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◆ 第一章 黒の姫宮
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私の日々は、とても単調なものになっていた。
夜は毎晩誰かに下賜され、姫宮の寝所で抱かれて夜を過ごす。明け方一度起きて湯浴みをするが、体が疲れているせいで再び眠ってしまう。そんな微睡を昼頃まで続け、昼過ぎに目覚め、食事を摂り、再び夜には姫宮の寝所に籠る。
そんなことの繰り返しが、もう一月ほど続いた。右軍の者にも、左軍の者にも、文官たちにも、抱かれている。私は、抱かれることに慣れていった。
「……こんな無味乾燥な日々の中で、叔父上にとっては先王陛下だけが色彩を持った存在だったんだろうな」
今となって、身にしみて分かる。叔父上にとって、先王陛下がどれほど大切な相手であったか。私はそんな言葉をぽろっと零した。聞き届けてくれたのは、淡月くらいなものだろう。
私室には私と淡月しかいない。彼は私に茶器を差し出し、その中にそっと茶を注ぐ。甘さを秘めながらも、渋みを有する茶の良い香りが室内に広がった。
「お辛くはありませんか、宮様」
「……辛いなどと泣き言を漏らしても、どうにもならない」
「仰るとおりでは御座いますが、あまり溜め込まず、この淡月に吐き出してください」
「ありがとう。心配ばかり掛けてすまない」
「そんな……宮様に詫びて頂くことでは御座いません。私はただ、宮様にお健やかにお過ごし頂きたい一心で御座います」
いつだって淡月は手厚く温かい。その献身に甘えているのは分かっていた。けれど、こんな風に感情全てを吐露出来る相手はもう、淡月しかいないのだ。これからも甘えさせて欲しいと、ついつい願ってしまう。
「……蛍星たちは、まだ帰ってこないんだね」
「なかなかに、華蛇たちが粘っているようです」
「けれど、もう一月経つ。武官たちも、さぞ憔悴していることだろう」
「そうですね」
「かつて、叔父上はこういった状況下で兵団慰問をしていたと記憶しているが、陛下からその命は下らないのだろうか。北面の国境はそんなに遠い場所じゃない。行こうと思えばすぐに行って帰って来られる」
王家の庭を経由すれば、かなり早く国境沿いに向かえる。叔父上の時の前例があるのだから、私に勅命が下る可能性は十分ある。
「宮様は、かの者に会いたいのですね」
冷静に告げられた淡月の言葉に、私は頷く。ある種の絶望を抱いた。どうあっても、私は清玖に会いたがってしまう。それを止められない無力な己に愕然とした。
「……そうだ、私は清玖に会いたい。けれど、個人としてそれを願うことは己に禁じた。だから、姫宮の役目として会いたいと願った。……自分の心の弱さに情けなくなる。どれだけ彼を突き放しても、私自身で彼を求めてしまう。あまりにも愚かだ」
「それは違います、宮様。宮様はとても気丈になさっていらっしゃいますが、日々の姫宮としての務めに心が疲れ果てているのです。磨耗した心が、無意識的にあの者を求めてしまっているのでしょう」
「……私は別に、疲れてなど」
「無理はなさらないでください宮様。私は、そのようにやつれた宮様をこれ以上見ていられないのです」
淡月の声は苦しげだった。やつれた、と評されたが自分ではよく分からない。だが、言われてみれば、一日の大半を寝て過ごし、食事の回数が減っている。それに伴って、頬の肉が落ち、腹部も肋骨がうっすら見えるようになった。
「……淡月、私はどうしたらいいんだろう」
「まずは陛下にご相談されるのが宜しいかと」
「良いのだろうか……私の我が侭を、陛下に奏上しても」
「御心のままになさってください。私は何よりも一番に、宮様のご多幸をお祈りしております」
私は淡月が勧めるままに、陛下の執務室へと向かう。前触れも無く訪れた私を国王陛下たる紫蘭兄上は快く歓迎してくれた。それは、副王陛下である柊弥兄上も同様だった。
「丁度良いところに来た。今、吉乃を呼びにやろうかと思っていたところだ」
「私に何か御用でしたか?」
私を呼びに行く、というだけで私は期待した。国境警備大隊に慰問をしてくれないか、と兄上から命じられるのではという甘い期待があった。だが、そんな都合の良いことが起こるはずもなく、私の淡い想いは叩き潰される。
「琳の富寧を抑えておける限界が来た。奴は、執拗に吉乃を求めてきている。……頼めるか?」
紫蘭兄上は、申し訳なさそうに眉尻を下げた。申し訳ないと思っていることは間違いないだろう。けれど、だからといって兄上はこの申し出を覆したりはしない。兄上は王なのだ。弟を犠牲にしてでも、国の運営を円滑にする権利と義務を持つ。
「御心のままに、陛下」
それから、事の仔細を聞き、今夜の相手が富寧に決まった。私は一言も己の願いを口に出せぬまま、部屋を出る。清玖に会いに行きたいなどと言っている場合ではなかった。
部屋を出て数歩、振り返り見れば、文官や武官がせわしなく兄上の執務室に出入りしている。とても御忙しい方々なのだ。私の我が侭なんぞを聞き入れて頂く隙もない。愚かなことを奏上しようとしていた自分に笑えてきた。
「……宮様、申し訳ありませんでした。私が軽率なことを申したばかりに」
「何を言ってるんだ。全て私が納得した上でのこと。淡月が詫びることなどひとつもないよ」
「しかし……っ」
「さあ、部屋へ戻ろう。今夜の務めに向けて準備をしなければ」
そう言って歩き出す。淡月の謝罪を断ち切るため、少し早歩きで進んだ。他国の者が祝宴などの席で姫宮を賜る際には、単純に持ち寄った財の多さで選ばれたり、その時勢において国王陛下が選定する場合がある。
だが、今回の富寧のように個人的に姫宮を求める際には、莫大な財が必要とされていた。それを差し出してもなお、国王陛下が首を縦に振らなければ意味はなく、何とか了承してもらおうと財を積む。富寧はまさしくそれをしたのだろう。
陛下が、頷くまでひたすら財を送り続ける。その額が膨大になると、断ることが困難になるのだ。断るという行為が他国からは不義理として読み取られ、国としての信用を失ってしまう。それだけは避けなければならなかった。
「……富寧は私ひとりを抱くために、どれだけの財を投じたのだろうな」
「どれだけ投じようとも、宮様の真価には劣ることでしょう」
「大袈裟だ」
「何も大袈裟ではありませんよ」
私には、この世界の価値観そのものが大袈裟に思える。ただ、黒髪と黒目なだけでここまで敬われるなど滑稽に思えてしまう。富寧にしても、そんな大金を払ってまで私を抱きたいなどと思う理由が分からない。
私より美しい者など、女にせよ男にせよ、いくらでもいるだろう。価値観の乖離に、ひとりだけ違う世界からやってきたかのような、そんな疎外感を覚えてしまう。
私室に戻り、湯浴みを済ませ軽い食事を摂った。そして、少しばかり眠り、夜へ向けて万全の体制を作り上げていく。眠りから覚めて再度湯浴みを済ませ、その際に後孔の掃除も行った。
最後に、姫宮の正装を身に纏い完成する。あとは呼ばれるのを待つだけだ。全てが作業化され、そこには一切の感情がこもらない。
呼び出しがかかり、姫宮の寝所へ連れて行かれる。慣れたその空間には、丸々と肥えた醜い体型の男がいた。寝台の上に腰掛ける姿はまるで樽のようだ。すでに男は一糸纏わぬ姿になっている。
距離を置いて見ても、彼の興奮の度合いが分かる。今までも、酷く興奮しているような者を相手にしたことはあったが、その中でも別格なほどに富寧の興奮は強かった。
「待ち焦がれたぞ、姫宮!!」
あまりにも大きな声に、ついつい驚いてしまって体が震える。何か手荒なことをされたら、すぐに警護の者に知らせるように、と叔父上にも兄上たちにも言われている。
だが、手荒なこと、とはどこからのことを指すのだろう。この大きな声でさえも、私は恐怖を覚えてしまう。しかしこれは、暴力でも何でもないのだ。どこから助けを求める段階になるのだろうか。
「何故そんなところに突っ立っている! 早くこちらへ来い!」
強く手招きされ、私はそちらへ向かう。近くに寄ると、すぐに手首を引っ張られ男の前に立たされた。私は見たくもないが、見つめられているため男を見つめ返す。
腹部が以上に出っ張って、垂れ下がっている。肥大化した腹部のせいで、富寧のものが見えない。
私の体を、大きくてざらつき、その上、過剰なほど肉付きがいい手のひらと指が撫でていく。姫宮の正装越しに触れられて、紗が肌を擦った。触れるたびに、富寧は雄たけびのような声を上げて、始終煩い。
「姫宮の兄は業突く張りだな、この一晩のためにどれだけ金を支払ったことか」
「兄のせいではありません。私がもっと、もっと、と強請ったのです。たくさんの財を頂けて、とても嬉しいです」
すらすらと口から嘘がこぼれていく。いつからこんなに嘘が達者になったのだろうか。体だけでなく心まで汚れきってしまったようで、悲しくなる。
富寧が私の体に手を回して抱き寄せた、男の頭部と私の鼻先が近くなった瞬間、彼の口臭が途轍もない悪臭を放っていることに気付き、僅かに顔をそらす。
「そうかそうか! 嬉しいか! では今後はもっと持ってきてやろう! ただなぁ、天瀬は遠い。琳から陸路で行こうと思うと、一日では足りん。面倒なことだ。海路の方がよっぽど快適で早いぞ」
「海路……ですか」
確かに、天瀬の王都たる清玄は天瀬国の中でも東に位置しており、海には近いが、琳には遠い。険しい道のりを越え、長い時間をかけつつ清玄に来るよりは、船を利用した方が短時間で手間取らないのだろう。
軽々しく、この男は今後などという言葉を口にした。つまりそれは、これからも今回と同等の財を投じて私に会いに来るということだ。そんなに湯水のごとく大金を使って、琳は大丈夫なのだろうか。この放蕩者を止められる存在は誰もいないのだろうか。琳のことを思わず案じてしまう。
琳のことなどを案じているうちに、富寧はどんどんと私の衣類を脱がしにかかっていた。天瀬王族の証である胸の沈丁花に舌を這わされ、嫌悪感が募る。
抱かれて、これほどまでに嫌な気分を味わうということは滅多にない。顔の美醜で判断して相手を嫌悪することはないが、行いや振る舞い、身だしなみは私の中で選定箇所に入る。富寧は私の選定項目全てにおいて最低だった。
「あぁ……姫宮、姫宮……っ」
私の肌を容赦なく舐めていく蛞蝓のような舌先が、どんどんと下がっていく。そして私の下腹部のものを口に頬張って、それを吸い上げた。まさか、こんなことをされるとは思っていなかった私は驚いて小さな声を出してしまいそうだった。
だが、必死になって耐える。今日は絶対に、清玖の名を出してはいけない日だ。加えて、私の最も想う相手である清玖と富寧を混同してしまうなど、私には許しがたいことだった。
前戯もそこそこに、私の臀部には乱暴に香油が掛けられ、後孔が解されることもなく富寧に背後を取られてしまった。背後から腰を掴まれ、富寧が私に腰を打ち付けてくる。ばちん、ばちんと激しい音がなった。富寧の腹の肉が私の尻に叩きつけられているのだ。
「姫宮……っ、姫宮……!」
富寧はひとりで楽しんでいるようだが、私は全く正反対の心持ちだった。何も感じない。野生の動物にでも犯されているような感覚を抱いて、普段とは何か違うと気付く。その違和感が何であったのかは、すぐに判明した。
男のものは、私の中に入ってないのだ。後孔を突いてはいるが、中には入ってきていない。というのも、富寧の腹部が突出しすぎて、私と富寧の間に肉の壁を作ってしまっているのだ。その壁の厚みを越えられない程に、富寧のものは短小だった。
清玖の、太くて程良い長さのものとは全くの別物で、比較にならない程に、小さく短かった。あんなものを入れられたところで、感じることもないだろう。
本人が何に快感を得ているのかはよく分からないが、大いに楽しんでいるのなら、このままにしておこう。富寧は私の孔に向けて、四、五回程達していた。
「……天上に上るような心地だったぞ」
「そう、ですか」
私自身、姫宮として何の技術も発揮していない以上、そんな言葉を向けられてもどのように返事をして良いか分からず、曖昧に言葉を返すことしか出来なかった。
ひとしきり楽しんで、疲れたのか、ぐったりとした状態で富寧が寝台に倒れこむ。私はその傍で腰を下ろして、もう終わっていいのか、様子を伺っていた。
確かに、兄上たちが配慮して下さる程に富寧という男は品位に欠け、嫌悪を抱かせる男ではあるが、勝手に盛り上がって終わってくれるのであればこれほど楽な相手はいない。
「姫宮、喉が渇かんか? 果実水を持ってきた。喉が渇いた時には最適だ」
そう言って、寝台傍の床に置いてあった瓶を取る。富寧が持ち込んだものなのだろう。そんなものがあることに全く気付かなかった。差し出された瓶を受け取って、戸惑った。
このまま、瓶の状態で飲むのだろうか。普段、何を飲むにしても杯や茶器からしか飲んだことはない。けれど、わざわざ杯を用意させるのも面倒に思えて、私は瓶の栓を抜き、ぐいとあおる。
桃の香りや、ほのかな蜜柑の酸味が広がる。富寧の言うとおり、確かに乾いた喉を潤すには最適のものであるように感じた。一口、二口飲み干して、瓶を富寧に返そうとした。
瓶の中にはまだ半分以上残っていると重さが伝える。あまり一人で飲んでも悪いだろうという配慮だったのだが、富寧は首を左右に振った。
「姫宮のために持ってきたのだ。俺はいい。全て飲んでくれ」
「……宜しいのですか?」
「あぁ。俺の勧めを断ることこそ、無礼であるぞ姫宮」
「畏まりました。頂戴いたします」
そうして私は、言われるままに富寧が差し出した果実酒を飲んでいった。口あたりもよく、何より美味で私は何の疑いもなしに飲み干してしまったのだ。その姿を、野卑な目で富寧が見つめながら笑っていることにも気付かずに。
夜は毎晩誰かに下賜され、姫宮の寝所で抱かれて夜を過ごす。明け方一度起きて湯浴みをするが、体が疲れているせいで再び眠ってしまう。そんな微睡を昼頃まで続け、昼過ぎに目覚め、食事を摂り、再び夜には姫宮の寝所に籠る。
そんなことの繰り返しが、もう一月ほど続いた。右軍の者にも、左軍の者にも、文官たちにも、抱かれている。私は、抱かれることに慣れていった。
「……こんな無味乾燥な日々の中で、叔父上にとっては先王陛下だけが色彩を持った存在だったんだろうな」
今となって、身にしみて分かる。叔父上にとって、先王陛下がどれほど大切な相手であったか。私はそんな言葉をぽろっと零した。聞き届けてくれたのは、淡月くらいなものだろう。
私室には私と淡月しかいない。彼は私に茶器を差し出し、その中にそっと茶を注ぐ。甘さを秘めながらも、渋みを有する茶の良い香りが室内に広がった。
「お辛くはありませんか、宮様」
「……辛いなどと泣き言を漏らしても、どうにもならない」
「仰るとおりでは御座いますが、あまり溜め込まず、この淡月に吐き出してください」
「ありがとう。心配ばかり掛けてすまない」
「そんな……宮様に詫びて頂くことでは御座いません。私はただ、宮様にお健やかにお過ごし頂きたい一心で御座います」
いつだって淡月は手厚く温かい。その献身に甘えているのは分かっていた。けれど、こんな風に感情全てを吐露出来る相手はもう、淡月しかいないのだ。これからも甘えさせて欲しいと、ついつい願ってしまう。
「……蛍星たちは、まだ帰ってこないんだね」
「なかなかに、華蛇たちが粘っているようです」
「けれど、もう一月経つ。武官たちも、さぞ憔悴していることだろう」
「そうですね」
「かつて、叔父上はこういった状況下で兵団慰問をしていたと記憶しているが、陛下からその命は下らないのだろうか。北面の国境はそんなに遠い場所じゃない。行こうと思えばすぐに行って帰って来られる」
王家の庭を経由すれば、かなり早く国境沿いに向かえる。叔父上の時の前例があるのだから、私に勅命が下る可能性は十分ある。
「宮様は、かの者に会いたいのですね」
冷静に告げられた淡月の言葉に、私は頷く。ある種の絶望を抱いた。どうあっても、私は清玖に会いたがってしまう。それを止められない無力な己に愕然とした。
「……そうだ、私は清玖に会いたい。けれど、個人としてそれを願うことは己に禁じた。だから、姫宮の役目として会いたいと願った。……自分の心の弱さに情けなくなる。どれだけ彼を突き放しても、私自身で彼を求めてしまう。あまりにも愚かだ」
「それは違います、宮様。宮様はとても気丈になさっていらっしゃいますが、日々の姫宮としての務めに心が疲れ果てているのです。磨耗した心が、無意識的にあの者を求めてしまっているのでしょう」
「……私は別に、疲れてなど」
「無理はなさらないでください宮様。私は、そのようにやつれた宮様をこれ以上見ていられないのです」
淡月の声は苦しげだった。やつれた、と評されたが自分ではよく分からない。だが、言われてみれば、一日の大半を寝て過ごし、食事の回数が減っている。それに伴って、頬の肉が落ち、腹部も肋骨がうっすら見えるようになった。
「……淡月、私はどうしたらいいんだろう」
「まずは陛下にご相談されるのが宜しいかと」
「良いのだろうか……私の我が侭を、陛下に奏上しても」
「御心のままになさってください。私は何よりも一番に、宮様のご多幸をお祈りしております」
私は淡月が勧めるままに、陛下の執務室へと向かう。前触れも無く訪れた私を国王陛下たる紫蘭兄上は快く歓迎してくれた。それは、副王陛下である柊弥兄上も同様だった。
「丁度良いところに来た。今、吉乃を呼びにやろうかと思っていたところだ」
「私に何か御用でしたか?」
私を呼びに行く、というだけで私は期待した。国境警備大隊に慰問をしてくれないか、と兄上から命じられるのではという甘い期待があった。だが、そんな都合の良いことが起こるはずもなく、私の淡い想いは叩き潰される。
「琳の富寧を抑えておける限界が来た。奴は、執拗に吉乃を求めてきている。……頼めるか?」
紫蘭兄上は、申し訳なさそうに眉尻を下げた。申し訳ないと思っていることは間違いないだろう。けれど、だからといって兄上はこの申し出を覆したりはしない。兄上は王なのだ。弟を犠牲にしてでも、国の運営を円滑にする権利と義務を持つ。
「御心のままに、陛下」
それから、事の仔細を聞き、今夜の相手が富寧に決まった。私は一言も己の願いを口に出せぬまま、部屋を出る。清玖に会いに行きたいなどと言っている場合ではなかった。
部屋を出て数歩、振り返り見れば、文官や武官がせわしなく兄上の執務室に出入りしている。とても御忙しい方々なのだ。私の我が侭なんぞを聞き入れて頂く隙もない。愚かなことを奏上しようとしていた自分に笑えてきた。
「……宮様、申し訳ありませんでした。私が軽率なことを申したばかりに」
「何を言ってるんだ。全て私が納得した上でのこと。淡月が詫びることなどひとつもないよ」
「しかし……っ」
「さあ、部屋へ戻ろう。今夜の務めに向けて準備をしなければ」
そう言って歩き出す。淡月の謝罪を断ち切るため、少し早歩きで進んだ。他国の者が祝宴などの席で姫宮を賜る際には、単純に持ち寄った財の多さで選ばれたり、その時勢において国王陛下が選定する場合がある。
だが、今回の富寧のように個人的に姫宮を求める際には、莫大な財が必要とされていた。それを差し出してもなお、国王陛下が首を縦に振らなければ意味はなく、何とか了承してもらおうと財を積む。富寧はまさしくそれをしたのだろう。
陛下が、頷くまでひたすら財を送り続ける。その額が膨大になると、断ることが困難になるのだ。断るという行為が他国からは不義理として読み取られ、国としての信用を失ってしまう。それだけは避けなければならなかった。
「……富寧は私ひとりを抱くために、どれだけの財を投じたのだろうな」
「どれだけ投じようとも、宮様の真価には劣ることでしょう」
「大袈裟だ」
「何も大袈裟ではありませんよ」
私には、この世界の価値観そのものが大袈裟に思える。ただ、黒髪と黒目なだけでここまで敬われるなど滑稽に思えてしまう。富寧にしても、そんな大金を払ってまで私を抱きたいなどと思う理由が分からない。
私より美しい者など、女にせよ男にせよ、いくらでもいるだろう。価値観の乖離に、ひとりだけ違う世界からやってきたかのような、そんな疎外感を覚えてしまう。
私室に戻り、湯浴みを済ませ軽い食事を摂った。そして、少しばかり眠り、夜へ向けて万全の体制を作り上げていく。眠りから覚めて再度湯浴みを済ませ、その際に後孔の掃除も行った。
最後に、姫宮の正装を身に纏い完成する。あとは呼ばれるのを待つだけだ。全てが作業化され、そこには一切の感情がこもらない。
呼び出しがかかり、姫宮の寝所へ連れて行かれる。慣れたその空間には、丸々と肥えた醜い体型の男がいた。寝台の上に腰掛ける姿はまるで樽のようだ。すでに男は一糸纏わぬ姿になっている。
距離を置いて見ても、彼の興奮の度合いが分かる。今までも、酷く興奮しているような者を相手にしたことはあったが、その中でも別格なほどに富寧の興奮は強かった。
「待ち焦がれたぞ、姫宮!!」
あまりにも大きな声に、ついつい驚いてしまって体が震える。何か手荒なことをされたら、すぐに警護の者に知らせるように、と叔父上にも兄上たちにも言われている。
だが、手荒なこと、とはどこからのことを指すのだろう。この大きな声でさえも、私は恐怖を覚えてしまう。しかしこれは、暴力でも何でもないのだ。どこから助けを求める段階になるのだろうか。
「何故そんなところに突っ立っている! 早くこちらへ来い!」
強く手招きされ、私はそちらへ向かう。近くに寄ると、すぐに手首を引っ張られ男の前に立たされた。私は見たくもないが、見つめられているため男を見つめ返す。
腹部が以上に出っ張って、垂れ下がっている。肥大化した腹部のせいで、富寧のものが見えない。
私の体を、大きくてざらつき、その上、過剰なほど肉付きがいい手のひらと指が撫でていく。姫宮の正装越しに触れられて、紗が肌を擦った。触れるたびに、富寧は雄たけびのような声を上げて、始終煩い。
「姫宮の兄は業突く張りだな、この一晩のためにどれだけ金を支払ったことか」
「兄のせいではありません。私がもっと、もっと、と強請ったのです。たくさんの財を頂けて、とても嬉しいです」
すらすらと口から嘘がこぼれていく。いつからこんなに嘘が達者になったのだろうか。体だけでなく心まで汚れきってしまったようで、悲しくなる。
富寧が私の体に手を回して抱き寄せた、男の頭部と私の鼻先が近くなった瞬間、彼の口臭が途轍もない悪臭を放っていることに気付き、僅かに顔をそらす。
「そうかそうか! 嬉しいか! では今後はもっと持ってきてやろう! ただなぁ、天瀬は遠い。琳から陸路で行こうと思うと、一日では足りん。面倒なことだ。海路の方がよっぽど快適で早いぞ」
「海路……ですか」
確かに、天瀬の王都たる清玄は天瀬国の中でも東に位置しており、海には近いが、琳には遠い。険しい道のりを越え、長い時間をかけつつ清玄に来るよりは、船を利用した方が短時間で手間取らないのだろう。
軽々しく、この男は今後などという言葉を口にした。つまりそれは、これからも今回と同等の財を投じて私に会いに来るということだ。そんなに湯水のごとく大金を使って、琳は大丈夫なのだろうか。この放蕩者を止められる存在は誰もいないのだろうか。琳のことを思わず案じてしまう。
琳のことなどを案じているうちに、富寧はどんどんと私の衣類を脱がしにかかっていた。天瀬王族の証である胸の沈丁花に舌を這わされ、嫌悪感が募る。
抱かれて、これほどまでに嫌な気分を味わうということは滅多にない。顔の美醜で判断して相手を嫌悪することはないが、行いや振る舞い、身だしなみは私の中で選定箇所に入る。富寧は私の選定項目全てにおいて最低だった。
「あぁ……姫宮、姫宮……っ」
私の肌を容赦なく舐めていく蛞蝓のような舌先が、どんどんと下がっていく。そして私の下腹部のものを口に頬張って、それを吸い上げた。まさか、こんなことをされるとは思っていなかった私は驚いて小さな声を出してしまいそうだった。
だが、必死になって耐える。今日は絶対に、清玖の名を出してはいけない日だ。加えて、私の最も想う相手である清玖と富寧を混同してしまうなど、私には許しがたいことだった。
前戯もそこそこに、私の臀部には乱暴に香油が掛けられ、後孔が解されることもなく富寧に背後を取られてしまった。背後から腰を掴まれ、富寧が私に腰を打ち付けてくる。ばちん、ばちんと激しい音がなった。富寧の腹の肉が私の尻に叩きつけられているのだ。
「姫宮……っ、姫宮……!」
富寧はひとりで楽しんでいるようだが、私は全く正反対の心持ちだった。何も感じない。野生の動物にでも犯されているような感覚を抱いて、普段とは何か違うと気付く。その違和感が何であったのかは、すぐに判明した。
男のものは、私の中に入ってないのだ。後孔を突いてはいるが、中には入ってきていない。というのも、富寧の腹部が突出しすぎて、私と富寧の間に肉の壁を作ってしまっているのだ。その壁の厚みを越えられない程に、富寧のものは短小だった。
清玖の、太くて程良い長さのものとは全くの別物で、比較にならない程に、小さく短かった。あんなものを入れられたところで、感じることもないだろう。
本人が何に快感を得ているのかはよく分からないが、大いに楽しんでいるのなら、このままにしておこう。富寧は私の孔に向けて、四、五回程達していた。
「……天上に上るような心地だったぞ」
「そう、ですか」
私自身、姫宮として何の技術も発揮していない以上、そんな言葉を向けられてもどのように返事をして良いか分からず、曖昧に言葉を返すことしか出来なかった。
ひとしきり楽しんで、疲れたのか、ぐったりとした状態で富寧が寝台に倒れこむ。私はその傍で腰を下ろして、もう終わっていいのか、様子を伺っていた。
確かに、兄上たちが配慮して下さる程に富寧という男は品位に欠け、嫌悪を抱かせる男ではあるが、勝手に盛り上がって終わってくれるのであればこれほど楽な相手はいない。
「姫宮、喉が渇かんか? 果実水を持ってきた。喉が渇いた時には最適だ」
そう言って、寝台傍の床に置いてあった瓶を取る。富寧が持ち込んだものなのだろう。そんなものがあることに全く気付かなかった。差し出された瓶を受け取って、戸惑った。
このまま、瓶の状態で飲むのだろうか。普段、何を飲むにしても杯や茶器からしか飲んだことはない。けれど、わざわざ杯を用意させるのも面倒に思えて、私は瓶の栓を抜き、ぐいとあおる。
桃の香りや、ほのかな蜜柑の酸味が広がる。富寧の言うとおり、確かに乾いた喉を潤すには最適のものであるように感じた。一口、二口飲み干して、瓶を富寧に返そうとした。
瓶の中にはまだ半分以上残っていると重さが伝える。あまり一人で飲んでも悪いだろうという配慮だったのだが、富寧は首を左右に振った。
「姫宮のために持ってきたのだ。俺はいい。全て飲んでくれ」
「……宜しいのですか?」
「あぁ。俺の勧めを断ることこそ、無礼であるぞ姫宮」
「畏まりました。頂戴いたします」
そうして私は、言われるままに富寧が差し出した果実酒を飲んでいった。口あたりもよく、何より美味で私は何の疑いもなしに飲み干してしまったのだ。その姿を、野卑な目で富寧が見つめながら笑っていることにも気付かずに。
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記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
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