下賜される王子

シオ

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◆ 第一章 黒の姫宮

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「……本当に、お前は変な輩に好かれるな」

 富寧との一件について伝えた後、叔父上は呆れ顔でそう言った。離宮の一室。私は何かあるとすぐにここに来るようになっていた。

 閨での話など、叔父上にしか聞かせられないのだ。叔父上には迷惑かもしれないが、私は愚痴を漏らすことを止められなかった。

「しかし、飲尿かぁ。なかなか無い逸材だな」
「正直、何が良いのか私には全く分かりません。分かりたくもない」
「まぁ、飲まされなかっただけ良かったと思うしかないな」
「飲まされるようなことになったら、自害します」
「早まるな。それほど嫌なら、警護の者に助けを求めなさい」

 叔父上に窘められ、私は渋々頷く。そうだ。あの夜だって、私は警護役に助けを求めるべきだったのだ。後から考えるとそう思えるが、あの時は助けを求めるということに考えが至らなかった。

「……でも、富寧はそれだけじゃないんです。自分のものが入っていないことに気付いたらしく、とても大きな張形を持ってきて、私に入れて来るんです。大きくて、苦しいんですが、私が苦しんでいる様を見て興奮していました」
「なんともなぁ……」
「他にも、やたらと私の足を舐めたがったりして。足の指を、ですよ? ……本当に気持ち悪い」
「足の指を舐めたがる連中は一定数いるぞ。私の時にも少なくない人数がいた」
「え、そうなのですか。……何がいいんだろう」
「さあてな」

 興奮気味に語ってしまい、喉が渇いた。目の前に置かれている茶を飲み干して、ほうっと息を吐き捨てる。

「三日と空けず皇太子殿は来ているそうだな。清玄に宿を取っているそうじゃないか」
「……そうなんです。いつまで居続けるのやら」
「来訪のたびに吉乃が相手をさせられているのか?」
「はい。それだけの財を支払っているそうなので、兄上も拒める限りは拒んでくださっているのですが。……もう四度目です。私は嫌になってきました。毎回何をされるのだろうと、びくびくしてしまいます」
「その様がまた、奴の劣情を煽るのだろうな」
「……八方塞がりです」

 富寧の相手が続いており、私の体調を鑑みた柊弥兄上が論功行賞で認められた者への下賜を一時取りやめている。だが、むしろ私は国に貢献した者たちに下賜されたい。もう富寧の相手をするのはこりごりだった。

「富寧が吉乃のために支払った財で、天瀬は潤う一方だ。公共施設を作ったり、改修したり。国境警備の者たちにも、潤沢な資材が送られていると聞いた。馬やら武器やら、医者やら何やら。……だが、いかに大国とはいえ、琳にも財の限りはある。かの国はいつまでこの状況を許すのか」
「琳の皇帝陛下は、この事態を承知していないのでしょうか」
「もともと、琳の皇帝は政に興味のない御仁だ。侵略王として名を馳せ、あまたの国を属国にせしめた獰猛な男。その目は外にしか向いておらず、内のことには無関心だ。息子の金遣いが荒くとも、大して気には留めないのだろう。さらに、その侵略王も今は衰え、病床にあるという噂もある。皇太子殿の振る舞いを見るに、噂は真だろうな。つまるところ、今の琳にはあの皇太子を止められる存在がいないのだろうよ」
「では……、暫くは現状のようなことが続くのですね」
「……大丈夫か?」
「どう……でしょう」

 大丈夫、と軽く返事が出来ないほどに私は弱りきっていた。もう二度と富寧には触れて欲しくない。素直にそう兄上たちに伝えたら、どうなるのだろう。

 決して、好ましい結果にはならないと思う。最悪、そんな下らないことで戦争が起こるかもしれない。富寧の行動は何もかもが規格外で、私は怯えることしか出来なかった。

「辛ければ、今後は私も同席しようか」
「え……? 姫宮の寝所に、ということですか?」
「そうだ。あの皇太子殿相手でも、二人でいた方が楽なことがあるかもしれん」
「……そんなこと許されるのでしょうか」
「さぁ。前例はないが、別にやって出来ないことでもないと思うが?」

 叔父上がよく見せる少しばかり好戦的な笑み。そうやって笑うことで場を茶化しているが、叔父上は本気で私のことを案じて下さっている。だが、しかし。姫宮の務めを果たし終えた人を、あの寝所へ再び連れて行くことなど、絶対にしてはならない。

「……一人で対処してみせます」
「無理はするなよ。お前の心が壊れてしまえば、悲しむ者は多い」
「はい、肝に銘じておきます。……ありがとうございます、叔父上。叔父上がいてくださって、本当に良かった」
「急になんだ」
「別に、急じゃないですよ。いつも思っていることです」

 私が姫宮になって、紫蘭兄上が王になって、清玖たちが戦場へ向かって。あの日から、少しずつ時が過ぎている。まだ経験は浅いが、私も姫宮として今はその座を賜る存在なのだ。頼ってばかりではいられない。弱いままでは駄目なのだ。

「お前は立派に姫宮を務めているよ。胸を張って良い」
「……叔父上」
「私の不満は、お前が清玖と引っ付いてくれない、ということだけだ」

 困ったように眉尻を下げて、叔父上が小さく笑った。その言葉に対し、どのような反応をすれば良いのか分からなくなる。曖昧なまま、私は笑って誤魔化す。

 応とも否とも言えなかった。私の中にある願いと、現実を見据える思考が、全くもって別方向を向いているせいだ。

 私は、愚痴を零し続け、叔父上はそれを静かに聴いて下さっていた。そうしているうちに、随分と時間が過ぎさり、これ以上の長居は迷惑になると考え離宮を後する。王城へ戻り、黒珠宮に向かう途中で私は見知った異人に出会った。

「ユーリ」

 気軽に声をかける。オルドローズの第三王子であるユーリイ殿下だった。姫宮として同衾した夜以降、彼とは何度か食事等を共にし、随分と親しくなった。

 というよりも、彼自身がとても親しみやすい人物で、それでいて距離の詰め方が上手かったのだ。私の警戒心を簡単に解いて、すっと私の胸の中に入り込んだ。気付いた時には彼を、ユーリと呼ぶようになってしまった。

「久しぶりだね、吉乃」
「久しぶり。今日はどうしたの?」
「仕事だよ、仕事。私の兄から、吉乃の兄上へお手紙」

 そう言いながら手にした箱を見せるように掲げる。厳重に鍵まで施されたその箱の中に、オルドローズの王から、天瀬国王への親書が入っているのだろう。ユーリは、きちんと外交大使としての役割を果たしているようだった。

「そういえば、良くない噂を耳にしたよ」
「良くない噂?」
「琳の皇太子殿のね」
「……あぁ」

 名を聞くだけで憂鬱な気持ちになる。今夜もどうせ、誰かの相手をするのだろう。その相手はきっと、富寧なのだ。富寧でなければいいのに、という気持ちがどうしても胸に沸いてしまう。一縷の望みに賭けて、ユーリに問いかけた。

「今夜の相手はユーリ?」
「残念ながら、私はあまり裕福じゃなくてね」
「……そう」
「吉乃が個人的に誘ってくれるなら、個人的に応えるけれど?」
「そうだね、ユーリも変な趣向の人ではあるけれど、ユーリなら個人的に誘ってもいいかも。……でも、今夜はきっとあの人の相手だ」
「それは残念だ」

 ユーリでないとするなら、富寧だろう。富寧でないのであれば、きっと兄上たちは私の体を思って休ませてくれるはず。はなから、ユーリが相手である可能性など無かった。そんなこと、自分自身でもよく分かっていたのに、きっとその現実から目を逸らしたかったのだ。

「凄く辛そうだけど、大丈夫?」

 僅かに屈んでユーリが私の顔を覗き込んでいた。顔色が悪いといったようなことは、最近よく耳にする。最初は淡月に言われ、それ以降、兄上たちにも言われて、そして今はユーリにも指摘された。自分ではよく分からないが、きっと酷い顔をしているのだろう。

 私には、返せる言葉が無かった。辛いんだ、と訴えたところで何の解決にもならない。かといって、大丈夫だ、と糊塗出来る程の余裕が心になかった。

「吉乃を見てると、務めを果たすっていうのは、大変だなぁって思うよ。のんびりしている私と吉乃とでは大違いだね」
「……私が知らないだけで、ユーリにも辛いことがあるんでしょう?」
「どうだろう。思い当たる節が無いなぁ」

 肩を竦めてユーリは笑った。軽い態度ではあるが、それは彼の余裕の現れだった。どんな国であっても、王族に生まれてしまえばそれ相応の苦労が発生する。おくびにも出さないが、ユーリにだってその手の苦労はあったはずだ。それを気取らせない彼は凄まじく強いのだと思う。

「そういえば、例の想い人にはまだ会ってないの?」

 ユーリは突然に話題を変えて、清玖のことを持ち出した。胸が苦しくなる。いつものことだ。

 いつだって、清玖のことを考えると苦しくて、泣き出しそうになるのだ。自分では、笑って首を左右に振ったつもりだが、ちゃんと笑えているのだろうか。

「……もう二度と会わないって決めてる」
「そんなの、悲しすぎる」
「決めてるんだけど……、いつも心は会いたがってる」
「会うべきだ」

 きっぱりと、ユーリはそう言った。自分自身でさえ、なかなか口に出来ない願いを。何の迷いも無く、ユーリは声に出してくれた。

「吉乃はその彼に、思いっきり癒してもらうべきだよ」
「……そうだね、それが出来たら、いいね」

 願うだけでは体は動かず、祈るだけでは状況を変えることは出来なかった。仮に、彼が戦いを終えて王都に戻ってきたとして、私は清玖に会いに行けるのだろうか。

 清玖が会いに来てくれたとして、私は彼と会うのだろうか。そもそも、清玖は会いに来てくれるのだろうか。

 心が不安を抱く。可笑しな話だ。私から拒んでおいて、会いに来てくれないかもという可能性に恐怖を感じるなんて。情けないほどに、私の覚悟は不安定で、歪な形をしていた。


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