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第十一話 思わぬ報せ(2)
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月鳴は長椅子のところまで歩いてくるも、腰掛けずに立ったまま手紙を読んでいる。これ以上ないほど険しい表情だった。怖くて声を掛けられない。名前を呼んだ瞬間に怒鳴られそうな様子だった。
「朱昂め!」
月鳴が読み終わった手紙を片手で握りしめる。「報鳥を持って来てくれ」月鳴の怒気に怯えた風の双子がすっ飛んで行く。魁英と月鳴の目が合った。気まずそうに口を歪ませると、月鳴が長椅子に座る。組んだ足先がいらいらと宙で揺れていた。
やがて双子が、一羽の鳥を子躍の肩に乗せてやってきた。子どもの頭とほぼ同じ大きさだが、大きいだけで地味な色の鳥だった。黒ずんだ藁の色と言えばいいのか。穏やかな色ではあるが、赤っぽい脚につけられた銀色の足環の方がずっと高価そうだった。
月鳴が指を鳴らすと、鳥が月鳴の肩へと移動する。足環から伸びた細い鎖を月鳴の指が巻き取った。月鳴は報鳥の嘴を三度つついて、喉元を撫でた。クルル、と小さく鳴いた鳥は、二度瞬きをし、やがて嘴を開いた。
「どちら様にお繋ぎしますか」
女の声であった。鳥の嘴から女の声が聞こえる。ぎょっとした魁英は少し月鳴から距離を取った。美しい声であったから余計に気味が悪くて、内臓が押されたような不快さを感じる。月鳴が数字を答え、「かしこまりました」の一言を残して、鳥が沈黙する。きょろきょろと首を動かす鳥がしばらくするとまた嘴を正面に向けた。
「伯陽」
「朱昂!なんだこの手紙は」
次に聞こえてきたのは朱昂の声らしかった。魁英にはそうは聞こえない。鳥を介しているせいなのか分からないが、ひどく落ち着いた、老人のような声に聞こえる。
「龍宮に行くだと!?」
「行くよ」
月鳴が何かを言おうと口を開くが何も出てこない。ただ、目だけが怒りに染まっている。
『伯陽は龍が嫌いでな』
魁英の頭に朱昂の言葉が戻ってくる。
「黙って行けば行ったで怒るだろうから知らせただけだ。行くことは決まっている。別について来いと言いたいわけではない」
「俺も行く」
「伯陽」たしなめる声だった。「我がままを言うな。今家を空けられるわけがないだろう。あのばけ、」
「朱昂」
月鳴が朱昂の言葉を遮る。わずかに瞳が揺れるが、魁英と目が合うことはなかった。
「――あの子に留守番をさせる気か」
「無理か」
「無理だろうよ」
月鳴がひとつ息を吐く。鳥を肩に乗せたまま頭を抱えた。
「どうしても行かなければならないのか、朱昂。俺はお前が龍族に関わるのが嫌なんだよ。俺が嫌いだからじゃない。お前が嫌な目に合うのが恐ろしいんだ。龍族は関わらん方がいい。そうだろう」
「だが、龍玉に会わねば」
「龍玉?」月鳴が両手の中から顔を上げる。「そんなものが本当にいるのか」
「いるとも、昔一度だけ会ったことがある」
「龍族の信仰の対象なだけで、大した力はあるまいよ、朱昂」
月鳴が言った瞬間、鳥の嘴の向こう側で、朱昂が鋭く息を吸う気配がした。次いで聞こえてきた言葉には、明確な怒気が込められていた。
「俺に意見する気か。事情も知らぬくせにべらべらと」
「朱昂」
「俺は龍宮に行く。お前は家に残る。今後龍族絡みで余計なことを言って俺を失望させるな。――本当にがっかりだよ。お前なら龍宮と見て、余程の事情だと分かってくれると思っていた俺が浅はかだった」
鳥の嘴が閉じる。
「朱昂?」
月鳴が肩の上の鳥を見たが、鳥はまたきょろきょろと首を動かし始める。
「朱昂、俺は――」
主を呼ぶ声は、絶望の折のため息に似ていた。
「朱昂め!」
月鳴が読み終わった手紙を片手で握りしめる。「報鳥を持って来てくれ」月鳴の怒気に怯えた風の双子がすっ飛んで行く。魁英と月鳴の目が合った。気まずそうに口を歪ませると、月鳴が長椅子に座る。組んだ足先がいらいらと宙で揺れていた。
やがて双子が、一羽の鳥を子躍の肩に乗せてやってきた。子どもの頭とほぼ同じ大きさだが、大きいだけで地味な色の鳥だった。黒ずんだ藁の色と言えばいいのか。穏やかな色ではあるが、赤っぽい脚につけられた銀色の足環の方がずっと高価そうだった。
月鳴が指を鳴らすと、鳥が月鳴の肩へと移動する。足環から伸びた細い鎖を月鳴の指が巻き取った。月鳴は報鳥の嘴を三度つついて、喉元を撫でた。クルル、と小さく鳴いた鳥は、二度瞬きをし、やがて嘴を開いた。
「どちら様にお繋ぎしますか」
女の声であった。鳥の嘴から女の声が聞こえる。ぎょっとした魁英は少し月鳴から距離を取った。美しい声であったから余計に気味が悪くて、内臓が押されたような不快さを感じる。月鳴が数字を答え、「かしこまりました」の一言を残して、鳥が沈黙する。きょろきょろと首を動かす鳥がしばらくするとまた嘴を正面に向けた。
「伯陽」
「朱昂!なんだこの手紙は」
次に聞こえてきたのは朱昂の声らしかった。魁英にはそうは聞こえない。鳥を介しているせいなのか分からないが、ひどく落ち着いた、老人のような声に聞こえる。
「龍宮に行くだと!?」
「行くよ」
月鳴が何かを言おうと口を開くが何も出てこない。ただ、目だけが怒りに染まっている。
『伯陽は龍が嫌いでな』
魁英の頭に朱昂の言葉が戻ってくる。
「黙って行けば行ったで怒るだろうから知らせただけだ。行くことは決まっている。別について来いと言いたいわけではない」
「俺も行く」
「伯陽」たしなめる声だった。「我がままを言うな。今家を空けられるわけがないだろう。あのばけ、」
「朱昂」
月鳴が朱昂の言葉を遮る。わずかに瞳が揺れるが、魁英と目が合うことはなかった。
「――あの子に留守番をさせる気か」
「無理か」
「無理だろうよ」
月鳴がひとつ息を吐く。鳥を肩に乗せたまま頭を抱えた。
「どうしても行かなければならないのか、朱昂。俺はお前が龍族に関わるのが嫌なんだよ。俺が嫌いだからじゃない。お前が嫌な目に合うのが恐ろしいんだ。龍族は関わらん方がいい。そうだろう」
「だが、龍玉に会わねば」
「龍玉?」月鳴が両手の中から顔を上げる。「そんなものが本当にいるのか」
「いるとも、昔一度だけ会ったことがある」
「龍族の信仰の対象なだけで、大した力はあるまいよ、朱昂」
月鳴が言った瞬間、鳥の嘴の向こう側で、朱昂が鋭く息を吸う気配がした。次いで聞こえてきた言葉には、明確な怒気が込められていた。
「俺に意見する気か。事情も知らぬくせにべらべらと」
「朱昂」
「俺は龍宮に行く。お前は家に残る。今後龍族絡みで余計なことを言って俺を失望させるな。――本当にがっかりだよ。お前なら龍宮と見て、余程の事情だと分かってくれると思っていた俺が浅はかだった」
鳥の嘴が閉じる。
「朱昂?」
月鳴が肩の上の鳥を見たが、鳥はまたきょろきょろと首を動かし始める。
「朱昂、俺は――」
主を呼ぶ声は、絶望の折のため息に似ていた。
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