あのっ、ハーレムパーティのマスコット枠ケモミミ娘に転生したはずなんですが…!?

鳶ニブ

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20 ユアン、どこにも行かないで





 思えばずっと、ユアンの様子がおかしかった。

 獣人には、年頃になるとフェロモンを放ち異性を誘う身体に変化する発情期がある。
 ユアンも例外ではなく、時々甘い香りを漂わせていた。

(ユアンも大人になったんだな)
 と、喜ばしく思っていたのは僕だけで、当のユアンはちっとも嬉しそうではなかった。

 目に見えて僕に抱きつく回数は減り、部屋に籠る日が多くなった。
 発情期が辛いのかな、と部屋まで行っても追い返されてしまい、食事だけを置いて去る、を繰り返す。

 会話が減り、数日顔を合わせないのも日常になってしまったある日――。

 子供たちに見せてあげたくて首都から取り寄せた大量の図鑑を空間魔法へしまっていると、珍しく元気そうなユアンが外出の準備をしていた。


「ユアン、どこかへ行くの?」
「うんっ。町へ服買いに行ってくるね!」
「そう。気をつけて行ってきてね」
「……ありがと。にいさま、大好き!」
 ユアンが僕に抱き着き、ぎゅう、と腕に力を入れた。
 背が伸びたユアンの顔は近く、狼の耳が頬に触れてくすぐったい。これまた近くなった髪の毛からとてもいい匂いがするので、ついドキドキしてしまった。


(このままキスできそう……)
 僕が雑念にまみれているのも知らず、ユアンは僕の肩あたりにぐりぐりと頭を擦り付けている。
 まるでマーキングをされているみたいだ。


「僕も、ユアンが大好きだよ」
「っ、とっても、嬉しいの。……あのね、にいさまはずーっとずーっとあたしの王子様だからねっ!」
「ありがとう。かわいいユアン」
 久しぶりの会話で、ユアンへの愛しさは募るばかり。


 僕はユアンの耳と頭を撫でながら、今夜にでもプロポーズしよう、と決意した。もうヘタレなんて言わせない。

 以前からユアンに贈るプレゼントは用意してあるし、今日はちょうど満月。月光の下で渡せばロマンチックかもしれない。
 と、密かに計画を立てる。ユアンはどんな顔を見せてくれるだろうか。想像するだけでわくわくする。



 そうしていつもより長い抱擁のあと、離れ際、ユアンのしっぽが名残惜しそうに僕の身体を撫でた。
っ、にいさま!」


 そのまま、ユアンはいなくなった。




 ***





 仕事から帰り、僕はユアンの部屋へまっすぐ向かった。

 ノックをする。返事がない。
 もう一度ノックをする。やはり返事がない。
 ユアンは獣人であり獣育ちなので、音や気配に敏感だ。二回もノックされて気付かないわけがない。

(……もしかして、中で倒れてる?)
 最近は発情期の頻度も高く、体調が悪そうだったユアン。
 心配になった僕は、
「……ユアン、ごめんね!」
 と、ユアンの部屋のドアを開けた。 


 部屋はもぬけの殻。一切の私物が無く、購入した当時の状態に戻っていた。


 何故か嫌な予感がして、僕はすぐに近くの転移陣から街の転移塔へ飛び、初めて私利私欲のため白魔法を使った。


 だが、時すでに遅し。
 パーティメンバー全員にかけた安否確認の魔法で、かろうじて生存だけは確認できたが、ユアン自身は探知魔法の及ばないところに去ってしまっていた。
 探知の魔法は便利だが、半径四キロメートルが最大範囲。それ以上は魔力が混雑してしまい、探知として機能しなくなる。
 追跡魔法だって、追跡対象にあらかじめ魔法をかけていなければ使えない。いくらチート持ちとはいえ、魔法も万能ではないのだ。
 

 ユアンは僕の教えた空間魔法を使えるので、その中に衣服や金銭を保管しているのだろう。下手すれば転移塔経由で国を移動した可能性さえあった。



 ユアンはどこへ行ったのだろう。
 どうして何も言わず、出ていってしまったのだろう。
 僕を大好きと言ってくれたのは嘘だったのか。
 

 プロポーズすると決めたその日に相手が失踪するなんて。
 僕は本当に星の下に生まれてしまったようだ。


 ――いや。これも肝心なタイミングで詰めが甘い、僕が招いたの問題だ。
 一度目の人生の最期も、今回のユアンの逃亡も、よく観察していれば防げたはずなのに

 僕はきっと、ユアンに甘えていた。
 いつでもユアンに「大好き」と言ってもらって、僕は返すばかりだった。
 

(もう、会えない……? ううん、諦めるのは早すぎる)
 探せる。生きているのなら、探し出せる。
 だけどユアンは、僕に探されることを望んでいるだろうか――。




 
 


 肩を落として家へ帰れば、状況を察して居間に集結していたメンバーが、玄関を開けた僕へ駆け寄ってきた。

 僕は端的に状況を説明し、意思を告げる。
「……ユアンを探しに行きたいから、パーティを解散させてほしい。仕事の引き継ぎをしたらすぐに出るし、早かったら三日後にはここを発つと思う」


 僕がこう言い出すのを予測していたかのように、みんなが頷いた。
 ターシャは心配で仕方ないという顔で、そわそわと窓の外を見る。ユアンが帰ってこないか確認しているのだ。


「……あの子、あんなに寂しがりなのに、ひとりでどこ行っちゃったの。でも……アタシたちが探しに行ったって仕方ないのよ。レイチェルがひとりで行かないと」

「僕に探されて、ユアンは迷惑じゃない……?」

「……あんたってほんと、坊っちゃんだわ。疑う余地もないくらい、あの子はあんたが好きでしょうよ」

「……そうだよね。ありがとう、ターシャ」



 僕には「ただ愛される」という経験が圧倒的に足りていなかった。
 最愛の母を喪い、父親には愛されず、家庭内でも空気のような存在。道を踏み外さなかっただけで及第点だ。

 だけど視点を変えれば、僕が不幸に浸かっていただけで僕を愛してくれていた人は確実にいた。
 長兄やリヒャルト先生、大学の友人、パーティの仲間。そして、ユアン。


 ユアンは素直に僕を愛してくれた。
 愛を言葉にしてくれた。
 だから今度は僕が、ユアンに気持ちを伝える番だ――。



「お前は貴族育ちで本音を隠すのが上手い。だが獣育ちのユアンの性質は逆。だからこそ『惚れてる、好きだ』とストレートに告白しておくべきだったな。早く見つけて言ってやれ」

「……うん、会えたらちゃんと言う。僕はユアンが恋愛的な意味で好きだよ、って」

 珍しくアリスが僕の背中を押してくれる。
 僕はアリスに宣言し、決意を胸にしていたのだが、この場にそぐわない驚愕の顔をしている人物がひとりだけいた。



「……えっ⁉ ユアンがレイチェルを好きなのは知っていたが、レイチェルもユアンが好きだったのか……!」

「はぁー……。人間の中で育ってもこういう奴がいるんだ。獣育ちなら尚更だろ?」

 大きなため息をついたアリスが、親指でマーガレットを指す。
 確かにとてもいい見本だ。と、僕は数時間ぶりに笑った。
 


「じゃあ三日以内に資産を分配しますから、レイチェルさんにユアンの分も預けますね。……必ず、渡してください」

 マリーヌは特にユアンを可愛がっていたから、何も言わずにいなくなってしまったのが本当にショックなのだろう。彼女の目は赤く充血していた。



 僕はすぐに用意を始め、翌日には職場にユアンがいなくなったので探しに行く旨を正直に話し、その場で退職届を出した。
 

 そうこうしている間に、ユアンから手紙が届く。 
『しんてんちをめざします。またね。みんなだいすき!』
 ユアンらしい文章に微笑ましく思いながらも、胸がずん、と重くなる。
 僕は「みんな」のひとりだったのか、と。

 隣町の消印で出されていたので隣町に飛んでみたが、そこでも探知に引っかかりはしなかった。



 ――ユアンを捜して早二カ月。
 魔法で回復しながら足で稼ぐも、なかなかユアンの痕跡にたどり着けずにいた。
 回復していても睡眠は必要なので、宿を取って横になるが、ユアンのことばかり考えてしまって眠れない。
 
 食事も最低限しか食べられなかった。
 日に日に隈が濃くなり、頬がこけていったが、それでも僕は構わずに当てられる時間全てをユアンの捜索に捧げた。


 ――そして、見つけ出した。
 獣人以外に隠されている、獣人ネットワークとやらを。

 ネットワークの管理人に「ユアンの家族だ」と告げたが、彼女は天涯孤独だと聞いている、と無碍にされてしまった。
 だが一度断られても二度、三度と訪ね、五度訪ねる頃には先方が折れ、ユアンの行き先までとは行かないが、ユアンの向かった方角を教えてくれた。


 それからも着いた先々で探知の魔法をかけ続け、ようやくユアンの所在が浮かび出した。
 そこは、ラグヴァラ北部の村からラグヴァラを縦断した場所に位置する港町。温暖な気候の、グルメが有名な町だった。


 聞き込みの結果、ユアンの家はすぐに見つかる。
 赤い屋根と白い壁の家はまるで僕の色のようで、ユアンにそんな意図はないと思いつつも嬉しくなってしまった。


 ふと風に乗って、ユアンの部屋から香っていた甘い果実の匂いが運ばれてきた。
 僕は、確信を持って振り返る。


「ユアン……!」
「にい、さま……」


 こうして三カ月にも及んだ長い旅に、ようやく終止符が打たれたのであった――。



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