2 / 16
第二話 受傷
しおりを挟む
目が覚めるとオレはベッドに寝ていた。
体を起こしてみたが、多少の痛みは残っているもののなんとか大丈夫そうだ。しかし上半身は包帯でぐるぐる巻きにされていてミイラのようだ。それとやはり顔の違和感が残っているので触ってみるとこちらも包帯が巻かれているようである。視界は問題ないので目はちゃんとよけてくれているに違いない。
試しにベッドから出て立ち上がってみたが、これもどうやらいけそうだ。部屋に窓があり安物のブラインドが下ろされていたので上げてみると朝日が差し込んできて眩しい。つまり今は……いつなんだ?
外を見てわかったが、ここは恐らく前線基地の野戦病院だろう。オレはこれでも直轄部隊の兵士だからプレハブとはいえちゃんと屋根のある場所で眠れていたというところだろう。
ノックの音がした。
「どうぞ」
返答すると現れたのは統合作戦本部長のサトー元帥。つまり軍隊のトップであり、対妖精作戦の司令官である。
彼は父親くらいの年齢だが、すぐに前線に出てもおかしくないくらい立派な体格で、ほりの深い顔で白髪交じりの金髪で俳優のようだ。軍人らしさと言えばせいぜいあの立派なあご髭でわずかに感じるくらいである。
そんなお偉いさんにオレのような一隊員に過ぎない身分が面会できる理由は直属部隊であるからに他ならない。
「トーリ・ウォリアー少佐、体はどうだ?」
「はっ! 問題ありません!」
オレは敬礼しつつ声を張った。
「無理はするな。それにパジャマ姿で敬礼されてもこちらも困ってしまうからな、ははは。とにかく今は養生しろ」
「はっ! お心遣いに感謝いたします、閣下!」
「うむ、邪魔をして悪かった。では失礼する」
サトー元帥はオレに気遣ったのかすぐに出て行ってしまった。だが、言葉は少なくとも見舞いに出向いてくれたというのは下っ端軍人としては嬉しい限りだ。正直なところ軍の一番偉いヤツは兵隊などただの使い捨てと考えているんじゃないかと思っていたが、少し考えを改めなくてはいけないのかもしれない。
またノックの音がした。
「どうぞ」
勢いよくこの部屋に入ってきたのは同期のケハラだ。背が高く褐色の肌で陽気な男だ。階級はオレと同じ少佐。
「トリー! 大丈夫か! 目が覚めて良かった! 心配したんだぞ!」
彼はオレをトリーと呼ぶ。愛称として言っているのか、本当に間違えているのか……
「おお、そうか。心配かけて悪かった」
「いやあ、良かった、本当に良かった」
彼はオレに抱き着いて背中を平手でバンバン叩いた。
「痛ぇ! 叩くのはやめろ!」
「ああ、すまん! 怪我しているんだよな!」
こんな感じでおっちょこちょいな部分があるがとにかく明るくて優しくて面倒見がいい。何で軍人なんかやっているのかわからないくらいだ。ただ、身体能力が高く火器の取り扱いも腕も良い。つまり人柄以外は手本になれるくらい優秀な兵士なのだ。
そして友人もたくさんいるし、すでに結婚して家族もいる。軍に忠実でもある。オレとは色々な意味で真逆だ。だが、こうして今でも仲がいいのは…………オレにもよくわからない。相性がいいのかね。
「トリー、今回はなんでこうなった? 慎重なオマエがヘマをしたわけじゃないだろう?」
彼はベッドの脇に置いてある粗末な丸椅子に腰かけた。
「ああ、正直なところ良くわからない。潜入は上手くいっていたはずだ。……もしかすると最初から狙われていたのかもしれないな」
「え? どういうことだ?」
「作戦が最初から妖精に知られていたのかもしれん」
「ヤツらがお前以上の探知能力を持っているとかじゃないよな?」
急に、真顔になるケハラ。軍人の顔になってしまった。
「それなら、今までなぜ使わなかったのかということになるじゃないか。それに今回はオレの方が全く相手の存在に気付けなかった。妖精の羽にはステルス機能があるらしいが、それだとしても発動条件があって常時展開は出来ないと聞いている。ならばこの点についても不可解だ」
「……う~ん。ま、それはお前が元気になってからだ。まずは傷を治せ。それが先だ」
「ああ、そうだな。忙しいのに悪かったな」
「病人が気を遣うな」
「病人じゃなくてけが人だ」
「ああ、そうだった、ははは」
「ったく」
オレが自宅に帰ることができたのはそれから一か月経ってからだ。体の包帯は一週間前に取れたが顔の包帯は医師からの言いつけで帰宅してから自分で取れと言われた。奇妙な指示だったが、そもそも入院している間も一度たりとも鏡を見せてもらえなかった。だが、ここでようやくオレはそれらの意味がわかった。彼はきっと騒動を恐れたのだろう。
オレの顔の上半分はやけどで皮膚が赤茶色になっていた。
例えていうならデカくて帯状で目の部分がくりぬいてある茶色の目隠しを付けているようだ。
ひどく落胆したが、それ以上に問題だったのが肩関節の不調だ。
利き腕は水平以上に上げようとすると一度小さな痛みがある。日常生活には支障ないが、オレは最前線で戦っている兵士だ。近接戦闘では致命傷になりかねない。
残念だがここは引き際だと思う。
今回を含めオレは危険な任務に沢山参加してきた。軍を辞めても年金は十分に期待できるし、もともと国に対する忠誠心はあまりない。見た目も怪物みたいになっちまった今が潮時だろう。
己の決心をまずケハラに電話で伝えた。すると彼は猛反対だった。オレの能力を高く評価している彼は見た目とか多少の運動機能障害で退役してしまうのは軍にとって取り返しのつかない損失だと力説した。それはいくら何でも過大評価だと言ったものの頑として引かない彼は少しだけ時間をくれと言って電話を切ってしまった。
三日後、ケハラから連絡があり軍の長期帰休制度を使えと言ってきた。また肩の問題は医者に訊いたら時間を掛ければ必ず治るという。彼がオレのために必死で動いてくれていることに申し訳ないと感じたので、退役のことは保留にして最大で二年間取得可能なその帰休制度とやらを使うことにした。
その後オレは街中から離れ山岳部の山小屋に転居した。
体を起こしてみたが、多少の痛みは残っているもののなんとか大丈夫そうだ。しかし上半身は包帯でぐるぐる巻きにされていてミイラのようだ。それとやはり顔の違和感が残っているので触ってみるとこちらも包帯が巻かれているようである。視界は問題ないので目はちゃんとよけてくれているに違いない。
試しにベッドから出て立ち上がってみたが、これもどうやらいけそうだ。部屋に窓があり安物のブラインドが下ろされていたので上げてみると朝日が差し込んできて眩しい。つまり今は……いつなんだ?
外を見てわかったが、ここは恐らく前線基地の野戦病院だろう。オレはこれでも直轄部隊の兵士だからプレハブとはいえちゃんと屋根のある場所で眠れていたというところだろう。
ノックの音がした。
「どうぞ」
返答すると現れたのは統合作戦本部長のサトー元帥。つまり軍隊のトップであり、対妖精作戦の司令官である。
彼は父親くらいの年齢だが、すぐに前線に出てもおかしくないくらい立派な体格で、ほりの深い顔で白髪交じりの金髪で俳優のようだ。軍人らしさと言えばせいぜいあの立派なあご髭でわずかに感じるくらいである。
そんなお偉いさんにオレのような一隊員に過ぎない身分が面会できる理由は直属部隊であるからに他ならない。
「トーリ・ウォリアー少佐、体はどうだ?」
「はっ! 問題ありません!」
オレは敬礼しつつ声を張った。
「無理はするな。それにパジャマ姿で敬礼されてもこちらも困ってしまうからな、ははは。とにかく今は養生しろ」
「はっ! お心遣いに感謝いたします、閣下!」
「うむ、邪魔をして悪かった。では失礼する」
サトー元帥はオレに気遣ったのかすぐに出て行ってしまった。だが、言葉は少なくとも見舞いに出向いてくれたというのは下っ端軍人としては嬉しい限りだ。正直なところ軍の一番偉いヤツは兵隊などただの使い捨てと考えているんじゃないかと思っていたが、少し考えを改めなくてはいけないのかもしれない。
またノックの音がした。
「どうぞ」
勢いよくこの部屋に入ってきたのは同期のケハラだ。背が高く褐色の肌で陽気な男だ。階級はオレと同じ少佐。
「トリー! 大丈夫か! 目が覚めて良かった! 心配したんだぞ!」
彼はオレをトリーと呼ぶ。愛称として言っているのか、本当に間違えているのか……
「おお、そうか。心配かけて悪かった」
「いやあ、良かった、本当に良かった」
彼はオレに抱き着いて背中を平手でバンバン叩いた。
「痛ぇ! 叩くのはやめろ!」
「ああ、すまん! 怪我しているんだよな!」
こんな感じでおっちょこちょいな部分があるがとにかく明るくて優しくて面倒見がいい。何で軍人なんかやっているのかわからないくらいだ。ただ、身体能力が高く火器の取り扱いも腕も良い。つまり人柄以外は手本になれるくらい優秀な兵士なのだ。
そして友人もたくさんいるし、すでに結婚して家族もいる。軍に忠実でもある。オレとは色々な意味で真逆だ。だが、こうして今でも仲がいいのは…………オレにもよくわからない。相性がいいのかね。
「トリー、今回はなんでこうなった? 慎重なオマエがヘマをしたわけじゃないだろう?」
彼はベッドの脇に置いてある粗末な丸椅子に腰かけた。
「ああ、正直なところ良くわからない。潜入は上手くいっていたはずだ。……もしかすると最初から狙われていたのかもしれないな」
「え? どういうことだ?」
「作戦が最初から妖精に知られていたのかもしれん」
「ヤツらがお前以上の探知能力を持っているとかじゃないよな?」
急に、真顔になるケハラ。軍人の顔になってしまった。
「それなら、今までなぜ使わなかったのかということになるじゃないか。それに今回はオレの方が全く相手の存在に気付けなかった。妖精の羽にはステルス機能があるらしいが、それだとしても発動条件があって常時展開は出来ないと聞いている。ならばこの点についても不可解だ」
「……う~ん。ま、それはお前が元気になってからだ。まずは傷を治せ。それが先だ」
「ああ、そうだな。忙しいのに悪かったな」
「病人が気を遣うな」
「病人じゃなくてけが人だ」
「ああ、そうだった、ははは」
「ったく」
オレが自宅に帰ることができたのはそれから一か月経ってからだ。体の包帯は一週間前に取れたが顔の包帯は医師からの言いつけで帰宅してから自分で取れと言われた。奇妙な指示だったが、そもそも入院している間も一度たりとも鏡を見せてもらえなかった。だが、ここでようやくオレはそれらの意味がわかった。彼はきっと騒動を恐れたのだろう。
オレの顔の上半分はやけどで皮膚が赤茶色になっていた。
例えていうならデカくて帯状で目の部分がくりぬいてある茶色の目隠しを付けているようだ。
ひどく落胆したが、それ以上に問題だったのが肩関節の不調だ。
利き腕は水平以上に上げようとすると一度小さな痛みがある。日常生活には支障ないが、オレは最前線で戦っている兵士だ。近接戦闘では致命傷になりかねない。
残念だがここは引き際だと思う。
今回を含めオレは危険な任務に沢山参加してきた。軍を辞めても年金は十分に期待できるし、もともと国に対する忠誠心はあまりない。見た目も怪物みたいになっちまった今が潮時だろう。
己の決心をまずケハラに電話で伝えた。すると彼は猛反対だった。オレの能力を高く評価している彼は見た目とか多少の運動機能障害で退役してしまうのは軍にとって取り返しのつかない損失だと力説した。それはいくら何でも過大評価だと言ったものの頑として引かない彼は少しだけ時間をくれと言って電話を切ってしまった。
三日後、ケハラから連絡があり軍の長期帰休制度を使えと言ってきた。また肩の問題は医者に訊いたら時間を掛ければ必ず治るという。彼がオレのために必死で動いてくれていることに申し訳ないと感じたので、退役のことは保留にして最大で二年間取得可能なその帰休制度とやらを使うことにした。
その後オレは街中から離れ山岳部の山小屋に転居した。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
6
1 / 4
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる