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第5話
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しおりを挟む颯憐の言わんとするところを察し、仁瑶は言葉の続きを避けるように溜息をつく。
「腹ごなしに、私も少し狩りをしてきてよろしいですか。妻に持って帰りたいので」
「……かまわないが、遠くへは行くなよ。迷子になってしまうやもしれぬ」
「気をつけます」
肩をすくめ、仁瑶は花純に跨った。矢筒を持つ紅春を伴い、颯憐たちからさほど遠くない場所で獲物を探す。
草影から兎と雉が姿を現したが、仁瑶は目で追うだけに留めた。
「仁瑶様」
狩りをと言いつつなにも獲ろうとしない仁瑶に、紅春が首を傾げる。
「……兎も雉も、翠玲は喜ばないだろう」
呟けば、紅春はますますわけがわからなそうに眉を跳ねあげた。
仁瑶は薄く笑みを刷く。
「太子殿下の言う通りだ。好きでもない相手をあてがわれて、可哀想に」
今頃、翠玲は永宵とふたりで楽しく過ごしているのだろう。もしかしたら、あの苺水を飲んでいるのかもしれない。永宵は甘いものが好きだから、喜んでいるのではないだろうか。
仁瑶はくちびるを噛む。
どうしてこんなにもみじめな心地がするのか。
こんなことなら、翠玲と出逢う前に適当な相手のもとへ嫁いでしまえばよかった。そうしたら、恋情に振り廻されることもなかったはずだ。
脳裏に浮かんだ考えに、否と首を振る。
たとえ他の誰かと婚礼をすませていても、翠玲を一目でも見てしまえば同じようになっていただろう。おのれの心がどうしてこれほど恋着するのかわからないけれど、どのような形で出逢っても、仁瑶は翠玲を求めるに違いない。
「仁瑶様、それほど気にしておいでなら、一度王妃様ときちんとお話なさってはいかがですか」
黙り込んだ仁瑶に、紅春が控えめに声をかけてくる。
「お心に巣食う憂いもお悩みも、すべて王妃様に打ち明けたらようございましょう。あのかたは、」
言い募ろうとした紅春を、仁瑶は手で制した。
木立の奥から妙な足音が複数聞こえる。颯憐かとも思ったが、馬蹄の音はしない。
「……なにか来る」
顔を見合わせた刹那、近くの樹に矢が当たった。鏃が幹を穿つ音に花純が嘶き、仁瑶と紅春は急いで近くの林へ逃げ込む。
木々を盾にしながら草むらを駆け、時折紅春が矢を射返した。
小川から仁瑶たちのいた場所まで、視界はほとんど開けている。それなのに颯憐が助けに来ないということは、すでに倒されているか、曲者が琅寧の人間であるかのどちらかだ。
仁瑶は佩いていた剣を抜き、花純めがけて飛んできた矢を払い落とす。
「私が相手になりますから、どうぞお逃げください」
言うや否や、紅春は花純の尻を叩いた。驚いた花純が駆け出すと同時に、匕首を手にした紅春が来た道へ戻っていく。
「紅春、待て!」
叫んだものの、紅春の影は木々の向こうへかき消えてしまった。
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