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第二章 月ニ鳴ク獣
第四十話 龍玉の病(1)
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即位から二十年余り、龍玉について徹底的に調べようという朱昂の目論見は、意外な結果を招いた。龍玉自身から、書状が届いたのである。
早朝、空が紺から薄藍へと色を変える頃、一頭の龍が血王城付近まで降下してきたのが確認された。龍はその後すぐに上昇し姿を消したとのことだったが、念のため調べてみたところ、中庭に書状が落ちていたのだ。龍玉印で封印を捺されており、それはすぐに朱昂に届けられた。
中を検めた朱昂は、それをぐしゃりと握りつぶした。ちょうど部屋に入ってきた仁波へ、乱暴に書状を握った腕を突き出す。受け取った仁波は手紙を読み、朱昂の手元に置いた。
「助ける義理はないかと」
うむ、と朱昂はうなずく。
「馬鹿にしている、俺に龍玉の治療をしろだと」
そう言いながら朱昂はこみ上げる怒りのやり場を探すように机に置かれた書状を引き寄せ、こつこつと指で机を叩いた。
「龍王を討つ好機ではありますな」
「お前にしては随分とくだらぬことを言う。無益無益、そんなことは現状で茶番だ。龍騎兵に城を燃やされる。殺すのは今じゃない。――会うべきなのだ。だがどうしても会いたくないと思う自分に腹が立つ。しゃあしゃあと治療を求める態度も腹立たしい。苦しんで死ねとしか思えないんだよ。龍玉が死ねば、万事解決の可能性もあるしな」
龍玉の容体はそれほど重いものではないが、一月以上微熱が下がらず、寝たり起きたりの状態であるらしい。龍族の医師は原因がつかめず、真血の力を借りたいという内容の手紙であった。直に会い、治療を施せば文献以上の情報がすぐに手に入る。下手をすると龍玉本人の口から伯陽を罰から救う手立てが聞けるかもしれない。会うべき要素があればあるほど、それに抵抗する気持ちが強くなった。
「私が参りましょうか」
凛とした声に顔を上げると、葵穣が戸の前に立っていた。
「殿下……」
近づいてくる葵穣に朱昂は急いで首を横に振った。葵穣を龍族と関わらせたくなかった。
月鳴の苦しみも、朱昂の怒りも、朱昂自身が犯した罪の結果だ。どうしようもないほど醜い罪の領域に葵穣を踏み込ませたくはなかった。いくら親子とはいえ、親子だからこそ、朱昂は巻き込まないように注意していた。己の態度に葵穣が不満を覚えているのは知っていたが、揺らがなかった。
「いや、俺が留守にする間、王城を守るものがおらねばならん」
「龍宮へ向かわれますか」
「招くというのだ。たしかに、これ以上の好機はない」
七日後、龍王が留守にする。領地の境に龍騎兵の将軍を向かわせるので、一緒に来てほしいと、手紙には書かれていた。
-----
龍族と吸血族は一部領地の境が接している。わずかな護衛を連れて境を訪れた朱昂を迎えたのは、ひとりの女だった。
「お待ち申し上げておりました。来ていただけるとは……!」
銀色の甲冑は、体に沿うように滑らかな線を描いている。鱗状の籠手と長靴は、龍の鱗を練って作られたもので、耐火耐寒に優れ、瘴気を払う力があると言われる。カチリと籠手を鳴らしながら将軍の紋章を胸に現した女は車の窓から顔を出す朱昂にひざまずいた。龍族に特徴的な幾束にも編んだ髪を一つにまとめ、背中に垂らしている。前頭からは背後に向けて伸びる乳白色の角が生えていた。
「案内は将軍が行うと書状にあったが、それで良いのか」
「銀龍が一頭先導いたします。竜馬が御車の護衛を。少勢ではありますが、銀龍に向かってくるものは領内ではないかと思われます。どうぞご容赦くださいませ」
「相分かった」
朱昂を案内するため将軍が立ち上がる。龍族は体格が優れて大きい。少し目線の上にある薄墨色の瞳に朱昂は思わず眉を寄せた。薄墨色は龍王家の血筋を現す。王家の女将軍といえば、龍王の妹のはずだ。龍玉の双子の姉である。
双子ならば顔は似ているのだろう。醜い者を診せられるよりはましかと、朱昂は車内で座りなおしながら不快な思いを慰めた。
早朝、空が紺から薄藍へと色を変える頃、一頭の龍が血王城付近まで降下してきたのが確認された。龍はその後すぐに上昇し姿を消したとのことだったが、念のため調べてみたところ、中庭に書状が落ちていたのだ。龍玉印で封印を捺されており、それはすぐに朱昂に届けられた。
中を検めた朱昂は、それをぐしゃりと握りつぶした。ちょうど部屋に入ってきた仁波へ、乱暴に書状を握った腕を突き出す。受け取った仁波は手紙を読み、朱昂の手元に置いた。
「助ける義理はないかと」
うむ、と朱昂はうなずく。
「馬鹿にしている、俺に龍玉の治療をしろだと」
そう言いながら朱昂はこみ上げる怒りのやり場を探すように机に置かれた書状を引き寄せ、こつこつと指で机を叩いた。
「龍王を討つ好機ではありますな」
「お前にしては随分とくだらぬことを言う。無益無益、そんなことは現状で茶番だ。龍騎兵に城を燃やされる。殺すのは今じゃない。――会うべきなのだ。だがどうしても会いたくないと思う自分に腹が立つ。しゃあしゃあと治療を求める態度も腹立たしい。苦しんで死ねとしか思えないんだよ。龍玉が死ねば、万事解決の可能性もあるしな」
龍玉の容体はそれほど重いものではないが、一月以上微熱が下がらず、寝たり起きたりの状態であるらしい。龍族の医師は原因がつかめず、真血の力を借りたいという内容の手紙であった。直に会い、治療を施せば文献以上の情報がすぐに手に入る。下手をすると龍玉本人の口から伯陽を罰から救う手立てが聞けるかもしれない。会うべき要素があればあるほど、それに抵抗する気持ちが強くなった。
「私が参りましょうか」
凛とした声に顔を上げると、葵穣が戸の前に立っていた。
「殿下……」
近づいてくる葵穣に朱昂は急いで首を横に振った。葵穣を龍族と関わらせたくなかった。
月鳴の苦しみも、朱昂の怒りも、朱昂自身が犯した罪の結果だ。どうしようもないほど醜い罪の領域に葵穣を踏み込ませたくはなかった。いくら親子とはいえ、親子だからこそ、朱昂は巻き込まないように注意していた。己の態度に葵穣が不満を覚えているのは知っていたが、揺らがなかった。
「いや、俺が留守にする間、王城を守るものがおらねばならん」
「龍宮へ向かわれますか」
「招くというのだ。たしかに、これ以上の好機はない」
七日後、龍王が留守にする。領地の境に龍騎兵の将軍を向かわせるので、一緒に来てほしいと、手紙には書かれていた。
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龍族と吸血族は一部領地の境が接している。わずかな護衛を連れて境を訪れた朱昂を迎えたのは、ひとりの女だった。
「お待ち申し上げておりました。来ていただけるとは……!」
銀色の甲冑は、体に沿うように滑らかな線を描いている。鱗状の籠手と長靴は、龍の鱗を練って作られたもので、耐火耐寒に優れ、瘴気を払う力があると言われる。カチリと籠手を鳴らしながら将軍の紋章を胸に現した女は車の窓から顔を出す朱昂にひざまずいた。龍族に特徴的な幾束にも編んだ髪を一つにまとめ、背中に垂らしている。前頭からは背後に向けて伸びる乳白色の角が生えていた。
「案内は将軍が行うと書状にあったが、それで良いのか」
「銀龍が一頭先導いたします。竜馬が御車の護衛を。少勢ではありますが、銀龍に向かってくるものは領内ではないかと思われます。どうぞご容赦くださいませ」
「相分かった」
朱昂を案内するため将軍が立ち上がる。龍族は体格が優れて大きい。少し目線の上にある薄墨色の瞳に朱昂は思わず眉を寄せた。薄墨色は龍王家の血筋を現す。王家の女将軍といえば、龍王の妹のはずだ。龍玉の双子の姉である。
双子ならば顔は似ているのだろう。醜い者を診せられるよりはましかと、朱昂は車内で座りなおしながら不快な思いを慰めた。
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