王の愛は血より濃し 吸血鬼のしもべ第2部

時生

文字の大きさ
92 / 106
第三章 我、太陽の如き愛の伯(おさ)とならん

第四十九話 残された傷は深く

しおりを挟む
 夕食は、粥だった。真血しんけつによって健康体になったとはいえ、いきなり通常の食事をとることはできないと言われ、ほとんど重湯同然の粥をすすった。味の濃い食事に慣れた口には、ほんのりとした塩気だけの粥はあまりに味気なかったが、温かい食事がうれしくて、気づけば鍋が空になるまで匙を動かし続けた。食欲は十分だなと朱昂しゅこうが機嫌よく笑う。血の杯を飲み干し、寝台に横になった。
 一旦城に戻るよと朱昂が言うのを布団の中で聞く。今伯陽がいるのは柘律殿しゃりつでんという名の離宮で、朱昂が寝起きする王城は別にあるのだと、伯陽は説明されていた。

 何日も眠っていた反動だろうか、朱昂がいなくなってから、伯陽は浅い眠りと覚醒を繰り返した。うとうとしていたところ、布団が動く気配がして目を覚ます。火はほとんど消していたはずなのに、室内が明るい。
 夜着一枚で布団の中に入り込もうとする朱昂と目が合った。伯陽の鼻先で揺れていた黒髪を、朱昂が肩の後ろへ流す。

「起こしたか? ちょうどいい、もう少し奥にいって」
「ん……、うん? こっちで寝るのか? 一緒に?」
「そうだよ。いいだろ、別に」
「いいけど……」

 よじよじと尻をずらすと、朱昂が入ってきた。十分に広い寝台だから、男二人が並んで眠ることはできる。ぴとっと冷たい足が触れ、伯陽は思い切り隣を見た。

「足、つめた!」
「外寒かったんだよ」

 半分眠りかけた口で朱昂がぼやいている。朱昂がすっと指を振ると、室内の明かりが消え、枕もとの燭台にだけ火が残された。少し体を起こして朱昂の寝場所を広げると、朱昂はもうはやまぶたを下ろしている。

 月鳴を名乗って以来、夜ただ眠るためだけに誰かと枕を並べたことはない。本来であれば体を開くことも想定しなければならない状況だが、伯陽は不思議と緊張を覚えなかった。
 ほんの数刻過ごしただけで、伯陽はかつての兄弟のような親友のような関係性と、常に朱昂と温もりを共有する距離感を思い出していた。

 朱昂への想いは果てしない。その中には情熱的で、暴力的な熱情も含んでいたが、だからといって気取った仕草は不要であったし、いまさら身構えるものでもなかった。

 伯陽は体を横向けて、朱昂の寝顔を見た。額から鼻にかけての整った稜線を、火の色に淡く照らされた唇を見て、嘆息する。牙の先端が、下唇をあまく噛んでいる。口を開けて、鏡を覗き込んでいた若い朱昂の後ろ姿を思い出した。

「朱昂、牙見せてくれないか」
「ん、ふあ、ぁ」

 くわっとあくびをして、朱昂は口を半開きにした。少し体を起こして覗き込むと、朱昂がまぶたを下ろす。
 他の歯よりも長い牙が桃色の肉から真っすぐに生えていた。表面はつるりと光り、先端は鋭いが意外なことに錐のように尖っているのではなかった。かつては自らにも生えていたもののはずだが、見れば見るだけ知らないものに伯陽は感じた。

「王の牙ってのは、もっと違うのを想像していた。もっとこう、凶器のようなものかと」
「十分凶器だが」
「あー……、触ったらすぐに獲物を傷つけそうな感じ」
「うっかり舌で触れられぬだろう」

 それもそうかと伯陽がつぶやくと、朱昂が吹き出した。笑う朱昂に伯陽も頬を上げる。しかし笑みは奇妙に歪み、やがて消える。異変に気付いた朱昂が目を大きく開いて伯陽を見た。問いかけるように伯陽に向けて伸ばした指が、中途半端な位置で止まる。

「伯陽」

 聞くなと伯陽が顔を背ける。言葉を失くした様子の朱昂が、ぎゅうと敷布を握った。それを見た伯陽が嘆息する。

「俺は朱昂のしもべに戻れたんだろう」
「戻ったよ。だからお前の体は短期間で癒えたんだ。――何か不安でもあったか」

 しもべに戻れたことは、昼間朱昂から詳しいことを聞いていた。朱昂の声に心配の色が濃くなる。主の様子に、ごまかせば不必要に傷つけるなと伯陽は悟った。口にしても傷つけると分かっているのに、口にしなければならないことが辛い。

「俺の牙もこんなだったろうかと思ったんだ。朱昂にもらったものを失くしたきりになるとはと、そう思っただけ」
「伯陽……」
「気にするな。牙がなくて不便だったことはさしてない。もともと人間だ。周りが思うほど牙にこだわりはないよ。ただ、なんとなく当てが外れたような気持ちになったんだ」

 朱昂が体を起こした。朱昂が何かを言う前に、伯陽は言葉を続けた。

「牙がなくても、俺が朱昂の傍にいられるならなんだっていい」
「伯陽、お前の牙がないのは牙と引き換えに俺を守ったからだよ。俺は絶対に忘れない。伯陽があの日龍宮で――」

 龍宮と聞いた瞬間、伯陽の右手が朱昂の口を塞いでいた。紅い目が見開かれるのを見て、慌てて手を離す。

「すまん。すまない、朱昂。ごめんな」
「いや……」

 伯陽が頭を抱える。腕を押さえつけられているような気がする。喉の辺りが重い。

「俺どうもだめなんだよ、アレが、もう。そもそも牙を失くした時の記憶だけ戻らないんだ。朱昂が前に言ったように、朱昂が奴らに力を奪われそうになって、代わりに俺の牙と、真血の結びつきがなくなったんだろう? それは分かってるから、お願いだから、もうアレの話をしないでくれ。朱昂、すまん。頼む、お願いだ。俺はお前のしもべに戻った。それだけで、もう、十分なんだ。ごめん、もう牙の話はしない」

 伯陽は、龍族のことを「アレ」とか「奴ら」としか表現できなかった。牙を失くしたのは百年以上前のこと。対して、一年前の記憶はあまりにも生々しい。

 龍と聞くだけで、荒々しい息遣いを思い出す。下半身の痛みを、血と精液の混ざった匂いを、「二度と朱昂の前に出られぬようにしてやる」と言い放った龍王の灰色の瞳を思い出さずにいられなかった。龍王は指一本触れることなく伯陽の精神を極限まで痛めつけていたのだ。
 朱昂の力強い腕で抱かれた。朱昂の胸はあたたかく、甘い血に似た香りがした。

「謝るな。……もう言わないよ」

 あの時は幻影でしかなかった朱昂が、こうまで近くにいる。伯陽は朱昂の背中に腕を回した。想い続けた幸福が訪れたのだと伯陽は己に言い聞かせた。朱昂が傍にいる。貴いものを手に入れるために何かを失うのは仕方ないことだと、朱昂の抱擁にすがりつきながら震える息を吐いた。
 眠りに意識が途切れるまで、朱昂の腕は背中に回されていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *不定期連載です。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?

monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。 そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。 主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。 ※今回の表紙はAI生成です ※小説家になろうにも公開してます

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

素直に同棲したいって言えよ、負けず嫌いめ!ー平凡で勉強が苦手な子が王子様みたいなイケメンと恋する話ー

美絢
BL
 勉強が苦手な桜水は、王子様系ハイスペックイケメン幼馴染である理人に振られてしまう。にも関わらず、ハワイ旅行に誘われて彼の家でハウスキーパーのアルバイトをすることになった。  そこで結婚情報雑誌を見つけてしまい、ライバルの姫野と結婚することを知る。しかし理人は性的な知識に疎く、初夜の方法が分からないと告白される。  ライフイベントやすれ違いが生じる中、二人は同棲する事ができるのだろうか。【番外はじめました→ https://www.alphapolis.co.jp/novel/622597198/277961906】

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

処理中です...