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博愛主義!ヤンデレンジャー!!

フィランスブルー就任!!(1)

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「ついたぞ、空」
 どこかの目的地に到着した彼女は俺をお姫様抱っこしたまま店に入店しようとする。
「あ、あの、ちょっと待って!もう降ろしてください!」
 さすがにこの姿を誰かに見られるのは恥ずかしい。
「ん、そうか」
 ちょっと残念そうにしながら俺を降ろしてくれる。
「じゃあ、入ろう」

―――カランコロン―――
 扉を開けるとドアに掛けられた古びたベルが鳴る。店の外観を見ていなかったけど、内装を見る限りどうやら、
「古本屋ですか」
 店に入ると古本屋特有の湿気たような香りが漂う。この空気が好きな文学少女もいるらしいが俺にはあまり理解が出来ない。
「いらっしゃい・・・って、茜か」
 カウンターでノートパソコンを叩いている女性が立ち上がる。
「ん?隣にいるのは?」
 年齢は三十手前くらいだろうか、ウェーブがかった長い髪は濃い紫のハイライトが混じった妖艶な黒、片目が隠れるほどの重たい前髪から主張する青紫の瞳が印象的だ。黒いタートルネックの上には古本屋には似つかわしくない、白衣を羽織っている。女性は俺の事を見ると何かを察したのか、嬉しそうに口角を釣り上げた。
「もしかして、ついに見つけたか?」
 茜さんは嬉しそうに頷く。
「ああ、浅葱空というらしい。これであたしは・・・もっと頑張れる」
 どういう意味だろう、俺の存在とフィランスレッドである茜さんが頑張る事と何の関係があるのだろうか。状況についていけない俺をよそに、白衣の女性は茜さんの頭をくしゃりと撫でる。国民の憧れの的でありその正体はひた隠しにされているフィランスレッドの素顔を知った上で妹分のような気軽な扱いをするこの女性は一体何者だろう。
「それは良い事だ、でも茜。ヒーロースーツで無暗に移動したら駄目だって何度も言ってるじゃないか?はやく着替えてきなさい」
 茜さんは渋々といった様子で店の奥のスタッフルームと書かれた部屋に向かっていった。もしかしてヒーロースーツって変身しているわけじゃなくてセルフで着替えているのか。

「さて、と」
 白衣の女性はというと残された俺の顔をじろじろと見ている。
「空君と言ったね?私は竜胆菫(りんどう すみれ)。よろしく頼むよ」
 なんというか、大人っぽくて飄々としていて、茜さんとは違った魅力があるセクシーな人だ。
「竜胆さんも、ヒーローなんですか?」
「くっくっく、残念だけど私はヒーローじゃないよ。彼女達の司令官でサポート役、そうだなぁ博士ポジションと言えば伝わるかな?」
 なるほど、確かに戦隊ヒーロー作品には戦闘員とは別にヒーロー達が使う武器やロボットを開発する博士や戦いの指示を出す司令官がいる。大まかそういう担当の人なのだろう。
「君も私の事は竜胆博士と呼んでくれ」
「わかりました・・・竜胆博士」
「素直でいい子だ。それで、茜のことだから大した説明せずにここに連れてきたんだろう?」
「まぁ、そうですね」
「どこまで聞いた?」
「えっと、彼女がフィランスレッドで、本名は茜さんということ。と、何故か俺に興味があるっていう事だけです。というかさっき駅で不思議なことがあったんですけど、それも一体なんなのか・・・」
「なるほど、君自身が奴らの巣穴に迷い込んでしまっていたのか」
「巣穴?」
「よし、一つ一つ説明しよう。だけどその前に約束と質問がある」
 竜胆博士はさっきまでの飄々とした様子から一変、真剣な面持ちで俺の事を見つめる。
「えっと、なんでしょうか」
「君も知っての通り我々ヒーローはその素顔も、能力の秘密も、何と戦っているのかも全て謎に包まれている。これはネット上でも噂されているから薄々勘付いているかもしれないが、テレビ局や政府とのコネクションを用いて情報規制を行う程だ。まぁ実際は個人の情報発信により昔ほど正体を隠し続けることは困難になってしまったが、それでも彼女達が何者なのか、どのようにして戦っているのかは世間には知られていない。今から話すことはその真相にもかかわる、絶対に誰にも話さないでいて欲しいんだ」
 情報規制、確かにそういった噂はよく耳にした。あれだけの活躍をし続けているのに長年どこのテレビ局も確証的な映像が撮れなかったのは確かに違和感だ。それに近年YouTubeなどであげられた個人が撮った映像もモノによっては掲載後すぐに運営によって取り消されている。きっと裏で大きな権力が働いているのだろう、という推測はあった。
「もし君から何か重要な情報が漏れるようなら、我々は君を放置しておくことはできない。わかったね?」
「・・・わかりました」
 最初から俺はフィランスレッドに憧れている、所謂ファンなのだから彼女にとって不利益になることをするつもりはなかった。こうして脅されるならなおさら。
「それで、質問というのは?」
「あぁ、それは・・・」
 竜胆博士はニタリ、とほほ笑む。
「空君は現在、交際している人はいるかね?」
「・・・へ?」
 予想斜め上のどうでもいい質問に拍子抜けた声が漏れてしまう。
「えっと、それは俺に恋人がいるかどうかという意味でしょうか?」
 さっきまでの緊張感から修学旅行の夜のようなコミカルな話という高低差が激しすぎてついていけない。
「そうだな。または片思いしている女子はいるか?あ、男子でも構わないが」
「え、いや、いませんけど・・・」
 念のため言っておくと俺の恋愛対象は当然女性だ。
「ほう。配偶者も交際相手もいないんだね?」
「残念ながら・・・生まれてこのかた」
 年齢イコールという不名誉な肩書を十九年間持ち続けている。こんな美人でセクシーな女性にこんな風に恋愛経験のないことを暴露するのはなんというかとても恥ずかしい。
 しかし待てよ?何故急に俺に彼女がいるかどうか尋ねてきたんだ。普通出会ったばかりの男の恋愛関係など興味が無いはず、もし興味があるとしたらそれは相手の事が気になっているから?
「その、何でこんなことを聞くんですか?」
 改めて見ると竜胆博士は大人っぽくて知的で、ミステリアスな美しさがある。古本屋で働いているし戦隊ヒーローの博士なんていう立派な仕事もしているんだから俺よりも十は年上だとは思うが見た目的には全然アリ。そういう風に意識するとなんだか緊張してしまう。
「俺に彼女がいるかどうかなんて知って、どうするんですか?」
 期待をしながら訪ねる。
「君をフィランスブルーに任命したいと思ってな」
「・・・?」
 またまた予想外の言葉。
「わかっているさ、戦うのは怖い。そもそも自分に特殊な力が無いと思っている。確かに残念ながら空君には茜や他の隊員のようなヒーロー適正は今のところない」
「えっと・・・なら何故俺を?」
 そもそもヒーローってこんなバイトリーダー就任みたいなノリで決められるものなのか。
「君は戦わなくていい。茜の傍にいてやってくれ」
「???」
「茜には心の支えになれる人間が必要なんだ。そしてその役目は日本中探しても君しかいない!」
 全然意味が分からない。俺みたいな平凡な大学生が国民的ヒーローのフィランスレッドの支えになるなんて、素っ頓狂もいいところだ。
「知っての通りレッドは他のヒーローに比べて出動率が高い。実際に彼女は他の隊員の数倍働いてくれている。しかし見ての通りその素顔はただの女子、戦い続けるのには無理があると思わないかね?」
「いや、その、それはそうですけど。何故俺が・・・?」
「茜が君を気に入っているからだ」
「そうなんですか!?」
 確かに特別扱いというか、興味を持たれているのはわかっていたけど。
「茜は残念ながら隊の中でも孤立している。君がフィランスブルーとなって茜の良き理解者となり、可能なら他の隊員と茜の仲を取り持つ。それができるのは茜のお気に入りである君くらいだ」
 いつの間にか手汗塗れの俺の手をがっしりと握られていた。竜胆博士の薬品荒れした白い手が強く俺の手を包んでいる。
「本来は司令官であり彼女らの保護者である私の仕事かもしれない、しかしヒーローと私は上司部下のような関係。どうしても私には手に負えない部分があるのだよ」
「は、はあ」
「さっきも言った通り君が危険を冒す必要は全くない。対して適性のない君が全力で頑張るより、君のおかげでちょっとやる気になった茜の働きのほうが百倍は役立つハズだからな」
 何の基準かわからないけどヒーローとしての適性が無いとこうも連呼されると、ヒーローに憧れている身としてはちょっぴり辛い。
「それに君なら・・・他の隊員も変える事ができるかもしれない」
「え?」
 今なにか、不気味な声色だった気がする。
「いやぁ、その辺はまだ気にしなくていい。とにかく日本を救うためだと思って協力してくれないか」
 怪しげな博士から日本を救うヒーローにならないかとスカウトされる、戦隊ヒーローに憧れを持つ男子なら夢見る光景かもしれない。実際もし素直にこの申し出を出されていたら二つ返事でOKしていたと思う。ただ、俺の仕事が戦闘員としてではなくヒーローの心のケアというのがちょっと引っかかる。そもそも茜さんが俺を気に入ってくれた理由もわからないし、ちょっと好意を持たれたくらいで日夜危険に身を置くヒーローの心の支えになれるほど俺という人間は立派ではない。
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