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猫が見ていたのを、見た話。
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私が夜中、犬を散歩させていた時だった。
正確には――夜中の二時すぎ。
夏真っ盛り、蒸し暑さは限界突破。
エアコンは壊れ、扇風機は生ぬるい熱風をかき混ぜるだけ。
ついに私は愛犬のロン(雑種・へたれ・やや太め)を引き連れ、夜の町に出た。
こんな時間に犬の散歩をしている自分もどうかしてるが、もっと変だったのはロンの様子だ。
「……歩けよ、何が怖いんだよ。男だろ」
「クゥゥゥ……」
ロンは地面にへばりつき、亀のように首を縮めて、必死に踏ん張っていた。
その視線の先には、古びた一軒家がある。
木造の古びた家。
ずっと空き家のはずだが、今夜は様子が違った。
廊下側の大きな窓のカーテンが、半分ほど開いていて、その奥がぼんやりオレンジ色に光っている。
更に奇妙だったのは、庭に猫が大量に集まっていたことだった。
白、黒、茶トラ、ブチ、キジトラ、三毛、シャム風――ざっと二十匹はいる。
全員が無言でその家を見つめている。
「……猫集会……?」
だが、すぐに違うと分かった。
猫たちは緊張した面持ちで、ぴんと膨らんだ尻尾を立て、耳を伏せ、じっと窓を睨んでいる。
私も、ロンを抱き上げ、猫たちの隣に並んでみた。
猫たちは私を拒まなかった。
むしろ「来たな」とでも言いたげな目をしていた。
そして私は見た。
窓の奥に、“何か”がいた。
女――に見えなくもないが、妙だ。
長い髪、白い服。
だが、顔のパーツがズレている。
目や口の位置が微妙におかしく、全体にノイズ(?)が走っているように歪んでいる。
“それ”は、ゆらりと揺れながら、こちらを見ていた。
ロンは震え、私は冷や汗をかき、猫たちは――妙に堂々としていた。
屋根の上には、ひときわ大きな白黒ブチの猫がいる。
そいつが「ニャッ」と短く鳴いた。
すると地上の猫たちが一斉に「シャーッ!」と威嚇した。
“それ”は、不自然に首を傾け、くねくねと揺れながら、窓の奥に消えていった。
明かりも、ふっと消えた。
私は呆然と立ち尽くし、ようやく呼吸を整えた。
「……今の、なに」
そのときだ。
屋根の上の白黒ブチが、私をじっと見つめ、口を開いた。
「……マモッテイル……」
猫の口が、確かにそう動いた。
声ではなく、脳に直接響くような、奇妙な感覚だった。
私はロンを抱きしめ、静かに後ずさった。
「な、なるほど。……ありがと……」
白黒ブチは、スッと目を細め、古びた家の屋根で脚を内側に折り込んで座り、動かなくなった。
眠ったのかな?
ふと気づくと、あれだけいた猫たちは、いつの間にか跡形もなく消えていた。
夜の町には、湿った空気と、じっとりとした静けさだけが残っている。
私はロンを抱え直し、そそくさと帰路についた。
夏の夜は、暑いだけじゃない。
ときどき、見てはいけないものが、こっそりこちらを覗いているのだ。
そして、誰かが、それを見張っている。
私は、それを見た話。
猫が見ていたのを、見た話だ。
正確には――夜中の二時すぎ。
夏真っ盛り、蒸し暑さは限界突破。
エアコンは壊れ、扇風機は生ぬるい熱風をかき混ぜるだけ。
ついに私は愛犬のロン(雑種・へたれ・やや太め)を引き連れ、夜の町に出た。
こんな時間に犬の散歩をしている自分もどうかしてるが、もっと変だったのはロンの様子だ。
「……歩けよ、何が怖いんだよ。男だろ」
「クゥゥゥ……」
ロンは地面にへばりつき、亀のように首を縮めて、必死に踏ん張っていた。
その視線の先には、古びた一軒家がある。
木造の古びた家。
ずっと空き家のはずだが、今夜は様子が違った。
廊下側の大きな窓のカーテンが、半分ほど開いていて、その奥がぼんやりオレンジ色に光っている。
更に奇妙だったのは、庭に猫が大量に集まっていたことだった。
白、黒、茶トラ、ブチ、キジトラ、三毛、シャム風――ざっと二十匹はいる。
全員が無言でその家を見つめている。
「……猫集会……?」
だが、すぐに違うと分かった。
猫たちは緊張した面持ちで、ぴんと膨らんだ尻尾を立て、耳を伏せ、じっと窓を睨んでいる。
私も、ロンを抱き上げ、猫たちの隣に並んでみた。
猫たちは私を拒まなかった。
むしろ「来たな」とでも言いたげな目をしていた。
そして私は見た。
窓の奥に、“何か”がいた。
女――に見えなくもないが、妙だ。
長い髪、白い服。
だが、顔のパーツがズレている。
目や口の位置が微妙におかしく、全体にノイズ(?)が走っているように歪んでいる。
“それ”は、ゆらりと揺れながら、こちらを見ていた。
ロンは震え、私は冷や汗をかき、猫たちは――妙に堂々としていた。
屋根の上には、ひときわ大きな白黒ブチの猫がいる。
そいつが「ニャッ」と短く鳴いた。
すると地上の猫たちが一斉に「シャーッ!」と威嚇した。
“それ”は、不自然に首を傾け、くねくねと揺れながら、窓の奥に消えていった。
明かりも、ふっと消えた。
私は呆然と立ち尽くし、ようやく呼吸を整えた。
「……今の、なに」
そのときだ。
屋根の上の白黒ブチが、私をじっと見つめ、口を開いた。
「……マモッテイル……」
猫の口が、確かにそう動いた。
声ではなく、脳に直接響くような、奇妙な感覚だった。
私はロンを抱きしめ、静かに後ずさった。
「な、なるほど。……ありがと……」
白黒ブチは、スッと目を細め、古びた家の屋根で脚を内側に折り込んで座り、動かなくなった。
眠ったのかな?
ふと気づくと、あれだけいた猫たちは、いつの間にか跡形もなく消えていた。
夜の町には、湿った空気と、じっとりとした静けさだけが残っている。
私はロンを抱え直し、そそくさと帰路についた。
夏の夜は、暑いだけじゃない。
ときどき、見てはいけないものが、こっそりこちらを覗いているのだ。
そして、誰かが、それを見張っている。
私は、それを見た話。
猫が見ていたのを、見た話だ。
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