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フラワー大藪
フラワー大藪 13-11
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「いいえ、今のって……」
見てはいけない一面を見てしまった背徳感はあったが、訊かずにはいられなかった。作業台へと戻ってきた慎文さんは手にしていた、資料らしき紙が入ったファイルを机上に置くと、満面な笑みを浮かべた。
「俺の一番愛している人だよ。和幸って言って頼りになるし優しいんだ」
先ほどの握られた手や指輪から、家族間での愛とは別ものであることは明確で、慎文さんの慈しむ相手が同性であることに驚いたが、大事そうに左手の薬指の指輪を右の人差し指で愛でては仄かに頬を染めて話す姿はどこか幸せそう。
「亨君、驚かせたよね。俺、和幸を前にすると好きが溢れてきて
触れたくなっちゃうんだよね。好きな人を近くで感じていたいって思うの」
好きな人を近くで感じて居たい……慎文さんの言葉に強く共感したが想い合えている慎文さんと俺とじゃ全く違う。
別れる前の恋焦がれた日が忘れられなくて、葵に近づきたい気持ちと自制心との間にいる。だからこうやって慎文さんに甘んじて葵の店に通うようになった。その癖に面と向かうのは、拒絶されるのが分かっているだけに勇気が持てない。
「亨君。本当にいいの?」
「だから俺は……」
帽子の中を覗き込こまれて、綺麗に澄んだ茶色の瞳とかち合う。
覗き込んでもどの角度から見てもやっぱり整った顔立ちだよなーと見惚れてしまうが、そうじゃない。亨はその目に本心まで見透かされるのが怖くて、頭を振って否定する。
「俺さ、実は来月此処辞めるんだよね。実家が酪農場でさ、父親が体壊して引退することになってさ、人手不足になったんだ。色々あってこっちに来たんだけど、元々実家継いでたから戻ることになったんだよね。だからこのまま亨くんが行動起こさないと葵君と話すチャンスなくなるよ?」
机上に置いてあったファイルは手続きか何かの書類なのだろか、一瞬だけ視線をそちらに向けると、眉を下げて静かに告げてて来た。
慎文さんの云う通り、彼がいなくなってしまえば此処に来る口実がなくなる。
端から接近する目的で出入りしているわけではない亨にとって、間接的に葵と触れ合えていた気分でいただけに、いよいよこの恋を諦める時が来てしまったのだと思わせた。
「ねえ、亨くん。僕の代わりにここで働かない?」
「え?」
「亨君がその気なら俺から店長の百合さんに掛け合ってあげるよ?」
慎文さんがいなくなるショックと諦めなければならない悲痛さが渦巻く感情の中、思わぬことを提案されて、間抜けに口を開ける。
「無理、無理です。俺、花のこと全く分からないし。戦力になるか……」
「俺だって最初は植物のことなんて分からなかったから平気だよ。
それに分からなかったら葵くんに聞けばいいし、話すきっかけになるでしょ?百合さん面食いだから君なら受かると思うよ。なんなら今から言ってこようか?事務所に百合さんいるんじゃないかな?」
受かる受からないの問題じゃない。葵はもし俺が従業員として入ってきたらなんて思うんだろうか。絶対、いい印象は受けないだろう。
だけど、少しの可能性でもあるなら、葵と話して楽しかったころのように戻れたらと望む自分もいた。
亨の有無を聞かずにことを進めては店の裏へと下がってしまった慎文さんの背中を眺めながら期待と不安でいっぱいだった。
見てはいけない一面を見てしまった背徳感はあったが、訊かずにはいられなかった。作業台へと戻ってきた慎文さんは手にしていた、資料らしき紙が入ったファイルを机上に置くと、満面な笑みを浮かべた。
「俺の一番愛している人だよ。和幸って言って頼りになるし優しいんだ」
先ほどの握られた手や指輪から、家族間での愛とは別ものであることは明確で、慎文さんの慈しむ相手が同性であることに驚いたが、大事そうに左手の薬指の指輪を右の人差し指で愛でては仄かに頬を染めて話す姿はどこか幸せそう。
「亨君、驚かせたよね。俺、和幸を前にすると好きが溢れてきて
触れたくなっちゃうんだよね。好きな人を近くで感じていたいって思うの」
好きな人を近くで感じて居たい……慎文さんの言葉に強く共感したが想い合えている慎文さんと俺とじゃ全く違う。
別れる前の恋焦がれた日が忘れられなくて、葵に近づきたい気持ちと自制心との間にいる。だからこうやって慎文さんに甘んじて葵の店に通うようになった。その癖に面と向かうのは、拒絶されるのが分かっているだけに勇気が持てない。
「亨君。本当にいいの?」
「だから俺は……」
帽子の中を覗き込こまれて、綺麗に澄んだ茶色の瞳とかち合う。
覗き込んでもどの角度から見てもやっぱり整った顔立ちだよなーと見惚れてしまうが、そうじゃない。亨はその目に本心まで見透かされるのが怖くて、頭を振って否定する。
「俺さ、実は来月此処辞めるんだよね。実家が酪農場でさ、父親が体壊して引退することになってさ、人手不足になったんだ。色々あってこっちに来たんだけど、元々実家継いでたから戻ることになったんだよね。だからこのまま亨くんが行動起こさないと葵君と話すチャンスなくなるよ?」
机上に置いてあったファイルは手続きか何かの書類なのだろか、一瞬だけ視線をそちらに向けると、眉を下げて静かに告げてて来た。
慎文さんの云う通り、彼がいなくなってしまえば此処に来る口実がなくなる。
端から接近する目的で出入りしているわけではない亨にとって、間接的に葵と触れ合えていた気分でいただけに、いよいよこの恋を諦める時が来てしまったのだと思わせた。
「ねえ、亨くん。僕の代わりにここで働かない?」
「え?」
「亨君がその気なら俺から店長の百合さんに掛け合ってあげるよ?」
慎文さんがいなくなるショックと諦めなければならない悲痛さが渦巻く感情の中、思わぬことを提案されて、間抜けに口を開ける。
「無理、無理です。俺、花のこと全く分からないし。戦力になるか……」
「俺だって最初は植物のことなんて分からなかったから平気だよ。
それに分からなかったら葵くんに聞けばいいし、話すきっかけになるでしょ?百合さん面食いだから君なら受かると思うよ。なんなら今から言ってこようか?事務所に百合さんいるんじゃないかな?」
受かる受からないの問題じゃない。葵はもし俺が従業員として入ってきたらなんて思うんだろうか。絶対、いい印象は受けないだろう。
だけど、少しの可能性でもあるなら、葵と話して楽しかったころのように戻れたらと望む自分もいた。
亨の有無を聞かずにことを進めては店の裏へと下がってしまった慎文さんの背中を眺めながら期待と不安でいっぱいだった。
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