泪声

幻中六花

文字の大きさ
2 / 8

人を好きになるのに、理由なんていらない。

しおりを挟む
 たいていの人とは、この場で一期一会を過ごすだけなので名前など聞かない。『お兄さん』『お姉さん』で呼び合う。
 
 ──けれど、この男は違った。

 その日、明音が歌い終えるまでその場を離れなかったため、真夜中ではあったが冷え切った身体を温めようと、一緒にご飯を食べに行くことになった。
 これは、俗に言う『ナンパ』というものに入るのだろうか。

 この辺は人通りも多くて明るいので、ご飯くらいなら大丈夫だろうと思った明音は、その誘いに乗り、近くにあった中華屋さんに入る。
 身体の芯から冷えていた明音は、中華屋さんのおばちゃんに出された卵スープで骨から溶けていった。
「はーーぁ、あったかい」

 それにしてもこの男。どうしてこんなに人懐っこいのだろう。まるで犬のように、明音にもおばちゃんにも尻尾を振って愛想を振りまく。
 明音はそれとは正反対で、ストリートライブをやっている時以外はかなりの人見知りだった。だから、明音が話題を作らなくても尻尾を振って話を振りまくこの男と一緒にいることが、なんだか不思議とストレスに感じなかったのである。

 ──人を好きになるのに、理由なんていらない。

 どこかで誰かが言っていた。いや、みんな歌っている。
 明音は初めて、その言葉を目の当たりにした。

「名前、なんていうの?」
 男が明音に問う。
「明るい音と書いて、明音あかね。そっちは?」
「海の音と書いて、海音かいと

 2文字目に同じ漢字が入っているだけで運命を感じてしまうくらいに、明音は恋の霧から出られなくなってしまっていた。

「今、同じ漢字が入ってるから運命かも! とか思っちゃった?」
 からかうように海音が言うので、明音は少し反抗した。
「思ってないし!」

「じゃあご飯食べたらそのままサヨナラする? それともこれからドライブでも行く?」
 選択肢を与えてくれたのは、海音の優しさなのだろう。
「ドライブ行ってもいいけど?」
「素直じゃねーな(笑)」

 結局2人はご飯を食べた後、海音の車でドライブに行った。
 すでに0時を回っているが、明音も大人だ。実家暮らしだが門限などは特になかった。
 そんなに遅くなるなんて思わなかったし、小一時間で終わるだろうと思っていた明音だが、そう思った張本人が『まだ一緒にいたい』と思うようになり、初対面ドライブは朝まで続いた。

「海音って、彼女いないの?」
 わざわざその辺で出会った明音をご飯やドライブに誘うくらいだから、彼女はいないんだろうなと思いつつ、一応明音は確認した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中

桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。 やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。 「助けなんていらないわよ?」 は? しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。 「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。 彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

お姫様は死に、魔女様は目覚めた

悠十
恋愛
 とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。  しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。  そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして…… 「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」  姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。 「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」  魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……

処理中です...