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第一章 暁を之(ゆ)く少年
第四話 運命の名(2)
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朱昂は暁之の眼差しを受けて胡坐をそのままに背筋を正し、袖を振って腕を組んだ。
バサリと衣が風を叩く音の後に現れた朱昂の美しい姿に、暁之はようやく満足そうに息を吐く。高い知性を窺わせる紅い目と出会って、にっこりと笑った。
「聞いてくれるか?」
「聞こう」
「叔父貴がな、お前の字は決まっていると言ったんだ」
「ふうん?」
良かったではないかと朱昂は言いかけて止めた。暁之の表情にはすでに「これが良くないのだよ」と書かれている。
字は他人につけてもらってもいいし、自分で決めてもいい。ただ、やはり父親や尊属につけてもらうことが多いようだった。
「お前は子朝だって言うんだ」
「はあ。ふうん……」
「適当すぎると思うよな?名が暁だから朝でいいんだとよ!」
信じられない!と暁之は腕を広げた。
暁之は己の名前を誇っている。彼は両親にとっては遅い子どもなのだと聞いた。
待望の男の子が生まれたのは夜明け頃だったらしい。
暁が之く時刻に生まれた子に、父は暁之と名づけた。その人生が、日が昇るが如く勢いに満ちたものであることを願って。
字は本名と関連付けられた意味の文字が用いられることが多い。暁と朝は類義語だ。だからそれを用いて子朝と名乗るのは非常に古典的で、分かりやすい名づけだった。
朱昂は眉の上を掻いた。確かに分かりやすい。だが、典雅とは言い難い。「それでいいだろう」という適当さを感じる。
暁之が憤慨するのはそこである。父が凝った名前をつけたのだ。字もひとひねりさせたいのだろう。それは分かった。
「叔父を説得する方法を考えろって?」
「いや、もっといい字を考えて欲しいんだ。好きだろう、そういうの」
「別に好きではない」
「……詳しいだろう?」
「それは、そうだけどね」
今も、懐に薄い書物を忍ばせているほどだ。朱昂は文字や文章に明るい。人間の古典にも通じているほどだ。
朱昂以上の物知りはいないと暁之は思っている。だから、相談事もそこらの大人より朱昂の方が断然役に立つ。
暁と呟いて朱昂はまぶたを下ろした。まぶたの裏が白く明滅したかと思うと、そこに一点の墨が落ちた。墨が「暁」と形を成したかと思うと、次々に言葉があふれ始める。
暁。暁闇、払暁。日の出。日、旦、昇、曙。夜明け。明、黎明、鶏鳴。対義語。夕、暮、黄昏。長男。伯、孟。
――子朝、か。
なるほど味気ないなと、朱昂はため息をつく。
選択肢は無限にある。朱昂にとっては子朝でもいいのだが、これは暁之が仕掛けてきた遊びだ。暁之が目を丸くして喜ぶ名前を考えてやろう。
朱昂は暁之に拾って来させた小枝を掴み、「暁之」と土の上に書いた。隣に「子朝」と書く。暁之が何だよと不満げに呟いたが黙殺した。子の下に伯、孟を付け加えた。
「長男の字の頭文字には子の他に伯、孟というのもある。暁ちゃん長男だろう?」
「うん。……でもさ、伯朝、孟朝っての、」
「お前暁にこだわっているんだろう?暁と縁のある字、名乗りたいんだよな?」
「――うん」
暁之の言葉を最後まで聞かずに朱昂が話し始めた。地面に書いた「暁」の字をぐりぐりと円で囲っている。その間も、「対義語は無しかな、人間の感覚では不吉であろう」などとぶつぶつ呟いている。
月に数度、赤々と燃える夕陽が良く見えそうな晴れた日にだけ会うようになった悪友。
彼が人間でないことは薄々分かっているが、「人間の感覚では」どうこうと言われると、暁之は落ち着かない気分になる。
傍らの少年の居心地の悪さなど一点も気にかけず、朱昂は思考を続ける。
「旦」
「うん」
「昇。だめだ、旦も昇も伯と字面が似過ぎている。とすると明もだめか?――黎」
「黎」
「うん。伯黎――伯黎」
言いながらそれを土に彫りこむ。朱昂が書いた美しい二文字に、暁之が目を輝かせた。
「良いんじゃないか?」
暁之が地面の上に手をついて、じーっと二文字を見つめ始める。うんうん、と頷きながら、友を振り返った。
バサリと衣が風を叩く音の後に現れた朱昂の美しい姿に、暁之はようやく満足そうに息を吐く。高い知性を窺わせる紅い目と出会って、にっこりと笑った。
「聞いてくれるか?」
「聞こう」
「叔父貴がな、お前の字は決まっていると言ったんだ」
「ふうん?」
良かったではないかと朱昂は言いかけて止めた。暁之の表情にはすでに「これが良くないのだよ」と書かれている。
字は他人につけてもらってもいいし、自分で決めてもいい。ただ、やはり父親や尊属につけてもらうことが多いようだった。
「お前は子朝だって言うんだ」
「はあ。ふうん……」
「適当すぎると思うよな?名が暁だから朝でいいんだとよ!」
信じられない!と暁之は腕を広げた。
暁之は己の名前を誇っている。彼は両親にとっては遅い子どもなのだと聞いた。
待望の男の子が生まれたのは夜明け頃だったらしい。
暁が之く時刻に生まれた子に、父は暁之と名づけた。その人生が、日が昇るが如く勢いに満ちたものであることを願って。
字は本名と関連付けられた意味の文字が用いられることが多い。暁と朝は類義語だ。だからそれを用いて子朝と名乗るのは非常に古典的で、分かりやすい名づけだった。
朱昂は眉の上を掻いた。確かに分かりやすい。だが、典雅とは言い難い。「それでいいだろう」という適当さを感じる。
暁之が憤慨するのはそこである。父が凝った名前をつけたのだ。字もひとひねりさせたいのだろう。それは分かった。
「叔父を説得する方法を考えろって?」
「いや、もっといい字を考えて欲しいんだ。好きだろう、そういうの」
「別に好きではない」
「……詳しいだろう?」
「それは、そうだけどね」
今も、懐に薄い書物を忍ばせているほどだ。朱昂は文字や文章に明るい。人間の古典にも通じているほどだ。
朱昂以上の物知りはいないと暁之は思っている。だから、相談事もそこらの大人より朱昂の方が断然役に立つ。
暁と呟いて朱昂はまぶたを下ろした。まぶたの裏が白く明滅したかと思うと、そこに一点の墨が落ちた。墨が「暁」と形を成したかと思うと、次々に言葉があふれ始める。
暁。暁闇、払暁。日の出。日、旦、昇、曙。夜明け。明、黎明、鶏鳴。対義語。夕、暮、黄昏。長男。伯、孟。
――子朝、か。
なるほど味気ないなと、朱昂はため息をつく。
選択肢は無限にある。朱昂にとっては子朝でもいいのだが、これは暁之が仕掛けてきた遊びだ。暁之が目を丸くして喜ぶ名前を考えてやろう。
朱昂は暁之に拾って来させた小枝を掴み、「暁之」と土の上に書いた。隣に「子朝」と書く。暁之が何だよと不満げに呟いたが黙殺した。子の下に伯、孟を付け加えた。
「長男の字の頭文字には子の他に伯、孟というのもある。暁ちゃん長男だろう?」
「うん。……でもさ、伯朝、孟朝っての、」
「お前暁にこだわっているんだろう?暁と縁のある字、名乗りたいんだよな?」
「――うん」
暁之の言葉を最後まで聞かずに朱昂が話し始めた。地面に書いた「暁」の字をぐりぐりと円で囲っている。その間も、「対義語は無しかな、人間の感覚では不吉であろう」などとぶつぶつ呟いている。
月に数度、赤々と燃える夕陽が良く見えそうな晴れた日にだけ会うようになった悪友。
彼が人間でないことは薄々分かっているが、「人間の感覚では」どうこうと言われると、暁之は落ち着かない気分になる。
傍らの少年の居心地の悪さなど一点も気にかけず、朱昂は思考を続ける。
「旦」
「うん」
「昇。だめだ、旦も昇も伯と字面が似過ぎている。とすると明もだめか?――黎」
「黎」
「うん。伯黎――伯黎」
言いながらそれを土に彫りこむ。朱昂が書いた美しい二文字に、暁之が目を輝かせた。
「良いんじゃないか?」
暁之が地面の上に手をついて、じーっと二文字を見つめ始める。うんうん、と頷きながら、友を振り返った。
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