーリエ様とアールホルン様、その従者である獣人、そして僕達を除いた騎士達が廊下の向こうに消えていくのを見送って、僕は小さく嘆息する。

 殿下達をこの場に残すという提案は僕達にとっては何よりも有難い事ですが、この場の後始末を押し付けられた、とも言えますよね。

 事切れた男の躯とその躯の前に座り込み茫然自失としている青年。
 そんな青年を冷めた目で見降ろしているヴァイディーウス殿下と、中々民衆には見せられない光景ですよね、これは。
 ロアベーツィア殿下は、兄君よりは青年に同情しているようですが、それでも呆れている様子を隠していません。
 同僚は、と隣を見ているとテルミーミアスは何やら考え事をしているのか、眉間に皺を寄せ床を見つめて……いや、これは睨んでいますね。
 インテッセレーノはキースダーリエ様の苛烈さを始めて目の当たりにしたのか、驚いた表情のまま、未だに令嬢達が向かった廊下を見ています。
 
 こうやって突発的状況に陥ると、人の本質が垣間見えますよね。だからこそ面白いのですが。

 自分の悪い癖が出そうな事に僕は内心苦笑を零した。




 僕は元々文官を多く輩出する家の出です。
 自分でも好奇心が強く、どちらかと言えば研究者の方が向いているのだと幼い頃から漠然と考えていました。
 いや、はっきり言ってしまいましょう。
 僕は錬金術師に憧れていました。
 親戚の女性が錬金術師で、よく工房に行っては錬成する彼女を横で眺めていました。
 あの頃は何も知らず、ただ自分は錬金術師になるのだと考えていたように思います。
 けれど、現実は無情と言えばよいのか。
 僕は錬金術に必須な才能が欠落していました。
 属性関係無く魔力の【注入】が出来ない特異体質だったのです。
 魔法は使う事が出来ます。
 ただ錬金術の才無き人間だろうと魔石に無属性や自分の得意属性程度なら注入できるのが“普通”である中、僕はそれこそが出来なかったのです。
 僕が体内に存在している魔力を体外に出すためには魔法を使うか、吸収の属性が付いた魔道具や魔石を持つしかありませんでした。
 御蔭で幼い頃は体内に魔力をため込み過ぎて具合が悪くなる……魔力酔い? と言えば良いのか。
 そのような状態を良く引き起こし、原因が判明するまで病弱な子と言われていました。
 魔力量のキャパが広い事だけが幸いだったと今は思っています。
 これでキャパが狭ければ、原因が判明する前に僕は命を落としていたかもしれないのですから。
 それでもこんな特異体質では【旧式】は勿論の事【新式】の錬金術すら使う事は出来ません。
 そのことが判明した時のことは漠然とした記憶しかありませんが、周囲によるとショックで寝込み、暫くベッドの上の住人になっていたらしいです。
 そうやって心を整理……ありていに言えば諦めたのでしょう。
 そうして子供心に夢を諦めて心に整理をつけた僕はそれから好奇心の赴くままに色々なことに手をだしました。
 心に生まれた隙間を好奇心で埋めようとしたのかもしれません。
 理由はともかくとして、色々手を出した結果、僕は文官ではなく武官の才があるのだということが分かりました。
 同世代の子供よりも先んじて、スキルを習得する事が出来ましたし、魔法もある程度ではありますが、早々に使えるようになりました。
 ……魔法に関しては魔力を消費するため、覚えざるを得なかったと言った方がいいかもしれませんが。
 ですから、僕が騎士になったのは成り行きとしか言いようが無いのです。

 偶々文官よりも武官の方に才があったからなってみた。

 と、言うのが僕が騎士なった理由に一番近いです。
 こんな事、生真面目なテルミーミアスやあれでいて騎士という仕事に真摯なインテッセレーノに言えば怒られてしまいますからから口が裂けても言えませんね。
 自身が騎士としては異端であるということは自覚しています。
 近衛になれたのも実力以外の部分が大きいことも。
 好奇心が人よりも旺盛ではありますが騎士になりたい真っ当な理由が無い僕が近衛までなれたのは、当時の教育係と上官の御蔭です。
 僕の好奇心の強さ、そしてそれに伴い周囲を観察してしまう癖を見抜き、先輩と上官は僕のそれを徹底的に伸ばす教育を施して下さいました。
 効率的な情報収集の集め方、情報の取捨選択の見極め方など。
 今考えると情報部の仕事に片足突っ込んでいた気もしますが、僕にはそれが性に合っていました。
 だからその道を示してくれた先輩達には感謝しています。
 それを教える事が出来る先輩は何者なのでしょうか? という疑問はまぁそう言う事なのだろう、という事でお聞きしませんでしたが。
 そうして僕は情報部に所属している方々の技能を持つ騎士として近衛になりました。
 今は巡り巡って殿下達の護衛として一騎士に降格していますけれど、ね。

 現状、僕等は一応降格処分を受けた事になっています。
 ただ、これは仮の処分であり、実情は殿下達に今から専従の護衛を付けることなのではないかと思います。
 テルミーミアスは家格こそ高くはありませんが、一門そろって騎士として有名な家の出ですし、軍部へのコネを誰よりも持っているのです。
 本人はそのことを全くきにしていません。
 もしかしたら気づいていないかもしれませんね。
 ですが、実際テルミーミアスは軍部に発言権を持っているのです。
 インテッセレーノは平民ですが、その腕だけで近衛まで登りつめた強者です。
 本人も周囲と衝突しないようにうまく調整する能力に長けていますし、忠誠心は申し分ない、と判断されているはずです。
 ですから彼も又有望株と軍部にみられていることでしょう。
 そして僕は情報部に片足突っ込んでいるようなものです。
 つまり一騎士よりは様々な情報を持っていますし、必要とあれば集めることも可能です。
 はっきり言ってナルーディアスの一連の件において僕とテルミーミアスを配置したのは意図があったのでは? と疑ってしまう程でした。
 陛下と宰相殿の自分の子への溺愛加減を見て、違うと判断しましたが。
 様々な思惑渦巻く中、一時的な降格処分として僕等は殿下達の護衛となりました。
 インテッセレーノが来たのは偶然ですが、僕等への監視という名目なので、ここら辺は意図的なのでは? とも思います。
 今後殿下方の何方かが王位に付いた時、僕等はそのまま近衛に戻る事になるでしょう。
 実の所、その打診は既に出されています。
 テルミーミアスなんかは受けるべきか断るべきか悩んでいたようですけれど、そこに至るまでの道は全て作られた道だから諦めて受けた方が良いと思います。
 堅物で上のいう事に反発することなく素直に受け取るテルミーミアスなんか簡単に丸め込まれて終わりでしょうからね。
 多分、今の僕達が期待されているのは今から殿下達と強い信頼関係を築くこと。
 更に言えば殿下達に近づく相手をそれと無く見ておくこと、あたりでしょうかね。
 誰と交流を持ち、誰と交友関係を築くかは殿下達の意志で決めるべきです。
 けれど、相手に不穏な噂等があれば、僕達は自分達の立場を越えて上奏することが出来ます。
 ある程度壁になれ、という意志もあるとは思いますけれど。





 さて、首謀者の方にはキースダーリエ様達が行ってしまわれた訳ですけれど、さっさとここをどうにかして追いかけませんと。

 僕等以外の騎士を付けたとは言え、公爵家の御令嬢と御子息を先行させて僕達はここにいました、では通るはずもありません。
 それにつけたと言ってもあの騎士達が本当に万全の状態で令嬢を護るかどうかは微妙な所ですし。
 殿下に命じられて付き添った騎士達の表情を思い出し、僕は密かに嘆息する。
 上位者に命じられた事は絶対です。
 けれど、騎士だって心あります。
 騎士達はあの令嬢を目の当たりにし、複雑な感情を抱いてしまいました。
 あの畏怖にも似た感情を感じてしまった相手を万全で護る事ができるでしょうか?
 あの時の事を考えれば、難しいかもしれないと思ういますし、思っても仕方ないと感じる部分もあります。
 考えてみれば、事の発端はあの時だと思うと感慨深いものですね。
 帝国への道中に起きた一連の事件。
 あの時、僕はアールホルン様を観察する事を命じられていました。
 ですが、思えばあの時僕はアールホルン様よりもキースダーリエ様の方を気にしていた気がします。

 ラーズシュタイン家の鬼才令嬢。

 キースダーリエ様は規格外と噂されていました。
 端麗な容姿と豊富な魔力量、なによりも【闇の愛し子】であらせられる令嬢は、その外見に比例するように噂の多い方です。
 良い事から悪い事まで多種多様な噂の数々はそれだけ令嬢が良くも悪くも目立つ存在である事の証左ではないかと。
 更に言えば令嬢は錬金術の才をお持ちです。
 その事に嫉妬を感じなかったと言えば嘘になります。
 あの時、僕が自らの任務対象であるアールホルン様よりもキースダーリエ様に興味を持ってしまったのは、きっとその事が大いに関係しています。
 努力では決して叶えることのできない夢を抱く事を許されるどころか、努力次第では歴史上に名を記す事すら可能かもしれない程の溢れる才能。
 その上殿下達の覚えも良いとあっては、思う所なんてありませんなどと絶対に言えませんでした。
 だからでしょうか。
 渦巻いていた不穏な気配をある程度は仕方の無いことだと見逃し、最終的には少しなんて言葉では言い表す事は出来ない大事件へと発展させてしまった。
 嫉妬を感じたことを恥じる必要はないかもしれませんが、その感情に流されてしまったことは後悔しています。
 教育係の先輩や昔の上官に顔向けできないと感じる程度には。
 あ、いえ。
 実際はそんな僕の胸の内はすっかり知られていて、事件の後、思い切り殴り飛ばされ、説教されたわけですが。
 今、思い出しても痛いです。……体も心も。
 あの事件は沢山の人々の人生を変えたのではないかと思います。
 未だに亡骸の前で座り込んでいるアズィンケインもその一人と言えるでしょう。
 いえ、もしかしたら彼が今この時に至るまで波乱の時間を考えれば、一番変えられたと言えるかもしれません。
 令嬢に対して意見した時も思いましたが、彼は一つの物事に対してのめり込む性格なのでしょう。
 元々の性格なのか、それともナルーディアスによって形成されたものなのかは定かではありませんが。
 ですが、前者だとしても後者だとしても彼はさぞ良い手駒であったのだろうと思います。
 
 案外テルミーミアスの方がそういったものには引っかかりにくいんですよね。

 頑固、いえ、この場合は心に誰をも寄せ付けない「何か」を持つ者はそういったものには左右されずらいです。
 そういった意味では令嬢も同類ではないかと。
 心に誰にも譲る事のできない「何か」を持つ者は強いですし、場合によっては精神干渉すら弾き飛ばします。
 「何か」は覚悟であったり信念であったり、約束であったり様々ですが、どういったものだろうと僕のような人間にとっては扱いにくい存在なのです。
 実際、当事者であり一番ナルーディアスを信じたいであろうアズィンケインはあっさりと彼の言葉に惑わされ、一番関心が無い令嬢がナルーディアスの違和感に真っ先に気づきました。
 本当に皮肉な話ですよね。
 敵対し決して和解することなど無いナルーディアスと令嬢がこの場において一番通じ合っていたなんて。
 もしかしたらアズィンケインに対する皮肉のきいた話し方はその事に対する怒りも孕んでいたのかもしれません。
 分からないこともない話ですね。
 僕から見てもアズィンケインという男は中途半端です。
 誰かの意見、思想、言葉に左右されやすい上、それを盲信する。
 その割に、その「何か」は誰のものでも良いせいか、簡単に揺れてしまう。
 正直な話、これならば盲信者であったナルーディアスの方が余程芯があるように見えます。
 どちらの性質にしろ厄介なことには違いありませんが、揺れやすい分アズィンケインの方が扱いにくく、騎士としては問題ある気がします。
 そこまで考えて僕は再び嘆息する。
 
 ここで彼の考察をしていても仕方ないですね。まだ追加の騎士はまだ来そうにありませんし、少なくともこの場から動かない事の確約だけは得ておきませんと。

 小さくため息をつくと僕はアズィンケインに近づき、横で膝をつく。

「アズィンケイン殿」
「あ……ノギアギーツ殿」

 声をかけられた事でようやく僕の存在に気づいた様子の彼に内心溜息を零す。
 
「貴方は先程ラーズシュタイン家を解雇されましたが、これからどうするつもりなのですか?」
「どう……していいのか、全くわからない、です」
「この後事情聴取を受ける事になるとは思いますが」
「はい。それは分かっています。逃げるつもりはありません」
「そうですか」
「はい。……その時、何かしらの処罰を受けると思いますし、その方が……」

 最後の言葉は小さく聞こえなかったが、表情から何となく何を言いたいのか分かりました。
 大方、処罰を受ける事を望んでいるのでしょう。
 それも王都追放など……もしかしたら死罪などを。
 まるで生き残った事が罪であるような振舞いをしている彼に若干ですが苛々しますね。
 
 どうやら彼にキースダーリエ様の言葉は一切響いていないようですね。この様子では新たな依存先を潰された事によっての茫然自失と言った所でしょうか? 随分周囲が見えていない男だとは思いましたが、もしかしたら違うのでしょうか?

 誰かに依存する道は楽でしょう。
 特に他者の信念に依存する事は簡単です。
 それが耳障りの良い信念ならば、周囲には自分と「同じ」存在が大勢いるのですから。
 周囲と同じだと言う安心感も相まって、さぞかし居心地が良いのだと思います。
 そういった意味ではキースダーリエ様を依存先と選ぶのは見る目があると言えるかもしれません。
 少しぐらい他者が依存して乗っかかってこようが、それを物ともしないであろう強さを持つ方。
 ある種傲慢とも言える強い信念をお持ちの方のようですから。
 ただ、かの令嬢は寄りかかられたことに気づいた途端、選別し振り払う事の出来る方のようにも思います。
 どのような方でも受け入れるような博愛主義的な言動はとらず、選別し切り捨てるということが出来る方だと僕には感じられます。
 どう育てば、あの歳であそこまでの性格が形成されるのか、とても興味深いのは確かですけれど。

 ああ、また悪い癖がでてしまいました。

 今は自分の思うがまま好奇心を満たすわけにはいきません。
 それに、アズィンケインに対しては僕も少々不快な部分がありますしね。
 少々煽らせて頂きますか。

「ここで諦めればキースダーリエ様に生涯失望されたままですが、それでよろしいのですか?」
「え?」
 
 顔を上げた彼の顔には僅かながら希望のようなものが見えます。
 どうやらあそこまで言われても令嬢に対して断ち切る事の出来ない感情があるのでしょう。
 そんな彼に僕は内心苦笑してしまいます。

「今、貴方は自由です。彼の弔うために神官になる事も出来ますし、剣の腕は確かでしょうから、他の貴族家に士官する事も可能ではないかと? ああ、故郷に戻り、冒険者になったり、いっそのこと戦いとは全く関係の無い生活を送る事も可能ですかね? ですが、どの道を選ぶにしろ、貴方には彼の下で働いていたという事実とキースダーリエ様の失望を買ったという事実はついて纏います」

 冒険者になった場合、早々に死んでしまう気もしますが。

「それはラーズシュタイン家が広めるということでは決してありません。貴方の心がその事実を忘れることの出来ないしこりとして残し続けるという意味です」

 アズィンケインが俯く。

「更に言わせて頂ければ、神官になるならばともかく、他の道を選んだ場合、キースダーリエ様はあっさりと貴方のことを忘れるでしょうね。……きっとナルーディアスの事も」

 ピクリとアズィンケインの肩が揺れる。

「もう一度言います。貴方は今自由です。何を望み、道は何でもとは言えませんがあります。ナルーディアスの思想から離れ、キースダーリエ様から切り捨てられた貴方が「今」考えている事は全て貴方自身の中から生まれた思考であり望みです。――貴方はいったい何を望み何をしたいのですか?」

 これは所謂詭弁です。
 近衛隊に所属していた中で植え付けられて芽吹いた思想は、もはや彼の根幹の一部になっているでしょう。
 あれだけ鮮烈な方であるキースダーリエ様を近くで見ていたのです。
 きっと大分感化されている事でしょう。
 他者の影響を受けやすく、他者に依存する彼の性質を考えると、そこから完全に抜け出す事は不可能と言えます。
 ですが、他者の言葉に影響されやすいのならば、僕の言葉にも影響されることでしょう。
 今、彼はきっと「今考えている事は自分だけの望みである」と思っているはずです。
 そもそも、赤子でもあるまいし、他者の影響を受けていない人など存在しないと思いますがね。

「考える時間はあります。その中で自分が何をしたいかを考えてみて下さい」

 簡単に死のうなどとは思わずに、ね?
 僕は考え込んでしまった彼から離れて殿下達に近づいた。

「ノギアギーツはキースダーリエ嬢の元へ戻ってほしいのですか?」

 ヴァイディーウス殿下の質問に僕は苦笑を返しました。

「彼の性質は厄介ですから。しかも今回の事件について彼は知り過ぎています。そこを利用される可能性がある以上、手綱を取って下さる方の元にいた方が良いかと」
「それはキースダーリエ嬢に厄介事を押し付けることになると思うんだが?」

 溜息を隠さないヴァイディーウス殿下に僕は小声で「お気持ちは御察し致しますが、それが最善かと思います」と囁きました。
 キースダーリエ様にとっては厄介事を押し付けられたと感じることでしょう。
 ですが、こちらの意図を察したラーズシュタイン家の誰かが対処してくれるという確信もあります。
 万が一キースダーリエ様が気づかずとも宰相閣下は気づいて下さるでしょうし、最適な処理をなさって下さるはずです。
 それに、気づいてしまえばキースダーリエ様とて、ただ放逐することはしない……出来ないでしょうし。
 
 対応はかなり雑になるでしょうが、そこはまぁ自業自得と奴でしょうしね。それに心が折れるならば、それまでです。

 アズィンケインの言動は依存した相手に全てを背負い込ませるようにしか見えません。
 それは手柄を譲っているなど、良い風に言えるかもしれないが、責任逃れをしていると悪い風にとることも出来ます。
 はっきり言って、あの自己のなさは見ていてあまり好ましくは思えないのです。
 
 まぁ、あの時に騎士としての矜持を叩き潰された意趣返しが無い、とも言い切れませんけれどね。

 あと、僕自身の羨望もないとは言い切れません。
 キースダーリエ様が悪いわけではなく、完全に僕の逆恨みです。
 けれど、少々厄介な性質をもったアズィンケインをどう扱うのか、興味があるのも疑いようのない事実なのです。
 僕にとってキースダーリエ様は羨望の相手であり、興味深い相手でもあります。

 心の内を覗かれたら不敬どころの話ではなく、危険思考で処刑されそうですけれどね。

 心を覗かれる予定は無いので、多分大丈夫でしょう。

「令嬢ならば、受け入れる気の無い人間はばっさりと切るでしょうし、どうして僕がそういう風に差し向けたかも理解して下さるでしょう。宰相閣下もいらっしゃいますので最悪の事態にはならないでしょうし。ならば戻るという判断をせずとも一度はラーズシュタイン家に向かうようにした方が良いかと」
「……彼は元々近衛なのだから、こちらが引き取るのが良いと思うのだけれどね。ただ彼自身はどうやらキースダーリエ嬢の元へ戻りたがっているふしがあるようだし、難しいだろうね」
「キースダーリエ様は周囲を引きこむ方のようですからね」
「そうだね」

 ヴァイディーウス殿下の表情が綻ぶ。
 こんな殿下を見るようになったのも殿下がキースダーリエ様と交流するようになってからです。
 殆ど会話をした事はないと言いましても、王城で見掛けることは多々ありました。
 そういった記憶の中でヴァイディーウス殿下は隙が見えず、人間らしくない方であったと記憶しています。
 育ちを考えれば致し方の無い事とはいえ、王妃様達もむごい事をなさるものだと考えていました。
 そんな殿下が他者のいる場所でこうして人間味のある表情をなさるのだから、キースダーリエ様の影響力は計り知れません。

 本当にかの令嬢は飽きない方ですよね。

 幾度となく出てくる好奇心に内心苦笑しながらも、そろそろ本当に動かなければいけないと思ったその時、奥の通路から足音が複数聞こえてきました。
 僕達は殿下を庇うと剣を抜く。
 ですが奥から出て来たのは令嬢達についていた騎士達でした。
 状況が分からない僕達を他所に騎士の一人が叫ぶ。
 その言葉に僕達は驚愕し、少しばかり悠長にし過ぎていたのだと思い知らされることになってしまうのです。

「執務室にてキースダーリエ様が誘拐されました! 現在消息不明。実行犯と思われる男を獣人が殺害しようとしているのを令息が止めています。手を貸していただきたい!!」
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