73 / 183
◆ 第一章 黒の姫宮
73(※軽い小スカ表現があります。ご注意下さい)
しおりを挟む
私が果実水を飲み干した後、何故かまぐわうでもなく、穏やかに富寧と会話をすることになった。世間話のようなことばかりだった。主に富寧が一方的に語って、私が頷くだけという形だったが、それを続けてどれほどか経った頃、私の体に障りがあった。
そんなまさか、と思ったが、それは確かにあった。私は、御不浄に行きたくなってしまったのだ。
普段であれば、必ず務めの前に御不浄へ行き、務めの最中に粗相の無いようにしている。今までだって、こんな事態に陥ったことはなかった。どうして、私は尿意を催しているのだろう。私は動揺してしまう。一度意識てしまうと、どうしてもその事に頭が行ってしまった。
「どうかしたか? 姫宮」
「え……あ、いえ。……なんでもありません」
「本当か? 随分と辛そうな顔をしているが」
「それは……その」
「なんだ。言ってみろ」
どうすればいい。こんな所で中座して、御不浄に行ってもよいのだろうか。だが、このままここに留まれば確実に私は粗相をしてしまう。それならば、大きな恥じより、小さな恥じをかいてやり過ごそう。
「殿下、申し訳ありません。……御不浄へ行って参っても宜しいでしょうか」
「不浄? なんだ、小便がしたくなったのか?」
小便、という言葉は知っているが、言われたことも言ったこともない。はしたない言葉に、顔が熱くなる。だが、その言葉は事実から少しも乖離していない。まさしくその通りなのだ。
「……はい。申し訳ありません。すぐに済ませ、その後、入念に体を洗って参りますので」
「何を言っている。そんなことは不要だ。俺はこの時を待っていたというのに!」
「え……?」
中座の許しを願ったのに、何故か予期せぬ方向で怒られてしまった。私にはもはや、何が何なのかさっぱり分からなくなってしまう。寝台の上で、富寧は楽しそうに跳ね上がった。
「清浄なる黒の身を持つ姫宮には、薬は効かんかと思ったが、問題なかったようだな」
「何を……仰っているのですか。薬とは、一体……?」
「先程、姫宮が美味そうに飲んでいた果実水には大量に、利尿作用のある薬が入っていたんだ」
「利尿作用……? ……何故、そんなことを」
「決まっているだろう! 俺が、そうしたかったからだ!」
富寧の手が私の腹をぐう、と抑える。それだけでもう、漏れてしまいそうだった。その手を振り払い、寝台の上で立ち上がって逃げようとするが、座ったままの富寧に腰を抱かれてしまった。
向かい合った状態で富寧が私の腰を抱いているせいで、私のものは、富寧の前にぶら下がっている状態となってしまった。
「お許しください……! 御不浄へ行かせてください!」
「恥ずかしがり、泣いて顔を赤らめる姫宮が見たかった! 加虐心を煽る顔だなァ!」
私たちの会話は全く成り立っていなかった。限界に近い私は泣き叫び、富寧はそんな私を見て楽しそうに笑っていた。
それだけならば、まだ良かったのかもしれない。悪い状況ではあったが、最悪ではなかった。富寧が、私のものを口で咥えたことによって最悪の状況が生まれる。
「なっ……! 何をなさっているのですか! 私は、粗相をしてしまうかもしれないんですよ!?」
限界にきていると訴えているのに、そんなものを口に含むなんてどうかしている。富寧が抱く愉悦は、私の理解の範疇外にあった。咥えた富寧が、舌先で私の先端を刺激する。そんな刺激で、膝ががくがくと震えた。もう駄目だ。本当に駄目だ。
「さっさとしろ、姫宮! 俺はお前に、美味い果実水を飲ませてやっただろ! 今度は俺に、お前の聖水を飲ませる番だ!」
何故、そんな言葉で怒鳴られなければならないのだ。涙がぼろぼろと目から零れ落ちていく。私は絶対にそんなことしたくなかった。
それなのに、富寧が最後の一押しと言わんばかりに、口をすぼめて私のものを強く吸い上げた。そうして、とうとう私の決壊も崩れ去る。
「あ……っ、あぁ……やだ、いやだぁ……あぁ……っ」
一度流れ出したものは、もう私には止めることが出来なかった。勢いよく富寧の口内に放ってしまう。精を放つ以上の開放感と羞恥があった。
飲みきれなかったものが、富寧の口の端からぼたぼたと流れ落ちている。それを見て、私の涙も溢れていく。なんでこんなことをするんだ。気持ち悪い。最悪だ。清玖に会いたい。会って、強く抱きしめてもらいたい。
「果実水以上に美味だったぞ、姫宮! お前の体はどこもかしこも美味だ! やはり、黒の姫宮などという至宝は俺にこそ相応しい! なぁ、そう思うだろ!」
私の心が、現実を拒絶した。富寧を突き飛ばし、寝所に置かれていた真新しい襦袢を一枚掴んで私は走り出した。襦袢は羽織るだけで、袖も通していない。そんな余裕など無かった。勝手に足が動き出して、この場から逃げ出していたのだ。
「宮様……!?」
寝所から飛び出してきた私に、警護に当たっていた者たちが戸惑いの声を上げる。彼らが追いつく前に、私は駆け抜ける。
今でも富寧の大きな笑い声が聞こえるようだった。耳を塞ぐ。何も見たくない。何も聞きたくない。助けて、清玖。心の中で清玖の名を叫び続けた。
「宮様、どうされたのですか……!?」
「……淡、月」
「そのお姿は一体……、とにかく、衣装を整えましょう。寝所へお戻りください」
「……! 嫌だっ、戻りたくない……!」
事態を掌握していない淡月としてみれば、寝所へ戻って裸同然の姿を何とかするのが最優先となるだろう。だが、今の寝所にはまだ富寧がいる。私は戻りたくない。
淡月の前から逃げ出す。走り出した瞬間に、腿をつう、と伝うものが。それが吐き出した精の類でない事はすぐに分かった。それは、粗相の残滓だ。早く体を清めたい。一番近い湯殿はどこだ。
「宮様っ、どちらへ向かわれるのです!?」
背後から淡月の叫び声が聞こえた。どこへ行くのか、私にもよく分からない。ここは黒烈殿だ。そんな場所に湯殿などあるのだろうか。黒珠宮にはいくつも存在するが、黒烈殿は詳しくないせいで、全く分からない。
それなのに走り出した。完全に私は混乱し、錯乱しきっているのだ。逃げ出したいという気持ちが強すぎた。助けて、清玖。もう私は頑張れない。今すぐ抱きしめて。よく頑張ったって、褒めて。
「宮様、落ち着いて下さい。侍従長にあとは任せましょう」
普段は影となり、私の前に姿を現さない葉桜が眼前に立っていた。思わず葉桜が姿を見せる程に、私は酷い有様だということだろう。
「……湯殿っ、湯殿に、行きたいんだ」
腿の間を落ちてくる粗相を、流したい。あの男に触れられた箇所全てを洗いたい。私の要望に、葉桜は戸惑ったようで、視線が定まらない。
葉桜は、黒烈殿のことも詳しく把握していることだろう。けれど、彼がすぐに湯殿まで案内してくれないところを見るに、近くに私が使える湯殿が無いのだ。黒珠宮まで戻るしかない。私は再び全力で走り出す。葉桜が私の名を呼ぶのが、後ろで聞こえた。
走り出し黒烈殿を駆け抜ける。他の侍従や出仕する者たちにも、私のみっともない姿を見られた。皆が皆、戸惑うように私のことを呼んでいる。
「吉乃」
無数の声の中にあっても、私の名前を呼ぶ声は、ひとつしかなかった。その声に私の足が自然と止まる。宮様でも、姫宮様でもなく。吉乃と、私を呼ぶ声。
「……柊弥兄上」
「そんな格好でどうしたんだい」
「湯殿に……湯殿に、行きたくて」
「湯殿か。それなら私の部屋においで。黒烈殿の中にも私の部屋が設けられていてね。すぐそこだよ。……お前達、すぐに湯殿の支度を」
柊弥兄上は、背後に控えていた侍従に命じ、着ていた羽織を私に掛けた。兄上の匂いに包まれる。私の全身は、羽織によって隠された。涙がぽたぽたと落ちる。
「そんな姿で走って来たの? 黒烈殿の男達はますます吉乃に夢中になるだろうね」
「……兄上、羽織が汚れてしまいます」
「汚れたなら洗えばいい。それだけのことだろう?」
そう言って私の頭を撫でる兄上。その手の優しさに、涙が止まらない。私の背後で、淡月が安堵したように、ほっと胸を撫で下ろすのが見えた。私がどれほど全力で走ったとしても、淡月や葉桜は容易く追いついてしまう。
今回だってそうだった。だが、彼らは決して私に無理強いはしない。こんな状況においても、手を引いて強引に姫宮の寝所へ連れ戻すことはなかった。そっと後ろに控えて、私を見守り続けてくれていたのだ。
「辛い目に遭わせたようだね……すまない、吉乃」
「……いえ、私こそ、取り乱して申し訳ありません」
肩を抱かれて導かれる。兄上の言うとおり、程近くに部屋はあった。黒珠宮とは別に、王と副王には黒烈殿内に部屋が用意されているのだそうだ。執務が続き、黒珠宮に戻ることも侭ならない時に利用するということだった。
「湯殿はこちらだよ」
体を支えられたまま、湯殿まで案内され、兄上は私に掛けた羽織と、もともと纏っていた襦袢を剥ぎ取り床に落とす。そして、共に湯殿の中に入ってきた。
「兄上、お召し物が濡れてしまいます」
「あとで着替えればいい。私が体を綺麗にしてあげよう」
「そんなわざわざ、……兄上のお手を煩わせずとも」
「お前は覚えていないと思うけれど、幼い頃、弟たちの入浴は私と兄上が手伝ったこともあるんだよ」
手桶で湯を掬い、そっと体に掛けられる。石鹸をこすり付けて、泡だった布を手にした兄上が、ゆっくりと体を優しく擦っていった。その手には、父性のようなものが篭っていて、緊張した体から力が抜けていく。
「……覚えていないです」
「そうだろね」
「何故、そんなことをなさったんですか?」
「どうしてだったかな。兄上がやりたいと言い出したんだったかな。……でも、とても楽しかったよ。弟たちは皆わんぱくで。じっとしていないんだ。ちっともね」
「……また、兄弟皆で……風呂に入れたら楽しいでしょうね」
「それは妙案だな。今度、蛍星や双子が帰ってきたら提案してみようか」
大切な兄弟たちのことを考えると、心が少し穏やかになる。兄上の持つ布が、ゆっくりと臀部を撫でていく。少なからず、富寧の残滓がかけられたそこを、兄上は丁寧に綺麗にしてくれた。
泡が私を覆って、清浄な状態へ戻してくれる。兄上の手つきは、侍従顔負けの細やかさがあった。太股の汚れも落とされ、私は心の憂いを取り除く。恐怖に震えていた心を、兄上の手が宥めていった。
「さぁ、綺麗になったよ。湯船に浸かって体を温めなさい」
そんなまさか、と思ったが、それは確かにあった。私は、御不浄に行きたくなってしまったのだ。
普段であれば、必ず務めの前に御不浄へ行き、務めの最中に粗相の無いようにしている。今までだって、こんな事態に陥ったことはなかった。どうして、私は尿意を催しているのだろう。私は動揺してしまう。一度意識てしまうと、どうしてもその事に頭が行ってしまった。
「どうかしたか? 姫宮」
「え……あ、いえ。……なんでもありません」
「本当か? 随分と辛そうな顔をしているが」
「それは……その」
「なんだ。言ってみろ」
どうすればいい。こんな所で中座して、御不浄に行ってもよいのだろうか。だが、このままここに留まれば確実に私は粗相をしてしまう。それならば、大きな恥じより、小さな恥じをかいてやり過ごそう。
「殿下、申し訳ありません。……御不浄へ行って参っても宜しいでしょうか」
「不浄? なんだ、小便がしたくなったのか?」
小便、という言葉は知っているが、言われたことも言ったこともない。はしたない言葉に、顔が熱くなる。だが、その言葉は事実から少しも乖離していない。まさしくその通りなのだ。
「……はい。申し訳ありません。すぐに済ませ、その後、入念に体を洗って参りますので」
「何を言っている。そんなことは不要だ。俺はこの時を待っていたというのに!」
「え……?」
中座の許しを願ったのに、何故か予期せぬ方向で怒られてしまった。私にはもはや、何が何なのかさっぱり分からなくなってしまう。寝台の上で、富寧は楽しそうに跳ね上がった。
「清浄なる黒の身を持つ姫宮には、薬は効かんかと思ったが、問題なかったようだな」
「何を……仰っているのですか。薬とは、一体……?」
「先程、姫宮が美味そうに飲んでいた果実水には大量に、利尿作用のある薬が入っていたんだ」
「利尿作用……? ……何故、そんなことを」
「決まっているだろう! 俺が、そうしたかったからだ!」
富寧の手が私の腹をぐう、と抑える。それだけでもう、漏れてしまいそうだった。その手を振り払い、寝台の上で立ち上がって逃げようとするが、座ったままの富寧に腰を抱かれてしまった。
向かい合った状態で富寧が私の腰を抱いているせいで、私のものは、富寧の前にぶら下がっている状態となってしまった。
「お許しください……! 御不浄へ行かせてください!」
「恥ずかしがり、泣いて顔を赤らめる姫宮が見たかった! 加虐心を煽る顔だなァ!」
私たちの会話は全く成り立っていなかった。限界に近い私は泣き叫び、富寧はそんな私を見て楽しそうに笑っていた。
それだけならば、まだ良かったのかもしれない。悪い状況ではあったが、最悪ではなかった。富寧が、私のものを口で咥えたことによって最悪の状況が生まれる。
「なっ……! 何をなさっているのですか! 私は、粗相をしてしまうかもしれないんですよ!?」
限界にきていると訴えているのに、そんなものを口に含むなんてどうかしている。富寧が抱く愉悦は、私の理解の範疇外にあった。咥えた富寧が、舌先で私の先端を刺激する。そんな刺激で、膝ががくがくと震えた。もう駄目だ。本当に駄目だ。
「さっさとしろ、姫宮! 俺はお前に、美味い果実水を飲ませてやっただろ! 今度は俺に、お前の聖水を飲ませる番だ!」
何故、そんな言葉で怒鳴られなければならないのだ。涙がぼろぼろと目から零れ落ちていく。私は絶対にそんなことしたくなかった。
それなのに、富寧が最後の一押しと言わんばかりに、口をすぼめて私のものを強く吸い上げた。そうして、とうとう私の決壊も崩れ去る。
「あ……っ、あぁ……やだ、いやだぁ……あぁ……っ」
一度流れ出したものは、もう私には止めることが出来なかった。勢いよく富寧の口内に放ってしまう。精を放つ以上の開放感と羞恥があった。
飲みきれなかったものが、富寧の口の端からぼたぼたと流れ落ちている。それを見て、私の涙も溢れていく。なんでこんなことをするんだ。気持ち悪い。最悪だ。清玖に会いたい。会って、強く抱きしめてもらいたい。
「果実水以上に美味だったぞ、姫宮! お前の体はどこもかしこも美味だ! やはり、黒の姫宮などという至宝は俺にこそ相応しい! なぁ、そう思うだろ!」
私の心が、現実を拒絶した。富寧を突き飛ばし、寝所に置かれていた真新しい襦袢を一枚掴んで私は走り出した。襦袢は羽織るだけで、袖も通していない。そんな余裕など無かった。勝手に足が動き出して、この場から逃げ出していたのだ。
「宮様……!?」
寝所から飛び出してきた私に、警護に当たっていた者たちが戸惑いの声を上げる。彼らが追いつく前に、私は駆け抜ける。
今でも富寧の大きな笑い声が聞こえるようだった。耳を塞ぐ。何も見たくない。何も聞きたくない。助けて、清玖。心の中で清玖の名を叫び続けた。
「宮様、どうされたのですか……!?」
「……淡、月」
「そのお姿は一体……、とにかく、衣装を整えましょう。寝所へお戻りください」
「……! 嫌だっ、戻りたくない……!」
事態を掌握していない淡月としてみれば、寝所へ戻って裸同然の姿を何とかするのが最優先となるだろう。だが、今の寝所にはまだ富寧がいる。私は戻りたくない。
淡月の前から逃げ出す。走り出した瞬間に、腿をつう、と伝うものが。それが吐き出した精の類でない事はすぐに分かった。それは、粗相の残滓だ。早く体を清めたい。一番近い湯殿はどこだ。
「宮様っ、どちらへ向かわれるのです!?」
背後から淡月の叫び声が聞こえた。どこへ行くのか、私にもよく分からない。ここは黒烈殿だ。そんな場所に湯殿などあるのだろうか。黒珠宮にはいくつも存在するが、黒烈殿は詳しくないせいで、全く分からない。
それなのに走り出した。完全に私は混乱し、錯乱しきっているのだ。逃げ出したいという気持ちが強すぎた。助けて、清玖。もう私は頑張れない。今すぐ抱きしめて。よく頑張ったって、褒めて。
「宮様、落ち着いて下さい。侍従長にあとは任せましょう」
普段は影となり、私の前に姿を現さない葉桜が眼前に立っていた。思わず葉桜が姿を見せる程に、私は酷い有様だということだろう。
「……湯殿っ、湯殿に、行きたいんだ」
腿の間を落ちてくる粗相を、流したい。あの男に触れられた箇所全てを洗いたい。私の要望に、葉桜は戸惑ったようで、視線が定まらない。
葉桜は、黒烈殿のことも詳しく把握していることだろう。けれど、彼がすぐに湯殿まで案内してくれないところを見るに、近くに私が使える湯殿が無いのだ。黒珠宮まで戻るしかない。私は再び全力で走り出す。葉桜が私の名を呼ぶのが、後ろで聞こえた。
走り出し黒烈殿を駆け抜ける。他の侍従や出仕する者たちにも、私のみっともない姿を見られた。皆が皆、戸惑うように私のことを呼んでいる。
「吉乃」
無数の声の中にあっても、私の名前を呼ぶ声は、ひとつしかなかった。その声に私の足が自然と止まる。宮様でも、姫宮様でもなく。吉乃と、私を呼ぶ声。
「……柊弥兄上」
「そんな格好でどうしたんだい」
「湯殿に……湯殿に、行きたくて」
「湯殿か。それなら私の部屋においで。黒烈殿の中にも私の部屋が設けられていてね。すぐそこだよ。……お前達、すぐに湯殿の支度を」
柊弥兄上は、背後に控えていた侍従に命じ、着ていた羽織を私に掛けた。兄上の匂いに包まれる。私の全身は、羽織によって隠された。涙がぽたぽたと落ちる。
「そんな姿で走って来たの? 黒烈殿の男達はますます吉乃に夢中になるだろうね」
「……兄上、羽織が汚れてしまいます」
「汚れたなら洗えばいい。それだけのことだろう?」
そう言って私の頭を撫でる兄上。その手の優しさに、涙が止まらない。私の背後で、淡月が安堵したように、ほっと胸を撫で下ろすのが見えた。私がどれほど全力で走ったとしても、淡月や葉桜は容易く追いついてしまう。
今回だってそうだった。だが、彼らは決して私に無理強いはしない。こんな状況においても、手を引いて強引に姫宮の寝所へ連れ戻すことはなかった。そっと後ろに控えて、私を見守り続けてくれていたのだ。
「辛い目に遭わせたようだね……すまない、吉乃」
「……いえ、私こそ、取り乱して申し訳ありません」
肩を抱かれて導かれる。兄上の言うとおり、程近くに部屋はあった。黒珠宮とは別に、王と副王には黒烈殿内に部屋が用意されているのだそうだ。執務が続き、黒珠宮に戻ることも侭ならない時に利用するということだった。
「湯殿はこちらだよ」
体を支えられたまま、湯殿まで案内され、兄上は私に掛けた羽織と、もともと纏っていた襦袢を剥ぎ取り床に落とす。そして、共に湯殿の中に入ってきた。
「兄上、お召し物が濡れてしまいます」
「あとで着替えればいい。私が体を綺麗にしてあげよう」
「そんなわざわざ、……兄上のお手を煩わせずとも」
「お前は覚えていないと思うけれど、幼い頃、弟たちの入浴は私と兄上が手伝ったこともあるんだよ」
手桶で湯を掬い、そっと体に掛けられる。石鹸をこすり付けて、泡だった布を手にした兄上が、ゆっくりと体を優しく擦っていった。その手には、父性のようなものが篭っていて、緊張した体から力が抜けていく。
「……覚えていないです」
「そうだろね」
「何故、そんなことをなさったんですか?」
「どうしてだったかな。兄上がやりたいと言い出したんだったかな。……でも、とても楽しかったよ。弟たちは皆わんぱくで。じっとしていないんだ。ちっともね」
「……また、兄弟皆で……風呂に入れたら楽しいでしょうね」
「それは妙案だな。今度、蛍星や双子が帰ってきたら提案してみようか」
大切な兄弟たちのことを考えると、心が少し穏やかになる。兄上の持つ布が、ゆっくりと臀部を撫でていく。少なからず、富寧の残滓がかけられたそこを、兄上は丁寧に綺麗にしてくれた。
泡が私を覆って、清浄な状態へ戻してくれる。兄上の手つきは、侍従顔負けの細やかさがあった。太股の汚れも落とされ、私は心の憂いを取り除く。恐怖に震えていた心を、兄上の手が宥めていった。
「さぁ、綺麗になったよ。湯船に浸かって体を温めなさい」
17
あなたにおすすめの小説
推しの完璧超人お兄様になっちゃった
紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。
そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。
ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。
そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。
軍将の踊り子と赤い龍の伝説
糸文かろ
BL
【ひょうきん軍将×ド真面目コミュ障ぎみの踊り子】
踊りをもちいて軍を守る聖舞師という職業のサニ(受)。赴任された戦場に行くとそこの軍将は、前日宿屋でサニをナンパしたリエイム(攻)という男だった。
一見ひょうきんで何も考えていなさそうな割に的確な戦法で軍を勝利に導くリエイム。最初こそいい印象を抱かなかったものの、行動をともにするうちサニは徐々にリエイムに惹かれていく。真摯な姿勢に感銘を受けたサニはリエイム軍との専属契約を交わすが、実は彼にはひとつの秘密があった。
第11回BL小説大賞エントリー中です。
この生き物は感想をもらえるととっても嬉がります!
「きょええええ!ありがたや〜っ!」という鳴き声を出します!
**************
公募を中心に活動しているのですが、今回アルファさんにて挑戦参加しております。
弱小・公募の民がどんなランキングで終わるのか……見守っていてくださいー!
過去実績:第一回ビーボーイ創作BL大賞優秀賞、小説ディアプラスハルVol.85、小説ディアプラスハルVol.89掲載
→ https://twitter.com/karoito2
→ @karoito2
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
【Amazonベストセラー入りしました】僕の処刑はいつですか?欲しがり義弟に王位を追われ身代わりの花嫁になったら溺愛王が待っていました。
美咲アリス
BL
「国王陛下!僕は偽者の花嫁です!どうぞ、どうぞ僕を、処刑してください!!」「とりあえず、落ち着こうか?(笑)」意地悪な義母の策略で義弟の代わりに辺境国へ嫁いだオメガ王子のフウル。正直な性格のせいで嘘をつくことができずに命を捨てる覚悟で夫となる国王に真実を告げる。だが美貌の国王リオ・ナバはなぜかにっこりと微笑んだ。そしてフウルを甘々にもてなしてくれる。「きっとこれは処刑前の罠?」不幸生活が身についたフウルはビクビクしながら城で暮らすが、実は国王にはある考えがあって⋯⋯?(Amazonベストセラー入りしました。1位。1/24,2024)
転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした
リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。
仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!
原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!
だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。
「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」
死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?
原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に!
見どころ
・転生
・主従
・推しである原作悪役に溺愛される
・前世の経験と知識を活かす
・政治的な駆け引きとバトル要素(少し)
・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程)
・黒猫もふもふ
番外編では。
・もふもふ獣人化
・切ない裏側
・少年時代
などなど
最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。
【完結】僕の匂いだけがわかるイケメン美食家αにおいしく頂かれてしまいそうです
grotta
BL
【嗅覚を失った美食家α×親に勝手に婚約者を決められたΩのすれ違いグルメオメガバース】
会社員の夕希はブログを書きながら美食コラムニストを目指すスイーツ男子。αが嫌いで、Ωなのを隠しβのフリをして生きてきた。
最近グルメ仲間に恋人ができてしまい一人寂しくホテルでケーキを食べていると、憧れの美食評論家鷲尾隼一と出会う。彼は超美形な上にα嫌いの夕希でもつい心が揺れてしまうほどいい香りのフェロモンを漂わせていた。
夕希は彼が現在嗅覚を失っていること、それなのになぜか夕希の匂いだけがわかることを聞かされる。そして隼一は自分の代わりに夕希に食レポのゴーストライターをしてほしいと依頼してきた。
協力すれば美味しいものを食べさせてくれると言う隼一。しかも出版関係者に紹介しても良いと言われて舞い上がった夕希は彼の依頼を受ける。
そんな中、母からアルファ男性の見合い写真が送られてきて気分は急降下。
見合い=28歳の誕生日までというタイムリミットがある状況で夕希は隼一のゴーストライターを務める。
一緒に過ごしているうちにαにしては優しく誠実な隼一に心を開いていく夕希。そして隼一の家でヒートを起こしてしまい、体の関係を結んでしまう。見合いを控えているため隼一と決別しようと思う夕希に対し、逆に猛烈に甘くなる隼一。
しかしあるきっかけから隼一には最初からΩと寝る目的があったと知ってしまい――?
【受】早瀬夕希(27歳)…βと偽るΩ、コラムニストを目指すスイーツ男子。α嫌いなのに母親にαとの見合いを決められている。
【攻】鷲尾準一(32歳)…黒髪美形α、クールで辛口な美食評論家兼コラムニスト。現在嗅覚異常に悩まされている。
※東京のデートスポットでスパダリに美味しいもの食べさせてもらっていちゃつく話です♡
※第10回BL小説大賞に参加しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる