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常森 楽

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幸福の時間

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裸のまま、私たちは抱き合う。
ずっとこうしていたら、いつかひとつになれる日がくるのかな。
こんなにもあたたかくて愛しいモノがこの世にあるなんて、想像すらできなかった。
あまりにも幸福で、涙が溢れる。
鼻水も出てくる。
それを見て、君は太陽のように笑う。
そして私はまた、涙を流す。
「どうして私たちは結婚できないんだろうね?」
君は少し寂しげに、でも楽しそうに話す。
私と話すのが好きなんだと、言っていた。
君は優しく手を伸ばし、髪を撫でてくれる。
「泣かないの」
呆れたように笑って、私を見つめる。
この気持ちを、どんな言葉を使って表せばいいのかわからない。
ただ、大切だと思うたびに、涙が溢れて仕方ない。
どうやったら止められるのかもわからない。
何度「愛してる」と言っても足りない気がする。
一生このままがいいと、強く願う。
離れ離れになる時間なんて、一秒たりともいらない。
でも実際は、働かなきゃ生きていけないし、たまには友人や家族にも会いたくなるんだろう。
そう思っても、やっぱり、離れ離れになる時間なんていらないと思う。

まだ世界が灰色だったとき、私は笑顔の仮面をつけていた。
それはとても頑丈で、もう一生剥がせないと思っていた。
私はその仮面をつけたまま、いつか感情が暴走して、無差別に人を殺してしまうんじゃないかとすら思っていた。
だから、私は私が一番恐ろしかった。
それなのに、君は、出会った瞬間に私の仮面をぶん殴って壊しちゃった。
私は呆気に取られて、立ち尽くすしかなかったんだ。
しかも君は、壊したことにも気づかないで、楽しそうに笑ってるんだ。
少し経ってから「あれ?なんか顔についてるよ?」って真面目に言って、ベリベリと残っていた仮面の欠片を強引に剥がしてしまう。
「痛い 痛い」と言っても「なんのこと?」って感じで、私の気持ちなんかお構い無しだ。
しかも本当に、自分が壊しただなんて思ってないからすごい。
私はだんだん可笑しくなって、お腹を抱えて笑ったんだ。
笑いすぎて、涙も出た。
そしたら君は「なんで笑うの!」って、怒るんだ。
それすら可笑しくて、笑いが止まらなくなる。
 
誰かが愛しそうに私の仮面を撫でた。
感覚が繋がってないから、撫でられても、私は少しも嬉しくなかった。
誰かが悲しそうに私の仮面をひっぱたいた。
感覚が繋がってないから、叩かれても、私は少しも痛くなかった。
ただ、少しの虚しさに、心を締め付けられたくらいだ。
何も感じない私は、どこか遠くから、冷めた目で私を見ているような感覚だった。
本体とは切り離されている感覚。
これが、解離というやつだろうか。
なのに、仮面が壊されただけで、私は私のところに戻ってきたんだ。
もしかしたら、仮面のせいで戻れなかっただけかもしれない。

君は言った。
「私と一緒にいるときのあなたの顔は、すごく優しいね」と。
「昔の写真を見ても、どれも笑ってないのがわかる」
自信満々に、自分の言ったことに頷いている。
「他の人にはわからないかもしれないけど、私にはわかるんだよ」
満面の笑みを浮かべている君が愛しくて「可愛いね」と返したら、君は怒る。
「可愛いじゃなくて!私の話聞いてる!?」って。
「聞いてるよ」と笑うと「本当かなー?」と、唇をつきだす。
「本当だよ。君が世界で一番大切なんだから」と言うと、君は嬉しそうに、私の腕に抱かれる。

何もかも不器用で、今にも現実に押し潰されそうだった君が、私のヒーローだったんだね。
君がつらいと思うことからは、全部私が守ってあげる。
そのかわり、ずっとそばにいてね。
君がいないことだけは、耐えられそうにないから。

「そんなロマンチックなこと、サラッと言っちゃって……他の人にも言ってきたんじゃないのー?」
君はニヤニヤしながら聞いてくる。
「言うわけないでしょ。今まで出会ってきた人の顔も名前も、もう思い出せないくらいだよ」
君の柔らかい耳に唇をつける。
「君だけだよ。君だけ」
うぶ毛の生えてる耳介を甘噛みする。
「愛したのも、愛してるのも、君だけ」
君はくすぐったそうに肩を上げ、目をつむる。

「私以上に愛が重い人、初めて出会った」
なんて失礼なことを言うんだ、君は。
でも、そういうところが好きだよ。
純粋無垢に、本当に、子供のように、君は思ったことをそのまま口にする。
「こういうところが人に嫌われるんだよね」と、君は落ち込んでいたけど「そんな上っ面の人たち、どうでもいいよ」と、私は思う。
真っ直ぐな君が好きだ。
真っ直ぐな君だから、私は救われたんだ。
真っ直ぐな君に応えなくちゃって思ったし、そう思っていたら、いつの間にか世界に色がついていた。

こんなにも世界は楽しいものなのかって、感動よりも先に驚きがきた。
遅れて感動がやってくると、気づいたら涙が頬を流れていた。
そしたら君が横で笑うから、もっと世界が美しく見えた。
私の仮面の欠片は、もうひとつも残っていなかった。
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