20 / 30
叶わないもの
1
しおりを挟む一時的に忘れられたとしても、その日はやってくる。
物産展初日、出店舗の代表に挨拶回りをしていると奴の姿があった。十三年前以来の奴の姿はあどけなさがあり、背だけ高くて体格が薄かった奴とは違う。
農場仕事をしているせいか肉付きが良く、理想的な筋肉。包容力のなりそうな筋張った腕は櫂の胸を高鳴らせた。
話し掛けようとやぎた農場のブースの作業している慎文の元までゆっくりと足を進めてようとしていると、後輩の皆川(みなかわ)に「他のブースでトラブルがあった」と呼び止められてしまい、再会の挨拶は叶わなくなってしまった。
隙を見て慎文に声を掛けようと試みたが、物産展初日とあってか商品の入荷が遅れている。ブース全体の客の誘導などトラブル対処でかかりっきりになり、慎文のブースへ足を運ぶ暇なく一日を終えてしまった。
翌日、初日のような慌ただしさは午前中までで、午後からブースの偵察をして回るくらいの余裕はあった。
各々の農場のブースで現状の聞き込みをしながら、慎文の出店場の客がある程度捌けたのを見計らって近づいてみると奴は接客中のようだった。
慎文より身長が低く、体格もモヤシのように細め。
何処かの会社員であるのかワイシャツにニットベストの男に接客中の慎文の表情は頬を赤らめどこか嬉しそうであった。
昔からわかり易いのは変わらないのだろうか。接客中の男が、慎文にとって特別な誰かであることは遠巻きに眺めていて、一目瞭然であった。
勝手に独り身だと思い込んで舞い上がっていたが、慎文だって月日が経てば恋人の一人くらいいてもおかしくはない。
過去に幼馴染の男のことが好きだったから、女性と結婚の線は薄くても誰か特別な相手がいることだってあるだろう。
結局、過去の恋心に囚われてしまっているのは自分だけであることに虚しさを覚える。
櫂は冷やかしのつもりで接客中にも関わらず、慎文のブースに近寄ると馴れ馴れしく「慎文?」と名前を呼ぶ。
ついでに慎文の男の顔を横目で見てやると、幸の薄そうな地味顔でこんな奴のどこに魅力があるのかと心の中で罵った。
一方で慎文は櫂を見留めた瞬間に、先ほどまで男に綻ばせていた口元がキツく結ばれると目を伏せられてしまう。その態度からやはり奴にとって櫂との出来事は後ろめたいことなのだと思い知らされて胸がキュッ締め付けられる感覚がした。
それでもめげずに、慎文の肩を抱いて頭をクシャクシャに撫でてやる。「やめてよ……。櫂先輩……」と明らかな拒絶に心が悲鳴を上げそうになったが、櫂の性格上、ここで引き下がる訳にもいかなかった。先輩の威厳を保つためにも強気にでるしかない。
「久しぶりの再会なのに冷たくするなよー。それにしてもお前、大分かわったなー。中学のときはまだ細かったのに。一瞬見違えたけど牧場の名前見て、お前だって分かったよ」
動揺を隠せていない慎文は「どうして……」とわかり易く目を泳がせている。
この物産展のエリアマネージャーだと説明してやるとあっさりと納得したものの、それ以上に奴から会話を振ってくることはなく、沈黙が空気を凍てつかせる。
そんな空気の中で「慎文、俺は会社に戻るから」と割って入ってきた、慎文と話していた男。慎文が去っていく男に「カズくん、待って……」と声を掛けたことで、櫂の中で心の奥底に仕舞っていた黒い感情の渦が蠢き出した。
慎文のわかり易い性格どころか好きな人も変わっていないなんて、何処までも一途過ぎて笑えてくると同時に虚しくなった。
しかも慎文に釣り合うような顔ならまだしも、塩顔で幸の薄そうな顔。
十三年前は振られていた慎文が未だに片想いを引きずっているのか、はたまた此奴と両想いになれたのか気になった櫂は図々しく「お前ら付き合ってんの?」と問うてみると、少し間を開けて慎文が頷いてきた。
カズくんとやらが慎文のことを拒絶した話は聞いていただけに、叶うはずのないと思っていた恋が成就したことに疑問を覚えた。
微かに感じる二人の温度差からは恋人同士というより慎文が一方的に好意を寄せているようにしか見えない。思う所はあったが、慎文が幸せならそれで良かった。
しかし、単純に祝福するのでは面白くなかった櫂は、去り際にカズくんに向かって慎文との情事をした時のことを吹き込んでは自己満足で優越感に浸る。
そんなことを吹き込んだところで慎文はカズくんのものであることには変わらないのに、二人から去った後でも虚しさはなくなるどころか増していた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】社畜の俺が一途な犬系イケメン大学生に告白された話
日向汐
BL
「好きです」
「…手離せよ」
「いやだ、」
じっと見つめてくる眼力に気圧される。
ただでさえ16時間勤務の後なんだ。勘弁してくれ──。
・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・:
純真天然イケメン大学生(21)× 気怠げ社畜お兄さん(26)
閉店間際のスーパーでの出会いから始まる、
一途でほんわか甘いラブストーリー🥐☕️💕
・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・:
📚 **全5話/9月20日(土)完結!** ✨
短期でサクッと読める完結作です♡
ぜひぜひ
ゆるりとお楽しみください☻*
・───────────・
🧸更新のお知らせや、2人の“舞台裏”の小話🫧
❥❥❥ https://x.com/ushio_hinata_2?s=21
・───────────・
応援していただけると励みになります💪( ¨̮ 💪)
なにとぞ、よしなに♡
・───────────・
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学で逃げ出して後悔したのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞に応募しましたので、見て頂けると嬉しいです!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。
しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。
基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。
一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。
それでも宜しければどうぞ。
冷血宰相の秘密は、ただひとりの少年だけが知っている
春夜夢
BL
「――誰にも言うな。これは、お前だけが知っていればいい」
王国最年少で宰相に就任した男、ゼフィルス=ル=レイグラン。
冷血無慈悲、感情を持たない政の化け物として恐れられる彼は、
なぜか、貧民街の少年リクを城へと引き取る。
誰に対しても一切の温情を見せないその男が、
唯一リクにだけは、優しく微笑む――
その裏に隠された、王政を揺るがす“とある秘密”とは。
孤児の少年が踏み入れたのは、
権謀術数渦巻く宰相の世界と、
その胸に秘められた「決して触れてはならない過去」。
これは、孤独なふたりが出会い、
やがて世界を変えていく、
静かで、甘くて、痛いほど愛しい恋の物語。
僕の恋人は、超イケメン!!
刃
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?
炎の精霊王の愛に満ちて
陽花紫
BL
異世界転移してしまったミヤは、森の中で寒さに震えていた。暖をとるために焚火をすれば、そこから精霊王フレアが姿を現す。
悪しき魔術師によって封印されていたフレアはその礼として「願いをひとつ叶えてやろう」とミヤ告げる。しかし無欲なミヤには、願いなど浮かばなかった。フレアはミヤに欲望を与え、いまいちど願いを尋ねる。
ミヤは答えた。「俺を、愛して」
小説家になろうにも掲載中です。
キミがいる
hosimure
BL
ボクは学校でイジメを受けていた。
何が原因でイジメられていたかなんて分からない。
けれどずっと続いているイジメ。
だけどボクには親友の彼がいた。
明るく、優しい彼がいたからこそ、ボクは学校へ行けた。
彼のことを心から信じていたけれど…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる