上 下
4 / 27
博愛主義!ヤンデレンジャー!!

フィランスブルー就任!!(2)

しおりを挟む


「・・・すぐに返事はしてくれないか。じゃあ、先に君が駅で見た者と我々の敵についての話をしようか」
 ぱっ、と手を放し冷静な表情で腕組みをする。
「君は今日駅で謎の影を見たはずだ。もしかしたら普段の駅構内と様子が変わっていたことにも気づいたかもしれない」
「はい、まるで駅のホームがループしているかのように、進んでも進んでも出口にたどり着けなかったです」
「それはシャドウの巣穴に迷い込んでしまったからだ」
「シャドウですか」
「見た目が影みたいだからな、私がそう呼んでいるだけで実際のところあいつらに名前があるのかは知らん。奴らはいつも黒い影となって地球上のどこかへ現れる。しかし一般人に彼らの姿は見えない」
「え?じゃあ俺が見たのは?」
「シャドウが発生するとその近辺に小さな空間、シャドウの巣穴を生成する。それは君が見た通り元の世界に似ている事もある。ただその巣穴は生成のタイミングに丁度居合わせない限りは人間が中に入ることはできないんだ。つまり君は不幸にも宝くじに当たるくらいの確率で巣穴生成のタイミングに居合わせてしまったというわけだ」
 そうだったのか、凄い確率の不幸を引き当ててしまった。
「そして巣穴で成長したシャドウは我々の世界に影響を与える。君も知っているだろう、昨晩起きた列車脱線事故も線路で発生したシャドウが成長したものだ。巣穴が道路に発生すれば交通事故が、山に発生すれば雪崩れが、ビルに発生すれば火災や地崩れが起きる。日本における原因が不明瞭な災害や事故の多くはシャドウの巣穴が原因だ」
「なるほど、だからヒーローの方々は事前にその巣穴に入ってシャドウを倒すんですね」
「いや、それは無理だ」
「あれ?」
 自分で言ってから思ったが、昨夜のニュースも今までのヒーローの活躍も災害現場に現れたヒーローが物理的に現場を解決に導くものだった。謎の影と戦っているという目撃情報は聞いたことが無い。
「さっきも言った通り既に生成されたシャドウの巣穴に人間が入ることは出来ない。それはヒーローも同じ。だから我々は発生した災害を止めることしかできないんだ」
「なるほど・・・あれ?でもさっき茜さんは俺の前に現れてあの黒い影を倒してくれましたよ」
「そう。これが私達が茜に頼り切らざるを得ない部分。今現在うちにはレッド、グリーン、イエロー、ピンクの四人が在籍している。歴代のヒーローもそうだが、茜だけが唯一巣穴に侵入することができるんだ」
「それは何故ですか?」
「・・・簡単に言うと、パワーが凄い」
「パワーが凄い!?」
 説明が雑過ぎる。
「君は茜しか見ていないからピンとこないかもしれないが、彼女は規格外だ。巣穴を見つけさえすれば普通は侵入できない巣穴とこちらの世界の次元の狭間の壁のようなものを力ずくでこじ開けて中に入ることが出来る」
 なんだかよくわからないけど凄いな茜さん。
「まぁ、今回のように人間が紛れ込みでもしない限りこちらも巣穴を事前に見つけることは難しいんだがな。この辺は索敵システムの都合だと思ってくれ」
「わかりました」
「ところで、君は巣穴でシャドウの声を聴いたか?」
「あー、『証言して』とか『見殺しにした』とか『自殺じゃない』みたいなこと言っていました」
「ふむ。これはあくまで私の推理だが、シャドウの正体は人間の怨恨。恨みつらみや後悔が積み重なったものなんだ。今回の場合だと多分、駅のホームで殺された人間が飛び降り自殺として処理されたことに対する憤り、誰かに押された筈なのに周囲にいた人間の誰も証言してくれなかったことにたいする恨みといったところか」
「なんというか、こう言ってはなんですが意外と小さな事件なんですね。とてもその後脱線事故を起こさせるほどの大きなものには思えません」
「一つ一つは殺人現場を見ていた筈なのに面倒を回避するために証言しなかった傍観者への恨みという些細なものだが、似たような思いが多くの場所から集まった時シャドウは生まれるんだろう」
「そういうものなんですか」
 いまいち理解しきれていないが、そもそも日常生活にこんなファンタジーな現実が紛れているということについていき切れていないので仕方ない。

 そんな風に説明を聞いているとスタッフルームの扉が開く。
「着替えてきた」
 パーカーにジーンズというラフな私服に着替えた茜さんが姿を現した。茜さんは俺に距離を詰める竜胆博士を見ると急に手負いの獣のような鋭い表情に豹変する。
「おい、空に近づきすぎだ」
 ドスの利いた声に俺も竜胆博士も思わず竦み上がる。しかし竜胆博士は流石に茜さんの扱いに慣れているのだろう、降参するように両手を挙げて笑顔で俺から離れる。
「悪かったって、でも空君をスカウトしていたんだ、仕方ないだろ?」
「スカウト?」
「そう、フィランスブルーにならないか、ってね」
 博士はこちらを見て、ウィンクする。これは・・・。
「そ、空があたしの仲間になってくれるのか!?」
 茜さんは目を輝かせ、表情を明るくさせる。最初に出会った凛々しい表情、さっきの敵意剥き出しの鋭い表情、それと別人にしか見えない少女のように純粋な笑顔。
「えーっと、俺はまだ返事してなくて・・・」
「怖いのか?大丈夫、あたしが守ってやる。悪い奴はあたしが全部倒す、空はただ見ているだけでいい。誰も空に傷つけさせない」
 高揚してまくしたてる茜さんの圧に、俺は頷かざるを得なかった。
しおりを挟む

処理中です...