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第七章 紫都の新しい旅

旅の終わり

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  「いやー、ごめんごめん!」
     
    スッキリした顔の南条さんを、岡田が男子トイレへ連れていき、吐いたものを私が女子トイレで片付けた。
    ナイスタイミング?
    いやいや。始めっからアイツが男子トイレへ南条さんを連れて行けば良かったんじゃないの?
    
   手を洗いながら、フッと洗面鏡を見ると、首筋に小さな傷があった。
    さっき、ネームプレートで切ったやつだ。


   ″ 何が派遣添乗員だ、派遣風俗の間違いだろ? お前はデリヘルの女と何も変わらないよ!″

   ″ せっかく、お前みたいな枯れた女でも抱いてやろうと思ったのに! ″
  

    思い出した美隆の言葉が、胸にズキズキくる。
  
   ………岡田が呼び戻してくれなかったら、きっと、もっと傷は深くなっていた。
     

    あの人には、最後まで頭が上がらない。




   「大丈夫? 汚れなかった?」
     
    そっと引戸を開けて、蛯原さんが女子トイレに入ってきた。
   
   「はい。………あ、そっちこそ大丈夫ですか? ケガとかは?」
      
    いくら蛯原さんが気が強くても女性だ。
   キレた美隆には敵わないはず。
   
  「いっそケガさせられたら、傷害罪で訴えてやったのに、ほんとまぁ、口の減らない男! 桑崎さん、男の趣味悪いんじゃないの?」
   
   鼻を鳴らして、私の首の傷に気が付いた蛯原さんが、ポケットティッシュを当ててくれた。
   微かに血が滲む。
 
 
  「………ありがとうございます。…そうですね、付き合ってる時はあそこまで無かったんですけど」
  
     嫉妬深いのは薄々気が付いてはいたけど。
   

  「私さ、桑崎さんの評判、前から知ってたの!添乗員ランキングでも一位だったし、お客様アンケートにいつも貴女の名前出てたからね。良い添乗員だったって!……でも」

     言いかけた蛯原さんの顔が曇る。
  
  「でも?」
    
   トイレから出て、一度、話を中断し、お客様より先に下の車両スペースに移動。
    
    揺れにふらつきながら、二人で階段を降りた。

  「桑崎さんの足を引っ張るような裏の評判も聞いたことがあったの。″ 客とヤってる ″ って」
  
    やっぱり、知ってたんだ。
    カァ、と顔が熱くな ってきた。
  
  「安心して、業界の人はあんまり信じてなかったから。特に一緒に仕事してた人はね。妬みやヤッカミもついて回るものじゃない、人気者はさ」
    
     蛯原さんは時計を見て、そして耳を澄ました。
 
  「そろそろお客様がバスに戻ってくるよ。最後の点呼、よろしくね」
  

    迫力あるフェリー入港の汽笛が鳴り響く。
    
   いよいよ。本当にこの旅も終わりだ。





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