いたずらはため息と共に

常森 楽

文字の大きさ
68 / 595
2.変化

68.王子様

しおりを挟む
気づけば翌日、また空井さんに話しかけていた。
空井さんに言いたいことなんてなかった。
言えることなんてなかった。
完全にあたしは負けてる。
自分は永那の特別になれない。
それが嫌というほどわかるから、どうすることもできないとわかってるから、言っても意味のない言葉を彼女に投げつける。
ただの八つ当たりだった。
…なのに、空井さんが言ったのは「第二ボタンを留めてほしい」だった。
サーッと血の気が引いた。
「事件がある」なんて言われて、引いたはずの血が沸騰した。
本当に自分でも自分に引く。
気づけば大声を出していて、永那がそばにきた。
あたしはボタンを留めて、走って教室から出て行った。

校舎裏、人目のつかない場所でしゃがみ込む。
涙がボロボロ溢れ出てくる。
トンと、頭に何かが触れて顔を上げると、永那があたしを見下ろしていた。
それはそれは優しい目で、(ああ、永那は変わったんだな)と認めざるを得なくなる。
涙は止めどなく溢れ出る。
あたしの顔を見て永那が笑った。
だからあたしも泣きながら、笑う。
「なにやってんの?」
同じ言葉なのに、中学のときよりもその声が優しくて。嫌になる。
永那が隣に座る。
涙を指で拭ってくれる。
「永那、あたしがストーカーされたこと言ったの?」
「ん?言ってないよ」
「じゃあ、空井さんが“事件が…”とか言ってたのは…」
「たまたまだよ。穂は単純に、千陽のことが心配になったんでしょ。たぶん“佐藤さんは可愛いから”とか言おうとしてたんだよ」
「そっか。…勝てそうにないなあ」
涙はまだ止まらないのに、笑えてくる。
「勝つ?」
「なんでもない」
「…ふーん」

「あたし、空井さんに、永那がいろんな人とセックスしてたことバラした」
「知ってる」
心臓がドクンと鳴る。
腕で口元を隠しながら、永那を見る。
永那は横目にあたしを見て、目が合う。
「嫌いにならないの?」
「誰が?誰を?」
「永那が、あたしを」
「嫌いになんてならないよ。事実だし」
「じゃあ、空井さんは、永那を嫌いにならなかったの?」
永那の右の口角が上がる。
「ならなかったよ。引かれもしなかった」
胸がズキズキと痛む。
あたしは鼻で目一杯息を吸った。
「そっかあ」
「お前、酷くない?バラすとか」
あたしの前だけでする“お前”呼び。
こんなに負けてるって頭ではわかってるのに、永那に“お前”って言われただけで、キュンキュンする。
他の人だと腹立つのに。
「優里にもバラした」
「はあ?」
肩を小突かれる。

「優里は、なんて?」
「“キャー!”って言ってた」
「なにそれ、可愛い」
「優里に惚れる?」
「は?…んなわけ」
永那は眉間にシワを寄せる。
「じゃあ空井さんのどこが好き?」
あたしが聞くと、永那の目が大きくなった。
何度も瞬きして、視線をそらす。
永那が何度も唾を飲む。
眉間のシワが深くなり、遠くを見る。
「“じゃあ”ってなんだよ」
少し耳が赤くなってる。
そんな姿は初めて見る。…嫌だなあ。…ずるいなあ。あたしも永那に、こんなふうにしてもらいたい。
「教えてよ」
「てか、好きなんて言ってなくない?」
ポリポリと頬を掻く。
「は?体育祭で手繋いでたでしょ?」
永那は顔を引きつらせて、ばつが悪そうにする。

「ハァ」と深くため息をついて、永那があたしを見た。
「まあ、いろんなとこだよ」
「いろんなとこって?」
「…最初は男同士でキスしてるって話題になったとき“どうでもいい”って言い放ったのがかっこいいって思った」
「うん」
あたしにはできないことだね。
「そのあと、まあ…」
そんなに言いにくいこと?
余計に気になって、永那をジーッと見る。
永那がまたため息をつく。
「私が寝てたとき」
「放課後?」
「…そう。…寝てたとき、穂が急に“起きないと、いたずらしちゃいますよ”って言ったんだ」
「は?」
なにそれ?
全く想像できない。
どういうこと?
…っていうか、それで好きになったの?
永那、単純すぎない?

永那の顔が真っ赤になって、なおさら驚く。
「いやあ、めっちゃエロくて」
好きな相手だけど、めっちゃ引く。
あたしはため息をつく。
「まあ、それ以外にも、やっぱいろいろすごいなあって思うところ多くて、それも含めて好きなんだけど」
本人も顔が赤いことを自覚してるのか、両手で顔を覆った。
「…でも、エロいから好きになったんだ?」
「いやっ、ちがっ…ちが…うよ?」
「その事実のほうが、空井さんに引かれそう」
「やめっ!違う!違うって!」
慌てふためく姿も、初めて見る。
…ああ、ホント嫌だ。
空井さんってなんなの?イライラしてきた。
しおりを挟む
感想 56

あなたにおすすめの小説

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

乳首当てゲーム

はこスミレ
恋愛
会社の同僚に、思わず口に出た「乳首当てゲームしたい」という独り言を聞かれた話。

落ち込んでいたら綺麗なお姉さんにナンパされてお持ち帰りされた話

水無瀬雨音
恋愛
実家の花屋で働く璃子。落ち込んでいたら綺麗なお姉さんに花束をプレゼントされ……? 恋の始まりの話。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

自習室の机の下で。

カゲ
恋愛
とある自習室の机の下での話。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

処理中です...