下賜される王子

シオ

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◆ 幕間

3、祝福されるということ(6)

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「手箱か……沈丁花の蒔絵があしらわれている。由緒正しいものなんじゃないのか?」
「いや、そうでもない。私たちの私物の多くには沈丁花が描かれているんだ。どれも別に、由緒正しいものなんかじゃない」
「凄く良い品に見えるけど……、本当にいいのか?」
「むしろ、新品でないものを土産などにして良いのだろうか……」
「これでいい、これにしよう吉乃」

 何か新しいものを。もっと言えば、婚約の祝いの為、新たに何かを誂えたいと思った私の思考を終わらせるように、清玖はやや早口でそう捲し立てた。

 こうして土産の品が決まり、私たちは再び寝台の上に横になった。掛け布団をぐいと引き上げて、私の体にかけてくれる。二人で身を寄せ合って、ひとつの寝台に収まった。

「落ち着いたか?」
「……取り乱してすまなかった」
「良いよ。吉乃の色々な感情を見れて俺は嬉しい」
「私はなんだか、恥ずかしい気持ちでいっぱいだ」
「吉乃の恥ずかしいところを見るのは大好きだ」

 悪戯をする悪童のような顔で、そんなことを私の耳元で囁いた。私は思わず、小さく笑ってしまう。この人を愛して本当に良かったと、ふいに思った。

「もう眠ろう。まだ行くまでに日数はあるんだから、ゆっくり色々なことを考えればいい」
「……あぁ、そうだな」

 寝台の中で抱きしめられて、宥められている。清玖はきっと、もう眠りたいのだろう。けれど、私は不安が脳内を占めてなかなか眠気がやってこなかった。

「どんな格好で行けばいいだろう」

 色々なことを考えるのはまた後日、と言われたそばから、私はまたそんなことを口にしてしまった。さすがの清玖も苦笑している。けれど、仕方がないなぁ、というように小さく笑って私の不安に向き合う姿勢を取ってくれた。

「どんな格好でもいいよ」
「黒い衣装の方が喜ばれるだろうか」
「吉乃の好きな服で行けばいい」
「……うん」

 それからも、ぽつりぽつりと不安を零した。そのひとつひとつに、清玖が受け答えをしてくれる。そのうちに、どうやら私は眠ってしまったようだった。

 朝、目覚めたときには、眼前に眠ったままの清玖がいた。朝日に包まれた世界の中で、愛する人の寝顔を見つめる。そのことの幸福さに、私は満たされた。

 訪れたその日。私は淡月と向き合い、互いに視線を反らさぬまま、半ば睨み合うような様相で対峙していた。

「淡月は駄目だ」

 そんな私たちの一挙手一投足を不安そうな面持ちの清玖が見守っている。

「何と言われようとも、この淡月はお供致します」
「お忍びで行けと言ったのは淡月だろう」
「お忍びで参りますとも。されど、それは私が同行しないという理由にはなりません。それに、侍従を連れて歩くなど、そこらの名士でもやっていることです」

 事の発端は、清玖の実家へ向かおうとした私たちに、当たり前のように淡月が追従してきたことだった。

 私と清玖二人の問題であるのだから、淡月含めひとりの侍従も伴うつもりのなかった私と、共に行くつもりでいた淡月。私たちは完全に噛み合っていなかった。

「まぁ、良いじゃないか吉乃。侍従長殿は、吉乃の傍にいることが務めなんだ」
「だが……何もこんな日まで」
「俺が国王陛下に御挨拶に行ったときも、侍従長殿は同席していた」
「でも……あれは、黒烈殿に行くだけだったし」
「俺にとっては家に帰るだけだ」

 そんな風に言われてしまえば、私はもうどんな反論も口に出来なくなる。私を宥めるように清玖が頭を撫でた。ずるい。こんなことをされては、ますます返す言葉がなくなる。

「……分かった」

 かくして、私たちは三人で黒珠宮をあとにした。もっと侍従を連れて行きたいと主張した淡月をなんとかやりこめ、供に連れて行くのは淡月ひとりということで落ち着いた。

 頭をすっぽりと隠せる外套を身に纏い、私は清玖の隣について歩く。淡月は私たちから少しばかり距離を取って歩いていた。

 王城の中を突っ切り、門を通り過ぎる。その門の向こう側は、私にとって異世界に近いものだった。漂う土の香りから、空の色まで。何もかもが異なっている。

 王城から城下町へ続く道は下り坂で、その道に沿うように市場が広がり多くの人が行き交っている。少し前すら見えない程に人で満ちたこの場において、外套を被った私のことを気にするものなど、どこにもいない。

 皆が皆、自分が目指す場所へ進むことに必死なのだ。その姿は、とても活き活きとしていて、私にはひどく眩しく見えた。

「城下はいつでも賑やかだな。皆が活き活きとしていて、とても輝いている」
「吉乃、楽しそうだな」
「あぁ、楽しい。こうして街中を眺めているだけでも、とても楽しいよ」

 清玖の隣について、私は歩を進める。そして、彼の手をそっと握った。一本一本、彼の指先に己の指を絡ませる。一瞬、驚いた顔を見せた清玖だったが、すぐに微笑んで手を握り返してくれた。

「今度、二人で城下へ遊びに来ようか」
「ぜひ行きたい! ……だが、淡月が許してくれるだろうか」
「吉乃が願うなら、侍従長殿に恨まれてでも叶えてあげるよ」

 耳元でそっと囁かれた言葉。それは、背後に控える淡月に聞こえないようにひそめられたものだった。

 実際のところ、二人だけで出掛けるなどということが可能かは分からない。私には、拉致されるという良くない前例がある。許されない可能性の方が高いだろう。

 それを分かった上で、清玖はそんな優しい言葉をかけてくれるのだ。胸の奥がじんわりと温かくなる。

 人の往来に揉まれながら、時折清玖に守られつつ私たちは歩を進める。歩けば歩くほど、賑やかな喧噪から離れていく。清玖によると、商業区を抜けたということだった。そして、これから向かう場所こそが居住区。清玖の実家がある区域だった。

「歩き疲れたか?」
「大丈夫」
「無理はするなよ」
「してないよ」

 そんな清玖の細やかな気遣いが私は嬉しかった。清玖とこうして手を繋いでいれば、どこへでも行けそうな、そんな気がした。どこまででも歩いて行けそうな、そんな気が。

「もし歩けなくなったら、俺が抱きかかえて行くよ」
「それはちょっと……恥ずかしい」

 清玖のその言葉はおそらく冗談の類ではない。少しでも歩みが遅くなれば、清玖はその逞しい腕で易々と私を抱えあげるのだろう。

 人影の少ない往来であっても、そんな恥ずかしい姿は晒せない。私が疲れ果てる前に、なんとか清玖の生家に辿り着くことが出来れば良いのだが。

「清玖の家までは、もうすぐだろうか?」
「もうすぐだよ」
「そうか……なんだか、少し緊張してきた」
「大丈夫だよ」

 早く着いて欲しい。けれど、着いてしまうのが怖い。そんな相反する気持ちを抱えて、私は黙々と歩を進めた。

 どれくらい歩いただろうか。お互いに言葉もなく、静かなままで歩み続ける。それがふいに終わった。終わらせたのは、清玖の言葉だった。

「見えてきた」

 その言葉を聞いて、私は足を止めてしまう。何故足を止めたのか、私にも分からなかった。驚いただけか、それとも臆したか。

「宮様、やはり日を改めた方が……」

 私の胸中を、恐ろしいほどの洞察力で見抜いた淡月がすかさず声をかけてくる。そんな淡月に、私は顔を左右に振って応じた。

「いや、問題ない……、清玖、行こう」

 彼の手を握りしめて、私は踏み出す足に力を込めた。一歩一歩、距離を詰める。見えたのは、石造りの平屋だった。周囲三方を石壁で囲っており、外からは中を伺えない。静かに佇むその建物の中で、清玖は生まれ、育まれてきたのだ。

「ここが……清玖の生家」
「あぁ。なんだか俺も緊張してきた」

 握る清玖の手は、少し汗ばんでいる。こんなに清玖が手汗をかくなんて。その珍しさで、彼の緊張の度合いを理解した。

 壁は石材で作られていたが、門は木製だった。なかなかに厳かな門構えだった。艶やかに塗り立てることもなく、木材そのままの色合いのその門は、実直な清玖の性質を物語っているようでもある。

 そんな門を押し開き、手を引かれて邸内に入る。私は今の今まで被っていた外套を脱ぎ、それを淡月に託した。広くなった視界を堪能するように周囲をきょろきょろと伺う。

「ちょっとここで待っていてくれ」

 そう言って、清玖は私を置いたまま、邸宅の中に入っていく。いまいち清玖の家柄が分からないのだが、家令のような存在はいないようだ。自分の手で戸を開けて、家の中へと入っていった。


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