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夏を吹き飛ばす一陣の風の到来

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 正直、台風でも来たのかと思いました。

 麗らかな春を越えて生命力が溢れる夏に突入し、緑や空が色濃く鮮やかな季節になりました。
 相変わらず私は色々調べています。
 あまりに物事が進まず、爆発しそうです。
 むしろ土の神殿に行きそこなった時のあれこれのせいで謎が深まりました。
 暴れても許されると思いますが、どうでしょうか?
 
 ……いや、私が暴れたいのであって台風が到来して欲しいとは思ってなかったのですけれどね?





 今日は珍しく家族そろって朝食です。
 多少疲れは見えるけど元気なお父様の様子に密かに安堵しつつ家族団欒を楽しんでいると、執事さんが慌てて部屋に駆け込んできた。
 普段は「流石公爵家の執事!」と言いたくなるぐらい冷静な人なのに。
 むしろあそこまで慌てているの初めてみたかも?
 珍しい光景に執事さんの動向を見ていると執事さんはお父様の近づき、何かを囁いた。
 するとびっくり。
 お父様が物凄く驚いた顔をなさったのだ。
 執事さん程じゃないけど珍しい。
 しかもその後何とも言えないような表情になったのも気になる。
 驚愕の後に懐かしさ? 哀愁? 罪悪感?
 何と言えばいいのか分からないけど、凄く複雑な顔をしていた。
 一体何があったんだろう?
 お兄様も私と同じ感想を抱いたのか、お互い何事かと顔を見合わせていると、お父様がお母様に何か囁き、執事さんと共に部屋を出ていってしまった。
 
「ワタクシ達、部屋に戻った方がいいのでしょうか?」
「そうだね、ダーリエ。食事も終わっているし戻ろうか。いいですよね、母上?」
「いいえ。今、旦那様がお客様をつれていらっしゃるからここで待ちましょう」
「お客様?」

 え?
 ここで待っていていいのですか?
 応接室に行くべきでは?
 お兄様も困惑しているのか首を傾げている。
 けれどお母様は私達の困惑に気づいているのに、それ以上の事は教えてくれなかった。
 せめて客人が誰かだけは教えて欲しいのですが。

「大丈夫ですよ。優しい方ですから」

 お母様。
 そこまで読み取っているなら誰か教えて下さい。
 そう訴えたけれど、結局ニッコリ笑顔で黙殺されてしまった。
 こうして私とお兄様は困惑を抱えたまま御客人が来るのを待つ事になったのである。

 お母様は時々意地悪です。




 それから然程時間を置かずお父様が御客人と共に部屋に戻って来た。
 けど、見た事のない御客人の御姿に内心首を傾げる。

「<誰だ?>」
「<さぁ?>」
「<って、おい。こんな所まで来てんのに、それでいーのか?>」
「<そう、言われてもねぇ?>」

 本当に誰か分からないから仕方ないと思わない?
 御客人は女性だった。
 豊かな金髪はまるで秋の稲穂のように輝いているし、眸は真夏の葉を思わせる新緑色だ。
 着ている衣服も一目で高価な物と分かるけど、着こなしているので決して下品とは感じない。
 高貴な身分の婦人である事は分かる。
 けど、それしか分からない。
 
「<しいて言えば髪質と顔立ちがお父様に似てるような気がするけど。こんな方親戚にいたっけ?>」
「<いや、オマエが知らないのにオレが知っているわけねーだろ>」
「<だよねぇ?>」

 チラっとお兄様の方を見たけど、お兄様も困惑している所、顔見知りではないらしい。
 さて、挨拶をどうしようかな?
 初対面の挨拶をして良いのかな?
 高貴な身分なのは分かっても、正確な家格は分からないから挨拶に困るのですが。
 いや、格上や同格だと思って挨拶すればよいのかもしれないけど、親戚で顔見知りだったら初対面の挨拶は失礼だし。
 取り敢えずお兄様と二人でその場に立って頭を下げたけど。
 ここからどうすれば?
 悩んでいると、頭の上から中々豪快な笑い声が降り注ぐ。
 後控えめな笑い声も聞こえた。
 ……豪快な笑い声は女性で控えめな笑い声は男性だったけど。

 逆じゃないですかね、普通?

「あまり子供達を困らせてはなりませんよ、オーヴェ」
「そもそも前触れ無く帰って来た貴女が悪いのでは?」
「あら、近々戻ると手紙は出しましたでしょう?」
「あれでは曖昧過ぎますよ」
「正確な日付を約束出来る仕事をしていないのは分かってるでしょうに。気を抜いた貴方が悪いのよ」
「それを言われると困るのですが。……そういう所、本当にお変わりありませんね」

 お父様の溜息が聞こえて来た。
 お父様が押されてるのも珍しいなぁ。
 と、言うよりも今日は珍しい事だらけだなぁ。

「ああ。顔を上げて頂戴な」

 私達が未だに頭を下げている事に気づいたのか御客人にそう言われてしまった。
 御客人に言われてしまえば顔を上げざるを得ない。
 さて、本当に挨拶どうしよう。
 ゆっくりと顔を上げると御客人は思ったよりも近くに居て、思わず一歩下がってしまう。

 今、私「うおぉ」とか言ってないよね?

 この距離だと誤魔化せないのですが。
 ドキドキしつつ見上げると満面の笑みの御客人に見下ろされていました。
 淑女として有り得ない言葉が口に出て居なくて良かったとは思う反面、近すぎる距離に御客人に体が引ける。
 あの、笑顔が眩しいのですが。
 美女美男の笑みは攻撃力があるのですから自重下さい。
 そっと離れようと思ったけれど、御客人の方の行動の方が早かった。
 
「ああ、ダーリエ。何て可愛らしい。赤子の時も思いましたけれど、本当に妖精のように愛らしく育ちましたね」

 甘ったるい言葉と共に抱きしめられた私は既にキャパオーバーです。
 しかも私を心配して近づいてきたお兄様まで抱きかかえてしまったのですが、この方。

「アールもますますオーヴェに似てきましたね。けど、オーヴェにはない愛らし所はラーヤから受け継いだのかしら? 二人ともなんて可愛らしいの」

 あの、このベタ褒めしてくる方は一体どなたです?
 後、どうも私が赤子の時にも会った事があるようなのですが?
 どう考えても、多分近しい人。
 私もお兄様も知らない人だけど。
 距離感がバグっている事と一方的に知られている状況に頭が完全に混乱している。
 誰か助けてくれませんか?
 そうやって目を白黒させていると気づいてくれたのかお父様が止めてくれた。

「離してあげて下さい。子供達が困ってますよ? 貴女は初対面のようなものなのですから」
「……確かに、そうですね」

 や、やっと抜け出せた。
 有難う御座います、お父様。
 そして新情報も出て来た。
 初対面のようなもの、という事は初対面ではないって事だよね?
 ただ少なくとも私は赤子の時以来会ってなさそうだ。
 あれ? それっておかしくない?
 お父様の言葉には親愛が籠ってるから近しい関係のような気がするんだけど?
 なのに赤子の時以来会ってない?
 いやいや、本当どんな関係なんですか?
 違う国に嫁いだとか親戚とか?
 けど、別に今は何処かと戦争している訳でも緊張状態にもないはずだし。
 貴族女性とは言え、もう少し親戚付き合いをしていてもおかしくはないと思うんだけど。
 あの腹の立つ親戚とは違うみたいだし。
 え? 一体どういう事?
 もはや挨拶どころではなく、お兄様と共に困惑を深めているとお父様と御客人が同時に微笑んだ。

 うわぁ笑い顔そっくり。

 血縁を如実に感じさせる微笑みに親類である事は確信したが、一体この方どなたです?
 そんな私達の疑問にお父様は答えて下さった。
 ……特大の爆弾を落とすという方法で。

「この人は僕の姉。つまりアール達にとっては叔母にあたる人だよ」

 ほうほう、お父様の姉……え? お父様の姉?!

「「お父様/父上は一人息子ではなかったのですか?!」」

 思わず叫んでしまった私とお兄様にお父様は苦笑し、御客人――叔母上は艶やかに微笑んだ。

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