Broken Flower

なめめ

文字の大きさ
135 / 177
気持ちを揺るがすデート

気持ちを揺るがすデート⑦

だから亨が辞めてしまえば従業員は母と僕しかいなくなる。彼にとっては酷かもしれないが、猫の手も借りたいくらいのこの状況で、出来れば彼にはいて欲しいのが正直なところ。

「いいの?」

「ええ、まあ」

「良かった·····少しでも百合さんと葵の役に立ちたいと思ってるのは変わらないから·····でも、葵とのこういう誘いは今日限りにするし、もう葵の事好きだなんて言わないから諦めるから安心して」

夜道で暗くて分からない表情。
亨は今何を思っているのだろうか·····。
不自然に上げている声のトーンはどこか無理をしているように聞こえなくもない。

「はい、これからは唯の従業員同士でお願いします。では·····」

やはり彼の好意は本当なのではないかと僅かな憶測がよぎるものの、敢えて気にしない素振りで淡々とお辞儀をする。

「うん·····じゃあ」

丁度話が途切れたタイミングでバスターミナルへとたどり着いたのをいいことに手を振る亨に背を向け、バス乗り場まで歩き進めた。亨は地下鉄だが、葵は実家までここからはバスで帰るつもりだ。地下鉄に乗り、途中まで亨と一緒に帰ることもできたが、これ以上この男と一緒に居ると気持ちを揺れ動かされそうで…。

葵は一切振り返らずバス乗り場まで一直線に足を進めていると、後方から名前を呼ばれ、振り返る暇もなく背中ごと柔らかくて温かい体温に包まれていた。

自分の胸の前で交差する亨の腕。
この間の香水では無い、亨自身からの柔らかくて甘い匂いがする。

「ちょっと·····」
「ごめん、本当に最後だから。最後にするから少しこのままでいさせて……」

悲痛な声と共に肩口に亨の顔が埋められる。
こんな公の場で恥ずかしい。抵抗したくても大切なものでも抱えるように抱き竦められては身動きが取れず。亨の苦しそうな声音から強く突き放す気にもなれなかった。

背中から伝わる亨の心臓の音に伝染するかのように葵の脈拍が上がる。
ぎゅっと離したくないと訴えるかのように強く掴まれる上腕。

暫くしてそっと亨の腕から解き放たれると「じゃあ、また明日」と笑顔で手を振ってきた。

葵は一連のことに戸惑いながらも軽く会釈をしてその場を立ち去る。

後ろから感じる熱視線が未だに葵を追いかけているような気がして、怖いもの見たさで振り返ると亨はあの場から一歩も動かず見送っていた。

悲しそうに沈んだ瞳を浮かべていた彼が捨て犬を置き去りにしてきたようなそんな罪悪感を感じる。

少しでも信じてみればよかっただろうか……。

心温まる映画に感動できる亨が僕の顔色を窺って一喜一憂する彼が、僕を揶揄っていると言えるだろうか。

上っ面の言葉なのだろうか。

だけど、危ない橋を渡れるほど僕はあの頃の純粋な僕じゃない。

亨の温もりの余韻にドキドキする一方で、冷静な頭で考える。

織り交ざったこの感情をどこにもしまうことができずに、ただぼんやりとバスに乗り込み、じっと亨のことを考えていることしかできなかった。






感想 0

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
世間に秘された名門男子校・平坂学園体育科 空手の名選手であった高尾雄一は、新任教師として赴任する 高潔な人格と鋼のように鍛えられた肉体 それは、学園にとって最高の生贄の候補に他ならなかった 至高の筋肉を持つ、精神を削られ意志をなくした青年を太古の神に捧げるため、“水”、“風”、“土”の信奉者達が暗躍する 意志をなくし筋肉の操り人形と化した“デク” 消える教師 山奥の男子校で繰り広げられるダークファンタジー

黒に染まる

曙なつき
BL
“ライシャ事変”に巻き込まれ、命を落としたとされる美貌の前神官長のルーディス。 その親友の騎士団長ヴェルディは、彼の死後、長い間その死に囚われていた。 事変から一年後、神殿前に、一人の赤子が捨てられていた。 不吉な黒髪に黒い瞳の少年は、ルースと名付けられ、見習い神官として育てられることになった。 ※疫病が流行るシーンがあります。時節柄、トラウマがある方はご注意ください。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

愛され少年と嫌われ少年

BL
美しい容姿と高い魔力を持ち、誰からも愛される公爵令息のアシェル。アシェルは王子の不興を買ったことで、「顔を焼く」という重い刑罰を受けることになってしまった。 顔を焼かれる苦痛と恐怖に絶叫した次の瞬間、アシェルはまったく別の場所で別人になっていた。それは同じクラスの少年、顔に大きな痣がある、醜い嫌われ者のノクスだった。 元に戻る方法はわからない。戻れたとしても焼かれた顔は醜い。さらにアシェルはノクスになったことで、自分が顔しか愛されていなかった現実を知ってしまう…。 【嫌われ少年の幼馴染(騎士団所属)×愛され少年】 ※本作はムーンライトノベルズでも公開しています。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

有能課長のあり得ない秘密

みなみ ゆうき
BL
地方の支社から本社の有能課長のプロジェクトチームに配属された男は、ある日ミーティングルームで課長のとんでもない姿を目撃してしまう。 しかもそれを見てしまったことが課長にバレて、何故か男のほうが弱味を握られたかのようにいいなりになるはめに……。