月と裏切りの温度

シオ

文字の大きさ
上 下
17 / 27

17

しおりを挟む
 それからは、何度も唇を重ねて、お互いの空気を奪い合うように口付けをした。

 性急な動きで、本部屋へと雪崩込んでベッドの上で彼に裸にされる。もとから裸のようなものだったけれど、それでも一糸纏わぬ姿になるというのは恥ずかしいものだった。自分だけ脱ぐのは嫌だと我が儘を言って、ヨルハにも脱がせる。

 彼のもので奥まで突かれて、深いところを擦られて、幾度も果てた。それと同じ回数、彼も果てて、どちらのものか分からない精液で僕たちはべたべたになる。

 精も根も尽き、まどろみながらベッドの中で優しい口付けを繰り返す。眠ってしまいそうなその瞬間に、ヨルハが僕の頭を撫でながら問いかけてきた。

「お前は何年も胡蝶蘭を渡してなかったんだろう?」
「……うん。ウェテの間は胡蝶蘭の日を嫌がると折檻されたから、適当な人に渡してたけど……ウェザリテになってからは誰にも渡してない」

 ウェザリテの我が儘は、少々であれば許される。胡蝶蘭を渡すことを拒んでも、ウェザリテである僕は折檻されたりはしない。

 それを良いことに、ウェザリテになってから殆ど胡蝶蘭には関わっていなかった。はっきりとは覚えていないけれど、もしかしたらヨルハに渡すこの花が、ウェザリテとして初の胡蝶蘭だろうか。

「嬉しい、ありがとう」

 こんなことで喜んで、ヨルハは喜んでくれる。優しく微笑んで、そっと額に口付けをくれる。夢見心地で、ぼうっとしたまま僕は降り注ぐ彼の唇を受け入れていた。

「ラギードのクソ野郎が、今年こそはアサヒから胡蝶蘭をもらうって息巻いてたから、ちょっと焦ってた。あいつ、最近めちゃくちゃ来てただろ」
「確かに、来館のペースが早かったかも」
「なんだよ、アサヒはちっともあいつのこと気にしてなかったのか。焦って損した」

 ペースが早かった、というよりは僕が務めの日は毎日来ていたような気がする。あれは胡蝶蘭へのアピールだったのか。全く気付かなかった。ラギードには、なんだか申し訳ないことをしたような気持ちになった。

「……僕は、ヨルハのことしか考えてないよ」
「ありがとう、最高の気分だ」

 こんなに素直な気持ちを言ってしまって、良かっただろうか。もっと控えなければいけないのに、どうにも頭が回らない。行為のあとで疲れているし、どうしようもないほどに眠たい。思考力が下がって、頭が泥のように重たかった。

「どこか行きたいところあるか?」

 胡蝶蘭の日に、どこに行きたいか、という問いだろう。今日、胡蝶蘭を渡したけれど、渡した日が胡蝶蘭の日になるわけではない。許されるのは、一月後のとある日。その日以外は、許されない。その日にどこへ行くのか、そんな話題がなんだか、本当に普通の恋人みたいで嬉しくなる。

「ヨルハの……住んでるところ、とか、駄目かな」
「俺の住んでるとこ? え、兵舎に来たいの? んー……駄目じゃ、ないんだけど……男しかいないからなぁ」
「……え? 男しかいないなら、何も問題なくない?」

 女性ばかりの場所に男が入る、というのがまずいことだという認識は僕にもある。長年、女性というものに触れず、関わらず生きてきた僕だけれど、それが忌避される状態なのは察しがつく。けれど、男ばかりの場所に、男の僕が入っていって、何の問題があるというのだろう。

「馬鹿、飢えた狼の中に餌を放り込むようなもんだろ」
「そんな、まさか。皆が皆、男に興味があるわけじゃないんだから」
「そんなの関係ねーって。誰だってアサヒに手を出したくなる」
「……心配しすぎだと思うけど」
「ま、俺がアサヒを守ればいいか」

 どうやら、ヨルハは僕を心配していたらしかった。こんな、男娼ばかりの娼館では男と男が愛し合う光景しか見ないけれど、世間から言えば僕らの方が少数派なのだ。男が男に手を出す状況が、外の世界に頻発しているわけがない。

「連れてってくれるの?」
「お前が行きたいって言うならな。でも、そんな綺麗な場所じゃないぞ」
「綺麗じゃなくたって、全然いいよ。……嬉しい」

 ヨルハの世界に、僕が触れられる。体を売る穢れた世界から抜け出すことを諦めていた僕が、彼の世界に触れるのだ。

 許されないことのように思うし、一度その世界を知ってしまったらもう引き返せなくなるとも思う。けれど、今の泥濘にはまった僕の頭は、単純に幸福を享受していた。

 幸せだなぁ、なんて間抜けに笑っていたのだ。満面の笑みを浮かべる僕を見て、ヨルハが小さく笑った。

「分かんねぇもんだな、こんなことでアサヒが笑うなんて」

 僕の頬をちょんちょんと触って、彼は微笑んだ。肘をベッドに立てて頬杖をし、僕を上から見守るヨルハ。ヨルハの片腕に抱かれながら、彼を感じつつ笑う僕。この幸せな構図が永遠に続くことを、心の底から願っていた。

「もっと笑わせてやりたい俺は、どうしたらいいんだよ」

 彼の言葉に目を覚ます。温かい夢に身を浸し、抜け出せなくなる前に意識を叩き起こした。

 僕は馬鹿だ。

 彼を思うのであれば、僕はこれ以上幸せになるべきではない。僕の不幸せが、彼の幸せに繋がる。それを何度も何度も頭に叩き込んでいるというのに、どうしてこんなにも幸福を求めてしまうのだろうか。身の程を弁えろ。僕はウェザリテ。彼はテシィダバルの栄えある軍人。

 届かない星に手を伸ばすのは、もうこれが最後。
 胡蝶蘭の日を、僕の夢の終焉にしよう。


しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

死んでもお前を愛さない

BL / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:12

ひとりぼっち獣人が最強貴族に拾われる話

BL / 完結 24h.ポイント:2,811pt お気に入り:1,921

Yesと言ってほしくてⅠ

BL / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:12

可愛くなりたい訳じゃない!

BL / 完結 24h.ポイント:92pt お気に入り:357

ひつじをください

BL / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:26

異世界で突然国王さまの伴侶に選ばれて溺愛されています

BL / 完結 24h.ポイント:383pt お気に入り:2,683

イアン・ラッセルは婚約破棄したい

BL / 連載中 24h.ポイント:41,152pt お気に入り:1,274

処理中です...