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それからは、何度も唇を重ねて、お互いの空気を奪い合うように口付けをした。
性急な動きで、本部屋へと雪崩込んでベッドの上で彼に裸にされる。もとから裸のようなものだったけれど、それでも一糸纏わぬ姿になるというのは恥ずかしいものだった。自分だけ脱ぐのは嫌だと我が儘を言って、ヨルハにも脱がせる。
彼のもので奥まで突かれて、深いところを擦られて、幾度も果てた。それと同じ回数、彼も果てて、どちらのものか分からない精液で僕たちはべたべたになる。
精も根も尽き、まどろみながらベッドの中で優しい口付けを繰り返す。眠ってしまいそうなその瞬間に、ヨルハが僕の頭を撫でながら問いかけてきた。
「お前は何年も胡蝶蘭を渡してなかったんだろう?」
「……うん。ウェテの間は胡蝶蘭の日を嫌がると折檻されたから、適当な人に渡してたけど……ウェザリテになってからは誰にも渡してない」
ウェザリテの我が儘は、少々であれば許される。胡蝶蘭を渡すことを拒んでも、ウェザリテである僕は折檻されたりはしない。
それを良いことに、ウェザリテになってから殆ど胡蝶蘭には関わっていなかった。はっきりとは覚えていないけれど、もしかしたらヨルハに渡すこの花が、ウェザリテとして初の胡蝶蘭だろうか。
「嬉しい、ありがとう」
こんなことで喜んで、ヨルハは喜んでくれる。優しく微笑んで、そっと額に口付けをくれる。夢見心地で、ぼうっとしたまま僕は降り注ぐ彼の唇を受け入れていた。
「ラギードのクソ野郎が、今年こそはアサヒから胡蝶蘭をもらうって息巻いてたから、ちょっと焦ってた。あいつ、最近めちゃくちゃ来てただろ」
「確かに、来館のペースが早かったかも」
「なんだよ、アサヒはちっともあいつのこと気にしてなかったのか。焦って損した」
ペースが早かった、というよりは僕が務めの日は毎日来ていたような気がする。あれは胡蝶蘭へのアピールだったのか。全く気付かなかった。ラギードには、なんだか申し訳ないことをしたような気持ちになった。
「……僕は、ヨルハのことしか考えてないよ」
「ありがとう、最高の気分だ」
こんなに素直な気持ちを言ってしまって、良かっただろうか。もっと控えなければいけないのに、どうにも頭が回らない。行為のあとで疲れているし、どうしようもないほどに眠たい。思考力が下がって、頭が泥のように重たかった。
「どこか行きたいところあるか?」
胡蝶蘭の日に、どこに行きたいか、という問いだろう。今日、胡蝶蘭を渡したけれど、渡した日が胡蝶蘭の日になるわけではない。許されるのは、一月後のとある日。その日以外は、許されない。その日にどこへ行くのか、そんな話題がなんだか、本当に普通の恋人みたいで嬉しくなる。
「ヨルハの……住んでるところ、とか、駄目かな」
「俺の住んでるとこ? え、兵舎に来たいの? んー……駄目じゃ、ないんだけど……男しかいないからなぁ」
「……え? 男しかいないなら、何も問題なくない?」
女性ばかりの場所に男が入る、というのがまずいことだという認識は僕にもある。長年、女性というものに触れず、関わらず生きてきた僕だけれど、それが忌避される状態なのは察しがつく。けれど、男ばかりの場所に、男の僕が入っていって、何の問題があるというのだろう。
「馬鹿、飢えた狼の中に餌を放り込むようなもんだろ」
「そんな、まさか。皆が皆、男に興味があるわけじゃないんだから」
「そんなの関係ねーって。誰だってアサヒに手を出したくなる」
「……心配しすぎだと思うけど」
「ま、俺がアサヒを守ればいいか」
どうやら、ヨルハは僕を心配していたらしかった。こんな、男娼ばかりの娼館では男と男が愛し合う光景しか見ないけれど、世間から言えば僕らの方が少数派なのだ。男が男に手を出す状況が、外の世界に頻発しているわけがない。
「連れてってくれるの?」
「お前が行きたいって言うならな。でも、そんな綺麗な場所じゃないぞ」
「綺麗じゃなくたって、全然いいよ。……嬉しい」
ヨルハの世界に、僕が触れられる。体を売る穢れた世界から抜け出すことを諦めていた僕が、彼の世界に触れるのだ。
許されないことのように思うし、一度その世界を知ってしまったらもう引き返せなくなるとも思う。けれど、今の泥濘にはまった僕の頭は、単純に幸福を享受していた。
幸せだなぁ、なんて間抜けに笑っていたのだ。満面の笑みを浮かべる僕を見て、ヨルハが小さく笑った。
「分かんねぇもんだな、こんなことでアサヒが笑うなんて」
僕の頬をちょんちょんと触って、彼は微笑んだ。肘をベッドに立てて頬杖をし、僕を上から見守るヨルハ。ヨルハの片腕に抱かれながら、彼を感じつつ笑う僕。この幸せな構図が永遠に続くことを、心の底から願っていた。
「もっと笑わせてやりたい俺は、どうしたらいいんだよ」
彼の言葉に目を覚ます。温かい夢に身を浸し、抜け出せなくなる前に意識を叩き起こした。
僕は馬鹿だ。
彼を思うのであれば、僕はこれ以上幸せになるべきではない。僕の不幸せが、彼の幸せに繋がる。それを何度も何度も頭に叩き込んでいるというのに、どうしてこんなにも幸福を求めてしまうのだろうか。身の程を弁えろ。僕はウェザリテ。彼はテシィダバルの栄えある軍人。
届かない星に手を伸ばすのは、もうこれが最後。
胡蝶蘭の日を、僕の夢の終焉にしよう。
性急な動きで、本部屋へと雪崩込んでベッドの上で彼に裸にされる。もとから裸のようなものだったけれど、それでも一糸纏わぬ姿になるというのは恥ずかしいものだった。自分だけ脱ぐのは嫌だと我が儘を言って、ヨルハにも脱がせる。
彼のもので奥まで突かれて、深いところを擦られて、幾度も果てた。それと同じ回数、彼も果てて、どちらのものか分からない精液で僕たちはべたべたになる。
精も根も尽き、まどろみながらベッドの中で優しい口付けを繰り返す。眠ってしまいそうなその瞬間に、ヨルハが僕の頭を撫でながら問いかけてきた。
「お前は何年も胡蝶蘭を渡してなかったんだろう?」
「……うん。ウェテの間は胡蝶蘭の日を嫌がると折檻されたから、適当な人に渡してたけど……ウェザリテになってからは誰にも渡してない」
ウェザリテの我が儘は、少々であれば許される。胡蝶蘭を渡すことを拒んでも、ウェザリテである僕は折檻されたりはしない。
それを良いことに、ウェザリテになってから殆ど胡蝶蘭には関わっていなかった。はっきりとは覚えていないけれど、もしかしたらヨルハに渡すこの花が、ウェザリテとして初の胡蝶蘭だろうか。
「嬉しい、ありがとう」
こんなことで喜んで、ヨルハは喜んでくれる。優しく微笑んで、そっと額に口付けをくれる。夢見心地で、ぼうっとしたまま僕は降り注ぐ彼の唇を受け入れていた。
「ラギードのクソ野郎が、今年こそはアサヒから胡蝶蘭をもらうって息巻いてたから、ちょっと焦ってた。あいつ、最近めちゃくちゃ来てただろ」
「確かに、来館のペースが早かったかも」
「なんだよ、アサヒはちっともあいつのこと気にしてなかったのか。焦って損した」
ペースが早かった、というよりは僕が務めの日は毎日来ていたような気がする。あれは胡蝶蘭へのアピールだったのか。全く気付かなかった。ラギードには、なんだか申し訳ないことをしたような気持ちになった。
「……僕は、ヨルハのことしか考えてないよ」
「ありがとう、最高の気分だ」
こんなに素直な気持ちを言ってしまって、良かっただろうか。もっと控えなければいけないのに、どうにも頭が回らない。行為のあとで疲れているし、どうしようもないほどに眠たい。思考力が下がって、頭が泥のように重たかった。
「どこか行きたいところあるか?」
胡蝶蘭の日に、どこに行きたいか、という問いだろう。今日、胡蝶蘭を渡したけれど、渡した日が胡蝶蘭の日になるわけではない。許されるのは、一月後のとある日。その日以外は、許されない。その日にどこへ行くのか、そんな話題がなんだか、本当に普通の恋人みたいで嬉しくなる。
「ヨルハの……住んでるところ、とか、駄目かな」
「俺の住んでるとこ? え、兵舎に来たいの? んー……駄目じゃ、ないんだけど……男しかいないからなぁ」
「……え? 男しかいないなら、何も問題なくない?」
女性ばかりの場所に男が入る、というのがまずいことだという認識は僕にもある。長年、女性というものに触れず、関わらず生きてきた僕だけれど、それが忌避される状態なのは察しがつく。けれど、男ばかりの場所に、男の僕が入っていって、何の問題があるというのだろう。
「馬鹿、飢えた狼の中に餌を放り込むようなもんだろ」
「そんな、まさか。皆が皆、男に興味があるわけじゃないんだから」
「そんなの関係ねーって。誰だってアサヒに手を出したくなる」
「……心配しすぎだと思うけど」
「ま、俺がアサヒを守ればいいか」
どうやら、ヨルハは僕を心配していたらしかった。こんな、男娼ばかりの娼館では男と男が愛し合う光景しか見ないけれど、世間から言えば僕らの方が少数派なのだ。男が男に手を出す状況が、外の世界に頻発しているわけがない。
「連れてってくれるの?」
「お前が行きたいって言うならな。でも、そんな綺麗な場所じゃないぞ」
「綺麗じゃなくたって、全然いいよ。……嬉しい」
ヨルハの世界に、僕が触れられる。体を売る穢れた世界から抜け出すことを諦めていた僕が、彼の世界に触れるのだ。
許されないことのように思うし、一度その世界を知ってしまったらもう引き返せなくなるとも思う。けれど、今の泥濘にはまった僕の頭は、単純に幸福を享受していた。
幸せだなぁ、なんて間抜けに笑っていたのだ。満面の笑みを浮かべる僕を見て、ヨルハが小さく笑った。
「分かんねぇもんだな、こんなことでアサヒが笑うなんて」
僕の頬をちょんちょんと触って、彼は微笑んだ。肘をベッドに立てて頬杖をし、僕を上から見守るヨルハ。ヨルハの片腕に抱かれながら、彼を感じつつ笑う僕。この幸せな構図が永遠に続くことを、心の底から願っていた。
「もっと笑わせてやりたい俺は、どうしたらいいんだよ」
彼の言葉に目を覚ます。温かい夢に身を浸し、抜け出せなくなる前に意識を叩き起こした。
僕は馬鹿だ。
彼を思うのであれば、僕はこれ以上幸せになるべきではない。僕の不幸せが、彼の幸せに繋がる。それを何度も何度も頭に叩き込んでいるというのに、どうしてこんなにも幸福を求めてしまうのだろうか。身の程を弁えろ。僕はウェザリテ。彼はテシィダバルの栄えある軍人。
届かない星に手を伸ばすのは、もうこれが最後。
胡蝶蘭の日を、僕の夢の終焉にしよう。
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