better late than never

毬谷

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Better late than never

「ふーん。男の受付嬢なんだ。珍しいね」
見上げると首が痛くなるほどのビルの2階。近付いてきた一等の男が衣都に話しかけてきた。
びっくりするくらい気持ちのこもってない「ふーん」に何だか小馬鹿にされたようで少し気分が悪い。
「何かご用ですか?」
しかしそんなことは表情にも出さずに衣都は続ける。
人が辞めてしまってヘルプだとか、そもそも派遣元の社員だとかいちいち言う必要もない。
「どうして受付やってるの?」
だが、男は興味を持ったようで続けて聞いてきた。男の受付だって探せばいくらでもいるもんだろうと心の中で衣都は毒づく。
ちらりと男が下げている名札を見ると、『真並』という名字のようだった。大企業メーカー勤めの営業のようだ。黒い髪をセットして前髪を出しており、清潔感があった。
失礼な物言いに少し衣都がひるむと、男が喋った。
「別に冷やかしてる訳じゃなくて。俺はここで5年くらい働いているけど、ずっと女の人だったし、みんな制服みたいなワンピース着てるけど君はスーツだし、この時間にいた人いなくなってるしなんかあったのかなーって」
どうやら言い方自体は軽薄な意地悪さがあったように感じたものの、衣都が身構えていただけのようだった。
それにしても、よく周りを見ている。この顔にこのマメさもくっついて来ているのは純粋に感服した。
「派遣元としてみっともない話で恐縮ですが……谷本が退職したので次の者が決まるまで私がこちらに出ております」
「へえなるほど。派遣会社の社員さんなんだ。大変だねー」
いちいち言葉の端々が不遜だった。
この人は、今まで何の差し障りもなく人の上に立ってきて、今もそれが当たり前なんだろう。
人を下に見る仕草は気付かずにやっているのだろうか。そもそもそういう不遜な人間なのを、ガワの良さだけでカバーしているのだろうか。よくわからないし、あまり考えたくもないけど。
「でもまあ、しばらくヘルプでいるんだ。よろしくね」
人当たりのいい微笑みを浮かべて真並は去っていった。
そのすらっとした後ろ姿が小さくなるのを見届けて、すかさず衣都は隣にいた安田に話しかける。
「あの人なんですか?」
綺麗な姿勢と微笑みを保ったまま安田が返した。安田は勤務態度も良く、業務も慣れたもので意図は信頼を置いている。
「有名ですよ。『17階の真並さん』。たまにびっくりするくらい無遠慮な事も言いますが、親切ですし、顔もいいですしで違う階の他の会社の方からも食事に誘われているようですよ」
なるほど。同じビルでも会社が違えば交流なんぞ全くないと思っていたが、顔の良さは垣根を越えてくるようだ。いや、まわりが越えてきているのか。のんきに思った。
「詳しいですね」
「ここにいると嫌でもわかってきますよ。大川さんもそのうちきっと」
どうやら安田はあまり真並には興味が無いようだった。既婚者だから当たり前と言ったらそれまでだけど。
「いや、すぐに次の人が来ますので……」
「私は変な使えない子が来るよりずっと大川さんがいいです」
仕事が出来る分安田は辛辣だった。髪留めが光に反射する。いつもひとつに綺麗にまとめられており、どうしているのか不思議に思う。
「勘弁してください……」
片手を額に当てて呟くが、安田は何も言わずに少し微笑んだだけだった。
「時給が低いから応募が来ないんじゃないですか?」とでも言いたげな瞳でもあった。
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