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◆終盤
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アランは、机の上に散らばった紙束を手に取った。
インクが滲み、途中で止まった文字が並んでいる。
「──お前の望むものは金ではなく……」
彼は眉をひそめた。
「これは……伯爵の手紙か?」
執事が小さくうなずく。
「書きかけのままでした。昨夜から、この部屋には誰も……」
アランは紙の端を指でなぞり、ゆっくりと目を細めた。
「金ではなく、何だ……」
私は机の下を覗き込んだ。
暗がりの奥に、丸められた紙がいくつも転がっている。
何枚も書き損じたらしい紙。
その中の一枚を前足で押し出した。
アランの靴先に当たる。
彼はちらりと私を見た。
私は無言で足元にすり寄り、額で軽く彼のくるぶし辺りを押した。
アランはしゃがみ込み、紙を拾い上げる。
丸められた紙を伸ばすと、同じ筆跡で、
すべて似た言葉が並んでいた。
だが、どれも途中で止まっている。
「──妻と魔法使いを、屋敷から追放する」
アランの眉がわずかに動いた。
「……なるほど。離縁状か。奥様と魔法使い殿は、愛人関係にある、と」
夫人が顔を上げる。
その瞳は、涙をこぼすこともなく、ただ虚ろだった。
「......私は、こんなにも若いんですもの。
いくらお金を貰っても、あんなじいさんといつまでも......」
レートレイは口の端を吊り上げた。
「欲しかったのさ。地位と金。それに君がいれば、完璧だと思った」
「あなたが“上手くいく”って言ったのよ!」
夫人の声が裏返る。
「私をそそのかしたのはあなたじゃない!」
「馬鹿を言うな、君が“殺して”って言ったんだ!」
「言ってない! 私はただ、幸せになりたかっただけ!」
アランはその口論を静かに見つめ、帽子を指で押さえた。
「……じゃあ、整理しようか」
その声に、部屋の空気が固まる。
「二人は伯爵に離縁される前に殺す計画を立てた。話し合いのすえ、決裂し、レートレイが伯爵の首を絞めた。
そして、“密室”を作るために魔法を使ったんだ。窓には魔封じを張り、部屋の外から扉を閉めて、魔法で内側の鍵と掛け金を動かした。
......伯爵のそばに落ちていたマスターキーは、そうした方が“密室らしく”見えると思ったから、かな?」
一瞬、沈黙。
マリーが小さく息を呑み、執事は目を見開いた。
夫人は青ざめ、レートレイは苦笑いを浮かべた。
「馬鹿な……そんな単純なこと、僕が?」
「そう。単純だよ」
アランは淡々と答えた。
「最初っから、魔法使いがいたのだからね」
夫人が泣き崩れ、レートレイが項垂れた。
「まさか……見破られるとは......」
アランは帽子を被り直し、執事に視線を向ける。
「……衛兵を呼んでくれ」
蝋燭が、ひとつ音を立てて消えた。
煙の匂いが、ゆっくりと部屋に広がる。
私は窓辺に歩み寄り、外の雨を見た。
(……最初から魔法使いがいるんだから、
当然だろうよ。魔法を使ったんだろーよ)
雨脚が強くなった。
遠くで雷が鳴った気がした。
インクが滲み、途中で止まった文字が並んでいる。
「──お前の望むものは金ではなく……」
彼は眉をひそめた。
「これは……伯爵の手紙か?」
執事が小さくうなずく。
「書きかけのままでした。昨夜から、この部屋には誰も……」
アランは紙の端を指でなぞり、ゆっくりと目を細めた。
「金ではなく、何だ……」
私は机の下を覗き込んだ。
暗がりの奥に、丸められた紙がいくつも転がっている。
何枚も書き損じたらしい紙。
その中の一枚を前足で押し出した。
アランの靴先に当たる。
彼はちらりと私を見た。
私は無言で足元にすり寄り、額で軽く彼のくるぶし辺りを押した。
アランはしゃがみ込み、紙を拾い上げる。
丸められた紙を伸ばすと、同じ筆跡で、
すべて似た言葉が並んでいた。
だが、どれも途中で止まっている。
「──妻と魔法使いを、屋敷から追放する」
アランの眉がわずかに動いた。
「……なるほど。離縁状か。奥様と魔法使い殿は、愛人関係にある、と」
夫人が顔を上げる。
その瞳は、涙をこぼすこともなく、ただ虚ろだった。
「......私は、こんなにも若いんですもの。
いくらお金を貰っても、あんなじいさんといつまでも......」
レートレイは口の端を吊り上げた。
「欲しかったのさ。地位と金。それに君がいれば、完璧だと思った」
「あなたが“上手くいく”って言ったのよ!」
夫人の声が裏返る。
「私をそそのかしたのはあなたじゃない!」
「馬鹿を言うな、君が“殺して”って言ったんだ!」
「言ってない! 私はただ、幸せになりたかっただけ!」
アランはその口論を静かに見つめ、帽子を指で押さえた。
「……じゃあ、整理しようか」
その声に、部屋の空気が固まる。
「二人は伯爵に離縁される前に殺す計画を立てた。話し合いのすえ、決裂し、レートレイが伯爵の首を絞めた。
そして、“密室”を作るために魔法を使ったんだ。窓には魔封じを張り、部屋の外から扉を閉めて、魔法で内側の鍵と掛け金を動かした。
......伯爵のそばに落ちていたマスターキーは、そうした方が“密室らしく”見えると思ったから、かな?」
一瞬、沈黙。
マリーが小さく息を呑み、執事は目を見開いた。
夫人は青ざめ、レートレイは苦笑いを浮かべた。
「馬鹿な……そんな単純なこと、僕が?」
「そう。単純だよ」
アランは淡々と答えた。
「最初っから、魔法使いがいたのだからね」
夫人が泣き崩れ、レートレイが項垂れた。
「まさか……見破られるとは......」
アランは帽子を被り直し、執事に視線を向ける。
「……衛兵を呼んでくれ」
蝋燭が、ひとつ音を立てて消えた。
煙の匂いが、ゆっくりと部屋に広がる。
私は窓辺に歩み寄り、外の雨を見た。
(……最初から魔法使いがいるんだから、
当然だろうよ。魔法を使ったんだろーよ)
雨脚が強くなった。
遠くで雷が鳴った気がした。
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