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◆ 第一章 黒の姫宮
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「……兄上は、入らなくてもよろしいのですか?」
「あぁ、私は濡れただけだからね。温まる必要はない」
兄上の言葉に従って私は湯船に体を落とし込む。湯船の縁に腰掛けて、兄上は私の頭を撫でていた。
もしかすると、こうして二人で裸で向き合ってしまうと私が緊張してしまうと考えて、それを回避するために兄上は衣服を纏ったままでいてくれるのだろうか。きっと、そうなのだ。兄上には、私の心が手に取るように分かるらしかった。
「……私は、国なんてどうでもいいと思うことがある」
「え……?」
「私にとって大切なのは、ひとりの兄と、五人の弟だけだ。それ以外はどうでもいい。だが、兄が国を大切に想い、国に尽くすことが使命だと思っているからね。私はそれに従っているだけなんだ。……でも、時折考える。大切な弟をこんな目に遭わせてまでも、この国に尽くす意味はあるんだろうか、とね」
優しい兄上の手。そして、兄上の吐露。酷く冷静に、国のために働いているように見えていた兄上だったが、それは紫蘭兄上の考えに寄り添うだけのものであったらしい。兄上の本心は、国も何もかも投げ捨て、兄弟だけでのんびりと過ごすことにあるらしかった。
だが、それが本当の願いであっても、兄上も副王という座を賜った身。私と同じように、願うと願わざると、与えられた座に相応しいだけの働きはしなければならない。それが、王族として生まれ、三貴子として生を受けた者の義務だった。
「大丈夫です、兄上。……確かに、琳の皇太子殿下は手に負えない方ですが、あの御仁以外であれば、なんとか姫宮の務めを果たせています。今回が飛び切り最低だっただけです。……毎回こんなに辛いわけじゃありません」
「それでも、無理をしているだろう?」
「それは兄上も同じことです。副王という大役、無理をせねば務まらないものであると見ていて感じます」
「優しい子だね、吉乃は。自慢の弟だよ」
「……兄上にそう言って頂けると、とても嬉しいです」
自慢の兄に、自慢の弟と言われて嬉しくないわけがない。今日は、最低な出来事もあったけれど、この瞬間は間違いなく幸せだった。
のぼせるといけないから、と兄上に案じられ、湯殿を出た。体を拭く仕事は、淡月に任せられ、その間に兄上は着替えをするため去っていった。真新しい布で体中を拭かれる。
体がさっぱりとして、心も平静を取り戻した。それに伴って、現状を思うと不安が芽生えてくる。体を熱心に拭いている淡月に、それを漏らした。
「……皇太子殿下をあの場に置き去りにしてしまったが、良かったのだろうか」
「宮様。何も案じられることはありませんよ。陛下方が対処して下さいます。どうか今は、お心穏やかにお休みください」
体や髪を拭いてもらい、清潔な襦袢に身を包んで湯殿を離れる。そして、兄上がいる部屋に戻った。既に兄上は着替えを終えており、大きな卓の上でいくつもの木簡や書物に囲まれていた。
「兄上、湯殿を使わせてくださり、ありがとうございました」
「いやいや、どうということはないよ。外が騒がしいなと思って出て行ったら、襦袢一枚引っ掛けただけの吉乃が走っていて驚いた」
「……はしたないことを致しました」
「それほどまでに追い詰められていたのだろう。むしろ、夜伽を命じた者の一人として詫びなければならないくらいだ」
「そのようなことは」
「だから、今日のところはお互い様ということにしておこう」
私の反論を遮るように、兄上はそんな言葉を投げかけた。そんな言葉と共に優しく微笑まれてしまえば、私はもう続く言葉を口に出来なくなる。分かりました、と頷いてこの件はお互い様、ということになった。
「夜ももう遅い。ここで休んでいきなさい。寝台を使っていいよ」
「流石にそこまでご迷惑をおかけするのは……」
「私は迷惑とは思っていない。ただ、もう少し仕事を続けるから、灯りが点いていることは許して欲しい」
「あ、はい、それは構いませんが……というか、本当によろしいのでしょうか」
「吉乃が、兄の寝台でなど寝たくはないというのなら部屋へ戻って休んでもらってもいいよ」
「……そんな言い方はずるいです」
「そうだね」
くすくすと笑いながら、兄上は卓についた。こうなってしまえば、もうお言葉に甘えるしかない。私は兄上の寝台へ向かい、その上に横になる。淡月が布団を掛けてくれた。
兄上の匂いに包まれて、緊張してしまう。目を瞑っても、眠たくはならなかった。せっかく兄上がゆっくり休めるようにと勧めてくれたのに、ちっとも休めそうにない。
こんな風に兄の寝台で眠ることなど、今までにあっただろうか。弟たちが私の寝台で眠ることはあったが、逆はない。少なくとも、私の記憶がある限りでは一度も。こんなに成長しきってから、こんな経験をするとは。
小さな物音がする。それは兄上が筆を置いたり、書を開いたり、木簡を重ねたりする音だった。こういった微かな音を聞いていると、だんだん緊張も解れていく。
少しばかりまどろんで、その後に目が覚めて。そんなことを何度か繰り返した時、部屋の灯りが消され、小さな蝋燭が灯す光のみが現れた。
「おや。まだ起きていたの?」
「……眠れなくて」
「それは困ったね」
兄上が仕事を片付けたようだった。そして、寝台へやってくる。少しだけ私の頭を撫でて、そして兄上も布団の中へもぐりこんできた。二人が横になっても、全く窮屈さを感じない広さだが、兄上は私にぴったりと引っ付いて、そして大きな両腕で私の体を抱きしめた。
「吉乃は小さいね」
「兄上たちが大きいんですよ」
「そうかもしれない。弟たちは皆、小柄だし」
「蛍星が聞いたら怒りますよ。背を気にしてるみたいなので」
「じゃあ、今のは内緒にしてもらおう」
抱きしめられながら、頭も撫でられている。こんなに安息を得られる腕は、なかなか存在しない。これほどまでに穏やかになれるのは、清玖の腕の中ぐらいだった。それと同等の安らぎが、ここにはあった。
「さぁ、もう眠ろう」
「はい、柊弥兄上。……おやすみなさい」
「あぁ。おやすみ、吉乃」
先ほどまで緊張していて眠れなかったくせに、兄上に抱きしめられるとすぐに眠気がやってきた。抗わずに、そのまま落ちる。苦しいことも、悲しいことも、全てを忘れ去って、幸福に包まれながら私は夢も見ない程に深い眠りへ沈んでいく。
抱きしめられて眠るのが、こんなに心地良いことであるのを忘れていた。姫宮の務めの中で、抱きしめられたまま眠ってしまうことはあったが、これほどまでの充足感はなかった。
穏やかで、安らかで。何一つ案じることはなく、ただ身を任せる。清玖を突き放して以降、こんな感覚を味わいながら眠るのは初めてだった。もう二度と、望んだ人肌を感じて眠ることはないだろうと思っていたのだ。形容しがたいほどに、幸せな眠りだった。
「どういう事だ!」
何かの声で、眠りの世界から叩き起こされる。意識がはっきりしていないせいで、状況を把握出来ない。寝台の上にはもう、柊弥兄上はいなかった。
ゆっくりと開いた視線の先。そこには柊弥兄上がいた。けれど、もう一人、兄上がいる。紫蘭兄上だ。
「あまり大きな声を出さないでください。吉乃が起きますよ」
「……っ! そもそも、なんでこんなことになってる! 珍しく朝が遅いお前を起こしに来てやったと思えば、この有様……! 俺に対する背信行為だぞ、柊弥!」
「不可抗力ですよ。昨晩、追い詰められた吉乃を保護して、慰めながら眠っただけです。あ、慰めるっていっても、至極健全な方法ですよ」
「当たり前だろう! 健全でない方法など許すか!」
紫蘭兄上が、柊弥兄上に向かって荒々しい言葉を向けている。それを聞く柊弥兄上はなんだか楽しそうに、にこにことしていた。そんな柊弥兄上と視線が合う。
「あぁ、おはよう。吉乃」
「……おはよう、ございます。兄上方」
身を起こしながら、寝台の上に座り込む。乱れた髪を手で直し、二人の兄に朝の挨拶をした。すると、紫蘭兄上が大股でこちらに歩み寄って来る。その勢いに少し驚いてしまった。
「吉乃! 何故俺を頼らなかったんだ!」
「え、あ、あの……柊弥兄上に助けて頂いたのも本当に、偶然のことでしたので……」
「だとしても、頼るべきは王であり長兄である俺だろう!?」
「全く。七面倒臭い人ですね。今度吉乃に添い寝してもらえばいいでしょう。一緒に寝たのが羨ましかったって、なんで素直に言えないんですか」
「う、羨ましいなど……! 別に!」
「吉乃。この兄はね、お前に負い目があるからなかなか言葉にして伝えないけれど、本当はもっと吉乃と一緒にいたいんだよ。面倒かもしれないけど、今度一緒に昼寝でもしてやってくれないかな」
「何を勝手なことを……!」
負い目、というのはあのことだろか。兄上に抱かれた、あの日のこと。叔父上は、あの出来事さえも軽く思えるようなことが、姫宮の務めの中にはあると言っていたけれど、まさにその通りだった。
富寧とのまぐわいを思えば、兄上に抱かれることなど微塵も辛くない。けれどそれは今になって思えることで、当時はその出来事は一番辛かったのだ。こうして、徐々に私は叔父上の手によって強くなった。
兄上に抱かれたことは、衝撃的な出来事だったけれど、私はもう辛いなどとは思っていない。兄上が負い目を感じられるようなことでは一切ないのだ。
それを伝えたいのに、上手く言葉にならなくて私は諦める。どんな言葉を取り繕っても、この一件に関しては難しいものがあった。だからこそ、私は別の言葉を紫蘭兄上に向けた。
「今度、兄弟みんなでお昼寝が出来たらいいですね」
微笑みながら伝えれば、兄上も笑ってくれた。柊弥兄上よりも大きな手が、私の頭を撫でる。国を支え、弟たちを守ろうと努めてくれる兄上たちを、心から敬愛した。
「色々なことが片付いたら、昔のように、皆で王家の庭へ遊びに行くか」
いつかまた、在りし日のように兄弟がそろって笑い合いながら過ごせれたらいい。そんな日を願いながら、私たちは己の務めを果たしていくのだ。
「あぁ、私は濡れただけだからね。温まる必要はない」
兄上の言葉に従って私は湯船に体を落とし込む。湯船の縁に腰掛けて、兄上は私の頭を撫でていた。
もしかすると、こうして二人で裸で向き合ってしまうと私が緊張してしまうと考えて、それを回避するために兄上は衣服を纏ったままでいてくれるのだろうか。きっと、そうなのだ。兄上には、私の心が手に取るように分かるらしかった。
「……私は、国なんてどうでもいいと思うことがある」
「え……?」
「私にとって大切なのは、ひとりの兄と、五人の弟だけだ。それ以外はどうでもいい。だが、兄が国を大切に想い、国に尽くすことが使命だと思っているからね。私はそれに従っているだけなんだ。……でも、時折考える。大切な弟をこんな目に遭わせてまでも、この国に尽くす意味はあるんだろうか、とね」
優しい兄上の手。そして、兄上の吐露。酷く冷静に、国のために働いているように見えていた兄上だったが、それは紫蘭兄上の考えに寄り添うだけのものであったらしい。兄上の本心は、国も何もかも投げ捨て、兄弟だけでのんびりと過ごすことにあるらしかった。
だが、それが本当の願いであっても、兄上も副王という座を賜った身。私と同じように、願うと願わざると、与えられた座に相応しいだけの働きはしなければならない。それが、王族として生まれ、三貴子として生を受けた者の義務だった。
「大丈夫です、兄上。……確かに、琳の皇太子殿下は手に負えない方ですが、あの御仁以外であれば、なんとか姫宮の務めを果たせています。今回が飛び切り最低だっただけです。……毎回こんなに辛いわけじゃありません」
「それでも、無理をしているだろう?」
「それは兄上も同じことです。副王という大役、無理をせねば務まらないものであると見ていて感じます」
「優しい子だね、吉乃は。自慢の弟だよ」
「……兄上にそう言って頂けると、とても嬉しいです」
自慢の兄に、自慢の弟と言われて嬉しくないわけがない。今日は、最低な出来事もあったけれど、この瞬間は間違いなく幸せだった。
のぼせるといけないから、と兄上に案じられ、湯殿を出た。体を拭く仕事は、淡月に任せられ、その間に兄上は着替えをするため去っていった。真新しい布で体中を拭かれる。
体がさっぱりとして、心も平静を取り戻した。それに伴って、現状を思うと不安が芽生えてくる。体を熱心に拭いている淡月に、それを漏らした。
「……皇太子殿下をあの場に置き去りにしてしまったが、良かったのだろうか」
「宮様。何も案じられることはありませんよ。陛下方が対処して下さいます。どうか今は、お心穏やかにお休みください」
体や髪を拭いてもらい、清潔な襦袢に身を包んで湯殿を離れる。そして、兄上がいる部屋に戻った。既に兄上は着替えを終えており、大きな卓の上でいくつもの木簡や書物に囲まれていた。
「兄上、湯殿を使わせてくださり、ありがとうございました」
「いやいや、どうということはないよ。外が騒がしいなと思って出て行ったら、襦袢一枚引っ掛けただけの吉乃が走っていて驚いた」
「……はしたないことを致しました」
「それほどまでに追い詰められていたのだろう。むしろ、夜伽を命じた者の一人として詫びなければならないくらいだ」
「そのようなことは」
「だから、今日のところはお互い様ということにしておこう」
私の反論を遮るように、兄上はそんな言葉を投げかけた。そんな言葉と共に優しく微笑まれてしまえば、私はもう続く言葉を口に出来なくなる。分かりました、と頷いてこの件はお互い様、ということになった。
「夜ももう遅い。ここで休んでいきなさい。寝台を使っていいよ」
「流石にそこまでご迷惑をおかけするのは……」
「私は迷惑とは思っていない。ただ、もう少し仕事を続けるから、灯りが点いていることは許して欲しい」
「あ、はい、それは構いませんが……というか、本当によろしいのでしょうか」
「吉乃が、兄の寝台でなど寝たくはないというのなら部屋へ戻って休んでもらってもいいよ」
「……そんな言い方はずるいです」
「そうだね」
くすくすと笑いながら、兄上は卓についた。こうなってしまえば、もうお言葉に甘えるしかない。私は兄上の寝台へ向かい、その上に横になる。淡月が布団を掛けてくれた。
兄上の匂いに包まれて、緊張してしまう。目を瞑っても、眠たくはならなかった。せっかく兄上がゆっくり休めるようにと勧めてくれたのに、ちっとも休めそうにない。
こんな風に兄の寝台で眠ることなど、今までにあっただろうか。弟たちが私の寝台で眠ることはあったが、逆はない。少なくとも、私の記憶がある限りでは一度も。こんなに成長しきってから、こんな経験をするとは。
小さな物音がする。それは兄上が筆を置いたり、書を開いたり、木簡を重ねたりする音だった。こういった微かな音を聞いていると、だんだん緊張も解れていく。
少しばかりまどろんで、その後に目が覚めて。そんなことを何度か繰り返した時、部屋の灯りが消され、小さな蝋燭が灯す光のみが現れた。
「おや。まだ起きていたの?」
「……眠れなくて」
「それは困ったね」
兄上が仕事を片付けたようだった。そして、寝台へやってくる。少しだけ私の頭を撫でて、そして兄上も布団の中へもぐりこんできた。二人が横になっても、全く窮屈さを感じない広さだが、兄上は私にぴったりと引っ付いて、そして大きな両腕で私の体を抱きしめた。
「吉乃は小さいね」
「兄上たちが大きいんですよ」
「そうかもしれない。弟たちは皆、小柄だし」
「蛍星が聞いたら怒りますよ。背を気にしてるみたいなので」
「じゃあ、今のは内緒にしてもらおう」
抱きしめられながら、頭も撫でられている。こんなに安息を得られる腕は、なかなか存在しない。これほどまでに穏やかになれるのは、清玖の腕の中ぐらいだった。それと同等の安らぎが、ここにはあった。
「さぁ、もう眠ろう」
「はい、柊弥兄上。……おやすみなさい」
「あぁ。おやすみ、吉乃」
先ほどまで緊張していて眠れなかったくせに、兄上に抱きしめられるとすぐに眠気がやってきた。抗わずに、そのまま落ちる。苦しいことも、悲しいことも、全てを忘れ去って、幸福に包まれながら私は夢も見ない程に深い眠りへ沈んでいく。
抱きしめられて眠るのが、こんなに心地良いことであるのを忘れていた。姫宮の務めの中で、抱きしめられたまま眠ってしまうことはあったが、これほどまでの充足感はなかった。
穏やかで、安らかで。何一つ案じることはなく、ただ身を任せる。清玖を突き放して以降、こんな感覚を味わいながら眠るのは初めてだった。もう二度と、望んだ人肌を感じて眠ることはないだろうと思っていたのだ。形容しがたいほどに、幸せな眠りだった。
「どういう事だ!」
何かの声で、眠りの世界から叩き起こされる。意識がはっきりしていないせいで、状況を把握出来ない。寝台の上にはもう、柊弥兄上はいなかった。
ゆっくりと開いた視線の先。そこには柊弥兄上がいた。けれど、もう一人、兄上がいる。紫蘭兄上だ。
「あまり大きな声を出さないでください。吉乃が起きますよ」
「……っ! そもそも、なんでこんなことになってる! 珍しく朝が遅いお前を起こしに来てやったと思えば、この有様……! 俺に対する背信行為だぞ、柊弥!」
「不可抗力ですよ。昨晩、追い詰められた吉乃を保護して、慰めながら眠っただけです。あ、慰めるっていっても、至極健全な方法ですよ」
「当たり前だろう! 健全でない方法など許すか!」
紫蘭兄上が、柊弥兄上に向かって荒々しい言葉を向けている。それを聞く柊弥兄上はなんだか楽しそうに、にこにことしていた。そんな柊弥兄上と視線が合う。
「あぁ、おはよう。吉乃」
「……おはよう、ございます。兄上方」
身を起こしながら、寝台の上に座り込む。乱れた髪を手で直し、二人の兄に朝の挨拶をした。すると、紫蘭兄上が大股でこちらに歩み寄って来る。その勢いに少し驚いてしまった。
「吉乃! 何故俺を頼らなかったんだ!」
「え、あ、あの……柊弥兄上に助けて頂いたのも本当に、偶然のことでしたので……」
「だとしても、頼るべきは王であり長兄である俺だろう!?」
「全く。七面倒臭い人ですね。今度吉乃に添い寝してもらえばいいでしょう。一緒に寝たのが羨ましかったって、なんで素直に言えないんですか」
「う、羨ましいなど……! 別に!」
「吉乃。この兄はね、お前に負い目があるからなかなか言葉にして伝えないけれど、本当はもっと吉乃と一緒にいたいんだよ。面倒かもしれないけど、今度一緒に昼寝でもしてやってくれないかな」
「何を勝手なことを……!」
負い目、というのはあのことだろか。兄上に抱かれた、あの日のこと。叔父上は、あの出来事さえも軽く思えるようなことが、姫宮の務めの中にはあると言っていたけれど、まさにその通りだった。
富寧とのまぐわいを思えば、兄上に抱かれることなど微塵も辛くない。けれどそれは今になって思えることで、当時はその出来事は一番辛かったのだ。こうして、徐々に私は叔父上の手によって強くなった。
兄上に抱かれたことは、衝撃的な出来事だったけれど、私はもう辛いなどとは思っていない。兄上が負い目を感じられるようなことでは一切ないのだ。
それを伝えたいのに、上手く言葉にならなくて私は諦める。どんな言葉を取り繕っても、この一件に関しては難しいものがあった。だからこそ、私は別の言葉を紫蘭兄上に向けた。
「今度、兄弟みんなでお昼寝が出来たらいいですね」
微笑みながら伝えれば、兄上も笑ってくれた。柊弥兄上よりも大きな手が、私の頭を撫でる。国を支え、弟たちを守ろうと努めてくれる兄上たちを、心から敬愛した。
「色々なことが片付いたら、昔のように、皆で王家の庭へ遊びに行くか」
いつかまた、在りし日のように兄弟がそろって笑い合いながら過ごせれたらいい。そんな日を願いながら、私たちは己の務めを果たしていくのだ。
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