下賜される王子

シオ

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◆ 第一章 黒の姫宮

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 宮様の手を引き、寝台の縁へと導く。そこに腰掛けて頂いて、私は宮様の前に跪いた。今ではこうして私の言葉に落ち着いて従って下さるが、初めての時は気が動転し、強く拒否された。

 精通が訪れた日のことを今でも覚えている。宮様は下帯の中のぬめりに驚かれ、涙を流し困惑されていた。そんな宮様に、生理現象なのだから怯える必要は無いのです、と説明するのに一日を要したほどだ。

「失礼致します」

 一声かけ、宮様が徒に驚かれることのないよう、慎重に動く。ゆっくりと下帯に手をかけ、前が寛ぐようにした。宮様が羞恥を抱かなくてすむように、極めて事務的にこなしていく。無心になるよう努めた。

 宮様は、己のものを直視することすら忌避なさる。目を瞑り、唇を噛み締めて耐えておられた。僅かに生えた黒い下の毛の奥にあるものは、雪のように白く、それでいて熱を孕んで一部が桃色に染まっている。

 果実のようにすら見える、宮様の陽物。どこまでも美しいそれに、口付けすることに何ら嫌悪はない。けれど、宮様はそのような行いを絶対にお許し下さらないのだ。

 私は手で丹念にそれを扱く。少しずつ溢れ出てくるものを利用して、手を上下に動かした。宮様が少しでも快楽を追いやすいように、心を込めて尽くす。すると、宮様の口から小さな悲鳴が漏れた。

 それを聞いて、今度は私のものが勃ちそうになるが、ぐっとこらえる。欲望を押し殺す術は侍従にとって必須の技術だった。これしきのことでいちいち反応していたら、侍従など務まらない。

 だが、もし。もしも、私がただの男として宮様に接することを許される者であったなら。今すぐにでも宮様を掻き抱いて、その最奥を暴いていたことだろう。表出しないだけで、その手の欲求は私の中にもあった。

「ぁ……、っ、あわづ……き、っ、う……」

 驚くべきことが起こった。宮様が私の手にその御手を重ねられたのだ。私の手を介し、宮様はご自分の物に触れている。触れることも、見ることも拒んできた宮様が、己の意思で触れた。

「宮様?」

 困惑したのは私の方だった。宮様のものを包んでいた私の手を押し退けて、宮様ご自身の手が恐る恐る直に触れていく。何年もお仕えしているが、こんな宮様を拝見するのは初めてだった。

「自分で……出来るように、ならねば……っ」

 私の手の動きを真似て、宮様自らがご自身を扱いている。他人の自慰など、目撃した直後に目を逸らしてしまうものだ。だというのに、私はそんな宮様を呆然としながらも見つめた。その背徳的な美しさにただただ心を奪われたのだ。

 本当は触りたくなどないのだろう。性に疎い方なのだ。出来ることならば、こんなことはしたくないと思っておられる。だが、触れることで齎される快感は強く、翻弄されている。瞳の端に涙を浮かべて、必死になって己のものに慰めを与える宮様を、私は見守り続けた。

「……んぁっ、……はぁ、はぁ……ん……っ」

 やがで、小さな痙攣と共に宮様が絶頂を迎えた。普段から淡白で、処理もそぞろなためか、吐き出された精は多く白濁の度合いも濃いものだった。私は手を伸ばし、宮様のものにそっと触れた。宮様が吐き出したものが、太腿を濡らさぬように、溢れ出るそれを手で受け止める。

「すまない……淡月」
「いえ、宮様が謝罪なされるようなことではありませんよ」

 疲れたのか、宮様はため息と共に寝台に倒れ込んだ。大きなため息が聞こえる。私は己の手についたものを見つめた。舐めろと言われれば喜んでそうするが、宮様はそんなことは望まれていない。勿体ない気持ちに苛まれながら、それを手拭いで拭った。

「……こんな有様では」

 宮様が、小さく言葉を漏らす。いかに小さな声だったとしても、私の耳が聞き逃すことはなかった。何かしらの言葉が続きそうな台詞。宮様は何かを不甲斐なく思うに、悔恨すら感じる声音で言葉を紡いだ。言葉の真意は分からないが、ひとまず私は己の職務に務める。

 宮様のおそばを離れて、外に通じる扉を少し開ける。そこには、お湯で温められた濡れ布を持った侍従たちが控えていた。平素の朝の流れとしては、私が宮様を起こし、洗面の用意を持つ他の侍従を招き入れるというものだ。

 だが、私が彼らを招き入れる様子がない。そう理解すると、彼らは全てを察し必要なものを用意する。それが、宮様の下肢を清めるための濡れ布だった。私は濡れ布を受け取り、そっと扉を閉める。そして下腹部のものを拭き取り、新たな下帯を宮様に手渡した。

 こういった事態に陥った時、いつも宮様であれば私にされるがままになっている。始末や着替えなどの間も、目を逸らして己が吐き出した精を直視しないようになさっているのだ。だが、今朝は違っていた。自ら手を差し出し、下帯を要求した。受け取ったそれを、ご自身で巻き付けている。今日は何もかもが可笑しい。

「昨日、姫宮様と何をお話になったのですか?」
「……いきなりだな」
「何もかもが普段と異なります。姫宮様にお会いになって、何かがあったとしか考えられません」

 身支度を終え起居を正した宮様に、改めて問う。同時に、扉を開け他の侍従を招き入れた。彼らの持つ水を湛えた甕を運び入れさせ、洗面の用意を進める。宮様の前に水を差し出し、宮様が顔を濡らす。そのまま、真新しい手拭いで顔を拭いた。

「色々と……御指南頂いた」
「その結果が、今しがたのことに繋がるのですか? 友をお作りになるということにも?」
「……葉桜か」

 一瞬、宮様はきょとんとした顔を見せた。友の件を何故お前が知っているのだ、と。そんな戸惑いを見せ、すぐに葉桜が報告したのだと気付く。宮様がたには秘事というものを持つ自由はない。常に侍従と近衛がそのお姿を見つめている。それが話からるからこそ、宮様は筒抜けであることに嫌悪感は見せなかった。

「友を作ること、というのは少し核心からずれる。叔父上は私に見聞を広めよ、と申された」
「見聞を……、本当にそれだけですか?」
「ああ」

 嘘だと直感する。見聞を広げる。ただそれだけのことではないはずだ。先ほどの行為から感じ取れる宮様の覚悟は、見聞などという言葉に見合わない。けれど、今ここで問い詰めても、きっと宮様は私の望む答えは与えて下さらないだろう。問う言葉をぐっと飲み干し、私は宮様に向き合う。

「だから今日は黒珠宮の外に出ようと思ってな」

 どうすれば宮様の口から、姫宮様との会話の内容を聞き出せるだろうか。そんなことをぼんやりと考えていた私にとって、そのお言葉は寝耳に水というものだった。一瞬では仰られている意味が分からず、理解した瞬間には体が震える。

「な……っ、なりません! 人払いの支度も整っておりませんのに!」

 反射的に大きな声を上げてしまう。宮様はその声の大きさに驚いていたが、私は宮様の発言に驚いた。一気に肝が冷えてしまい、己でも驚くような大きな声を出してしまった。冷静さを欠いた己を恥じ、小さく深呼吸をする。

「大きな声を出して……申し訳ありません」
「そんな淡月の顔、何年ぶりに見ただろうか」
「笑い事では……」
「すまない」

 私の失態を見て笑みを漏らす宮様。私としては、全く笑える話ではなかった。そんな私の思いが伝わったのか、宮様は笑みをそっと潜め、私の目を見て真剣な面持ちで言葉を紡ぐ。戯れでそのようなことを仰っているわけではないというお気持ちが、伝わってくる。

「淡月、お前の懸念は分かる。黒髪が突然現れたら場が騒然とするのも予想はつくし、理解もできる」

 騒然、といってもきっと宮様の想定する騒然は私の想定より度が軽いのだろう。普段宮様が実感されている騒然は、我々が人払いをし、近衛が害あるものを片っ端から排除た上での騒然だ。だというのに、何の前触れもなく宮様が現れればどうなるか。考えるだけでも恐ろしい。

「だが、今のままの私では……姫宮の務めを始めた途端に、心を……壊すと言われた」

 誰に言われたのかと、尋ねるまでもない。宮様はそういった類いのことを姫宮様に告げられたのだ。その結果が先ほどの行為であり、見聞を広めるという言葉であり、それが、心が壊れるという恐ろしい予言に帰結する。私は口を挟まず、宮様の言葉に傾注する。

「私はもっと世の中に触れなければならない。……お前達に手厚く守られているだけの私では、駄目なんだ」

 宮様が心お健やかでいられるように。手厚く手厚く尽くしてきた我ら侍従の行いが今、宮様の御心を煩わせている。なんということだ。手で顔を覆い隠したい気持ちで一杯だった。悔悟とも悔恨とも異なる。ただただ、嘆きの気持ちがこの胸を占めた。

「閨では誰も、私を守ってはくれない」

 それが、決定的な言葉だった。私を絶望へと叩き落とす。あまりにも酷な言葉だった。確かに宮様の仰る通りだ。褥にて姫宮を務める宮様を、我らがお守りすることは出来ない。私は宮様を、姫宮の座に就く運命からは救って差し上げられないのだ。

「分かってくれるな、淡月」

 頷く以外、選択肢はなかった。無力さを痛感し、体から力が抜けていく。そして、自然と膝が折れていった。私は、気付いた時には宮様の前で額ずいていた。額を床に押し付けて、深く深く宮様に詫びる。そしてそのお心に添うと決めた。


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