半人半馬の子供

シオ

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「早く、水浴びをしてきてください」
「え、でも、まだ」
「いいから早く!」

 腕を引かれ、立ち上がらせられる。強い力だった。抗うことなど出来ないほどの。

 私は寝室から連れ出された。彼のものは、まだ緩やかに立ち上がっており、硬さを有しているようだった。私はもう少し彼に貢献できると思っていたのだが、強い声で促され、何の言葉も出せなくなる。

 私は子を救うために必死であったのだが、よくよく考えれば、親に熱を慰めてもらうなんて、逆の立場であれば死にたくなるような状況だ。あの子が最悪と呟くのも当然のことだった。泉へと連れてこられ、そこで手を離される。いつもであれば一緒に水浴びをするのに、愛しい子は身を翻して家へと戻ってしまった。

 去りゆく背を見つめていると、涙が溢れ出てきた。己の力では止めることができない。

 服を脱いで裸になり、泉の中へと足を進める。朝方の冷たい水が、私の愚かな行為を激しく詰っていた。私は愚かで、思慮が足りず、そんな私が彼を苦しめ、怒らせた。ぽろぽろと落ちる涙が、泉の水面を叩く。

「……イェンスト、どうして私はこんなにも情けないんだろう」

 何百年生きても、私の根本は変えられない。もう少し思慮深ければ、異種族の子を己で育てるのではなく、子育てをしても良いという森の賢者を探していたはずだ。あまりにもあの子が可愛くて、愛おしくて。己で育てるなどと言ってしまった私は愚かだ。

「私よりもあの子の方が、よっぽど聡明だ」

 深い所まで歩いて行き、完全に頭の先まで水に埋もれた。私たちは、水中でも少々の時間息が持つため、こうして水中から水上の陽光を見つめることが出来る。きらきらとした光が降り注いでいた。刺すような冷たさに包まれて、私は目を閉じる。

 どぼん、と遠くで大きな水音が響いた。一体なんだと思っていたら、愛しい子が私のそばに来ていた。潜りながらこちらへやってくるあの子は、酷く焦った形相をしていた。そして、強い力で引き揚げられる。

「何してんだ!! 死ぬ気だったのか!?」

 焦りと怒りが交じり合ったような、その形相に驚いて私は言葉が出なくなった。そんな乱暴な口振りを向けられたことはなく、戸惑ってしまったのだ。水中で抱き上げられる。私では足が付かないような深さでも、愛しい子は平然と足を付けて立っていた。

「死ぬ気……、はなかった」
「じゃあ溺れてたのか!?」
「あ……すまない、私たちは水の中でも長く呼吸が続くんだ」
「なっ、そ、それは……初耳でし、た」
「そうだな、言っていなかったかもしれない。私は水泳が下手だから、あまり言いたくなくて」

 少しずつ愛しい子の様子も落ち着いていった。私が入水自殺を試みたと見えたらしい。己の早とちりに気付いて恥ずかしそうに俯くが、紛らわしいことをした私が一番悪い。

「水面に、貴方の髪が少しだけ浮いているのを見て……胃の腑が冷えました」
「驚かせてすまない」

 ぎゅっと抱きしめられる。冷え切った体に、彼の熱はあつすぎた。火傷をしてしまいそうだ。否、それでいい。ずっと抱きしめて、私の体を焼き尽くして欲しい。愛しい子の抱擁で死ねたらなら、どれほど幸せだろうか。

「……もう二度と、こんなことはしないでください」

 こんなこと、とは何を指すのだろう。彼の許可なしに、勝手に彼を慰めたことか。誤解をさせるような様子で、水中に沈んでいたことか。もしくは、その両方か。私は、その疑問を彼に投げかけることが出来なかった。

「……分かった」

 抱き上げられたまま、家へと連れて行かれる。こんなに情けない親など、どこを探してもいないだろう。空回っている。為すこと全て、上手く行かない。昔はただ、愛しい子を慈しんでいるだけで良かった。愛し、守り、慰め、諭した。

 けれどそれが許されたのは、彼が幼い間だけなのだ。私はそれを未だに理解出来ていない。頭では分かっているのに、いつまでも同じように接してしまう。

 体を拭き、着替えをして、軽い朝食を済ませたあと。愛しい子が何やら準備をしていた。弓と矢筒を持ち、斜めに掛けた鞄の中に少しの木のみと小さなナイフを入れている。

「少し、出掛けてきます」
「出掛ける……?」

 そんな言葉を聞くのは、初めてだった。いつもは狩りに行ってくる、だとか、先達の賢者に会ってくる、だとか。そういった目的を明確に告げていた。だが今は、出掛けてきます、と言った。何のために出かけるのかは、教えてくれなかった。

「……分かった、いってらっしゃい」

 詰問したい気持ちを押し殺して、見送る。ここで、誰に会いに行くのだ、どこへ行くのだ、と聞いてしまえば、彼の不興を買うかもしれない。それに、全てを把握したがる親というのは、概して目障りなものなのだ。だから私は問わない。

「行ってきます」

 駆け出した彼の背を見送る。

 彼はその後、三日間帰ってこなかった。彼の不在は、彼を拾ってから初めてのものだった。


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