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第2話
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しおりを挟む「ッぁ、やめ……ぇっ」
番のいない下邪はうなじを皮革で隠す。万が一外で発情期を迎えてしまった際などに、天陽種に咬まれないようにするためだ。
反射的にうなじを庇おうとした仁瑶を制して、翠玲が覆い被さってくる。
官能にかすれた声音が、すぐ近くで響いた。
「わたしのものになって」
熱い吐息が首筋を撫で、ぞわりと肌膚が粟立つ。声を出す間もなく、うなじに鈍い痛みが走った。膚を咬まれたのだと悟ると同時に、心臓が嫌な音をたてる。
――永宵と間違われている。
そう思った途端、仁瑶の中でなにかがはじけた。
「ッ――!」
腕を掴んでいた翠玲の手を振りほどき、熱に浮かされている躰を突き飛ばす。そうして衣の前を掻き合わせ、牀榻から飛び降りた。
帷帳を跳ねあげ、まろぶように臥室を出る。背後で翠玲のうめく声が聞こえ、控えていた華桜と燕児から驚いた顔を向けられたたけれど、かまう余裕などない。
足を踏み出すごとに涙がこぼれた。
胸が痛くて、わけがわからないまま走り続けた。人目を避けるようにして紅牆の路をどう通ったか、涙で歪んだ視界がまともに風景を捉えた時には、百駿園の馬場までやって来ていた。
柵の前でようやく足をとめた仁瑶に、青草を食んでいた花純が気づいて駆け寄ってくる。
仁瑶は気が抜けたようにその場にくずおれた。
まるで息の仕方を忘れてしまったかのように苦しい。
翠玲は朦朧としていた。そんな状態の時に額にくちづけなどすれば、永宵と間違われるのは当然だろう。立場をわきまえず、度を越した仁瑶が悪い。
頭ではそうわかっていても、胸が痛くて仕方なかった。
嗚咽を押し殺し、咬まれたうなじに触れれば、指先が赫く染まる。
下邪が天陽種のうなじを咬んだとしても、番の印を刻みつけることはできない。それなのに、こんなにも強く、血がにじむほど歯をたてるなんて、翠玲の永宵に対する情の深さはどれほどのものか。
「……っ」
仁瑶はくちびるを噛んだ。
脳裏では、わたしのものになって、という翠玲の言葉がくり返し響いている。
慾を出したばかりに、翠玲の心がけして仁瑶の手には入らないことを思い知らされてしまった。
うなじの肌膚を灼くような鈍い痛みは、莫迦な真似をした報いだろう。
花純が柵から顔を出し、どうしたのかと案じるように仁瑶のほうへ鼻を押しつけてくる。
胸がひどく冷えて、たまらなく悲しい。
暗涙に噎ぶ仁瑶は、探しに来た紅春に見つかるまで、青草の上にうつ伏していた。
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