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第三章 我、太陽の如き愛の伯(おさ)とならん
最終話 幸せの音(3) 完
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ちゃぷん、と白い足が湯に入ってくる。
鼻歌を歌いながら風呂に浸かる朱昂の隣で、伯陽はむっつりと黙り込んでいた。
「どうしてそう面白くない顔をしているんだ。金魚か? 金魚だろう。魚一匹でくっだらない」
「くだらない? どいつもこいつも引っ越し前に荷物減らせって言ってるのに増やすばっかりで!」
「あー、暁ちゃんよしてくれよ、またそれか」
朝から続く夫婦喧嘩の再開だ。絆を結んで二十五年、王位を降りた朱昂とふたりきりで生活するようになって二十二年。ふたりを夫婦として遇する者は多い。
「せめてしょうがないって顔ぐらいしろよな……」
魁英と帰宅して間もなく、金魚一式を持ってこそこそと自室に戻ろうとした魁英を朱昂が見とがめた。魁英と朱昂の仲は良好とは言い難い。魁英は唐揚げ処理に怯えながら朱昂に魚を見せた。
しばらく魚を観察した朱昂は、「金魚じゃない」と一言つぶやいた。次いで、ふうん、と何か納得した様子で魁英を見た。
『自分で世話するなら、飼ってもいい。どこで買ったんだ? ふうん。――お前のこと見てたんだ、へえ、なるほどねぇ。……反対? しないよ別に。飼えばいいだろ。欲しいから伯陽に泣きついたんだろうが?』
ぶんぶんと首を何度も縦に振った魁英は「はて、いいの?」という顔で伯陽を見た。いいから部屋に行けと、伯陽は腕を振った。店先で猛反対し、大恥かいたことを朱昂に知られるのではないかと、ひやひやした。
――たしかにくだらない話だな。
怒りを引っ張れば引っ張るほどみじめな思いをしそうな予感がした。もう、ここで金魚の件は終わりにしよう。咳払いをして、隣の朱昂を抱き寄せた。湯の中で裸の尻をなでながら足の間に手を伸ばす。
「朱昂」
「んあん、今日はだめだ」
「だめか」
「明日朝から葵穣が来る。睡眠不足の頭で聞きたくないんだ。面倒な話だろうし」
向かい合ってしもべの膝に乗った朱昂が、伯陽の手を己の腰の近くで組ませる。肩に頬を乗せる。
「面倒な話?」
「手紙が来たんだよ、龍ぐ、あー……」
「たしかに面倒なところから来た手紙だな」
言いかけてごまかす朱昂の腰を掴んで軽く揺さぶる。初耳だ。一月半前だって、朱昂が龍宮に行く時は「言わないと怒るから」と知らせてきたのに、今回は言わないつもりだったかと、朱昂を見る目が厳しくなる。
龍族と関わってほしくないと言った先から、朱昂ともども散々な目に遭ったばかりだ。家が壊れたで済んだのは不幸中の幸いだった。
「怖い顔をするな。俺が求めるまで口も出すな。魁英がいる以上、向こうと葵穣は関係を持たねばならん。言っておくが俺には何も来ていない。あくまで、他族との外交で父親に相談したいんだよ、うちの陛下が」
分かるか? と念押しされ、伯陽は黙らざるを得ない。魁英の瞳は薄墨色だ。龍王の目の色と同じなのは偶然ではない。
つい最近、龍王は死んだ。死んでくれてせいせいしたと、伯陽は胸中で毒づく。そうでも思わなければ震えが止まらなくなる。
朱昂が伯陽の頭を抱いて、額にくちづける。血の気の引いた肌に、朱昂の唇だけが熱い。伯陽が朱昂を抱きしめる。ちゃぷちゃぷと湯の音が広い浴室に反響する。
「あれの血筋を知りながら、それでも傍に置きたいと願ったのはお前だろう」
「朱昂……。俺は、お前が思っているようなことは」
「言い訳しなくていい、誰も責めてはいない。最終的にあれがこの家に入るのを許したのは俺だ」
朱昂が耳元に唇を寄せる。
「愛したっていい。愛さなくてもいい。どちらにしろ拾った子犬は責任持って飼うのが当然かもな。……俺は暁ちゃんの機嫌が良けりゃそれでいい」
最後は湯の音に紛れて聞き取れないほどの囁き声だった。朱昂はいきなり立つと、片目をつぶって湯から上がる。伯陽は主を追いかけて浴室を出て、脱衣場で体を拭く背中を抱きしめた。
「朱昂は俺に甘い」
「しもべを甘やかすのが、主の義務らしい。義務というか性分というか。――なあ伯陽、話の初めを覚えているかい、今日はだめだよ。だめだって……」
「分かった、すまん」
「あ、ちょっと離れんなよ。ちょ、そうそう、んー……上手。少しだけだからな」
矛盾したことを言いながら、朱昂は伯陽の熱い手に手を重ね、甘い吐息をこぼしはじめる。
吹き出して笑う声がくちづけの音に途絶える。互いが互いを満たしあう。交わって高あ合う。
ふたりでいれば何とでもなるよと囁く朱昂に、伯陽はうなずく。
仇敵を屠り、新しい真血のしもべを迎えた。ようやく手に入れた平穏は破られ変化が始まる。それが何をもたらすのかは分からない。ただ分かっていることがひとつだけある。
――どんな障害もふたりでいれば。
恐れる必要はない。今は、まだ。
ぽちゃんぽちゃんと、ふたつの胸の中で幸せの水音が鳴るのを、主従はたしかに聞いた。
王の愛は血より濃し 了
-----
長い物語でしたが最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!
ページ下にマシュマロのURLも貼っておりますので、「良かった」や「○○(キャラ名)好きです」など一言頂ければ、励みになります!
吸血鬼のしもべシリーズ、次回作は魁英が主人公の予定です。月鳴や朱昂も引き続き出て参りますので、またお目にかかる日がくれば幸いです。
時生(とき)
鼻歌を歌いながら風呂に浸かる朱昂の隣で、伯陽はむっつりと黙り込んでいた。
「どうしてそう面白くない顔をしているんだ。金魚か? 金魚だろう。魚一匹でくっだらない」
「くだらない? どいつもこいつも引っ越し前に荷物減らせって言ってるのに増やすばっかりで!」
「あー、暁ちゃんよしてくれよ、またそれか」
朝から続く夫婦喧嘩の再開だ。絆を結んで二十五年、王位を降りた朱昂とふたりきりで生活するようになって二十二年。ふたりを夫婦として遇する者は多い。
「せめてしょうがないって顔ぐらいしろよな……」
魁英と帰宅して間もなく、金魚一式を持ってこそこそと自室に戻ろうとした魁英を朱昂が見とがめた。魁英と朱昂の仲は良好とは言い難い。魁英は唐揚げ処理に怯えながら朱昂に魚を見せた。
しばらく魚を観察した朱昂は、「金魚じゃない」と一言つぶやいた。次いで、ふうん、と何か納得した様子で魁英を見た。
『自分で世話するなら、飼ってもいい。どこで買ったんだ? ふうん。――お前のこと見てたんだ、へえ、なるほどねぇ。……反対? しないよ別に。飼えばいいだろ。欲しいから伯陽に泣きついたんだろうが?』
ぶんぶんと首を何度も縦に振った魁英は「はて、いいの?」という顔で伯陽を見た。いいから部屋に行けと、伯陽は腕を振った。店先で猛反対し、大恥かいたことを朱昂に知られるのではないかと、ひやひやした。
――たしかにくだらない話だな。
怒りを引っ張れば引っ張るほどみじめな思いをしそうな予感がした。もう、ここで金魚の件は終わりにしよう。咳払いをして、隣の朱昂を抱き寄せた。湯の中で裸の尻をなでながら足の間に手を伸ばす。
「朱昂」
「んあん、今日はだめだ」
「だめか」
「明日朝から葵穣が来る。睡眠不足の頭で聞きたくないんだ。面倒な話だろうし」
向かい合ってしもべの膝に乗った朱昂が、伯陽の手を己の腰の近くで組ませる。肩に頬を乗せる。
「面倒な話?」
「手紙が来たんだよ、龍ぐ、あー……」
「たしかに面倒なところから来た手紙だな」
言いかけてごまかす朱昂の腰を掴んで軽く揺さぶる。初耳だ。一月半前だって、朱昂が龍宮に行く時は「言わないと怒るから」と知らせてきたのに、今回は言わないつもりだったかと、朱昂を見る目が厳しくなる。
龍族と関わってほしくないと言った先から、朱昂ともども散々な目に遭ったばかりだ。家が壊れたで済んだのは不幸中の幸いだった。
「怖い顔をするな。俺が求めるまで口も出すな。魁英がいる以上、向こうと葵穣は関係を持たねばならん。言っておくが俺には何も来ていない。あくまで、他族との外交で父親に相談したいんだよ、うちの陛下が」
分かるか? と念押しされ、伯陽は黙らざるを得ない。魁英の瞳は薄墨色だ。龍王の目の色と同じなのは偶然ではない。
つい最近、龍王は死んだ。死んでくれてせいせいしたと、伯陽は胸中で毒づく。そうでも思わなければ震えが止まらなくなる。
朱昂が伯陽の頭を抱いて、額にくちづける。血の気の引いた肌に、朱昂の唇だけが熱い。伯陽が朱昂を抱きしめる。ちゃぷちゃぷと湯の音が広い浴室に反響する。
「あれの血筋を知りながら、それでも傍に置きたいと願ったのはお前だろう」
「朱昂……。俺は、お前が思っているようなことは」
「言い訳しなくていい、誰も責めてはいない。最終的にあれがこの家に入るのを許したのは俺だ」
朱昂が耳元に唇を寄せる。
「愛したっていい。愛さなくてもいい。どちらにしろ拾った子犬は責任持って飼うのが当然かもな。……俺は暁ちゃんの機嫌が良けりゃそれでいい」
最後は湯の音に紛れて聞き取れないほどの囁き声だった。朱昂はいきなり立つと、片目をつぶって湯から上がる。伯陽は主を追いかけて浴室を出て、脱衣場で体を拭く背中を抱きしめた。
「朱昂は俺に甘い」
「しもべを甘やかすのが、主の義務らしい。義務というか性分というか。――なあ伯陽、話の初めを覚えているかい、今日はだめだよ。だめだって……」
「分かった、すまん」
「あ、ちょっと離れんなよ。ちょ、そうそう、んー……上手。少しだけだからな」
矛盾したことを言いながら、朱昂は伯陽の熱い手に手を重ね、甘い吐息をこぼしはじめる。
吹き出して笑う声がくちづけの音に途絶える。互いが互いを満たしあう。交わって高あ合う。
ふたりでいれば何とでもなるよと囁く朱昂に、伯陽はうなずく。
仇敵を屠り、新しい真血のしもべを迎えた。ようやく手に入れた平穏は破られ変化が始まる。それが何をもたらすのかは分からない。ただ分かっていることがひとつだけある。
――どんな障害もふたりでいれば。
恐れる必要はない。今は、まだ。
ぽちゃんぽちゃんと、ふたつの胸の中で幸せの水音が鳴るのを、主従はたしかに聞いた。
王の愛は血より濃し 了
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長い物語でしたが最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!
ページ下にマシュマロのURLも貼っておりますので、「良かった」や「○○(キャラ名)好きです」など一言頂ければ、励みになります!
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時生(とき)
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