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第2話
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「まあまあ。仁瑶はやさしいこなのですから、あまりきつく仰らないでくださいまし。寧嬪は皇貴太妃ゆかりの血筋ゆえ、もうひとり弟ができたように感じているのでしょう」
茶杯をゆったりと揺らし、取りなすように言う。
「それに、寧嬪が妃嬪たちの標的になったのは永宵のせいでもあります。仁瑶が気にかけてくれていなければ、それこそ琅寧王が黙っていなかったはずですわ。国のことを考えれば、仁瑶の行動は間違ったものではございません」
「……ありがとうございます、義母上。ですが、父上のお言葉どおり、私が立場をわきまえず出しゃばってしまったことも事実です。寧嬪の禁足が解かれましたら、今後は身を慎みますゆえ、どうかお赦しを」
立ちあがって揖礼すれば、父皇はもうよいとばかりに手を振った。それから皿の上の菓子をいくつか包ませ、仁瑶に渡す。
「わかったのならよい。その菓子は太后の手製ゆえ、寧嬪にも届けてやりなさい」
「はい」
「妙な噂がたたぬよう、そなたもいい加減身を固めるべきだな。一番よいのは琅寧の太子だが、左右丞相や将軍家の子息でもかまわぬ。気に入った天陽種がいるなら教えよ、朕が縁を取り持ってやろう」
「考えておきます。母のもとにも寄らねばなりませんので、これで失礼を」
仁瑶はふたりに拝辞の礼を取ると、足早に殿舎を出た。
「仁瑶様」
無言で紅牆の路を行く仁瑶に、紅春が気遣うような声を出す。
歩を緩めて立ちどまると、幼い頃から仕えている宦官は心配そうに仁瑶の顔を覗き込んできた。
「どうかお気を悪くなさらないでください。太上皇様も、仁瑶様のことを思ってあのように仰ったのです」
「……わかってる」
低くうなって、長息する。
先程候補に挙げられたのは、飽きもせず仁瑶に求婚してくる者たちだ。彼らは永宵はもちろん、父皇のところにも何度となく仁瑶との縁談話を持ち込んでくるため、いちいち断るのも面倒になったのだろう。
(嫁ぎたくなどないと言っているのに)
彼らが望んでいるのは仁瑶ではなく、皇族の血を家門にまぜることだ。
有力な他国、あるいは臣下のもとへ嫁ぎ、関係性を強めるのが下邪種の役目。仁瑶とて理解しているし、できるなら翠玲同様、その役目を果たしたかった。
「私を娶ったところで、欠陥品をつかまされたと父上のもとに苦情が行くだけだ」
仁瑶は下邪種だが、ある時を境に発情期が来なくなった。太医によれば、下腹部に損傷を負ったことが原因で、下邪としての生殖機能が働かなくなったのではないかという。
発情しないのなら、天陽種の胤を孕むこともできないだろう。
外交に支障をきたすからと、仁瑶の躰のことは公表されていない。知っているのは診断を下した太医の他、父皇と皇太后尹氏、母太妃、永宵、それに紅春だけだ。
ゆえに他の者たちは、かつて天色天香と謳われた皇長子の価値が最早無に等しいなどと露ほども思っていない。彼らにとって、仁瑶は利用できる駒なのだ。
茶杯をゆったりと揺らし、取りなすように言う。
「それに、寧嬪が妃嬪たちの標的になったのは永宵のせいでもあります。仁瑶が気にかけてくれていなければ、それこそ琅寧王が黙っていなかったはずですわ。国のことを考えれば、仁瑶の行動は間違ったものではございません」
「……ありがとうございます、義母上。ですが、父上のお言葉どおり、私が立場をわきまえず出しゃばってしまったことも事実です。寧嬪の禁足が解かれましたら、今後は身を慎みますゆえ、どうかお赦しを」
立ちあがって揖礼すれば、父皇はもうよいとばかりに手を振った。それから皿の上の菓子をいくつか包ませ、仁瑶に渡す。
「わかったのならよい。その菓子は太后の手製ゆえ、寧嬪にも届けてやりなさい」
「はい」
「妙な噂がたたぬよう、そなたもいい加減身を固めるべきだな。一番よいのは琅寧の太子だが、左右丞相や将軍家の子息でもかまわぬ。気に入った天陽種がいるなら教えよ、朕が縁を取り持ってやろう」
「考えておきます。母のもとにも寄らねばなりませんので、これで失礼を」
仁瑶はふたりに拝辞の礼を取ると、足早に殿舎を出た。
「仁瑶様」
無言で紅牆の路を行く仁瑶に、紅春が気遣うような声を出す。
歩を緩めて立ちどまると、幼い頃から仕えている宦官は心配そうに仁瑶の顔を覗き込んできた。
「どうかお気を悪くなさらないでください。太上皇様も、仁瑶様のことを思ってあのように仰ったのです」
「……わかってる」
低くうなって、長息する。
先程候補に挙げられたのは、飽きもせず仁瑶に求婚してくる者たちだ。彼らは永宵はもちろん、父皇のところにも何度となく仁瑶との縁談話を持ち込んでくるため、いちいち断るのも面倒になったのだろう。
(嫁ぎたくなどないと言っているのに)
彼らが望んでいるのは仁瑶ではなく、皇族の血を家門にまぜることだ。
有力な他国、あるいは臣下のもとへ嫁ぎ、関係性を強めるのが下邪種の役目。仁瑶とて理解しているし、できるなら翠玲同様、その役目を果たしたかった。
「私を娶ったところで、欠陥品をつかまされたと父上のもとに苦情が行くだけだ」
仁瑶は下邪種だが、ある時を境に発情期が来なくなった。太医によれば、下腹部に損傷を負ったことが原因で、下邪としての生殖機能が働かなくなったのではないかという。
発情しないのなら、天陽種の胤を孕むこともできないだろう。
外交に支障をきたすからと、仁瑶の躰のことは公表されていない。知っているのは診断を下した太医の他、父皇と皇太后尹氏、母太妃、永宵、それに紅春だけだ。
ゆえに他の者たちは、かつて天色天香と謳われた皇長子の価値が最早無に等しいなどと露ほども思っていない。彼らにとって、仁瑶は利用できる駒なのだ。
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