153 / 177
恋の蕾
恋の蕾①
しおりを挟む
葵を諦めると決めてから、どこか空元気で調子が上がらなかった。邪な心を抱かない意識をしていても、アルバイト先に葵がいる以上無意識に目で追ってしまうし、いい所を見せようと人一倍に頑張ってしまう。
雛森さんの自分に対する好意を感じながらも花屋の繁忙期を乗り越え、断った彼女の誘いにどうしてもと泣きつかれて行った映画。
その場でちゃんと気持ちには答えられないと告げたものの、やはり人の心に真剣に向き合うのは安易では無く、僅かな疲弊は感じていた。
一方で自分の気持ちに折り合いが付けずに忙しなく流れていく日々。それに追い討ちをかけるように、サークルでの雨の中の作業で遂に身体の限界が来てしまったらしい。
重度の風邪で買い物に行くのもやっとで、遂には寝込んでしまった。せっかく葵と久々に被ったシフトに酷く落ち込見ながらベッドで横になっていると、夢を見た。
葵が自宅に上がって来ては、看病してくれている。そんなことある訳がないのに·····弱っている時ほど、そうさせるのか、どこまでも未練がましく、想ってしまう。
図々しくも、甘えたりなんてして虚しさしか残らないというのに·····。
だけど、幸せな夢だったのは覚えてる。
朝の日差しで目を覚ますと、昨日まで起き上がるのも億劫なほどの身体のダルさはなくなっていた。多少、喉の痛みはあるものの。熱は下がった感じがする。
亨は瞼を開け、上体を起こすとベッドに人の頭の気配がして、驚きのあまり口元を抑えた。
「あっ葵·····!?」
そこには、腕を枕替わりにベッドの縁で伏せて眠っている葵の姿があった。
何故此処に居るのだろうか。
葵は俺の事を毛嫌いしているはずなのに·····。
しかし、不謹慎ながらも葵が寝息を立てて眠っている姿は愛おしかった。眼鏡がずれて、少しだけ素顔が垣間見える。
葵の素顔は初めて見るかもしれない。
亨は好奇心から徐に葵の眼鏡に手を掛けて、外してみると無防備なその姿に胸が締め付けられた。
愛らしいその姿に触れたくなり、髪の毛に手を伸ばしたところで、葵の眉間が寄せられると目を覚ますような気配を感じて手を引っ込めた。
「んっ·····」
こんなに近くに葵が居ることへの高揚感と起きた後の葵の反応への緊張感で、息を呑む。
亨は葵の眼鏡を胸元で握り、じっと彼の様子を眺めていると、しばらくしてゆっくりと瞼と頭が同時に持ち上がった。
亨の方を見上げて、眠気まなこで見つめられる。
「あ、葵·····。おはよう·····」
視線がかち合って、どうすればいいのか分からずに、とりあえず挨拶をしたが、返答はない。額に貼ってあった既に役割を果たした冷却シートを剥がしては、視線を泳がせる。
俺の声にようやく覚醒し始めたのか、眉間に皺を寄せて凝視してきたことで、彼が眼鏡を欲しているのだと察すると、亨は慌てて手元に持っていた眼鏡を手渡した。
葵は亨の渡した眼鏡を受け取り、掛け直す。
「塩谷さん·····。おはようございます」
亨のことを認識した葵はその場に正座で座り直すと、深々と頭を下げてきた。
雛森さんの自分に対する好意を感じながらも花屋の繁忙期を乗り越え、断った彼女の誘いにどうしてもと泣きつかれて行った映画。
その場でちゃんと気持ちには答えられないと告げたものの、やはり人の心に真剣に向き合うのは安易では無く、僅かな疲弊は感じていた。
一方で自分の気持ちに折り合いが付けずに忙しなく流れていく日々。それに追い討ちをかけるように、サークルでの雨の中の作業で遂に身体の限界が来てしまったらしい。
重度の風邪で買い物に行くのもやっとで、遂には寝込んでしまった。せっかく葵と久々に被ったシフトに酷く落ち込見ながらベッドで横になっていると、夢を見た。
葵が自宅に上がって来ては、看病してくれている。そんなことある訳がないのに·····弱っている時ほど、そうさせるのか、どこまでも未練がましく、想ってしまう。
図々しくも、甘えたりなんてして虚しさしか残らないというのに·····。
だけど、幸せな夢だったのは覚えてる。
朝の日差しで目を覚ますと、昨日まで起き上がるのも億劫なほどの身体のダルさはなくなっていた。多少、喉の痛みはあるものの。熱は下がった感じがする。
亨は瞼を開け、上体を起こすとベッドに人の頭の気配がして、驚きのあまり口元を抑えた。
「あっ葵·····!?」
そこには、腕を枕替わりにベッドの縁で伏せて眠っている葵の姿があった。
何故此処に居るのだろうか。
葵は俺の事を毛嫌いしているはずなのに·····。
しかし、不謹慎ながらも葵が寝息を立てて眠っている姿は愛おしかった。眼鏡がずれて、少しだけ素顔が垣間見える。
葵の素顔は初めて見るかもしれない。
亨は好奇心から徐に葵の眼鏡に手を掛けて、外してみると無防備なその姿に胸が締め付けられた。
愛らしいその姿に触れたくなり、髪の毛に手を伸ばしたところで、葵の眉間が寄せられると目を覚ますような気配を感じて手を引っ込めた。
「んっ·····」
こんなに近くに葵が居ることへの高揚感と起きた後の葵の反応への緊張感で、息を呑む。
亨は葵の眼鏡を胸元で握り、じっと彼の様子を眺めていると、しばらくしてゆっくりと瞼と頭が同時に持ち上がった。
亨の方を見上げて、眠気まなこで見つめられる。
「あ、葵·····。おはよう·····」
視線がかち合って、どうすればいいのか分からずに、とりあえず挨拶をしたが、返答はない。額に貼ってあった既に役割を果たした冷却シートを剥がしては、視線を泳がせる。
俺の声にようやく覚醒し始めたのか、眉間に皺を寄せて凝視してきたことで、彼が眼鏡を欲しているのだと察すると、亨は慌てて手元に持っていた眼鏡を手渡した。
葵は亨の渡した眼鏡を受け取り、掛け直す。
「塩谷さん·····。おはようございます」
亨のことを認識した葵はその場に正座で座り直すと、深々と頭を下げてきた。
1
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
あなたの隣で初めての恋を知る
彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる