下賜される王子

シオ

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◆ 幕間

3、祝福されるということ(7)

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「ただいま」

 残された私の耳に、清玖の声が微かに届く。どうやら、家族に向けての挨拶のようだ。聞き耳を立てるなど、はしたない行為だと理解していたが、どうにも気になって私は耳を澄ませる。

「清玖! あんた、いきなりあんな文を寄越すなんて、びっくりするでしょう!」
「悪かったって、母さん」

 随分と威勢のいい声が聞こえた。それは、耳を澄ませていなくても聞こえるほどの声量だった。私はその声の大きさに驚いて、思わず淡月を見てしまう。

「あ! みんな、清兄帰ってきたよ!」
「……凜瀬りんぜ、お前もいるのかよ」
「当たり前でしょ! 清兄がお嫁さん候補連れてくるって聞いて、慌てて帰ってきたのよ!」

 どうやら、清玖の妹君も在宅のようだった。先程から心臓が煩いほどに脈打っている。このままここに立っていたら心臓の鐘声を聞きながら卒倒してしまいそうだ。

「……お嫁さんだと思われてる」
「宮様も、妻君なのですから立場上はお嫁さんですよ」
「そう……か」

 淡月は私の不安を拭うようにそう言ってくれたが、果たしてそうなのだろうか。やはり、世間一般で言えば、嫁というのは女性であるはずだ。

 世間一般ではない者達、つまり私たちと同じように、同性同士で結ばれる者がいることも当然理解しているが、それでも総数で言えば異性の方が多いうというのもまた事実。清玖のご家族が、男の婚約者が来るなどという予想を立てていないことは、火を見るより明らかだった。

 果たして、私は本当に受け入れてもらえるのだろうか。男なのだ。その上、姫宮だ。姫宮の役目を、この国の国民たちはよくよく理解している。知られてしまっているのだ。私が、誰にでも足を開くふしだらな者であるということを。

「それで、肝心の婚約者さんはどこなの?」

 聞こえた声に、びくりと肩が震える。清玖の婚約者とは、私のことを指す。母君は私を探していた。瞬間、名状しがたい恐れの感情が心を満たした。清玖も、こんな感覚を抱いていたのだろう。

 紫蘭兄上は、清玖に対して冷たい態度も見せていた。きっと、これ以上の怯えを感じていたことはずだ。今になって、清玖に対して申し訳ない気持ちで一杯になる。

 ちらちらと、こちらを伺っている淡月の視線が痛い。過保護な彼の前で恐れ竦むような態度を取れば、すぐさま私は黒珠宮に連れ戻されてしまう。それが分かっていたからこそ、私は気丈に振舞わなければならなかった。臆する気配などかけらも見せずに、己の足でしっかりと立ち続けなければならなかったのだ。

「あぁ、外で待ってもらってて……」
「外!? なんて薄情ことをするの! あんたと結婚しても良いなんて思ってくれる稀有な子なんだから、もっと丁重になさい!」

 稀有な子、という表現に不謹慎ながら小さく笑ってしまった。確かに、私にとっては僥倖ではあったが、清玖のような年頃と家柄の男が結婚もしておらず、決まった相手もいない、ということは珍しいことだ。

 独身を好んだのか、結婚してもよいと思える相手に恵まれなかったか。清玖が今まで独身であった事情は不明だが、母君が清玖が連れて来た婚約者を稀有な子、と評するにも納得がいく。

 笑えたのも、つかの間。足音と共に元気な声が近くなる。母君がこちらに向かって来ているのを肌で感じた。そして、目の前の戸が勢いよく開く。

「ようこそいらっしゃいました、どうぞ中へ……」

 その女性は、一目見て清玖の母君であるということが分かる様相をしていた。菖蒲色の長い髪を結い上げて、溌剌とした表情で私を見る。背丈は私とさほど変わらない。もしかすると、私の方が些か小さいかもしれない。

 母君の言葉は尻すぼみになり、儚くなって消えていった。見開かれた目は私を見て、瞳の色と髪の色を確認していた。

 爛漫とした表情が嘘のように消え去って、青白くなった彼女に対し、私はどうすれば良いのか分からず、震える唇を開く。

「あの、……はじめまして。吉乃と申します」

 なんて稚拙な自己紹介なのか。もっと気の利いた挨拶が何故出来ない。己の不甲斐なさに、今すぐ隠れてしまいたくなるほどの羞恥を抱く。だが、その言葉が母君の顔面蒼白に拍車をかけた。母君は亡羊としたまま、口の前に手をやって、不安そうな顔を見せる。

「え……あ、あの……え? ちょ、ちょっとお待ちくださいね……」

 そう言って、母君は私に背を向けて屋内に戻ろうとした。そして、背後に立っていた清玖と鉢合わせる。覚束ない足取りで清玖に歩み寄った母君は、清玖を見上げる。

「清玖、あの……黒髪の、御方が」
「そう、なんだよ。実は……、その、驚かせてごめん。本当は説明したかったんだけど」
「ちょっと……ちょっと、待って。え? 母さんは、頭か目が可笑しくなったの?」
「いや、どっちも正常だと思う」
「そう……正常、なの」

 静かに状況を理解していく母君。清玖を見て、私の方を振り返り見て、そして再び清玖を見る。その直後、母君の足元が崩れ、ふらりとその体が揺れた。あ、と思った瞬間に私も駆け寄るが、全く無意味なほどに私の挙動は遅かった。

 立ち眩みにでも陥ったかのような母君の体が地面に叩きつけられるその前に、清玖の逞しい腕がその体を支えて、ゆっくりと床に座らせていたのだ。

 やはり、淡月をなんとしてでも説得して訪問前に伝えるべきだったのだ。母君は、私に驚いてこんなことになってしまっている。私のせいだ。私のも地面に膝をつけて、母君に近寄った。

「母さん、大丈夫か」
「突然の訪問で困惑させてしまって、ごめんなさい」

 全くもって泣きたくなる。私という存在はどこまでも迷惑極まりない。どこにいっても騒動を引き起こして、人心を乱してばかりいる。どうしてこうなのだ。黒髪の姫宮である私に、何万回目の嫌気が差した。

「姫宮様……で、御座いますね……?」
「はい」

 呆然としてた瞳が私を見据えて、静かに問いかける。その問いに対して、私は肯定することしか出来ない。どれだけ否定しても事実は変わらないのだ。私は、この国の姫宮だ。

「嗚呼……なんてこと……」

 そんな嘆息ののち、母君はその場に額ずいた。天瀬臣民は、我ら王族に対し強く親愛の情を抱いてくれている。こうして、額を地面につけ、深い感情を示してくれることが多々あるが、そのたびに私は困惑してしまうのだ。

 私は、そんなに愛してもらえる存在じゃない。そんな尊崇の念には値しない、つまらない男だ。それを知らずに跪く母君を、憐れに思った。

「こんなに近い距離で、御姿を拝見することが出来るなんて」
「どうか、顔をあげてください」

 ただ瞳と髪が黒いだけの男に、そこまで頭を下げなくても良いのです。そう言ってあげたい。けれど、その言葉を受け取ってくれる人はあまりにも少ない。この世が、黒髪と黒目だらけになればいいのにと、そんな巫山戯たことを何度も思った。

 ゆっくりと母君が顔を上げる。恐る恐る、といった様子で私の顔を見た。ごくりと唾を嚥下したのが見て取れる。そして己を支える清玖に問いかけた。

「宮様がここにいらっしゃるということは……あんたの言う婚約者って……」

 ついに、母君が気付く。息子の婚約者と、黒の姫宮。本来交わるはずのない二つの事柄がひとつに繋がった。

 清玖がふいに私を見る。それは何かを問いかけているようで、私は静かに頷いた。言うならばその視線は、今ここで打ち明けても良いだろうか、と言った類のものだろう。そう感じ取った上で私は首肯した。

 家屋の入り口。所謂、玄関と言われる場所でへたりこんだ母君に伝えるなんて、なんとも格好のつかない状況ではあるが、仕方がない。こうなってしまったのなら、このまま突き進むしかないのだ。

「本当に恐れ多いことに、姫宮様の夫君になる栄誉を賜ったんだ」

 清玖の告白の後、嗚呼なんてこと、と先ほども漏らした言葉を母君は数度繰り返した。それが驚愕によるものなのか、もしくは悲嘆、落胆といったものであるのかは、私には分からなかった。


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