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第二章 月ニ鳴ク獣
第四十二話 迷子の幽鬼
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二日後の夜、明かりを渡り廊下に置いて、庭先でぶらぶらと暇な時間を過ごしていた月鳴は、椿の低木の下に転がっていた丸い石をいくつも拾い、手の中で遊ばせていた。塀の近くには砂利が敷き詰められている。そこから風か何かで転がってきたものなのだろうと、不自然に整った小石を眺める。眺めている内に、あっという間に好奇心は去った。椿の下に戻すのもなんだしと、数え歌を歌いながら、塀に向かって石を投げる。反対側の紫陽花の垣根を越えて、石が塀にぶつかる音がする。六つ目を投げた時だった。
「いてっ!」
子どもの声だった。ぎょっとした月鳴が慌てて近寄ると、玉砂利の上にふたつの人影がある。どちらも少年だった。ひとりは頭を押さえて屈みこみ、ひとりはおろおろと頭をのぞきこんでいる。
「血ぃ出たかも! 出てない!?」
「出てないよぉ」
薄闇のせいかもしれないが、彼らの顔は瓜二つに見えた。双子だろうかと思いながら月鳴が腰を低くして声をかける。
「すまん、大丈夫か?」
少年らがそろって月鳴を見る。正面顔はなおのことそっくりだった。泣きそうな少年の横で、頭を押さえていた少年がきっと眉を吊り上げる。ガバリと立ち上がると、少し胸を反らし気味に歩いてきた。おどおどともう一人がついてくる。
「ごめんって言ったよな。石投げたのおっちゃんか」
「おっちゃ……、いや、そうだ。まさか君たちがいると思わなかった。怪我をさせてしまってすまない」
月鳴は屈んで目線を合わせたまま謝罪した。頭を下げる月鳴が意外だったのか、気の強そうな少年の眉の角度が、少しだけなだらかになった。
「ま、いいよ。血は出てないらしいし。ちょっと聞きたいんだけどさぁ、ここどこ?」
「どこって……」
少年たちの服装はぼろぼろだった。白火の家で使われているわけではないだろう。それに、と月鳴が少年の指先を見た。うっすらと透けている。幽鬼だろうが、幽鬼は血を流さない。血液が流れていないのだ。それなのに、この子どもたちはずっと血の話をしている。
――死んだことに気がついていないな。
まれにそういったことはある。子どもたちは人間だと八つか九つくらいに見える。死を実感していなくてもおかしくはない。
「ここは幻市という街だよ。どこかに帰りたいのか」
「うん」
兄弟の影にいた気の小さそうな方がうなずいた。
「どこに帰りたいんだ。帰りたい街や、里の名前は覚えているか?」
子どもたちの目がそろって泳ぐ。気の強い方の眉がさらになだらかになる。
「覚えていないから困ってるんだな。それじゃあ、名前は?」
まるで答えを見つけるように、少年たちが顔を見合わせた。気の弱そうな少年の目に涙が盛り上がり、小さな手で顔を覆う。
「泣くな……、おい! こいつ泣かせんじゃねーぞ!」
そう怒鳴るもう一方も、すでに涙目だった。つっと頬に伝い落ちるものを、乱暴にぬぐって、兄弟を抱きしめる。
「……辛かったんだな」
帰る場所も、自分の名前も分からない心細さ、口惜しさは覚えがあった。それなのに、郷愁の想いは尽きず胸の内に溢れてくる。帰りたい場所が分からないのに、帰りたいと魂が叫ぶのだ。互いの存在で、折れそうな心を支えてきたのだろう。死すら認められずに。
抱きしめてやりたかったが、そうすれば子どもたちは逃げ去るだろう。月鳴は落ち着いた声で問いかけた。
「人助けは好きか?」
「わ、わかんない」
「人助けって何だよ」
「俺が困ってるんだよ。商売の手伝いしてくれる子を探していたんだが、なかなか見つからなくてな。次を見つける間だけでもいてくれる子がいると助かるんだがなぁ」
騙されてくれよと念じながら月鳴は話を続ける。少年たちは涙をぬぐうのを忘れて月鳴を見ている。
「もちろん帰る場所が見つかったら、離れてくれて構わないさ。臨時のお手伝いだし。お前さん方、人助けだと思って来てくれやしないかな」
「……ぼくたちにもできるお仕事?」
「おい!」
「できる。約束する。家が見つかるまで、うちにおいで」
まるで人さらいだ。実際人さらいだが、帰りたい家を探して泣いているよりは安心できるだろう。おそらく帰る家は、ないのだろうから。
気の小さそうな方が月鳴に近づいてきた。ためらう兄弟に「来なよ」と言っている。立ち上がって歩き出すと、気の強そうな方も、二、三歩遅れてついてきた。
「呼び名がないのは不便だな。そうだなぁ、子静と子躍でどうだ」
「ぼくが子静?」
「うん」
「子躍か。ふーん」
気の無さそうな言葉とは裏腹に、少年の顔には笑みが浮かんでいた。
「俺は月鳴だ」
「はい」
「分かった」
少年たちは月鳴の前や後ろにまとわりつきながら、母屋まで新しい主人と一緒に歩いた。
就寝前、老狐から朱昂の手紙が届けられた。「何とかする」いう内容に、信じて待つしかできずにすまないと、月鳴は朱昂の手紙を胸に抱いたのだった。
「いてっ!」
子どもの声だった。ぎょっとした月鳴が慌てて近寄ると、玉砂利の上にふたつの人影がある。どちらも少年だった。ひとりは頭を押さえて屈みこみ、ひとりはおろおろと頭をのぞきこんでいる。
「血ぃ出たかも! 出てない!?」
「出てないよぉ」
薄闇のせいかもしれないが、彼らの顔は瓜二つに見えた。双子だろうかと思いながら月鳴が腰を低くして声をかける。
「すまん、大丈夫か?」
少年らがそろって月鳴を見る。正面顔はなおのことそっくりだった。泣きそうな少年の横で、頭を押さえていた少年がきっと眉を吊り上げる。ガバリと立ち上がると、少し胸を反らし気味に歩いてきた。おどおどともう一人がついてくる。
「ごめんって言ったよな。石投げたのおっちゃんか」
「おっちゃ……、いや、そうだ。まさか君たちがいると思わなかった。怪我をさせてしまってすまない」
月鳴は屈んで目線を合わせたまま謝罪した。頭を下げる月鳴が意外だったのか、気の強そうな少年の眉の角度が、少しだけなだらかになった。
「ま、いいよ。血は出てないらしいし。ちょっと聞きたいんだけどさぁ、ここどこ?」
「どこって……」
少年たちの服装はぼろぼろだった。白火の家で使われているわけではないだろう。それに、と月鳴が少年の指先を見た。うっすらと透けている。幽鬼だろうが、幽鬼は血を流さない。血液が流れていないのだ。それなのに、この子どもたちはずっと血の話をしている。
――死んだことに気がついていないな。
まれにそういったことはある。子どもたちは人間だと八つか九つくらいに見える。死を実感していなくてもおかしくはない。
「ここは幻市という街だよ。どこかに帰りたいのか」
「うん」
兄弟の影にいた気の小さそうな方がうなずいた。
「どこに帰りたいんだ。帰りたい街や、里の名前は覚えているか?」
子どもたちの目がそろって泳ぐ。気の強い方の眉がさらになだらかになる。
「覚えていないから困ってるんだな。それじゃあ、名前は?」
まるで答えを見つけるように、少年たちが顔を見合わせた。気の弱そうな少年の目に涙が盛り上がり、小さな手で顔を覆う。
「泣くな……、おい! こいつ泣かせんじゃねーぞ!」
そう怒鳴るもう一方も、すでに涙目だった。つっと頬に伝い落ちるものを、乱暴にぬぐって、兄弟を抱きしめる。
「……辛かったんだな」
帰る場所も、自分の名前も分からない心細さ、口惜しさは覚えがあった。それなのに、郷愁の想いは尽きず胸の内に溢れてくる。帰りたい場所が分からないのに、帰りたいと魂が叫ぶのだ。互いの存在で、折れそうな心を支えてきたのだろう。死すら認められずに。
抱きしめてやりたかったが、そうすれば子どもたちは逃げ去るだろう。月鳴は落ち着いた声で問いかけた。
「人助けは好きか?」
「わ、わかんない」
「人助けって何だよ」
「俺が困ってるんだよ。商売の手伝いしてくれる子を探していたんだが、なかなか見つからなくてな。次を見つける間だけでもいてくれる子がいると助かるんだがなぁ」
騙されてくれよと念じながら月鳴は話を続ける。少年たちは涙をぬぐうのを忘れて月鳴を見ている。
「もちろん帰る場所が見つかったら、離れてくれて構わないさ。臨時のお手伝いだし。お前さん方、人助けだと思って来てくれやしないかな」
「……ぼくたちにもできるお仕事?」
「おい!」
「できる。約束する。家が見つかるまで、うちにおいで」
まるで人さらいだ。実際人さらいだが、帰りたい家を探して泣いているよりは安心できるだろう。おそらく帰る家は、ないのだろうから。
気の小さそうな方が月鳴に近づいてきた。ためらう兄弟に「来なよ」と言っている。立ち上がって歩き出すと、気の強そうな方も、二、三歩遅れてついてきた。
「呼び名がないのは不便だな。そうだなぁ、子静と子躍でどうだ」
「ぼくが子静?」
「うん」
「子躍か。ふーん」
気の無さそうな言葉とは裏腹に、少年の顔には笑みが浮かんでいた。
「俺は月鳴だ」
「はい」
「分かった」
少年たちは月鳴の前や後ろにまとわりつきながら、母屋まで新しい主人と一緒に歩いた。
就寝前、老狐から朱昂の手紙が届けられた。「何とかする」いう内容に、信じて待つしかできずにすまないと、月鳴は朱昂の手紙を胸に抱いたのだった。
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