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水珠の波紋
三
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次の日、起きるとまだ夢の中だった。
夢の中で寝てしまえばもうダメかと思ったけど、そんなことはなかった。
こんな長い夢は見たことがない。
そして、その次の日も、またその次の日も夢から覚めることができなかった。
そろそろおかしい。本当におかしい。
無理やり起きようにも、夢にしては感覚がリアルすぎて起きられない。
夢と現実の間、金縛りのような、頭は寝てて体は動かないのかとも思ったけど、そんな感じもしない。
ここ数日は、李老師の講義と雑用をこなす日々だった。
玄思恭は新人で、下っ端宦官らしく、宦官の世話をする宦官だった。掃除や洗濯などのお世話がもっぱらの雑用だ。
講義の方は、まず五珠術の前に基珠術をある程度習熟させる必要があるということで、水珠術は教えてくれなかった。
とりあえず基珠術の中でも簡単な、『物体を触らずに動かす』という技からみなはじめた。机の上の筆を、みんながなんとか動かしていく中、俺は何日経っても全く出来なかった。
何で夢なのに都合よく出来てないんだろう?
そもそも、中身は現代人で全く慣れていないんだから、出来なくて当たり前だ。
李老師は感覚派で、教え方もよくない。と思いたい。
『体を巡る珠の力』なんて全く感じられない。
俺は一応人より水珠の力が多いはずなのに、こんなに何ともないということは、李老師に調子のいい嘘をつかれてるのかもしれない。
ということで、同室の柴深に教えてもらうことにした。
教本で読んだことには、五珠術をマスタークラスまで極めたのが「五珠師」、その下の一般レベルが「五珠士」と呼ばれるらしい。どちらも同じ読みだから、五珠士の方を「ごしゅじ」と濁って呼んで使い分けるということだった。
教本は都合のいいことで、何故か読むことが出来た。
そして柴深は、なんと金珠の力を持つ「金珠士」だったのだ。
「いや、体に珠の流れを感じるだろ?それを指先に集めて……ほら」
柴深は机の上の筆を触りもせずにくるくると回す。
それどころか筆を持ち上げたりと自由自在に動かす。
「よし。……ふん!」
見よう見まねで指先に何となく力を集めてみても、全くわからない。
ずっとこんな調子だから、李老師にはだいぶ諦められてる。
こんなに美人なのにすっかり腫れ物扱いだ。
「お前、本当に水珠あるのか?」
「あるはずだけど…わかんない」
「うーん……思恭、手のひら出して」
「ん」
言われるがまま、柴深に手のひらを向ける。すると、柴深の手がぴったりとくっつけられた。
「柴深?!いくら俺が可愛いからって…」
「ちげえよばーか」
柴深は頭が硬いというか、冗談があまり通じない。
「ほら、俺の珠を少し流し込んでやるから。わかるか?」
「…あ」
ぴったりくっついた柴深の皮膚から、少し温かい何かが手のひらをつたって肘の方まで伝わってくるのがわかる。
人生で味わったことのない感覚だった。
「この力を集める感じで出来るか?てか、こんなの普通な親に教えてもらうだろ。やってもらってなかったのか?」
「えっ、えっと、そうかも。うち、迷信とかめっちゃめっちゃ信じる系の変な親だったから手を合わせちゃだめだったんだ」
「はあ?まあいいからやってみろよ」
「わ、わかった」
深呼吸をして、体の感覚を研ぎ澄ませる。
やっと体が妙に包まれている感覚に気付くことが出来た。わかってしまえば造作のない話で、なんとなくの流れを指先に持ってくるのをイメージする。
「…えい!」
「っわ!」
指を筆に向けて振ると、筆がくるくると高速で回転した。
「あ」
そして、ボキッと筆が折れた。
「お前…本当に素質はあるみたいだな」
「うん…そうかも」
とりあえず出来たけど力のコントロールはまだまだ難しい話だった。
柴深は筆を触りながら寝転がり、呆れて言う。
「大丈夫かよ。そんなんで第四皇子のお付きになんてなれるのか?」
「え?」
「忘れたのか?」
「い、いや忘れてないけど」
また新しい話が出てきた。
「今は西方の岭州を治めてる碧伯正(へきはくせい)様だよ。側近の宦官を探してるって話だからお前も近々岭州に採用試験を受けに行くって言ってただろ?」
そんなこと、いつ言ったのか。夢のくせに妙に凝ってる。
だいたい第四皇子ってなんだ。そんな登場人物がいたかなんて全く思い出せない。
でも、急に心変わりしてもおかしいのから、話を合わせることにした。
「もちろん行くに決まってるでしょ。最近忙しくてちょっと忘れてただけ」
「ふーん。そうか」
柴深が全く興味なさそうなのが逆に救われる。
「さ、柴深は行かないの」
「え?行くわけないだろ。あそこは国境地帯で交易で栄えてるとかいうけどあんまり治安も良くないし、何より俺は都会が好きだ」
「そ、そう……」
聞かなきゃよかった。不安になる。
「ま、お付きになるってのもある程度珠術が使いこなせなきゃ話になんねえぞ。頑張れよな」
「う、うん」
背中をばんと叩かれる。柴深はそのまま気持ちよく眠ってしまった。
それを見届けて、こっそり珠術で筆を持ち上げる。今度は折れずに長い間持ち上げることが出来た。
夢の中で寝てしまえばもうダメかと思ったけど、そんなことはなかった。
こんな長い夢は見たことがない。
そして、その次の日も、またその次の日も夢から覚めることができなかった。
そろそろおかしい。本当におかしい。
無理やり起きようにも、夢にしては感覚がリアルすぎて起きられない。
夢と現実の間、金縛りのような、頭は寝てて体は動かないのかとも思ったけど、そんな感じもしない。
ここ数日は、李老師の講義と雑用をこなす日々だった。
玄思恭は新人で、下っ端宦官らしく、宦官の世話をする宦官だった。掃除や洗濯などのお世話がもっぱらの雑用だ。
講義の方は、まず五珠術の前に基珠術をある程度習熟させる必要があるということで、水珠術は教えてくれなかった。
とりあえず基珠術の中でも簡単な、『物体を触らずに動かす』という技からみなはじめた。机の上の筆を、みんながなんとか動かしていく中、俺は何日経っても全く出来なかった。
何で夢なのに都合よく出来てないんだろう?
そもそも、中身は現代人で全く慣れていないんだから、出来なくて当たり前だ。
李老師は感覚派で、教え方もよくない。と思いたい。
『体を巡る珠の力』なんて全く感じられない。
俺は一応人より水珠の力が多いはずなのに、こんなに何ともないということは、李老師に調子のいい嘘をつかれてるのかもしれない。
ということで、同室の柴深に教えてもらうことにした。
教本で読んだことには、五珠術をマスタークラスまで極めたのが「五珠師」、その下の一般レベルが「五珠士」と呼ばれるらしい。どちらも同じ読みだから、五珠士の方を「ごしゅじ」と濁って呼んで使い分けるということだった。
教本は都合のいいことで、何故か読むことが出来た。
そして柴深は、なんと金珠の力を持つ「金珠士」だったのだ。
「いや、体に珠の流れを感じるだろ?それを指先に集めて……ほら」
柴深は机の上の筆を触りもせずにくるくると回す。
それどころか筆を持ち上げたりと自由自在に動かす。
「よし。……ふん!」
見よう見まねで指先に何となく力を集めてみても、全くわからない。
ずっとこんな調子だから、李老師にはだいぶ諦められてる。
こんなに美人なのにすっかり腫れ物扱いだ。
「お前、本当に水珠あるのか?」
「あるはずだけど…わかんない」
「うーん……思恭、手のひら出して」
「ん」
言われるがまま、柴深に手のひらを向ける。すると、柴深の手がぴったりとくっつけられた。
「柴深?!いくら俺が可愛いからって…」
「ちげえよばーか」
柴深は頭が硬いというか、冗談があまり通じない。
「ほら、俺の珠を少し流し込んでやるから。わかるか?」
「…あ」
ぴったりくっついた柴深の皮膚から、少し温かい何かが手のひらをつたって肘の方まで伝わってくるのがわかる。
人生で味わったことのない感覚だった。
「この力を集める感じで出来るか?てか、こんなの普通な親に教えてもらうだろ。やってもらってなかったのか?」
「えっ、えっと、そうかも。うち、迷信とかめっちゃめっちゃ信じる系の変な親だったから手を合わせちゃだめだったんだ」
「はあ?まあいいからやってみろよ」
「わ、わかった」
深呼吸をして、体の感覚を研ぎ澄ませる。
やっと体が妙に包まれている感覚に気付くことが出来た。わかってしまえば造作のない話で、なんとなくの流れを指先に持ってくるのをイメージする。
「…えい!」
「っわ!」
指を筆に向けて振ると、筆がくるくると高速で回転した。
「あ」
そして、ボキッと筆が折れた。
「お前…本当に素質はあるみたいだな」
「うん…そうかも」
とりあえず出来たけど力のコントロールはまだまだ難しい話だった。
柴深は筆を触りながら寝転がり、呆れて言う。
「大丈夫かよ。そんなんで第四皇子のお付きになんてなれるのか?」
「え?」
「忘れたのか?」
「い、いや忘れてないけど」
また新しい話が出てきた。
「今は西方の岭州を治めてる碧伯正(へきはくせい)様だよ。側近の宦官を探してるって話だからお前も近々岭州に採用試験を受けに行くって言ってただろ?」
そんなこと、いつ言ったのか。夢のくせに妙に凝ってる。
だいたい第四皇子ってなんだ。そんな登場人物がいたかなんて全く思い出せない。
でも、急に心変わりしてもおかしいのから、話を合わせることにした。
「もちろん行くに決まってるでしょ。最近忙しくてちょっと忘れてただけ」
「ふーん。そうか」
柴深が全く興味なさそうなのが逆に救われる。
「さ、柴深は行かないの」
「え?行くわけないだろ。あそこは国境地帯で交易で栄えてるとかいうけどあんまり治安も良くないし、何より俺は都会が好きだ」
「そ、そう……」
聞かなきゃよかった。不安になる。
「ま、お付きになるってのもある程度珠術が使いこなせなきゃ話になんねえぞ。頑張れよな」
「う、うん」
背中をばんと叩かれる。柴深はそのまま気持ちよく眠ってしまった。
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