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番外編
はじめての大げんか(3)
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もう二度と会うものかと決意を固くする朱昂の背後で、突如爆発音がした。ぎょっとして振り返る朱昂の頭上を、音に驚いた鳥たちが群れとなって飛び立っていく。
音の正体は――。
「いや、いやぁあああああぁあああああ、朱昂行っちゃうぅうう、やらぁ、やらぁああああああああああ」
暁之の泣き声だった。
呆然とする朱昂の視界の真ん中で、暁之は空に向かい、まさに仰天の慟哭を披露していた。時折地団駄を踏み、身もだえしながら泣いている。そのままひっくり返るのではと朱昂はハラハラした。
――すんごい泣き声。
驚きを通り越し、朱昂は薄ら笑いを浮かべていた。表情とは裏腹に、引きつけを起こしたらどうしよう、と心配が膨らんでいく。朱昂が立ち止まったことに気づいたのか、暁之がよろよろと近寄ってくる。
「朱昂ちゃん、行かないで、行かないれぇえええええ」
「分かったから落ち着け!」
朱昂は思わずなだめる言葉を吐いていたが、果たして暁之に届いたかどうか。朱昂の目の前で、暁之は背負いかごの紐に足を引っかけて転倒した。枝や松毬が辺りに散らばる。
「転んじゃった、うええ、ごめんなしゃい。ごめんなさいぃ。いた、痛いのぉお……」
痛い、と聞いて朱昂はたまらず駆け寄っていた。泣きながら律儀に枝をかごに入れ直している暁之の膝から血が流れていた。よりによってこの間治ったばかりの方か、と朱昂は眉をひそめる。
「暁ちゃん。ほら、一旦手を止めて。血が出てるから」
「血!? どうしよ、どうしよう、痛い、痛いよぉ!」
「あー、もう!」
泣くばかりの暁之に手を焼いた朱昂は、日焼けしたふくらはぎを掴んで、顔を近づけた。てろりと舌を這わせ、汚れた傷口を綺麗にする。不思議に胸が切なくなる暁之の血を舐めては、砂まじりのそれをを地面に吐き出す。いつの間にかおとなしくこちらを見ていた暁之の頬に流れる涙も、ついでに舐めとった。
「朱昂ちゃん……」
「あ、血がついちゃった」
頬についた血を指の腹で拭う。真っ赤に充血した目で見つめてくる暁之に、朱昂は仕方なく笑った。水っぽい黒目が、さらに潤む。
「暁ちゃん泣き虫なんだー。『行かないでぇ』だって。カラスに笑われるぞ」
ちょん、と頬をつつくと、むっと唇を結んで、頬を真っ赤にしながら上目で見つめてくる。くりくりとした目と出会って、朱昂の胸がきゅっとなった。
「朱昂ちゃん、ごめんなさい。膝、きれいにしてくれて、ありがと」
ひっく、と暁之はしゃっくりをした。すん、と鼻をすする。もっと泣かせたいような、意地悪したいような気持ちを紛らわせるために、つんつん、とすぺすぺした頬を二度つついた。あんなものすごい泣き声を間近で聞いたら、耳が変になりそう。我慢しろと自分に言い聞かせる。
「俺とまた会いたいなら、もう二度と俺のこと『何も知らない』って馬鹿にするなよ。お前だって知らないこといっぱいあるだろ」
「うん」
「でも、俺は暁ちゃんのこと笑わないよ」
「うん」
「もっかいごめんなさいして、暁之」
「朱昂ちゃん、ごめんなさい」
よし、と朱昂は頷いた。許してやるのは初回だけだ。次やったら二度と会わないが、人間の子どもがどこまで賢いか見てやろう、と朱昂は思った。
もうそろそろ日が沈む。朱昂は暁之の手を握り、歩きだした。足が痛むのか、ぎこちなく歩くので、背中のかごを代わりに背負ってやる。俺は優しいのだ、と朱昂はかごを揺すり上げながら思った。
「ねぇ、朱昂ちゃん。おれが知らないだけなのかなって思うことがあるんだけど」
「何?」
「あのね、おと、男同士って、もしかして結婚できる?」
「できない」
いつも別れる場所まであと少し。暁之の妙な質問に即答した後、朱昂は首を傾げた。
「何だ暁ちゃん。男と結婚したいの?」
「違うもん。気になったらけなの……できないんだ……」
「できないよ」
繋いだ手をぶらぶらと揺らしながら、少年たちは夕日を浴びて黄金色になった森を歩く。
しばらく黙っていた暁之が、鼻声のまま「そういえばね、朱昂」とくだらない話を持ちかけてくるのに、朱昂は適当に相づちを打った。
さっきまで「朱昂ちゃん」とべそをかいていたのに、もう生意気に呼び捨てしている。涙の筋が乾かないうちにキラキラした目を向けてくる暁之に、朱昂はため息をついた。
面倒なガキだ。傷つきやすくて、そのくせ自分のもろさも分からないまま走り回ったり、虚勢をはったりする。しかし、背を向ければ泣きながら追いかけてくるのが分かってしまうと、繋いだ手を離す気になれなかった。ため息が、もう一度出る。
「どしたの、朱昂。かご重いのか。おれが背負う」
「いーよ。あとちょっとだけ持ってやる。ちゃんと足元見ないとまた転ぶぞ」
「朱昂と手ぇ繋いでるから大丈夫」
「はいはい」
やがて、いつもの別れ道に出た。「ここからは自分で」とかごを背負わせてやるも、暁之はもじもじと足踏みをするばかりで帰ろうとしない。ねえ、と意を決した顔を見せる。
「明日も会える?」
「晴れればね」
「晴れたら、絶対ね」
「うん」
振り返り、振り返り、暁之は家路を辿り始める。名残惜しげな雰囲気に困って見守っていると、小さくなった暁之が振り向いて大きく手を振った。
「晴れたら絶対だからなー!」
でかい声だな、と朱昂は苦笑して、手を振り返した。暁之の姿が点となり、消えるまで、朱昂は見送っていた。
了
音の正体は――。
「いや、いやぁあああああぁあああああ、朱昂行っちゃうぅうう、やらぁ、やらぁああああああああああ」
暁之の泣き声だった。
呆然とする朱昂の視界の真ん中で、暁之は空に向かい、まさに仰天の慟哭を披露していた。時折地団駄を踏み、身もだえしながら泣いている。そのままひっくり返るのではと朱昂はハラハラした。
――すんごい泣き声。
驚きを通り越し、朱昂は薄ら笑いを浮かべていた。表情とは裏腹に、引きつけを起こしたらどうしよう、と心配が膨らんでいく。朱昂が立ち止まったことに気づいたのか、暁之がよろよろと近寄ってくる。
「朱昂ちゃん、行かないで、行かないれぇえええええ」
「分かったから落ち着け!」
朱昂は思わずなだめる言葉を吐いていたが、果たして暁之に届いたかどうか。朱昂の目の前で、暁之は背負いかごの紐に足を引っかけて転倒した。枝や松毬が辺りに散らばる。
「転んじゃった、うええ、ごめんなしゃい。ごめんなさいぃ。いた、痛いのぉお……」
痛い、と聞いて朱昂はたまらず駆け寄っていた。泣きながら律儀に枝をかごに入れ直している暁之の膝から血が流れていた。よりによってこの間治ったばかりの方か、と朱昂は眉をひそめる。
「暁ちゃん。ほら、一旦手を止めて。血が出てるから」
「血!? どうしよ、どうしよう、痛い、痛いよぉ!」
「あー、もう!」
泣くばかりの暁之に手を焼いた朱昂は、日焼けしたふくらはぎを掴んで、顔を近づけた。てろりと舌を這わせ、汚れた傷口を綺麗にする。不思議に胸が切なくなる暁之の血を舐めては、砂まじりのそれをを地面に吐き出す。いつの間にかおとなしくこちらを見ていた暁之の頬に流れる涙も、ついでに舐めとった。
「朱昂ちゃん……」
「あ、血がついちゃった」
頬についた血を指の腹で拭う。真っ赤に充血した目で見つめてくる暁之に、朱昂は仕方なく笑った。水っぽい黒目が、さらに潤む。
「暁ちゃん泣き虫なんだー。『行かないでぇ』だって。カラスに笑われるぞ」
ちょん、と頬をつつくと、むっと唇を結んで、頬を真っ赤にしながら上目で見つめてくる。くりくりとした目と出会って、朱昂の胸がきゅっとなった。
「朱昂ちゃん、ごめんなさい。膝、きれいにしてくれて、ありがと」
ひっく、と暁之はしゃっくりをした。すん、と鼻をすする。もっと泣かせたいような、意地悪したいような気持ちを紛らわせるために、つんつん、とすぺすぺした頬を二度つついた。あんなものすごい泣き声を間近で聞いたら、耳が変になりそう。我慢しろと自分に言い聞かせる。
「俺とまた会いたいなら、もう二度と俺のこと『何も知らない』って馬鹿にするなよ。お前だって知らないこといっぱいあるだろ」
「うん」
「でも、俺は暁ちゃんのこと笑わないよ」
「うん」
「もっかいごめんなさいして、暁之」
「朱昂ちゃん、ごめんなさい」
よし、と朱昂は頷いた。許してやるのは初回だけだ。次やったら二度と会わないが、人間の子どもがどこまで賢いか見てやろう、と朱昂は思った。
もうそろそろ日が沈む。朱昂は暁之の手を握り、歩きだした。足が痛むのか、ぎこちなく歩くので、背中のかごを代わりに背負ってやる。俺は優しいのだ、と朱昂はかごを揺すり上げながら思った。
「ねぇ、朱昂ちゃん。おれが知らないだけなのかなって思うことがあるんだけど」
「何?」
「あのね、おと、男同士って、もしかして結婚できる?」
「できない」
いつも別れる場所まであと少し。暁之の妙な質問に即答した後、朱昂は首を傾げた。
「何だ暁ちゃん。男と結婚したいの?」
「違うもん。気になったらけなの……できないんだ……」
「できないよ」
繋いだ手をぶらぶらと揺らしながら、少年たちは夕日を浴びて黄金色になった森を歩く。
しばらく黙っていた暁之が、鼻声のまま「そういえばね、朱昂」とくだらない話を持ちかけてくるのに、朱昂は適当に相づちを打った。
さっきまで「朱昂ちゃん」とべそをかいていたのに、もう生意気に呼び捨てしている。涙の筋が乾かないうちにキラキラした目を向けてくる暁之に、朱昂はため息をついた。
面倒なガキだ。傷つきやすくて、そのくせ自分のもろさも分からないまま走り回ったり、虚勢をはったりする。しかし、背を向ければ泣きながら追いかけてくるのが分かってしまうと、繋いだ手を離す気になれなかった。ため息が、もう一度出る。
「どしたの、朱昂。かご重いのか。おれが背負う」
「いーよ。あとちょっとだけ持ってやる。ちゃんと足元見ないとまた転ぶぞ」
「朱昂と手ぇ繋いでるから大丈夫」
「はいはい」
やがて、いつもの別れ道に出た。「ここからは自分で」とかごを背負わせてやるも、暁之はもじもじと足踏みをするばかりで帰ろうとしない。ねえ、と意を決した顔を見せる。
「明日も会える?」
「晴れればね」
「晴れたら、絶対ね」
「うん」
振り返り、振り返り、暁之は家路を辿り始める。名残惜しげな雰囲気に困って見守っていると、小さくなった暁之が振り向いて大きく手を振った。
「晴れたら絶対だからなー!」
でかい声だな、と朱昂は苦笑して、手を振り返した。暁之の姿が点となり、消えるまで、朱昂は見送っていた。
了
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