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叶わないもの
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一時的に忘れられたとしても、その日はやってくる。
物産展初日、出店舗の代表に挨拶回りをしていると奴の姿があった。十三年前以来の奴の姿はあどけなさがあり、背だけ高くて体格が薄かった奴とは違う。
農場仕事をしているせいか肉付きが良く、理想的な筋肉。包容力のなりそうな筋張った腕は櫂の胸を高鳴らせた。
話し掛けようとやぎた農場のブースの作業している慎文の元までゆっくりと足を進めてようとしていると、後輩の皆川(みなかわ)に「他のブースでトラブルがあった」と呼び止められてしまい、再会の挨拶は叶わなくなってしまった。
隙を見て慎文に声を掛けようと試みたが、物産展初日とあってか商品の入荷が遅れている。ブース全体の客の誘導などトラブル対処でかかりっきりになり、慎文のブースへ足を運ぶ暇なく一日を終えてしまった。
翌日、初日のような慌ただしさは午前中までで、午後からブースの偵察をして回るくらいの余裕はあった。
各々の農場のブースで現状の聞き込みをしながら、慎文の出店場の客がある程度捌けたのを見計らって近づいてみると奴は接客中のようだった。
慎文より身長が低く、体格もモヤシのように細め。
何処かの会社員であるのかワイシャツにニットベストの男に接客中の慎文の表情は頬を赤らめどこか嬉しそうであった。
昔からわかり易いのは変わらないのだろうか。接客中の男が、慎文にとって特別な誰かであることは遠巻きに眺めていて、一目瞭然であった。
勝手に独り身だと思い込んで舞い上がっていたが、慎文だって月日が経てば恋人の一人くらいいてもおかしくはない。
過去に幼馴染の男のことが好きだったから、女性と結婚の線は薄くても誰か特別な相手がいることだってあるだろう。
結局、過去の恋心に囚われてしまっているのは自分だけであることに虚しさを覚える。
櫂は冷やかしのつもりで接客中にも関わらず、慎文のブースに近寄ると馴れ馴れしく「慎文?」と名前を呼ぶ。
ついでに慎文の男の顔を横目で見てやると、幸の薄そうな地味顔でこんな奴のどこに魅力があるのかと心の中で罵った。
一方で慎文は櫂を見留めた瞬間に、先ほどまで男に綻ばせていた口元がキツく結ばれると目を伏せられてしまう。その態度からやはり奴にとって櫂との出来事は後ろめたいことなのだと思い知らされて胸がキュッ締め付けられる感覚がした。
それでもめげずに、慎文の肩を抱いて頭をクシャクシャに撫でてやる。「やめてよ……。櫂先輩……」と明らかな拒絶に心が悲鳴を上げそうになったが、櫂の性格上、ここで引き下がる訳にもいかなかった。先輩の威厳を保つためにも強気にでるしかない。
「久しぶりの再会なのに冷たくするなよー。それにしてもお前、大分かわったなー。中学のときはまだ細かったのに。一瞬見違えたけど牧場の名前見て、お前だって分かったよ」
動揺を隠せていない慎文は「どうして……」とわかり易く目を泳がせている。
この物産展のエリアマネージャーだと説明してやるとあっさりと納得したものの、それ以上に奴から会話を振ってくることはなく、沈黙が空気を凍てつかせる。
そんな空気の中で「慎文、俺は会社に戻るから」と割って入ってきた、慎文と話していた男。慎文が去っていく男に「カズくん、待って……」と声を掛けたことで、櫂の中で心の奥底に仕舞っていた黒い感情の渦が蠢き出した。
慎文のわかり易い性格どころか好きな人も変わっていないなんて、何処までも一途過ぎて笑えてくると同時に虚しくなった。
しかも慎文に釣り合うような顔ならまだしも、塩顔で幸の薄そうな顔。
十三年前は振られていた慎文が未だに片想いを引きずっているのか、はたまた此奴と両想いになれたのか気になった櫂は図々しく「お前ら付き合ってんの?」と問うてみると、少し間を開けて慎文が頷いてきた。
カズくんとやらが慎文のことを拒絶した話は聞いていただけに、叶うはずのないと思っていた恋が成就したことに疑問を覚えた。
微かに感じる二人の温度差からは恋人同士というより慎文が一方的に好意を寄せているようにしか見えない。思う所はあったが、慎文が幸せならそれで良かった。
しかし、単純に祝福するのでは面白くなかった櫂は、去り際にカズくんに向かって慎文との情事をした時のことを吹き込んでは自己満足で優越感に浸る。
そんなことを吹き込んだところで慎文はカズくんのものであることには変わらないのに、二人から去った後でも虚しさはなくなるどころか増していた。
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